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スーパーより高い価格はダテじゃない…高島屋デパ地下に常駐する「野菜バイヤー」のすごい仕事ぶり

プレジデントオンライン / 2022年9月30日 14時15分

石渡眞佐之(いしわた・まさゆき)さん。1971年生まれ。1990年に高島屋に入社し、ワールドフーズや生鮮、催事、和洋菓子担当を経て、2015年にMD本部食料品生鮮バイヤーに就任 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

デパ地下には人気のスイーツや総菜売り場のほか、野菜や鮮魚、精肉を扱う生鮮コーナーもある。一般的なスーパーに比べて価格水準は高いが、何が違うのか。コラムニストの矢部万紀子さんが、高島屋の野菜売り場にスポットを当てた――。

■「デパ地下の野菜」は何が魅力なのか

料理好きの知り合いに「材料はどこで買うか」と尋ねると、「野菜は高島屋のデパ地下」と返ってくる率が高い。だいぶ前からそう思っていた。通信販売の広告でよく見る「個人の感想です」の類だが、コロナ禍で外食が減り、家で料理する機会も増えた昨今、深掘りしてみることにした。

話を聞いたのは、高島屋MD本部食料品部のバイヤー石渡眞佐之さん。野菜だけでなく「生鮮三品」の担当だという。精肉、野菜・果物、鮮魚。その中で野菜・果物が一番難しい、と石渡さん。

「お菓子や総菜の場合、入っているお店、扱う商品がブランドになっています。生鮮品でも、お肉なら例えば『人形町今半』がブランドになっていて、そこを目的にお客さんが来てくれます。しかしながら、魚と野菜はブランド化されにくいカテゴリーです。ただし魚は季節感があるし、鮮度や産地の違いでまだプレミアム感が出しやすい。その点、野菜はプレミアム感を出すのがとても難しい。そのことで、いつも悩んでいます」

■値段ではスーパーと競争しない

難しさとどう向き合うのかという話の前に、まずは野菜・果物の仕入れの仕組みから。高島屋には主に有機野菜・果物を扱う「高島屋ファーム」もあるが、石渡さんはそこではなく「平場」の担当だ。といっても菓子などのバイヤーと違って、直接買い付けをするわけではない。

日本橋店は「京都八百一」(本社・京都市)、それ以外の関東各店舗は「サン・フレッシュ」(本社・千葉県柏市)という会社がテナントとして入っていて、買い付けは両社のバイヤーがする。「サン・フレッシュ」の仕入れ先は主に、東京都中央卸売市場のひとつである大田市場。京都八百一は京野菜を京都から運ぶが、それ以外はやはり大田市場が主な仕入れ先だ。

「大田市場で買うのは、スーパーマーケットも同じです。そうなれば店舗数の多いスーパーの仕入れ価格が安くなる。値段勝負では勝てません。キュウリや玉ネギといった一般野菜の場合、高品質なものを入れたとしても味の違いはさほど感じられません。これはデパ地下に野菜売り場は必要か、という問いにつながる話です」

■目指しているのは「町の八百屋さん」

この問い、こちらからのものだった。ある30代女性が「なぜスーパーで買えば十分な野菜を、百貨店で売るのかわからない」と言うのを聞き、虚を突かれたのだ。61歳の私は時々デパ地下で野菜を購入するし、知り合いが買っていることは冒頭で書いた。このギャップを石渡さんに伝えたのだ。

「なぜ野菜を売るのかと聞かれたのは初めて」という石渡さんは、スーパーとの差別化が難しいと語り、「だからわれわれが目指すのは、町の八百屋さんです」と続けた。

え? 八百屋さん? 昭和の家族経営な感じの? だとしたら、今では都内の大きな商店街にあるくらいで、どんどん減っている。それがなぜ、目標に?

「八百屋さんには、店員さんがいます。話しかけられたら、ちゃんと答えられる人たちです。スーパーにはいませんよね」

■スーパーとの大きな違いは「はずれがない」こと

枝豆の話になった。スーパーだと1袋298円でも、高島屋は398円や580円といった価格で販売している。大きな違いは、スーパーはポップに値段が書かれているだけ。高島屋には販売員が売り場に立っていて、一番おいしい時期の産地を取り揃え商品ごとに味やコクを説明する。天候が野菜の価格にどう影響しているか、次においしくなる産地はどこかも紹介できる。

要は極力はずれをなくして、満足してもらえるおいしい商品を提供すること。こうした知識や、商品に基づくきめ細かい説明で信頼を勝ち取り、リピーターを増やしていくという。

思い出したのが、お盆前に訪れた夕刻の新宿店の光景だ。エリンギ、ヒラタケ、しいたけ、ブナピーとキノコ4パックの詰め合わせが299円(税込)で売っていた。「見切り品」ではあろうが、新鮮そうに見える。料理好きの高島屋愛好家の1人が「夕方に出る『キノコセット』と『野菜セット』を見つけたら即買い」と言っていたものに違いない。

高島屋の野菜売り場で販売している「キノコセット」
筆者撮影
高島屋の野菜売り場で販売している「キノコセット」 - 筆者撮影

近づくと女性店員が「冷凍保存、できますよ。必ずほぐしてからで」と説明してくれた。少し離れたところには、300グラムの枝豆が2袋で299円(税込)のコーナーも。こちらでは男性店員が「茹でて冷凍してもおいしく食べられます。固茹でで」。キノコと枝豆、どちらも購入した。

■安心感の積み重ねで売り場をブランド化

石渡さんによると、サン・フレッシュや京都八百一がテナントに入っている高島屋店舗の野菜売り場では、バイヤーが自ら店頭に立って接客している。彼らとは仕入れの内容や値段のことより、売り方の話をするそうだ。どこに何の野菜を陳列し、客によってどのように話し方を変えるか。最終的には現場のチーフと話す。「標準化というより温度感。それを合わせていくのが重要だと思います」

高島屋新宿店の野菜売り場
写真提供=高島屋
高島屋新宿店の野菜売り場。バイヤーが直接接客に当たっている - 写真提供=高島屋

生鮮品の担当になって8年。大田市場への発注はいまだにFAXという世界。「ようやくですね。テナントのみなさんと対等に話せるようになってきました」。サン・フレッシュや京都八百一は高島屋独占ではなく、同社のグループ会社が他の百貨店にも出店している。スーパーとも他の百貨店とも、差別化は簡単ではない。

「結局、『ここに来るといいよね』という安心感の積み重ねによって、売り場をブランド化していくことに尽きるんです」

■スイーツや総菜は「リアル」でも売れている

高島屋の2022年2月期決算によれば、食料品の売上は2059億円(対前年比7.6%増)。うち生鮮は350億円(同2.6%減)。2017年2月期と比べると、食料品全体は4.2%減、生鮮は13.2%減。コロナを経て回復基調の食料品で、生鮮は出遅れている。

「生鮮が伸ばせていないのは、いろいろな背景があります。女性が社会進出して共働き家庭が増え、料理にかける時間は減っている。ECサイトでの販売形態もいろいろ増えて、それぞれ伸びている。その中で百貨店が生鮮の売上を保つのは、とても大変です。同時に百貨店は昔からのビジネスのままだと指摘されれば、その通りとも思います」

と、神妙な石渡さん。2022年2月期、食料品の中で圧倒的に売上を伸ばしたのは菓子(590億円、対前年比15.3%増)。続いて総菜(590億円、対前年比10.2%増)。2017年2月期と比べても、菓子は0.7%増、総菜は3.1%増。コロナ禍を乗り越えた確かな回復と言ってもいいだろう。

「野菜や果物をオンラインで売ることも考えました。でも、一つには鮮度がどうしても落ちてしまう。もう一つは基本、単価が安い商品なので送料などの経費が価格に乗り、お客さまの負担になってしまう。この2点から勝負圏ではないと判断しました。そして今、菓子や総菜が非常に売れている。オンラインでも買えるものもあるのに、です。やはり百貨店の食料品売り場は、足を運ぶと心が豊かになる場を提供することが役割ではないかと思うんです」

■商品の背景にある空気感をどう伝えるか

食料品から目を転じて衣料品の売上を見てみる。2022年2月期、衣料品全体の売上は1613億円。前年比15.1%増だが、絶対額は食料品が上回っている。2017年2月期に比べると衣料品は27.1%減で、今やデパ地下の売上が百貨店の経営を下支えしているのは間違いない。

「正直、生鮮品の利幅は大きくないです。でもだからといって、生鮮品はいらないとはならない。『百貨』を扱うのが百貨店ですから。一般野菜が価格勝負なのはわかっていますが、アスパラや筍、松茸はどうしますか? そこの購入を促したい。たとえば松坂牛ですき焼きをする時、割下もワンランク上のものを使いたくなりますよね。あともう一歩、普通のネギではなくて九条ネギを使おうとなるかもしれない。ハレの日の野菜、野菜の非日常化です。

オンラインで買い物するとき、商品の説明文をスクロールしてわかった気になるけれど、さほど感動はしない。それよりも人は、この商品がどういった空気感、景色の中でつくられたかに心が動かされると思うんです。それをどう表現し、どう伝えるか。これは生鮮だけでなく百貨店全体が問われていることだと思います」

石渡さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
食料品生鮮バイヤーとして、高島屋各店舗のテナントとの品揃えの商談、中元・歳暮含めたギフト商材の企画などを担当している - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■新規顧客を獲得するポイントは果物

とはいえ、アスパラや筍や松茸にこだわり、ワンランク上の商品を買い求めることができるのは富裕層だけではないのか。

「もちろん食へのこだわりは、ある程度の所得があってこそのものです。よく百貨店は次世代、つまり30~40代を取り込めていないと言われますが、30代でも年収が1000万円を超える人が増えています。やみくもに若い世代を狙うのでなく、金銭的に余裕のある若者をしっかり顧客に取り込んでいく。スイーツを買いに来る20代に、松坂牛と九条ネギを買ってくださいという売り方はマッチしないですからね」

新規の富裕層獲得に石渡さんが期待するのは、果物だという。生産者がブランド化を志向していて、糖度や重量、色付きなどによるランク付けもはっきりしている。「良→優→秀→青秀→赤秀→特秀」という順番で等級が上がり、秀以上は「高級品」として高値で販売される。

「大粒揃いで高糖度の高価なシャインマスカットを食べたいというお客さまは確実にいます。秀以上をしっかり取り扱い、その根拠を説明し、付加価値を実感してもらう。高島屋のある店舗では通路の左右で野菜と果物を並べて、練り歩けるようにしています。スーパーのように献立を決めて買う『目的買い』でなく、『ついで買い』が多い百貨店だからこその工夫です」

■農家の顔が見える「東京産直野菜」が好調

そしてもう一つ、石渡さんが力を入れているのが産直だ。自治体との連携で農家とつながる好循環ができつつある。例えば「湘南ゴールド」。神奈川県農業技術センターで育成、2003年に品種登録された柑橘で、県庁の橋渡しで毎年旬の時期に仕入れ、横浜店などで販売している。

新宿店では東京の各地で採れた野菜の産直に取り組んでいる。朝に収穫したものも開店までに搬入、販売する。東京野菜のブランド化を狙う東京都との連携だから、運送費などは都の予算で。週2回、実験的に開催しているが、完売する野菜も続々。他店にも広げたいという。

高島屋新宿店の東京都産の野菜売り場
写真提供=高島屋
高島屋新宿店の東京都産の野菜売り場 - 写真提供=高島屋

「好調なのは、見せ方もあると思います。農家さんの顔写真を貼るのは『道の駅』などでは当たり前ですが、市場から仕入れる百貨店ではできていなかった。『この農家の野菜はおいしいね』と言ってもらえるよう、産直を大事にしていきたいと思います」

■新しい野菜をブランディングする喜び

最後に、野菜・果物を担当する「喜びと悲しみ」を尋ねてみた。悲しみからいきますね、と言って、石渡さんは農家を取り巻く環境の話をした。

「生産者が高齢化しているのに、国がどう動いているか見えない。法人化する農家も増えていますが、それだと一律化した作物しか出てこないのではないかと思います。10年後がとても心配です」

喜びの方はというと、「素材を扱う楽しさ」だという。

「お菓子の担当もしていましたが、パティシエが作り上げたケーキを売るのは、美術品を仕入れて売るのと同じです。野菜や果物は自分たちで見つけてブランディングできる面白さがある。高島屋のお客さまは、自分で調理する方。作ってくださる。だからこそおいしい、新しい商品を見つけて情報発信する。それしかないと思っています」

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矢部 万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。

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(コラムニスト 矢部 万紀子)

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