国葬中は騒音対策でロンドン空域を閉鎖…英国取材で「これこそ本物の国葬だ」という声が漏れたワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月26日 14時15分
■無関心な層はいても、反対する人はいなかった
エリザベス2世英女王の国葬が9月19日、ロンドンのウェストミンスター寺院で行われた。各国の要人が2000人以上参列するという大規模なものだったが、大きなトラブルもなく、つつがなく終了した。女王の棺は市郊外のウィンザー城に運ばれ、昨年亡くなった夫・エディンバラ公フィリップ王配の隣に埋葬された。今頃は2人仲良く、ゆっくりしているのかもしれない。
日本では安倍晋三元首相の国葬が27日に控えているが、開催間近になっても「反対だ」「やめろ」という声は依然として大きいと聞く。一方、エリザベス女王の死去をめぐっては、一連の儀式に無関心な層はたしかにいるものの、国葬自体に反対する人は筆者が取材した限りでは見当たらなかった。この差はいったい何なのだろうか。
■「11日間、ずっと喪に服していたよう」
筆者が話を聞いたのは、ロンドンに15年余り暮らし、「あらゆる王室行事を現場まで観に行く」と豪語する60代の日本人女性M子さんだ。過去数年間は、たまたま王室の慶事が続いたこともあり、「ティアラをかぶって目の前に現れたキャサリン妃の姿は、今思い出してもうるうるする」と王室オタクであることを隠さない。
女王が亡くなった9月8日から国葬までの間、11日間空いた。「事実上、この11日間はずっと喪に服していたように感じた」と語るM子さん。ずっとお通夜の気分で鬱っぽくなっていたが、「ロンドンに棺が運ばれてくるというのでいてもたってもいられなくなり、繁華街のど真ん中まで見に行った」という。
圧巻だったのは、ウェストミンスター宮殿に安置された女王の棺を弔問する人々の多さだった。行列の長さはなんと9.5キロ。「待ち時間は30時間に及ぶと政府から聞かされた時、そんなことありっこないと思ってたんです。ところが弔問の最終日ごろには24時間以上になったんですね」
弔問の行列には、サッカーイングランド元代表として知られるベッカム氏も10時間以上かけて市民と一緒に並び、途中で一緒に並んでいた人々にドーナツを振る舞ったとの逸話も伝えられている。現地報道によると、弔問客は最終的に25万人に達したという。
■棺の上には王冠、王杖、宝珠の「三種の神器」が
女王の棺の上には英王室の「三種の神器」が置かれていた。日本人にとって「三種の神器」は絶対に目にできないものとされている。一方、英国では王冠(インペリアル・ステート・クラウン)は普段でも世界遺産になっている要塞「ロンドン塔」に行けば見られるのだが、防弾ガラスに囲まれ、観覧の際は動く歩道に乗るので立ち止まれず、じっくり肉眼で見るチャンスはそうそうない。
M子さんは「沿道で霊柩車を待ったのですが、あのダイヤモンドがザクザク付いた王冠を肉眼で見られて感動しました」と語る。
![国葬の準備でロンドン中心部の道路はあちこちが封鎖に](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/a/1200wm/img_3af8107404aacaa29d2619a24fc95cd7445795.jpg)
ちなみに三種の神器は英語でレガリア(regalia)という。欧州には何セットかが過去の王室の歴史を物語るものとして保存されているが、そもそも王室が現存する国自体少ないため、映像越しであっても「現在有効なレガリアのセット」が出てくる機会は非常に希少だ。
■棺の上に掛けられた「カラフルな布」の意味
女王の棺には、カラフルな旗が掛かっていた。よく知られる国旗・ユニオンジャックではないことに「あれは一体何?」と疑問に思った人も少なくなかったのではないか。
![ロンドンを離れる女王の棺、M子さん宅近くの国道にて](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/1200wm/img_48b185777041e40299f1e6a2a02ae0f3502981.jpg)
あの旗は「ロイヤルスタンダード」と呼ばれ、英国を構成する“4カ国”の”国章”がモチーフとして描かれている。英国の正式名称はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)とあるが、この「連合」を成すのはイングランド、スコットランドとウェールズの“3カ国”だ。
ロイヤルスタンダードは英国王が所在する現在地に掲げられる。したがって、女王がバッキンガム宮殿に居る際は大きな「ロイヤルスタンダード」が建物に掲げられるが、不在の際はユニオンジャックに切り替わる。この習慣はすでにチャールズ3世新国王にも引き継がれ、例えば棺の葬送の際にも、国王乗車中の公用車に「ロイヤルスタンダード」が取り付けられていた。
■女王のこだわりが感じられた“We will meet again”の言葉
ここまでは歴史ある英王室の伝統にのっとった光景が見られたが、国葬では女王が生前より入念に準備していたという“こだわり”が見えた。筆者が特に注目したのは、英国国教会による“説教”だ。
英国の国の宗教は「英国国教会」で、国王が教会の首長(Defender of the Faith、直訳すると「信仰の擁護者」)を務めている。その総本山は世界遺産にもなっているケント州のカンタベリー大聖堂だが、国葬では同聖堂からジャスティン・ウェルビー第105代カンタベリー大主教が説教を行った。
女王は新型コロナウイルスの大流行の初期に「国民が少なくとも2万人は死ぬだろう(結果として16万人以上が亡くなっている)」との予想が出た直後、国民向けの演説で“We will meet again(私たちはきっとまた会うでしょう)”と言ったことがあった。一人でも多くの国民がコロナ禍から逃れ、共にこの災難を無事に乗り越えよう、と訴えたわけだ。
ウェルビー大主教はコロナ防疫を訴える女王の言葉を引用した上で、「今日の悲しみは、亡き女王の家族だけでなく、英国、英連邦、世界のすべての人々が感じている。女王はすでに私たちの前から消えてしまった。この悲しみは、女王の豊かな人生と愛に満ちた人々への奉仕の心を感じているからだ」と述べた。
![大型画面に映し出される棺が運ばれる様子を見守る人々](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/b/1200wm/img_cb0aeb836d996a208e69745f1f46ab50509382.jpg)
■「改めて感謝の念を持った国民は多いのでは」
この女王による“We will meet again”という呼びかけは、国民にコロナへの恐怖を植え付けるには十分すぎるものだった。「また会える」と強調した裏には「会えない人が出る覚悟も」というニュアンスがあったからだ。
M子さんも女王のテレビ演説を見たひとりだが、ウェルビー大主教の説教には感慨深い思いをしたという。「2年半前は女王が病気への恐怖を訴えるような状況は正直信じられなかったけれど、国葬で女王の言葉が引用されたとき、こうして生きていられることに改めて感謝の念を持った国民は多いのではないでしょうか」
![バッキンガム宮殿には多くの花束が手向けられていた](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/0/1200wm/img_203a6213f0db0f8435f67e4bb7b151cb487888.jpg)
そしてもう一つ、女王のこだわりが見られた点は、国葬の終盤に行われたバグパイプのソロ演奏だ。
これは、女王が毎朝起床する際、モーニングコール代わりにバグパイプを演奏させていたことになぞったもので、国葬では「女王を見送るための最後の演奏」が行われた。選ばれたのは伝統的な哀悼曲「Sleep, Dearie, Sleep」で、ポール・バーンズさんというバグパイプ奏者が誰もいない教会の一角で演奏する姿は、なんとも悲しみを誘った。
「バグパイプで弾く伝統曲はこれまで数多く聴きましたが、葬送の曲なんてまず聴く機会がないんです。女王の国葬のために新しく作曲されたのかな、とさえ思いましたね」(M子さん)
■天皇皇后両陛下の席次は英連邦の次に
在位70年という歴代最長の英国君主だったこともあり、国葬では各国を代表する参列者の席次も大きな話題になった。英国は、かつての植民地などから構成される英連邦(Commonwealth)の宗主となっており、いまだに国王が各国の元首を務めている例も多い(英連邦諸国すべてではない)。
国葬では同盟国よりも英連邦諸国を優先し、カナダなど各国首脳の席を前列に置いた。これを見た北米各紙に「(普段は国力で負けている)カナダのトルドー首相のほうがバイデン米大統領(14列目)よりも席が前だった」と大いに揶揄(やゆ)されてもいた。
ちなみに、天皇皇后両陛下はマレーシアのアブドゥラ国王の次の序列に座っていたとされる。マレーシアはかつてシンガポールと共に「英領マラヤ」だったことで、今でも英連邦の一角を占める。
![バッキンガム宮殿前に設置された各国TVのライブ仮設スタジオ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/3/1200wm/img_e39ca299fc0c3b5e10d0ef2a08f623c8463342.jpg)
■街には半旗が掲げられ、喪服が飛ぶように売れた
こうして、エリザベス女王の国葬は伝統的な慣習と、女王自ら長年実践してきた「国民に身近な王室」を体現したような儀式として幕を閉じた。王室と連邦国とのつながりを継承しつつ、新時代の王室を思わせるような演出は、普段は政治思想などバラバラな英国市民の心を強くつかみ、連帯感を生んだかのように思えた。
実際、国葬当日は英国は休日となり、あらゆる場所で半旗が掲げられた。女王死去の報が伝えられた直後に街の様子を見に行ったというM子さんは「お店も公共施設も、目に付く旗は皆、半旗でした。英国中はもとより、欧州の各国でもこうした対応がとられたのでは」と語る。
人々が持ち寄った不用品を格安で売る街のチャリティーショップでは、女王死去の直後から喪服が飛ぶように売れたという。「店主の方に声をかけたら”喪服が一番売れる商品になる日が来るとは夢にも思わなかった”って言っていましたね。店頭のマネキンにも喪服が着せられていたのが目をひきました」(M子さん)。国葬までの数日間は喪服を着て花を持つ人々も多く見かけた。
![弔砲を撃つ大砲が馬に引かれて繁華街を走る](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/7/1200wm/img_f7dc7d6f3b26b69bb1cf8c0da1165271503026.jpg)
これは筆者の体験だが、かつてローマ法王が亡くなった際、欧州中のあらゆる旗が半旗だったにもかかわらず、ある国の日本大使館の日の丸だけがそのまま掲げられていた。政教分離を憲法で定めているからなのかもしれないが、現地の人には「日本は敬意を示さないヘンな国だね」と言われ、返答に困ったことがあった。
また、国葬中は騒音を避けるために政府がロンドン市内空域を閉鎖し、民間機の乗り入れを一時的にストップする措置もとられた。ただ、英国のように移民が多い国では、「国葬の中継をスマホで食い入るように見ている英国人の真横で、普段と同じような大声で外遊びをしているアジア系移民の家族がいた」(M子さん)という話もあり、全員が全員、女王に弔意を示していたという状況ではなかったようだ。
■「最後のお別れ」も沿道に人があふれた
ただ、それでも英女王がどれだけ多くの国民に愛されていたかが分かるシーンがある。国葬が終わり、いよいよ女王の棺が「お墓」となるロンドン西郊外のウィンザー城に送られる際には、テレビ中継を見ていた多くの市民がまたも沿道へと出てお見送りを行った。
ロンドン中心部の道路は国葬のために何日も封鎖され、棺の運搬の日も、ウィンザー城に続く数十キロに及ぶ道路が24時間以上も通行止めになった。沿道で「最後のお別れ」を待つ人々の中には、最前列で見送るために丸3日間歩道で待機した人もいたという。
M子さんの自宅はウィンザー城につながる国道のそばにある。「うちの地区の人々は、老いも若きも全員総出で沿道に出てお見送りしました。あんな状況を見ると、そもそも女王の国葬を行うにあたって、賛成とか反対という論議が生まれること自体信じられません」。国葬の是非を確認すること自体が無粋ということか。
![女王御用達の店舗では追悼の飾りが置かれていた](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/4/1200wm/img_8475d55c6a6d5cbc6f464c9c804f3b96485658.jpg)
■日本では半旗や黙祷まで議論の的になっているが…
たしかに、生前より自身の葬儀のあり方を入念に考えていたエリザベス女王と、突然銃撃され亡くなった安倍元首相の国葬を比較することはおかしいと思う人もいるかもしれない。
だが、今回英国政府が多くの国民と一体になって完璧ともいえる国葬を執り行った様子を目の当たりにしたら、日本では国葬をやるかやらないかだけでなく、半旗の掲揚や黙祷をするかまで「国民や自治体に協力を求めない」と政府がいちいち発表しなければならない状況になっていること自体、残念に思う。
英国民に愛され続けた女王が、地球の裏側で起こっている「国葬の是非問題」を耳にしたらなんとコメントするのだろうか。きっと想像もできないユニークな答えが返ってきそうだ。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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