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「銀行への忠誠心が試されている」と思ったが…残業代180万円を棒に振ったメガバンク行員の大後悔

プレジデントオンライン / 2022年10月1日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

メガバンクでは以前、サービス残業が常態化していた。メガバンク現役行員の目黒冬弥さんは「上司から『残業した時間を正確に申告するように』という指示があった。気を使って過少申告したが、それは間違いだった」という。実録ルポ『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)からお届けする――。

■「遠慮はいらないから、思い切り暴れてくれ」

愛知県の豊橋駅前支店に着任初日、熱川支店長が握手を求めてきた。

「キミの人事資料、読ませてもらったよ。苦労したみたいだな。やり方はキミにまかせる。遠慮はいらないから、思い切り暴れてくれ。なんかあったら全部俺が責任を取る」

初対面でこんな言葉をかけてくれる上司は初めてだった。熱川支店長いわく、この支店では、法人営業は強いものの、個人向け業績が慢性的に苦戦しているという。そこで力を入れていたのが「投資信託」だった。

じつは投資信託は銀行にとって都合のいい商品でもある。

銀行が投資信託を販売すると、その投資信託を運営する投資顧問会社から販売手数料をもらえる。販売手数料は、販売額の0.5~3%程度で、高利回り(高リスク)の商品であれば、手数料も高くなる。リスクが高い商品ほど販売が難しいし、商品性が複雑だからだ。

お客が銀行にいくらたくさんお金を預けてくれても、銀行はお客に金利を支払わなくてはいけない。不景気だとお客の預金を貸出に運用できる企業も少ない。こうなると投資信託の販売手数料は銀行にとって安定した収入基盤となる。だから銀行はやっきになって、銀行預金を投資信託に移行させようと仕向けている。

しかし、そこには「元本割れ」というリスクもある。私は、担当先の社長の奥さんにターゲットを絞り、個人向け投資信託のセールスを開始した。

■はじめから大きな金額でやらせないことがコツ

初日から営業車には乗らず、自転車でまわった。

「現在、これほどの低金利の情勢ですと、銀行預金では金利がつきません。何か運用をお考えでしょうか?」

「私は株なんかやらないわ。怖いし、いつも気にしていなくちゃならないもの」

「そういうお客さまにピッタリなのが投資信託です。株の場合、買った銘柄の値動きを毎日チェックしなければなりません。しかし、投信ならば、ファンドマネージャーという専門家が24時間、値動きを見ていてくれますし、複数の銘柄に分散して運用しますから、リスクヘッジになり、大怪我しないのが魅力です。余裕のある資金で少額から試されてみてはいかがでしょうか?」

クライアントと商談をするビジネスマン
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

「でも、私、何を買えばいいかよくわからないわ」

「初めてでしたら、日経平均株価に連動するタイプがわかりやすいです。ちなみにこちらのファンドですが、1年前に100万円購入していたら、今日現在112万円になっています。普通預金なら利息は20円です」

「そんなに違うの? じゃあ、おたくに預けている500万円、全部それにしてちょうだい」

「全額というのはお勧めしません。まずは少額から始めて、増える楽しみを実感してみてください。相場によっては元本を割り込んでしまうリスクもございます。まずは100万円から始めてみましょう」

はじめから大きな金額でやらせない。これが信頼感を持たせるコツだった。少しでも増えた実感と成功体験を持ってもらったら、それを少しずつ積み上げていく。これが顧客との関係性を強固にする方法だった。

■着任してから1カ月足らずで支店のエースに

販売した投資信託は、狙いどおり値上がりした。100万円買ったお客は1カ月足らずで130万円になっていた。

お客は喜んだ。それを片っ端から解約してもらい、30万円の利益を手にしてもらった。利益を実感してもらうことが重要だと考えたのだ。ところが、この手法を知った副支店長が血相を変えて怒った。

「なんで解約させてるんだ? せっかく積み上げた残高が落ちてしまったじゃないか! これじゃお客だけが得をしたことになるじゃないか!」

お客だけが得をする? 当たり前じゃないか。怒りを押し殺しながら、どう反論しようかと考えていると、熱川支店長が割り込んできた。

「彼の考えがあってのやり方だ。彼はこの寒空に自転車で1日30件をまわっている。その熱意に懸けてみようじゃないか」

支店長の言葉を意気に感じる反面、不安もあった。たしかに豊橋駅前支店の営業成績は一時的に落ちていたからだ。

だが、それも1カ月のうちに杞憂(きゆう)に終わる。解約したお客のほとんどは他行に預けていた預金をおろして、うちでさらに投信に投資したいと言ってきた。

なかには「夫の分もお願いしたい」とか「友だちにも紹介したい」と言ってきた人もいた。いったん解約してもらったときには2億5000万円まで落ち込んだ投信の売上げ額はそれから1カ月足らずで6億円を超えた。

着任して半年のうちに、私は豊橋駅前支店のエースになっていた。

■出世コースには乗り遅れていたが、ようやく役職がつくことに

豊橋に着任してからの数年間で、私は支店開設以来、最大の収益案件を成約できた。これで周囲の目も変わった。

最初は私のやり方にあれこれ文句をつけてきた副支店長も何も言わなくなった。着任時から期待をかけてもらった熱川支店長に報いることができたことにも満足していた。

銀行はシビアなので、重要な顧客であれば、稼げない者は担当を外され、稼げる担当にまわってくる。つまり、勝者はどんどん勝ち続け、敗者はさらに負け続ける仕組みなのだ。このころ、私は営業マンとしてのキャリアで絶頂期にあった。

豊橋駅前支店での充実した歳月がすぎ、私は大阪市にある心斎橋(しんさいばし)支店に転勤を命ぜられた。そして、ついに「取引先課課長代理」という役職がついた。栄転だった。

私は出世レースに乗り遅れ、遠まわりを重ねていた。同期の出世頭からはもう7年もビハインドがついているものの、豊橋での活躍で営業マンとしての私はよみがえったのだ。自信とやる気がみなぎってくるのを感じていた。

「うちは若手が多い。目黒君には先生になってもらい、若手たちを指導してもらおうと思う」

心斎橋支店赴任後の全課合同の朝礼で、私は支店長にそう紹介された。光栄に思え、やりがいを感じた。銀行員はつねに出世競争を意識するため、他人を蹴落としてでも這い上がりたい。それゆえ知識やノウハウを自分だけのものにしてしまう習性がある。

私も若いころ、先輩たちに教えてもらえなかったことで悔しい思いをたくさんしていた。そんな思いもあり、前任店では若手の指導役を買って出ていた。きっとそれが評価されて、若手の指導役に抜擢されたのだろう。不満はなかった。

■突然、副支店長からかかった「謎の招集」

稼いでナンボの営業だが、指導した後輩の上げた成果は私の貢献によるものだと思えば、モチベーションも維持できた。

その日から私は若手と毎日行動をともにし、マナーから、会社の見方、着眼点を教え、成績を上げる喜びを伝えた。毎週水曜の朝、定例の勉強会「心斎橋塾」を開講した。毎日の市場動向や、お客へのトーク術とマナーなどを、12人の行員に手取り足取り指導した。

会社の勉強会でメモを取る人
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

夕方の報告会を終えると、副支店長から会議室に招集がかかった。

「目黒代理、なんすかね?」

2年目の若手・山下君が不安げな顔で聞いてきた。もちろん私にもわからない。会議室に入ると副支店長が険しい表情で待ち構えていた。

「遅いぞ! 時間どおりに来いよ!」

ほんの数分遅れただけだったが、副支店長は苛立っていた。

「今日、集まってもらったのは残業のことだ。山下、残業ってどこからどこまでや?」
「定時の17:10から退社する時間まで、です」

なんでそんなことを聞くのかと言わんばかりに口を尖らせながら山下君が答える。

「じゃあ聞くが、その時間に近くのコンビニにコーヒー買いに行ってるのは仕事か? 喫煙室でタバコ吸ってるのは仕事か? 女子行員とくっちゃべってるのは仕事なのか?」

■「今から話すことは口外禁止だ」

銀行の窓口は朝9時から午後3時まで。3時にシャッターが下りると、慌ただしい残務処理が始まる。

預かった現金と支払った現金を機械上の現金記録と一致させる作業を「勘定突合(かんじょうとつごう)」という。いくら機械化が進んでも、これがなかなかピッタリとは合わない。クセのある字を書いてきたお客の伝票で「1」と「7」や「9」などを見間違うなど日常茶飯事だ。

ほかにも、手形や小切手を交換所に持ち出す準備。また、預かった申込書類はその日のうちに処理。作業によっては、支店外にある事務センターに作業を依頼。ほかの支店や本部に書類を送付し、お客宛に書類を郵送する業務など、やることはいくらでもある。

取引先課も、担当するお客が夕方6時、7時でないとアポが入らないなんてざらだ。定時として定められた所定労働時間7時間30分ではどだい終わらない仕事なのである。必然的に残業が必須となる。

まだ社内のイントラネットが整っていなかったころ、勤務時間は手書きして課長に提出していた。ベテラン課長にもなれば残業を逐次確認し、特定の人物に業務負担が偏っていないかなどをチェックできた。心斎橋支店では1人1台イントラネットが整備され、それぞれが毎日、始業時刻と退社時刻を入力している。

「今から話すことは口外禁止だ。家族にだって話してはならない」

そう前置きして副支店長は続ける。

■「きっと忠誠心を試されてるんや」

「ここにおまえたちのパソコンのログがある。パソコンにログインした時刻とログアウトした時刻、その1年分だ。村本、おまえ、去年の11月7日、パソコンをログアウトしたのが20:55で、なんで退社時刻が19:50なんや?」

行員がほぼ全員、毎日残業をしていることは副支店長ももちろん知っている。にもかかわらず、こんなことを聞いてくる真意を推し量れず、村本君は戸惑いながら答える。

「間違えたんでしょうか……」
「そうか⁉ 間違えたんやな? じゃあ、どうすればいい?」
「修正……ですか?」
「そう! 正しい終業時刻に修正するんや。みんなも自分の終業時間をチェックして、正しい時間に直してくれ。でな、これを1年分、明日までにやってくれ」

ゾロゾロと会議室から出てくると、みんな口々に言い合う。

腕組みをして考えるビジネスマン
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

「どういう意味? あれ」
「本当に残業した分を全部払ってくれるのかよ。でも、そんなことしたらとんでもないことにならないか?」
「いや、これで本当に申告したら、なんかあるやろ。きっと忠誠心を試されてるんや」

要らぬ憶測が飛び交う。

■残業代が9万円前後になるように調整したが…

課長に尋ねると、どうやらどこかの支店の若手行員が「サービス残業」の実態について労働基準監督署に告発したらしい。

労基署がM銀行のサービス残業の実態を調査したところ、各地で残業代の過少申告が明らかになり、客観的に勤務実態がわかるパソコンのログイン・ログアウト時間をもとに修正させるようにと指示があったのだという。

目黒冬弥『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)

「まともに修正したら、残業代は180万円前後になるかと思います。どうしましょうか?」と課長に尋ねると、「180万円はまずいな。10万ぐらいにしておいたほうが無難だろうなあ」。銀行への忠誠心を示すためか、残業代をもらえない副支店長の手前なのか、課長は私にそう告げた。

私は課長代理として指示を出した。

「未払いの残業代なんだけど、悪いが9万円前後になるように残業時間を調整してくれないか」

みんなとくに反発することもなく、従ってくれた。まあそんなもんだろう。もらえるだけラッキー。そう顔に書いてあった。

それから数週間後、課長に呼び出された。バツの悪そうな顔をしている。

「隣の取引先2課の課長から聞いたんだけど、みんな70万とか80万とか、残業代そのまんま正しく申請したらしい。2課の課長なんて200万だってさ」
「それじゃあ、10万円以内に抑えたのはうちの課だけなんですか?」
「そうだ。俺だってまさかみんながそんな申告するとは思わないもんよ~」

課のみんなにこのことをどう言おうかと考えた末、伝えるのをやめた。どうせどこかから知ることにはなるだろうが……。

翌月の給料日、未請求だった残業代が上乗せされて入金になった。

その翌週以降、特別ボーナスが入ったほかの課のメンバーたちは、タグ・ホイヤーの時計、ジョンロブの革靴、エルメスのバッグなどで出社してきた。取引先3課のわれわれは指をくわえてそれを眺めていた。幸いなことに私に直接文句を言ってくる課員はいなかった。

さらにその翌月、社宅の駐車場に停められている隣のクルマがアウディに変わっていた。

あとから聞いた話では、その家は残業代250万円を請求したのだという。それ以来、わが一家は駐車場に行くたび、ピカピカのアウディを見て、ため息をつくのであった。

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目黒 冬弥(めぐろ・とうや)
現役メガバンク行員
バブルの終わりごろ大手都市銀行に入行。地方都市や首都圏の支店で法人営業に携わる。紆余曲折を経て、窓口事務の管理者としてメガバンクM銀行に勤務する現役行員である。

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(現役メガバンク行員 目黒 冬弥)

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