世界的な景気後退が現実味を帯びてきた…米フェデックスの業績悪化に投資家が色めき立っているワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月26日 9時15分
■過去30年間、成長を遂げてきたのが一転
9月15日夕、貨物大手フェデックスは6~8月期の決算速報を発表した。6~8月期にかけて貨物取扱数量は減少し、同社の一株利益は予想を下回った。先行きに関して経営陣は、世界全体でコストカットを強化する企業は増え、世界の貨物輸送需要がさらに減少するとの懸念を表明した。6月に公表された業績予想が撤回されるほど、事業環境の厳しさは増している。今回の発表で、翌16日のフェデックス株は前営業日から21.4%下落した。
フェデックスの業績悪化は、世界の景気後退と株価下落リスクの高まりの警鐘と考えられる。過去30年ほどの間、グローバル化やデジタル化の加速を背景に世界の物流は活発化し、フェデックスは成長を遂げた。
しかし、中国経済の急減速などによって、ここにきて同社の取扱貨物数量が急減している。それは、世界の生産活動や個人消費の鈍化を示唆している。今後、米国の連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)などは、インフレ鎮静化のため金融を本格的に引き締める可能性が高い。それによって世界的に景気は後退し、株価の下落圧力も高まる展開が懸念される。
■ロックダウン解除後、貨物需要は増加すると思われたが…
航空貨物などの輸送需要は、世界経済の動向に大きく左右される。フェデックスの決算説明資料によると、6~8月期の業績悪化は主にアジアと欧州における貨物取扱数量の減少に影響された。アジア地域では中国の景気後退懸念が一段と高まっている。不動産バブルの崩壊、断続的なゼロコロナ政策などによって、中国の個人消費や生産活動の回復は鈍い。
当初、フェデックスは上海のロックダウンが解除され、経済活動が徐々に回復するに伴って中国国内、および中国から海外向けの貨物は増加すると予想した。しかし、同社が取り扱う中国の貨物はむしろ予想外に減少している。中国では本格的な景気後退を懸念する中小企業などが急速に増え、生産活動などが急速に弱まっているようだ。
欧州経済もかなり厳しい。ウクライナ危機が発生して以降、欧州各国はロシアからの天然ガスなどの供給減少に直面した。天然ガス価格の上昇によって、電力料金も高騰している。
■メモリ半導体、スマホ需要も減少している
ドイツでは天然ガス価格の上昇や、エネルギー資源の価格変動に対するヘッジのための証拠金負担の増大などで、電力企業であるウニパーの国有化が決まった。欧州経済全体でコストプッシュ型のインフレが急伸し、景気後退懸念が高まっている。その結果、個人消費や生産活動は鈍化し、貨物の輸送ニーズが落ち込んだ。
また、品目別にみると、メモリ半導体、スマホなどIT先端分野の一角で航空貨物需要が減少し始めた。リーマンショック後の世界経済ではデジタル化が加速し、最先端機種を中心に需要の増加期待は高まった。それは航空貨物運賃を上昇させるなど、フェデックスの業績拡大を支えた要因の一つだった。
しかし、2021年下期以降、世界のスマホ需要は減少している。パソコン需要も落ち込み、メモリ半導体の需要は減少している。そうした要因によってフェデックスの業績は想定外に悪化した。
■米国の年末商戦は想定を下回る予想
今後の事業環境に関して、フェデックスは一段と厳しさが高まるとの危機感を鮮明に示した。同社はコストの削減を強化し、当初の計画に比べて資本支出額も抑制する。最大の要因は、米国の年末商戦が想定を下回るとの懸念が高まっていることだ。それは世界経済にかなりの負の影響を与える可能性が高い。
現在、米国の労働市場は過熱気味だ。賃金は上昇し、食料品や家賃などをはじめ消費者物価指数の上昇率は高止まりしている。その状況下、米国の個人消費は底堅さを保っている。FRBはインフレ鎮静化のため追加利上げや量的引き締め(QT)を進めることになる。
金融政策の引き締めによって、今後、米国の失業率は上昇し、雇用・所得環境の悪化に直面する家計は増加するとみられる。個人消費の伸び率は鈍化する可能性が高い。懸念されるのは、そうした変化が米国の年末商戦と重なる可能性が高いことだ。
■日本経済への逆風は一段と強まる
昨年、米国では緩和的な金融環境の長期化期待もあり、株価が大きく上昇した。個人消費は大きく盛り上がった。それが年末商戦での売り上げ増加期待を高め、中国などからの輸入が急増した。今年は、それと逆の展開になる恐れが強まっている。中国やその他のアジア新興国から米国向けの航空貨物便などは減少し、フェデックスの業績には一段と強い下押し圧力がかかると予想される。
足許の世界経済において、米国経済は主要国の中で唯一、底堅さを維持しているといっても過言ではない。米国の個人消費の減少が鮮明となれば、中国の生産活動は再度軟化し、雇用・所得環境の悪化懸念はこれまで以上に高まるだろう。
それが現実になれば、米中経済の成長に支えられるようにして景気の持ち直しを実現してきた、わが国や欧州各国の経済に対する逆風は一段と強まる。足許、相対的に景況感が安定しているASEAN各国などの景気減速、あるいは後退の懸念も高まるだろう。
■FRB議長は「痛みを伴っても利上げを行う」
世界的な景気後退が現実味を帯びてくると、世界の株価にはかなりの下押し圧力がかかりやすくなる。9月16日、フェデックス株の取引量は34.20百万株と前営業日(3.08百万株)から急増した。想定を上回る業績悪化によって、世界経済の今後の展開に関する懸念を強め、リスク削減に動く投資家は増え始めた。その一方、世界経済の景気後退などのリスクを過小評価する投資家は依然として多いようだ。
FRBやECBなど主要先進国の中央銀行は、インフレ鎮静化を目指して金融引き締めを徹底することになるだろう。今年8月のジャクソンホール会合でパウエルFRB議長は、痛みを伴っても利上げを行うとの強い危機感を示した。ユーロ圏でもドイツを中心に、インフレ鎮静化に集中すべきとの危機感は高まっている。世界的に金利は上昇するだろう。理論的に、金利の上昇によって、長い目で見た企業価値が減少するため、株価は下落する可能性が高まる。
■米国の利上げ、中国経済の後退が同時に起きれば…
その一方、世界的に株価は割高だ。過去10年間の1株あたり純利益の平均値を物価上昇率で調整したシラーPER(株価収益率)は7月末で28.90倍だ。シラーPERが25倍を上回っている場合、株価は割高と考えられる。
今後、フェデックスの業績見通し撤回や米国などの金利上昇などによって、業績予想を下方修正するアナリストは増えるだろう。また、中国では本格的な景気後退や台湾侵攻リスクの高まりなどを懸念して、人民元建ての債券から逃避する海外投資家が急増している。
もし、米国の金利が急上昇すると同時に中国経済のさらなる成長率低下や金融市場の不安定化懸念が高まれば、リスクオフに動く投資家は急増するだろう。それによって世界全体で株価が大きく下がる展開は排除できない。フェデックスの業績悪化見通しの公表は、世界経済の先行き懸念と株価下落リスクが高まっていることへの警鐘と考えられる。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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