1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

全商品がアマゾンより安い…北海道民がこぞって使う宅配サービス「トドック」がそれでも成り立つワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月3日 14時15分

コープさっぽろの宅配サービス「トドック」の車両 - 写真提供=コープさっぽろ

コープさっぽろの宅配サービス「トドック」が急成長している。北海道のほぼ全域をカバーし、利用者は約44万人。さらにアマゾン進出を見据え、取扱商品の価格はすべてアマゾンの売価を下回る設定にしているという。北海道新聞の浜中淳記者の著書『奇跡の小売り王国「北海道企業」はなぜ強いのか』(講談社+α新書)からお届けする――。

■パルシステムなどと同じ「生協の宅配」だが…

道民の食生活を守る強固なセーフティーネットの役割を果たしている事業者として、もう一つ忘れてはならないのが、コープさっぽろである。北海道の食品小売市場でほぼ8割のシェアを握る3極の一角で、前節で指摘したように、店舗事業の拡大は限界に近付きつつある。

ここで取り上げたいのは宅配事業者、移動販売事業者としてのコープさっぽろだ。

「『ポツンと一軒家』というテレビのバラエティー番組があるが、トドックを利用すれば、あのような場所に住んでいる人も、札幌の大型食品スーパーとドラッグストアを合わせたぐらいの買い物はできる」。コープさっぽろの大見英明理事長は、宅配システム『トドック』の利便性をそう表現する。

トドックは、首都圏でコープデリ連合会(本部・さいたま市)が手がける『コープデリ』やパルシステム連合会(同・東京都)が手がける『パルシステム』などと同じ〈生協の宅配〉だ。

ネットスーパーが、不特定多数の消費者を相手に、注文を受けるごとに商品を届けるのに対し、生協の宅配は、事前に利用登録した組合員を対象とした定期宅配サービスである。

週1回、決まった曜日の決まった時間に組合員宅に商品を配達。組合員はいっしょに届いた次回分の商品カタログから欲しい物を選んで注文用紙に記入し、翌週に配達担当者に手渡す。

道内でトドックが配達できない地域は、北海道本島と結ぶフェリー便の本数が少ない天売島、焼尻島(いずれも羽幌町、計約290世帯)だけ。それ以外は利尻島、礼文島、奥尻島などの離島でも、内陸の限界集落でも、食品を中心に必要十分な種類と数の生活必需品が毎週届く。

■平均利用率は86%、客単価は店の2.3~2.6倍

大見氏の発言を裏付けるように、人口減が進む北海道で、トドックの利用登録者は逆に急速に伸びている。

20年度は1年間で3万人増加し、年度末時点で41万人に。21年度も同じペースで増え、22年3月8日現在で43万9000人となった。トドック人気に後押しされ、コープさっぽろの総組合員数も20年度以降の1年10カ月間で10万人増加し、21年11月24日に190万人に到達。世帯加入率は68%に上昇した。

トドックの利用登録者の1週当たりの平均利用率は86%。隔週や月1回といった利用の仕方をする人はいるが、登録だけでまったく利用しない“名ばかり登録者”は皆無である。

1回当たりの平均購買単価は約5300円で、SMの平均客単価(平日1988.5円、土日・祝日2259.0円)の2.3~2.6倍。消費者1人のSM(スーパーマーケット)への平均来店頻度が週2.1回であることを考慮すると、トドックで1週間分の食生活をカバーしている利用者が多いことを示している。

トドックの20年度(21年3月期)の供給高は960億円、21年度には1085億円とついに1000億円台に達した。道内限定の無店舗販売としては突出した事業規模だ。

トドックの配達車両1台が一日に配達に回る数は平均80軒。単純計算で一日当たりの供給高は42万円ということになる。これはセイコーマートの平均日販とほぼ同じ水準である。配達車両は約1000台あり、土日を除いて道内全域でフル稼働している。

つまりトドックの規模感は、道内で1000店をチェーン展開するセコマとほぼ同じ(トドックは土日が休みという点が異なる)ということになる。

■ネットスーパーを突き放す半世紀前からの蓄積

事業規模にも増して驚異的なのが利益率の高さだ。

トドックの20年度の経常剰余率(民間企業の経常利益率に相当)は8.6%に達した。SMのチェーンストアの場合、利益率2%台後半で優良企業、ネットスーパーとなると黒字化できている企業はほとんどないと言われている。

トドックの利益率の高さは第一に〈生協の宅配〉のビジネスモデルに起因する。

宅配トドックの配送センターに並ぶ車両
写真提供=コープさっぽろ
配送センターに並ぶ「トドック」の車両 - 写真提供=コープさっぽろ

生協の宅配の前身となる共同購入をはじめて事業化したのは、1968年の静岡生協(後のコープしずおか、現ユーコープ)である。店舗を補完する目的で手がけていた移動販売車の巡回供給を〈班単位で〉〈月1回ごとに〉〈商品を一括して予約・購入する〉仕組みに変更し、事業として独立させたのが始まりだ。

70年代に入り、この共同購入モデルを採用した生協が全国各地で設立され、月次配送から週次配送へと発展。店舗のみで事業を始めたコープさっぽろも80年に組織供給事業部(現宅配事業本部)を新設し、共同購入を事業化した。

生協の宅配の主流は、3人1組の〈班〉対象の共同購入から、90年代以降、個別配送に移行したが、生協陣営は半世紀という時間をかけて物流・配送インフラの整備、システムへの投資、ノウハウを積み上げてきた。この蓄積に、他のネットスーパーが追いつくのは至難の業である。

コロナ禍による巣ごもり需要が発生した20年度、国内121の地域生協の宅配供給高は2兆1327億円とはじめて2兆円を超え、経常剰余金は900億円に達した(店舗事業は15億円の赤字)。

■「ポツンと一軒家」でも札幌と同じ買い物ができる

もっとも、生協の宅配の経常剰余率は全国平均で4%。これでも十分に高いが、トドックの8.6%は異常値というべき高水準である。コープさっぽろの宅配事業はなぜこのような数値をたたき出すことができるのだろうか。

トドックの強さを支えているのは、何と言っても商品力だ。〈食の安全・安心〉を看板に掲げる生協ならではの商品の質に加え、量の充実には目を見張るものがある。

道外生協の宅配の取扱品目はおおむね2000~3000SKU、最大手のコープデリ(20年度供給高4559億円)でも5000SKUだ。トドックも以前は5000SKUだったが、18年秋に2万SKUと4倍に拡充された。

この2万SKUという数には、明確な根拠がある。

「コープさっぽろの600坪タイプの大型食品スーパー(SSM)の売り上げ上位90%に相当する品目数が1万5000SKU、ツルハに代表される350坪タイプのドラッグストアの売り上げ上位90%に当たる品目数が8000SKU。合計2万3000SKUから重複した商品を除くと2万SKUになる」と大見氏。

「『ポツンと一軒家』でも札幌の大型食品スーパーとドラッグストアを合わせたぐらいの買い物はできる」という発言は、データに裏付けられたものだったことが分かる。

■登録者の7割が無料配送

トドックの利用者に毎週配付されるメインの商品カタログ『週刊トドック』は、青果、精肉、鮮魚の生鮮3品、牛乳などの日配品、冷凍食品、調味料、菓子などSMの基幹商品5000SKUを週替わりで紹介。店舗の〈52週マーチャンダイジング(MD)〉(第4章参照)と連動し、その時期の旬の商品を重点的に売り込む。

ほかに季節ごとに更新される季刊カタログとして『酒・飲料』(4000SKU)、『食品』(高級食材や嗜好品など4000SKU)、『ビューティー』(化粧品、美容グッズなど3300SKU)、『くらし』(生活雑貨、ホームファッションなど2500SKU)、『くすり健康』(OTC医薬品、健康商品など1600SKU)という五つのカテゴリーがある。

22年3月からは良品計画と連携し『無印良品』の取り扱い(当面120SKU)も開始。週によってスポット的に配布されるチラシなどもあり、「近いうちに2万5000SKUまで拡大するだろう」(大見氏)。

この充実した商品群を、1回220円のシステム手数料(配送料)で道内のどこにでも運ぶ。しかも、子育て世代の組合員(妊娠中もしくは15歳未満の子どもがいる組合員)、60歳以上の組合員、コープさっぽろが販売する電気、灯油、ガスのいずれかを利用している組合員に対しては、システム手数料を免除する特典がある。このため実際には、登録者の7割が無料配送の恩恵を受けている。

その上で「トドックの取扱商品の価格はすべてアマゾンの売価を下回る設定にしている。宅配に関してはアマゾンプライム会員(年4900円の会費で送料無料などの特典が受けられる制度)よりもメリットのある仕組みをつくることを意識している」と大見氏は語る。

段ボール箱で認識できない配達員のクローズアップ
写真=iStock.com/Drazen Zigic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Drazen Zigic

■「アマゾンが北海道で本気の戦いを挑んできても勝ち残る」

半世紀以上も前に今日の宅配システムの原型をつくり、専用の物流設備や配送センターなどのインフラを着々と築き上げてきた生協。これに追いつき、追い抜く可能性がある事業者は、〈GAFA〉の一角を占める世界のプラットフォーマー、アマゾン以外には考えられない。

アマゾンの日本事業は急成長を続け、20年の売上高は204億6100万ドルと5年前の2.4倍となった。日本円に換算(1ドル=107円)すると2兆1893億円。EC(ネット通販)事業のほかに、クラウドビジネスなどの収益も含まれているため、単純比較はできないものの、あっという間に生協陣営の宅配供給高に並ぶところまで来た。

17年には、アマゾンプライム会員を対象に、生鮮3品を中心とする食料品だけで1万7000SKU、キッチン用品やベビー用品などの日用品・雑貨類を含め10万SKUを扱うネットスーパー『アマゾンフレッシュ』を首都圏の一部地域で開始した。対象エリアの拡大とともに生協の宅配との競合が激しくなっていくことが予想される。

大見氏は「アマゾンが北海道で本気の戦いを挑んできても勝ち残る。そのために強化してきたのが現在のトドックの姿だ」と言う。トドックの取扱商品数を18年秋に2万SKUに拡充したのも、アマゾンフレッシュの北海道進出に先手を打つ狙いがあった。

宅配トドックの倉庫
写真提供=コープさっぽろ
北海道江別市にあるコープさっぽろの物流拠点。 - 写真提供=コープさっぽろ

■品目数を増やすための大型投資

とはいえ、品目数を一挙に4倍に増やすのは簡単ではなかった。当時の生協の宅配システムでは、40万人に及ぶ利用者ごとの注文商品のピッキング(仕分け)を迅速・正確に行う限度が「5000SKUまで」(大見氏)だったからである。

この限界を突破するためにコープさっぽろが着目したのが『オートストア』と呼ばれるノルウェー製の自動倉庫システムだった。

ニトリホールディングスがECの急拡大に備え、16年に日本ではじめて購入したことを知った大見氏は、ノルウェーのオートストア社を訪問し、生協の宅配向けに仕様変更が可能かどうかを打診。「通常のECよりも動作は複雑になるが、計算上は対応できる」との回答を得たことから、18年8月、8億5000万円を投じ、札幌近郊の江別市にある基幹物流施設『江別物流センター』に導入した。

70台のロボットが短時間でピッキングを行う最新鋭設備への投資が、従来の常識を超える品ぞろえを可能にした。

大見氏が宅配事業のベンチマークの対象としてアマゾンを明確に意識するようになったのは14年、神奈川県小田原市にあるアマゾンジャパンの小田原フルフィルメントセンター(配送センター)を見学したことがきっかけだったという。

■アマゾンを上回る配送効率

総品目数30万SKUに及ぶ商品の入庫、包装、出荷までの工程が自動化され、流れ作業で進むさまに圧倒される一方、生協の宅配の優位性がどこにあるかを再認識することができたのだ。

宅配トドックの倉庫
写真提供=コープさっぽろ
コープさっぽろの物流拠点の外観。 - 写真提供=コープさっぽろ

「梱包された商品が配送業者別に流れてくるラインを見ているうちに重要な事実に気付いた。それは、箱の中の商品数はほとんどが1個であるということ。アマゾンユーザーの多くはいま必要な商品をスマートフォンで探し、ワンクリックで購入してしまう。複数の商品をまとめ買いするようなユーザーは非常に少ない。トドックの1配送当たりの商品数は15個だから、ラストワンマイルの配送効率は断然こちらが優れている」

〈ラストワンマイル(最後の1マイル)〉とは、最終配送拠点から顧客に商品を届けるまでの区間を意味する物流用語である。

注文があるたびに1個ずつ商品を運ぶアマゾンと、週1回決まった日に15個の商品をまとめて運ぶトドック――。この〈最終区間〉のコスト優位性を徹底的に高めることが、その後のトドック強化の柱になった。

宅配トドック_配達の様子
写真提供=コープさっぽろ
週1回決まった日に商品が届く。

■過疎地でも効率よく宅配できるワケ

真っ先に取り組んだのが配送拠点数の拡大だ。15年時点で32ヵ所あった拠点の数を4年間かけて49ヵ所に増やした。その狙いは道内全エリアでラストワンマイルが1時間圏内となる物流網を構築することにあった。

浜中淳『奇跡の小売り王国 「北海道企業」はなぜ強いのか』(講談社+α新書)
浜中淳『奇跡の小売り王国「北海道企業」はなぜ強いのか』(講談社+α新書)

トドックの商品配達は、江別物流センターで利用者ごとのピッキングを一括して行った上で、大型トラックで道内各地の宅配センターに配送。そこから配達車両が利用者宅に届ける流れになっている。

従来の32拠点だと、宅配センターからもっとも遠い利用者宅までの距離が100キロを超え、片道2時間以上かかる場所がかなりあることが課題になっていた。

センターとの往復時間が長くなるほど、配達時間が短くなり、利用者が増えるたびに配達車両の台数を増やさなければならない。半面、往復時間の短縮だけを考え、人口の少ないエリアにフルスペックの宅配センターを配置していくと、今度は設備の維持コストが重くなる。

たとえば、総人口6万2800人の日高地方全域の配達を担う日高センター(新冠町)の場合、もっとも遠いえりも町東部地域までの距離は110キロ余り、配達車両が往復するのに5時間はかかる。だからと言って、日高地方の人口規模で宅配センターをもう一つ置くのは無駄が多い。

そこでコープさっぽろが採用したのが〈ハブ・アンド・スポーク〉方式の配送だ。新冠町とえりも町のほぼ中間点に当たる浦河町に『小型デポ』と呼ぶ倉庫型の中継施設(ハブ)を配置。日高センターからは11トントラックが配達車両3台分の商品をまとめて浦河デポまで輸送し、デポで待機している配達車両に積み替えて配達する。

現在50ヵ所ある配送拠点のうち10ヵ所は小型デポである。これによって道内全域でラストワンマイル1時間圏内を実現し、配達車両1台当たり一日80軒という効率的な配達が可能になった。

----------

浜中 淳(はまなか・じゅん)
北海道新聞社 経済部 デジタル委員
1963年東京生まれ。北海道大学経済学部経済学科卒、1989年北海道新聞社入社。記者として浦河支局、旭川支社報道部、東京支社政治経済部、札幌本社経済部などに勤務。2016年論説委員、2020年札幌本社経済部長を経て、2022年7月から現職。著書に『奇跡の小売り王国「北海道企業」はなぜ強いのか』(講談社+α新書)、『ルポ 生協 未来への挑戦』(共著、コープ出版)がある。

----------

(北海道新聞社 経済部 デジタル委員 浜中 淳)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください