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「使い勝手はあくまでセダン」新発売の新型クラウン・クロスオーバーが抱えた"致命的なジレンマ"

プレジデントオンライン / 2022年10月2日 12時15分

新型クラウン・クロスオーバーG プレシャスブロンズ - 写真提供=トヨタ自動車

新型クラウン「クロスオーバー」モデルが9月1日に発売された。グローバル展開するトヨタの世界戦略車として一新され、発表時に大きな話題と期待を集めた新型車は果たして成功するか。自動車業界に詳しいマーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明さんは「ヒット作になると考えていたが、クロスオーバーの実車に触れて“大きな課題”に気づいた。ライバルはハリアー、NX、RX、そして新型クラウン別モデルとなり、かなり厳しい戦いが予想される」という──。

■ついに発売された新型クラウン

7月に発表された新型クラウンが、一部グレードのみとはいえ9月1日に発売となった。新型クラウンは今までのクラウンとはまったく異なる佇(たたず)まいのスタイルとなり、来年には4つの車型を持つ、カローラのような大きな車種ブランドに成長する。

今回発売されたのは「クロスオーバー」と呼ばれるモデルで、新型クラウン開発の中核的なモデルである。また新型クラウンは今までと異なり、グローバル展開されることもトピックである。

このクラウン・クロスオーバー、今までの、よくいえばフォーマル、実際には非常に保守的なモデルだったクラウンのイメージを刷新するパワーを持った魅力的なモデルというのが第一印象だった。最近ドイツのプレミアムブランドが力を入れている、「クーペSUV」にも通じるスタイリッシュさが感じられたのだ。

クラウンというブランドにふさわしいかどうかはさておき、若者にも支持されヒット作になるだろうと直観的に感じた。

■SUVのようで、使い勝手は大きく異なる

しかしスタイリングを子細に見た後に、実際に車に乗り込んで使い勝手をチェックしている過程で、おや? と思い始めてしまったのである。

この車は、一見するとSUVのように見えるのだが、使い勝手的には今までのクラウン・セダンとほとんど変わらないのだ。

どういうことかというと、このモデルにはハッチゲートがなく、小ぶりなトランクリッドがあるだけで、荷物はそこからしか出し入れできないのである。リアシートのアームレスト部分にトランクと通じる穴はあり、スキーなどの細長い物は積めるが、リアシートは固定式で畳むことはできず、トランクに収まらない大きな荷物を積むことは不可能なのである。

なぜそれが問題なのか。

その疑問に答えるためには、なぜ高級車においてもセダンの人気が衰え、SUVがこれほどの人気になったのかを考える必要がある。

■ライフスタイルの変化で人気車種は変わる

乗用車の世界ではCセグメント(フォルクスワーゲン・ゴルフ、トヨタ・カローラクラス)までは5ドアハッチバックが主流となり、Dセグメント(トヨタ・カムリ、フォルクスワーゲン・パサートクラス)以上では3ボックスのセダンがメイン、という時代が長く続いた。

Cセグメントまでは実用性重視だが、Dセグメント以上ではステータス感や上質感が求められていたからだろうと思われる。

実用性を求める層がなぜ5ドアハッチバックを好んだのか。それは、1980年代頃からIKEAなどの郊外型の大型店舗が増え始め、車で大きな荷物を運ぶ場面が増えたからである。またレジャーも多様化して、荷室の使い勝手の重要度は増していった。

ハッチバックであれば後席を畳んで大きな荷物を積むのは容易であるが、3ボックスセダンではかさばる荷物を積むのは困難だ。Cセグメントにおいて3ボックスセダンの売り上げが世界的に低下傾向をたどったのは、このようなライフスタイルの変化が大きいと考えられる。

■プレミアムブランドの顧客がSUVに飛びついた理由

SUVの原型は、オフロードをメインに走るクロスカントリー型の4WDであり、大きく高価なモデルが多かったため、もともとステータス性は高かった。しかし乗り心地は粗野で騒音も激しく、一般的な用途には向かなかった。

ところが、1990年代になって乗用車をベースとした、快適性の高いオンロード指向のSUVが登場すると状況は一変する。

プレミアムブランドの顧客層、つまり富裕層でもライフスタイルの変化は起きており、潜在的にマルチパーパス車のニーズは高まっていたのだ。しかし普通の5ドアハッチバックでは大衆車イメージが強すぎて、ステータス性が必要なプレミアムブランドにはふさわしくない。

ステーションワゴンやミニバンも同様にファミリーカーイメージが強すぎる。そのような状況の中で、快適性の高い新世代のSUVはプレミアムブランドにもふさわしい車型として世の中に受け入れられたのである。

■「使い勝手」と「ステータス」の両立

ついにプレミアムブランドは、ファミリーカーとして使い勝手のいい5ドアハッチバックを、「SUV」という名の下に、ステータス感を損なわずに手に入れることに成功したのだ。

このことからわかるように、「高級車なのに便利な5ドアハッチバック」であることがSUVの大きな存在意義だ。となれば、当然の成り行きとしてSUVは瞬(またた)く間にプレミアムブランドにおいてメジャーな車型となっていった。

2002年にはポルシェも参入し、メルセデスベンツやアウディは言うに及ばず、ロールスロイスやベントレーまでSUVをラインアップに加えるようになった。

これらの高級SUVに共通しているのは、すべて使い勝手のいい5ドアハッチバックであり、荷室も大きく使いやすく、セダンにはない多用途性を持っていることだ。現在ではレクサスの65%、ポルシェの56%、BMWの46%、ベントレーの40%をSUVが占めるに至っている(2021年)。

SUVが高級車として認められているという象徴的な出来事として、先日行われたエリザベス女王の国葬がある。王族や要人の乗る車列の中にレンジローバーやロールスロイス・カリナンといったSUVが多く見受けられたのだ。天皇皇后両陛下の空港からの送迎車としてもレンジローバーが使われていた。

新型クラウンのラゲージスペース
写真提供=トヨタ自動車
新型クラウン・クロスオーバーのラゲージスペース - 写真提供=トヨタ自動車

■自社車種に多くのライバルが…

翻(ひるがえ)って、新型クラウンは一見スタイリッシュなSUV風であるが、前述の通り使い勝手はあくまでセダンなのである。

もちろん、多用途性を求めず、SUV的なスタイリングだけを求める客もいるだろうが、多くの選択肢がある中であえてクラウン・クロスオーバーを選ぶ意味はあるだろうか。

トヨタ内にもハリアーという上質感と多用途性を兼ね備えたモデルがある。レクサスにもクラウン・クロスオーバーと近い価格帯にNXという魅力的なSUVがある。

NXはクラウン・クロスオーバーよりややサイズが小さいが、リアシートは通常用途としては十分以上の快適性があり、荷室もクラウンの450Lに対して後席を畳まなくても520Lあるうえ、荷物の出し入れも圧倒的にやりやすい。年末にはサイズ的にも近いレクサスRXもモデルチェンジし、新型となる(ただし価格はクラウンより高価になると考えられる)。

ハリアー、レクサスNX/RXはすべて使い勝手のいい5ドアで、当然リアシートを畳むことができるし、リアシートのリクライニングも可能だ。クラウンのリアシートは固定式でリクライニングもできない(最上級モデルにのみオプションでリアリクライニングシートを選択可能)。

■「セダン」という車型にとらわれていないか

そして決定的なのは、来年以降同じクラウンブランド内に「クラウン・スポーツ」と「クラウン・エステート」という大小2種の5ドアSUVが投入されるということだ。

とくにエステートは広いリアシートと大きな荷室が備わると思われる。またフォーマルな佇まいのクラウン・セダンも投入されるので、伝統的セダン指向層は素直にセダンを選ぶだろう。

結局のところ、クラウン・クロスオーバーは誰が買うのか非常にイメージしにくいモデルとなってしまった。

クロスオーバーは「新しい時代のセダンとは」というのが開発の出発点だったと思われる。セダンという車型にとらわれてしまったことが徒(あだ)となって中途半端なものになってしまったのではないか。

本来は「新しい時代の高級車とは」とか、「新しい時代のフォーマルカーとは」という視点で開発するべきではなかったか。

実際、SUVルックのセダンとしては、ボルボが2015年にセダンのS60をSUV仕立てにしたS60クロスカントリーという車種を発売したが、セダン指向層にもSUV指向層にも受け入れられず、ごく少数の販売にとどまって2年あまりで生産中止となったという過去がある。似たような経緯をたどらなければよいがと危惧する。

■新型クラウンに立ちはだかる「厚い壁」

クロスオーバーは発売当初は話題にはなるだろうが、おそらく中長期的な大ヒットとはならず、クラウンはスポーツとエステートを中心としたSUVブランドとなっていくだろう。

しかしSUVは激戦区であり、クラウンは価格帯的にブランド力のあるさまざまなプレミアムブランドと戦わなければならないし、レクサスともオーバーラップしてしまう。

トヨタのブランドイメージはグローバルでも非常に高いが、あくまで安心と信頼を核としたマスブランドであり、高級車に求められるプレミアム性はない。

また、日本と違ってクラウンという名は海外ではほとんど知られておらず、日本のように名前だけで高級イメージを抱いてもらうことはできない。一からブランド構築を始めなければならず、レクサスとの差別化も図らなければならない。

車型的には売りやすいスポーツやエステートであっても、楽観視することはできないだろう。クラウンの戦いはかなり厳しいものになるのではないだろうか。

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山崎 明(やまざき・あきら)
マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)

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