アイドルというシステムは人を成熟させない…「BTSの活動休止」から考える自分らしい人生の過ごし方
プレジデントオンライン / 2022年9月29日 14時15分
■「活動を一度も楽しいと思ったことがない」
今年6月14日にBTSが公開した動画の中では、彼らの音楽活動に対する葛藤が見て取れる。例えば、
・アイドルというシステムは人を成熟させない。ずっと何かをやり続けなければならないから(ナムジュン)
・スケジュールが埋まって、「こんなふうに生きてはいけない」と思った(Jin)
・昨日と同じ自分がいてはならない(ジョングク)
・歌詞を無理やり絞り出している(SUGA)
・歌詞を書く時、これはチームの考えなのか自分の考えなのかわからなくなる(ナムジュン)
・活動を一度も楽しいと思ったことがない(SUGA)
などだ。
なぜ彼らはこのような発言をしたのか。精神療法の臨床経験が豊富で、『仕事なんか生きがいにするな』(幻冬舎新書)などの著作のある精神科医の泉谷閑示さんに、彼らの発言について聞いた。
■自主的に動けないことの悲鳴
——彼らの発言についてどう思われましたか?
そう感じるのは当然のことだろう、と思いました。アイドルとして、同じようなイメージを演じ続けなきゃいけないとすれば、それがだんだん窮屈になってくるのは自然のこと。成長すればするほど、求められるイメージからはみ出していく。しかし、それを必ずしも歓迎されなかったり、「そんなことは求めてない」と言われたりすることにもなってくる。
この活動に、本人たちのクリエイティビティが発揮されていて、手応えがあるのなら良いのですが、いつの間にか求められるがままに「労働」的になってしまい、嫌になってしまったという発言なのでしょう。
マーケティングにおもねった楽曲制作やプロモーション活動ではなく、あくまで自主的な意志で活動していたのであれば、こうした悲鳴は出てこないはずです。そのため、今回のBTSさんの発言は、自然なもので、別におかしなことを言ったわけではないのです。随分古い話ではありますが、キャンディーズという女性アイドル3人組が人気絶頂だった1978年に「普通の女の子に戻りたい」と言って引退した逸話と似ています。
それにしても、この発言の公表を容認した事務所側は、ずいぶんと懐が深いと思います。今後、メンバーがソロ活動をする時に、「労働」化したアイドルとしてではなく、今度は自分の意見やアイディアを生かし、「仕事」と言えるようなクリエイティブな形でアーティスト活動ができる余地を残してくれたのですから。
その意味でも、世界的スーパーアイドルグループBTSが、あえて、ちょっと苦しいから一度活動休止したいという率直で人間的な意思表示をオープンにしたことは、とても大きな意義があると言えるでしょう。
それは、ニーチェが『ツァラトゥストラ』の中で、人間の変化・成熟のダイナミクスについて述べた「三様の変化」という話に相当します。
■30歳でやっと成人になれる
——「三様の変化」とは駱駝(らくだ)、獅子、小児の順で人間の変化・成熟のプロセスが描かれている逸話ですね。
そうです。駱駝は自ら重荷を積まれることを望み、従順さ、忍耐、努力、勤勉などを象徴している存在です。駱駝は、「汝なすべし」と書かれたウロコに覆われた龍によって支配されていて、その指示に従って勤勉に働きます。
しかし、駱駝はある日それが不当な扱いであることに気付き、獅子に変容して龍を倒し、自分の自由を獲得する。そして、「われは欲す」と雄たけびをあげる。ここに、一人称の自我が誕生するのです。また、この獅子は怒りの化身でもあります。
そして次に、獅子は小児に変身します。小児の言葉は、「然(しか)り」。「すべてはあるがままに」という意味です。小児は純粋無垢(むく)で、無心に創造的な遊びに没入していく。これが、人間の究極の成熟した姿です。そうやって、人は初めて「本当の自分」というものになる。
ですから、本当の自分の人生というものは、このようなプロセスを経た「生まれ直し」からようやく始まるものだと言っても良いでしょう。
この「生まれ直し」は何歳からでも可能ではありますが、みんなが思っているほど、それは早くやってくるものではない。10代、20代でそれができる人は、むしろ稀だろうと思います。
実際、それが起こるのは30代以降がほとんどです。精神的な成長は、現代ではなかなか時間がかかってしまうので、今の人の実年齢に0.7をかけてようやく昔の人の年齢と同等になるのではないかと感じています。ですから、現代では30歳くらいでやっと成人式であると考えるのがちょうど良いくらいかもしれません。
■自分がない「いい子」たちばかり
——アイドルの場合、アイドルを辞めることが自分を取り戻すひとつのルートと言えるかもしれません。一方で、一般人はどうでしょうか。
一般の人たちの悩みの多くは、社会適応のために演じている部分が肥大しすぎて、「本当の自分」を見失ってしまっていることからくるものです。
親元で「良い子」を演じて、社会に出ても会社の期待に応え、「本当の自分」が見失われ、わからなくなってしまっている。そのために生きる意味が感じられなくなってしまっている。最近は、そうでない人を探すほうが難しいくらいです。
子供時代からお受験や習い事に追い立てられ、すっかり子供らしい時間が奪われてしまっている。言われたことに従順にやってきた延長線上で、そのまま社会人になっている。
そうすると、本当は自分は何が好きなのか、何がしたいのか、あるいはしたくないのかとかいうような、自分自身の気持ちや意志がわからなくなる。
■仕事と適性が合っていない人も多い
——先生の診てきたケースでは、具体的にどのような状態の人が多いのでしょうか。
私のもとを訪れるクライアントでは、仕事と本人の資質が合っていない場合も少なくありません。
例えば、適応障害と診断された人がなぜ会社に行けなくなったのかを丁寧に診ていくと、本人の持っている性質と会社の求める業務が全然噛み合っていなかったりする。
一流企業に勤めていて、はたから見れば恵まれていると思われるような人でも、業務内容がまったく本人と合っていなかったりすると、成績は出ないし叱られてばかりになってしまう。本人は、自分が何者であるのか、どういう資質を持っている人間であるのかということがわからないままに、就職してしまったのでしょう。
![頭の後ろで手を組んでオフィスの椅子の背もたれに寄りかかる人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/d/1200wm/img_1d9ec02d0d364b324ff790da2a1d50bc163883.jpg)
治療をきっかけに自分自身と向き合い直したことで、大きく人生の進路変更をしたケースも少なくありません。
例えば、営業や業務管理をやっていたけれど、自分の手を動かしてコツコツ物を作るほうが性に合っていると気が付いて、実際、職人の世界へシフトした方も何人もいらっしゃいます。
しかし一番多いのは、仕事はちっとも面白くないし、自分らしさを生かしているわけじゃないが、やれるからやっているだけ、というケースです。その分、プライベートに生きがいが見つかれば良いけれど、そうでない場合には、生きること全体が無意味なルーティンに思えてきてしまいまうでしょう。
■何もせずボケっとする時間を作る
——そのような「駱駝」的な状態から、ニーチェのいう「獅子」や「小児」になるための方策はあるのでしょうか?
私がお勧めするのは、まずは「嫌い」を大事にすることです。
人間の自我が出てくる順番は、必ず「NO」の方が先なんです。ですから、嫌い、やりたくない、好きじゃないといった、マイナスと見なされがちな「NO」に目を向けてみることがとても大事なんです。みな一生懸命、やりたいことや好きなことを探そうとするけれど、「嫌い」がわかっていない人が「好き」を言えるはずがない。
2、3歳のイヤイヤ期、そしていわゆる思春期の反抗期を経て、さらに大人になってから、自分が真の主体になるために自分を縛っていた「龍」に「NO」を言う「第3の反抗期」とでも言うべき闘いが、本当は必要なんです。しかし、すでに社会の歯車の一部になってしまっているので、それはなかなか簡単なことではない。だから、不本意ながらも現状に甘んじて、鬱屈(うっくつ)した状態で惰性で生きている人も多いような気がします。
あとは、何かをするのではなく、「しないこと」の大切さに気付くこと。何か有意義なことをして時間をすべて埋めちゃおうとせずに、あえて空白の時間を怖がらずに作ってみてほしい。何もせずボケっとしている中でしか、自分の心の声を聴くことはできないのですから。
■楽でもあるけど、別に幸せじゃない
——BTSのナムジュンの「アイドルというシステムは人を成熟させない」という発言は思考停止した閉塞(へいそく)状態を示唆していると思われます。通常の社会にも、当てはまるでしょうか。
人間は機械じゃなく生き物なんですから、同じことをただ反復することや、ただ求められたことに応じるだけでは、基本的に面白くないと感じるはずです。
通常はそれを苦痛に思い、果たしてこんなことを続けていて良いのかという疑問が出てくるものです。しかし、その問題に向き合うことを恐れる人は、感性を麻痺させ、思考停止して、問題から目を背けてしまうのです。
思考停止でいることは、とりあえず楽にはなれるかもしれませんが、かと言って幸せでもない。そして、そのような姿勢で生きることは、自身の人生くらいまではどうにか誤魔化せるかもしれないが、世の中のおかしさを間接的に肯定していることにもつながりかねない。つまり、社会問題などに対しても、思考停止して反対も賛成もせずいることは、二次的に賛成票を閉じてしまっていることと同じです。ファシズムもそういう中で出てきたものですからね。
人間の在り方としては、やはり、思考停止でいることは望ましくないものだと思います。
やはり、自分が今どういう状態で生きているのかということについて、もうちょっと鋭敏になる必要があるのではないでしょうか。
■なぜキャンプブームが起きるのか
しかし、自分を偽った思考停止の状態は、そう長く続くものではありません。その意味で、今回BTSが表明した危機感は、極めて自然なものだと思います。
自然界には毎日同じことは起こらない。頻繁に変わる気候をはじめ、刻々の環境の変化に対処しないと、人は生き延びていけません。私たち現代人が毎日同じような生活ができるのは、実は人為的で不自然な環境を作ったからにほかなりません。
雨風をしのぐ建物をたて、室内でエアコンをつければ、一定の環境で生活が送れる。しかし、本当はそれが人為的な環境に過ぎないことを、私たちは自覚していなければなりません。キャンプブームや地方移住で自給自足的な生活をする人が増えてきているのも、不自然な現代生活への一つの反動なのかもしれません。
私たちが生きていて、何らかの違和感に気付いたら、そこから「悩むこと」を恐れてはなりません。私はあえて、ぜひとも悩んでいただきたいと言いたい。
悩むのがマイナスで、おかしなことと思われがちな風潮がありますが、悩むということは、本当は、人間的なことにもう一度戻っていくための大切な入口なのです。
悩まないで適応している人が健康とみなされるような現代の価値観は、とても薄っぺらなものではないかと思います。そんな意味では、繰り返しになりますが、BTSの出したメッセージは、とても健全な「NO」だと言えるです。
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精神科医・作曲家
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒。精神療法専門の泉谷クリニック(東京/広尾)院長。企業や一般向けの講演、国内外のTV出演など精力的に活動中。著書に、『「普通がいい」という病』『反教育論』(講談社現代新書)、『あなたの人生が変わる対話術』(講談社+α文庫)、『仕事なんか生きがいにするな』『「うつ」の効用』(幻冬舎新書)、『本物の思考力を磨くための音楽学』(yamaha music media)など多数。最新刊に『なぜ生きる意味が感じられないのか』(笠間書院)がある。
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(精神科医・作曲家 泉谷 閑示 インタビュー・構成=ライター 安宿緑)
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