初見のキャラでも「ペンライトを振って応援する」と魅力を感じる…「推し」の科学が解き明かす"沼"の秘密
プレジデントオンライン / 2022年9月30日 13時15分
※本稿は、久保(川合)南海子『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■「ファン」と「推し」では何が違うのか
あなたには「推し」がいますか? 「推し」がありますか?
「推し」とは、簡単にいえば、とても好きで熱心に応援している対象(人や事物など)のことです。もともとは、女性アイドルグループのなかで自分がもっとも熱心に応援しているメンバーを指すファン用語でした。それがここ数年のうちに、さまざまなジャンルのファンにも知られるようになり、いまや一般的に使用される言葉となっています。
対象もアイドルだけでなくアーティストや役者やタレント、アニメやマンガやゲーム、ドラマや映画や舞台や小説、スポーツや物や事柄など、この世界のあらゆるものすべてが「推し」になりえます。
ここで「推し」についてはじめて知ったという人は、こう思うのではないでしょうか。なるほど、つまり「私は○○のファンです」というのを、いまどきふうに言うと「私の推しは○○です」ってことか! けれど、すでに「推し」についてよく知っていたり、自分に「推し」がいる(ある)という人は、そういわれるとちょっと違うんだよね……と思うかもしれません。
では、ただのファンと「推し」は、いったいなにが違うのでしょう。
■ネイルを見て「かなりのファン」から「推し」へ認識が変わった
職場の同僚に、フィギュアスケートの羽生結弦選手のファンがいます。スケート大会の前後には熱心にその話をしているので、かなりのファンであることは知っていました。でも私はなぜか、羽生選手を彼女の「推し」だと思ったことはなかったのです。
ある日、ふだんからおしゃれな彼女のネイルがとてもすてきだったので「そのネイル、すごくきれい!」と言ったら、「ありがとう! これ、羽生くんの衣装をモチーフにしてもらったの」というではありませんか。その瞬間、私は、彼女にとって羽生選手は「推し」なんだ! と気づいたのでした。
なぜ私は、彼女にとって羽生選手は「推し」であると認識するようになったのでしょうか? そこに、ただのファンとは違う「推し」とはなにかを考えるヒントがあります。
■「BTSがやっていたから、SDGsピンバッジを身に着けたくなった」
ほかの例も見てみましょう。職場の別の同僚に、韓国のアーティストグループBTSのファンがいます。ある時、彼女がジャケットの襟にSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)のピンバッジをつけていました。彼女は大学のジェンダー研究所の所長でもありましたから、それでつけているのだと思いました。すると「もちろんそれもあるけど……実はBTSが国連でのスピーチの時につけていたから、私もつけたくなって」とのこと。
なんとSDGsのピンバッジは「推し」と同じものを自分も身につけたいという、ひとつの「推し活」(「推し」にまつわるファン行動のことを「推し活」といいます)でもあったのです。
職場のさらに別の同僚と、「この前の連休はなにしてた?」と雑談していたら「横須賀でクルージングをしてきた」と言います。よくよく聞くと、湾内をめぐる遊覧船から自衛隊や米軍の艦船を見ることができるツアーとのこと。
私は、彼女がマンガ『ジパング』や『あおざくら防衛大学校物語』のファンであることを知っていました。だからそれが、単に艦船を見物するクルージングではなく、横須賀で実際の景色や艦船を見ながら、それらの景色や艦船がでてきたマンガの世界に浸るという「推し活」だったことがわかりました。私もそれらのマンガが好きなので、うらやましい気持ちでおみやげ話を聞かせてもらいました。
■受け身ではなく、能動的なのが「推し」
どうでしょう? これらの例から、ただのファンではなく、「推し」を推すファンのありようが少し見えてきましたか? ただのファンと「推し」では、好きの程度が異なるのはもちろんです。けれど、それよりも大きなポイントは、ファンである自分が「なにをするか」にあります。
私の同僚たちのように、好きな対象のイメージをもとになにかを生成してしまう、好きな対象と同じことをしてしまう、好きな対象の世界を現実で体感しようとしてしまう、など「推し」をめぐってファンはいろいろなことをしています。その対象をただ受け身的に愛好するだけでは飽き足らず、能動的になにか行動してしまう対象が「推し」である、とここでは考えます。
■「こころが変化したから行動が変化する」だけではない
対象をただ受け身的に愛好するだけの段階から、好きという情熱に突き動かされ、なにかしたい! という気持ちになったら、まずはなにをするでしょう。
応援する、ほかの人にすすめる、グッズを集めるなどは、「推し」を推す、はじめの一歩です。自分が好きなものが活躍している姿を見て、「すてき! 頑張れ!」と言いたい、自分が好きなものをもっと多くの人に知ってもらいたい、自分が好きなものをもっといろいろ見たい、そんな気持ちが、好きな対象をただ享受するだけの立場から、自分が対象に「なにかをする」行動へと駆り立てます。
テレビや雑誌やインターネットで見るだけだったアイドルやアーティストのライブへ行って声援を送ること、見る・読むだけだったアニメやマンガの感想をSNSに書いてみること、ポスターやいろいろなグッズなどを集めたり部屋に飾ってみること……ファンとして「なにかをする」ことは、その人を受動的なファンから能動的なファンへと変化させます。
![両手を上げてコンサートを楽しむ人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/c/1200wm/img_8c2630b6cb8a9371c183f59aaf3ed80c84884.jpg)
自分から対象に働きかけることによって、自分は変化するのでしょうか。つまり、受動的なファンから能動的なファンへと行動が変化した時、ファンである自分のこころは、なにか違うものになっているのか、ということです。
それは逆でしょうって? こころが変化したから行動が変化したのであって、だとしたらこころが違うのはあたりまえなのではないか、そう思うのはたしかに当然です。
認知科学や心理学では、身体性認知(embodiedcognition)という考え方があります。それは、人間の認知活動をこころと身体と環境とのダイナミックなやりとりとしてとらえます。身体はこころの単なる入れ物ではなく、環境や状況は必要とする情報源や行動するだけの場所ではなく、感情は認知を妨害するものではないのです。身体や環境や感情は、人間の認知活動とわかちがたく結びついていると考えます。身体性認知は、こころから行動を考えるだけでなく、身体の行為から認知をとらえなおそうというアプローチでもあるのです。
■ペンライトを振りながら『あしたのジョー』を観る実験
身体性認知の見地から、応援について検討した研究があります。認知科学の三浦慎司先生と川合伸幸先生は大学生を対象に、アニメ『あしたのジョー』の試合場面に登場するキャラクターを応援してもらい、その対象への好みや魅力度、強さを評価させました。
参加者は、具体的な動作としては、大型モニターの映像に向かって大きな太鼓を叩くような動きでペンライトを振るように指示されました。これはアイドルのライブなどで見られる観客の行動と同じです。実験に参加した大学生たちは、ひとりを除き、『あしたのジョー』のアニメを観たことはありませんでした。
実は、参加者には「アニメを見ながらペンライトを一定間隔で振り、振り方によってどのように動きのズレが生じるか測定する」というニセの目的を告げていました。ですから、参加者はしっかりペンライトを振るのですが、キャラクターを「応援」しているという自覚はないのです。
■はじめて見るキャラクターを「応援」するとどうなるか
試合の場面はどちらが勝つともわからないもので、キャラクターは4人でした。実験には以下のような条件が設定されていました。
4人のキャラクターはそれぞれ、実験参加者がペンライトを振っている時に活躍していた人、ペンライトを振っている時には活躍していなかった人という役割があり、それはキャラクターによって固定しないよう参加者ごとにカウンターバランスをとって割り当てられます。つまり、参加者にとってペンライトを振るという行為は同じでありながら、応援対象の活躍ぶりは異なっていたのです。
もうひとつ、重要な条件があります。実験中にペンライトを振る、という行為には二種類ありました。ひとつは、先ほど言ったように、ライブでアイドルなどにペンライトを振るような動作です。もうひとつは、ペンライトを後ろに向けて自分の肩を叩くように振るという動作でした。これは、ペンライトを振るという動作は同じでも、ライブなどでの振り方とはまったく似つかない動きです。
さて、実験の結果はいったいどのようなものだったのでしょう。はじめて見るキャラクターについて応援しているという自覚もないまま一生懸命にペンライトを振ってみたら、こころになにか変化があるのでしょうか?
■ペンライトを前向きに振ると活躍したキャラに魅力を感じる
なんとおもしろいことに、ライブ鑑賞のようにペンライトを振っていた時に活躍していたキャラクターだけ、実験後の評価で魅力度が突出して高くなっていたのです。
![久保(川合)南海子『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(集英社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/4/1200wm/img_2462783121d3fefd7d20193648cf0933111479.jpg)
ペンライトを後ろ向きに振ったキャラクターや、ペンライトを振っているのに活躍していなかったキャラクターの魅力度は、実験前後で変化していませんでした。好みや強さには、どの条件でも違いは見られませんでした。4人のキャラクターに対してどのようにペンライトを振るかは、参加者ごとに変えていましたから、これはキャラクター固有の魅力度や好み、強さを反映した結果ではありません。
この実験からわかることは、応援しているというつもりはないのに、ペンライトを前向きに振った時、その先にいるキャラクターが活躍していたら、そのキャラクターが魅力的に見えてくる、ということです。それだけ、自分がとる行動はこころに大きな影響を与えることがわかります。
実験前にはほとんどフラットな状態だった参加者のこころでさえこうなるのです。そもそも自分が好きな対象の活躍を、意識的に能動的に全身全霊で応援するという行為が、どれだけ対象の魅力度を爆上げするか、あらためていうまでもないでしょう。
■感想をSNSに書いたり、グッズを集めたりする行為も同様
ただ一方的な受け身のファンでいるのではなく、自分から対象に働きかけることによって行為が生まれます。すると、その行為はこころに影響して、また新たな行為となり、それがさらにこころへ影響を……というエンドレスな循環が起こります。
この実験は対象が映像でしたから、応援によって対象の様子が変化するということはなかったのですが、対象が現実世界に存在するのであれば、応援によって対象が変化することもあるでしょう。声援に応えてくれることだってあるかもしれません。そうなればさらに、こころに影響する要素は増えることになります。
このような循環の効果は、応援だけに見られるわけではありません。感想をSNSに書いたり、グッズを集めたりする行為も同様です。つまり、自分が好きな対象に働きかけることは、自分の「推し」に対する想いが際限なく増幅されていく、底無しの循環システムのなかへとびこむことにほかなりません。「推し」のいる人たちが、そのような自分と「推し」のありようを「沼」と表現しているのはたしかにそのとおり、ある意味とても写実的とすらいえるのです。
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愛知淑徳大学心理学部 教授
1974年東京都生まれ。日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員、京都大学霊長類研究所研究員、京都大学こころの未来研究センター助教などを経て、現職。専門は実験心理学、生涯発達心理学、認知科学。著書に『女性研究者とワークライフバランス キャリアを積むこと、家族を持つこと』(新曜社)ほか多数。
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(愛知淑徳大学心理学部 教授 久保(川合) 南海子)
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