なぜ通園バスの置き去り事故は繰り返されるのか…「安全装置」で完全解決できると考えてはいけない
プレジデントオンライン / 2022年9月21日 19時15分
■安全装置の設置義務化は早急に進めるべきだが…
またしても悲しい事故が繰り返された。静岡県牧之原市の認定こども園で3歳の園児が送迎バス内に置き去りにされ死亡した。昨年7月に福岡県中間市の保育園で5歳の園児が同様に送迎バスに取り残されて熱中症で亡くなり大きなニュースになったばかり。保育園・幼稚園関係者は危機感を持ってそれを聞いたはずだが、残念ながらその教訓は生かされなかった。
政府は事態を重く見て、送迎バスを持つ全国の幼稚園・保育所などを点検し、安全管理マニュアルの策定する「緊急対策」を10月中にもまとめる方針を示している。それでもマニュアルに沿って実際に行動するのは人間。ヒューマンエラー(人為ミス)をゼロにすることは難しい。
そこで、多くのメディアや識者からあがっているのが、人感センサーなど安全装置の設置義務付けだ。今回のようにミスがいくつも重なったとしても、子どもの命を救う事ができる仕組みを構築すべきだ、というわけだ。
実際、欧米などでは自動車にそうしたセンサーを取り付ける動きが広がっており、米国などでは標準装備として義務化する方向に動いている。日本に輸入する欧州車などの一部には、すでに置き去り防止のセンサーが装備されている車種もある。そうした安全装置の送迎バスへの設置義務化は早急に進めるべきだろう。
■ヒューマンエラーは機械で100%解決できる問題ではない
だが、そうした安全装置を付ければ100%死亡事故が防げるわけではない。
あくまで機械だから、故障することはあり得る。定期的なメンテナンスやチェックも重要だが、それを担うのも人間だ。センサーの設置を義務付けても、そのスイッチをオフにしてしまうことだってあり得る。
毎年夏になると、送迎バスではなく、駐車場に止めた自家用車の中に置き去りにされ熱中症になる子供の話が報じられる。その多くが、買い物やパチンコに夢中になった母親が、車に待たせた(置き去りにした)子供のことをすっかり忘れたために起きる。あるいは「これぐらいの時間ならば大丈夫だろう」と“意図的に”置き去りにしている。こうした場合、仮にセンサーが付いていても、装置の設定スイッチをオフにするに違いない。
輸入車のカーディーラーによると、この装置が付いていると、コンビニで買い物をする時に、載せているペットが動くだけで作動してしまう。これを避けるために機能をオフにしている人も少なくないという。
今後、日本でもセンサーによる安全装置が標準装備になっていくに違いないが、それでヒューマンエラーがなくなるわけではないのだ。
送迎専用のバスならば、スイッチをオフにすることはないだろうが、機械のことだから、誤作動することはあり得る。誤作動を嫌ってスイッチを切る運転手が出てくるかもしれないのだ。
■鉄道現場には“指差喚呼”という動作がある
では、どうやったら事故は防げるか。基本的には人為ミスを防ぐために「訓練」することだろう。
日本の鉄道現場には「指差喚呼(しさかんこ)」と呼ばれる安全確認の動作がある。運転手や車掌が青信号を指差しながら「信号よし!」と大きな声を出す、あの仕草である。
明治時代に始まったとされるが、今日まで国内の鉄道では当たり前の安全確認法になっている。それは、自動列車停止装置などの安全装置が当たり前になった今でも変わらない。この指差喚呼、日本特有の慣行だそうだが、鉄道現場だけでなく、製造業の工場や工事現場などでも幅広く使われている。たとえ相方がいなくても大きな声を出すことで、自分自身の注意力が喚起される。
しかも、この「指差喚呼」を新人教育などで、徹底的に叩き込む。「身体に覚えさせる」わけだ。列車を走らせる前には必ず声を出して安全を確認するという動作を「ルーティーン」化する。いくら綿密なマニュアルを作っても、それが現場で実践されなければ意味がない。実践させるためには繰り返し「訓練」する事が重要だ。バスを止めて子供を下ろしたら、残っている子供はいないか、椅子の下を指差しながら、「座席よし」といった具合に大きな声で確認する。一見、単純な作業でも、安全確認としては大きな効果を上げるはずだ。
■マニュアルを守ることが目的になってはいけない
センサーなどの安全装置や、マニュアルは重要には違いない。だがともすると、センサーがあるから確認を怠っても問題は起きないという「機械任せ」の油断が生じる。マニュアル通りに作業を行っていたのに事故になった、と首を捻ることにもなりかねない。「最後は自分の責任だ」と運転手自身が肝に銘じることこそが重要なのだ。
実は、そうした「現場の責任感」が強いことが、欧米の企業経営者から称賛されてきた。「日本企業の強さは『ゲンバ』だ」と破綻の淵に追い込まれた日産自動車に乗り込んだ当時のカルロス・ゴーンは舌を巻いたものだ。
そのゲンバの強さは細かいマニュアルが整備されていたからできたわけではなく、現場を預かる一人ひとりが問題点や危険性を察知して対処、改善することができたからだ。その後、経営効率化の中で、欧米流の経営スタイルから入ってきたマニュアル重視の姿勢に対して、古くからの現場の職人の多くが「最近はマニュアル人間ばかりになった」と批判していた。
仕事の最終目的はより良い製品を作ることであって、マニュアルを遵守していれば良い、というものではない。それが「現場の責任」というものだった。
■日本の製造業で「現場力」が失われている
最近、日本の製造業の工場などで「現場が崩壊寸前だ」という声を聞くようになった。コスト削減優先の中で、数年しか働けない技能実習生に現場を任せるところが増えてきた。現場にベテラン作業員がいても高齢化でいつまで勤められるか分からない、と言う。どんどんマニュアル化、機械化して、熟練のベテランは姿を消しつつある。
![大型機械を使用した日本の鉄鋼工場労働者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/7/1200wm/img_c77deee2f91a982df47dc000cc648829708127.jpg)
つまり、現場で責任感をもって仕事をこなす人の力が落ちているというのだ。
現場のいわば“プロ”が減って、「リスク(危険)」を捉える力も落ちている。リスクというのは予想外の事から起きる。すべてマニュアルに書いてあるわけではない。かつては、現場で経験を積んでいる中で、様々なリスクに直面し、自ら解決策や善処方法を会得したものだが、最近は「想定外」に直面した結果、対応が後手に回るケースが少なくない。こういうことが起きれば、こんな事態が生じるかもしれない、という現場ならではの「想像力」が欠落するようになっているのだ。
■このままでは不幸な事故は繰り返される
通園バスを日々運転していれば、降りる際に子供がいたずらで椅子の下に隠れているようなことに遭遇するだろう。万が一、椅子の下にいて炎天下で放置されればどうなるか、車内の温度は何度ぐらいになるかリスクに対する「想像力」が働けば、自ら「指差喚呼」して子供が残っていないことを確認するに違いない。漫然と仕事をこなしているから事故は起きる。
残念ながら、今の学校教育では、そうした「想像力」を養うような授業が行われていないのだろう。マニュアル的な知識習得が優先され、A=Bといった答えだけを求める教育が行われている。どんな事にも「リスク」があり、一方で「ベネフィット(利益)」を得ようとすればリスクをゼロにすることはできない。
つまり、ベネフィットを得るためにどうやってリスクを最小化するかという、まさに「現場」で経験的に積み上げられてきた知恵が失われていっているのではないか。
相次いだ通園バス置き去り問題は、日本の「現場力」の弱体化を示しているように見える。だとすると、マニュアル化や機械化をいくら進めても、不幸な事故は形を変えて起き続けるに違いない。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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