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「隠れ株主」になって世界中の企業を支配する…中国政府が国有企業を使って進める"見えない侵略"の手口

プレジデントオンライン / 2022年9月30日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SaidMammad

中国政府が影響力を持つ企業が各国で増えている。国有企業などを通じて「隠れ株主」となり、実質的な企業の支配者になる手法で、すでに中国は「世界一の大株主」となっている。毎日新聞取材班の書籍『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)からお届けする――。(第2回)

■「隠れ株主」として世界中の企業を支配する中国政府

その勉強会は2021年12月中旬、オンラインで開催された。タイトルは「日本企業が捉えておくべきチャイナリスク」。参加したある中堅商社の輸出管理部門に勤める男性はイベント終了後、筆者(松岡大地)につぶやいた。

「米中の対立状況、そして法規制は刻一刻と変わる。情報収集をしないとビジネスが止まりかねない。チャイナリスクは死活問題なのです」

男性が勤める商社は、食料品やハイテク部品などあらゆる商品を貿易業務で扱う。覇権争いを繰り広げる米国と中国の貿易摩擦をめぐり、次々と出される新たな規制に対して、社内のチェック体制や危機意識は十分か――。そんな問題意識から勉強会に参加したと明かした。

勉強会を主催したのはIT企業「FRONTEO」(フロンテオ、東京都港区)。国内外約3億社の財務情報や広報文などの公開情報をAIで解析するシステムを開発し、サプライチェーン(供給網)に潜むリスクを分析する。

2次取引先の全容把握すら難しいとされる中、同社は10次取引先以降も「可視化」するとうたう。米中対立が激化し、双方による制裁と報復の応酬が加速する中、事業リスクに神経をとがらせる企業のニーズを見込む。勉強会には約100社が参加した。

このシステムで、企業を実質的に支配する株主の解析も可能になった。念頭にあるのは中国の存在だ。

一見、中国政府と関わりのないように見えても、株主をたどると、国有企業などを通じて「隠れ株主」となった中国政府が影響力を持つ企業が増えており、システムは「隠れ株主」の存在をあぶり出す。

■日本企業は60社に増加

中国は世界第2位の経済大国の巨大マーケットだが、近年は政府が民間企業のデータ管理を強めており、政治リスクは常につきまとう。

フロンテオの調べでは、中国政府による実質的な株式の間接保有の比率が50%を超える日本企業は2016年は39社だったが、2021年には60社に増加。中国国内の企業では同時期に6588社から6万3739社と10倍になり、米国でも225社から703社に急増した。さらに英国でも164社から431社、オーストラリアも311社から538社に増えており、世界的に同じような傾向が見て取れる。

フロンテオの本社はJR品川駅から徒歩約15分、東京港にほど近い場所にある。筆者も2021年11月に同社を訪れた際、「隠れ株主」のシステムを実際にスクリーンを使って見せてもらった。

日本の路上で通勤するビジネスマンのぼやけたグループ
写真=iStock.com/AzmanJaka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AzmanJaka

システムでは、あるノルウェーの化学メーカーを例に、株主の支配状況を調べた。化学メーカーの直接の主な株主を見ると、ノルウェーや英国などの企業が多く、スクリーン上に映し出されたノルウェーなどの地図には持ち株比率が高いことを示す赤色が示された。

これは特に不思議ではない。しかし間接的な株主までたどると、途端に中国の地図が赤くなった。こうして実質的な企業の支配者としては、一見関係ないように思える中国政府の存在が浮かび上がった。

■表からは見えづらい中国リスク

実際、企業の幹部たちは中国リスクをどう感じているのか。その本音を聞こうと取材先を探していた時、勉強会に参加した大手物流会社の幹部が、ある経験を打ち明けた。

約10年前、中国事業を拡大するため、その大手物流会社は中国の航空貨物会社の買収を検討した。航空貨物会社の創業者は中国政府との近しい関係がささやかれていた人物だった。「買収後、自社の情報が中国政府に流れることは避けたい」と考え、世界的にも有名な調査会社に周辺調査を依頼したが、有益な情報は得られなかった。「情報が全く出てこないことが逆におかしい」と考え、最終的には買収を見送ったという。

「企業買収においては、表からは見えづらいリスクをどう見極めるかが重要」。フロンテオが主催した今回のような勉強会の意義について、この幹部はそう強調した。

フロンテオの守本正宏社長は、防衛大卒業後に海上自衛隊に勤務した元自衛官。IT企業の創業者としては異色のキャリアだ。AIを用いた法務分野の支援事業を得意とし、大手電機メーカー東芝と経済産業省が2020年、一部の株主に対して株主総会の議決権を行使しないように不当に迫ったとされる報告書の作成などをサポートしてきた。この時には約78万件に及ぶ膨大なメールなどから重要な資料をAIで抽出し、作成を支援した。

■日本企業に降りかかる米中対立の火の粉

そんな中、2019年頃から米中の貿易摩擦が激化。経済安全保障と地政学リスク分析の重要性の高まりを受け、2020年8月、公開情報を使って企業を支援するビジネス・オシントの領域の研究を開始した。2021年10月からは新たに開発したAIエンジンを用いて実際にサービスの提供も始めている。

自衛隊時代も戦略を立てる上での情報の大切さは教わってきた守本氏。「世界情勢が複雑になる中、人力でリスクをすべて洗い出すのは難しくなっている。テクノロジーを使った分析は今後、不可避になる」と話す。

「新冷戦」とも呼ばれる米中対立の火の粉は日本企業にも降りかかっている。

2020年には中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に対し、米国の技術を使った半導体の輸出規制が強化された。これを受け、半導体大手のキオクシアホールディングス(旧東芝メモリホールディングス)はファーウェイ向け出荷を停止した。

強制労働が指摘される中国新疆ウイグル自治区をめぐっては、新疆綿などウイグル産品の輸入を原則禁止する法律が米国で成立し、日本企業も対応に追われている。

■国家のために個人情報や先端技術が利用される恐れ

米中の貿易摩擦激化の背景には、先端技術で中国の競争力が高まっていることへの警戒感や、中国側への情報流出の懸念もある。

中国は2017年に施行した国家情報法で「いかなる組織、個人も国の情報活動に協力しなければならない」と明記。国家の安全強化のため、国内外の個人や企業の情報収集を強化しており、日本の個人情報流出も懸念されている。

中国はAIなど先端技術の開発に力を入れているが、こうした先端技術を担う企業は軍と関わりがあるとみられ、軍事転用やスパイ活動に使われる可能性も指摘されている。

2021年10月に発足した岸田文雄政権も経済安保を重視。初めて経済安保担当相を設置し、「サプライチェーンの強化」「基幹インフラの安全確保」「先端技術開発での官民協力」「軍事技術に関わる特許の非公開」の4分野を柱とする経済安全保障推進法が成立した。

電力会社や携帯電話事業者などが基幹インフラを新たに導入する際、安全保障上の脅威となりうる国の製品が含まれていないか、国が事前審査する制度などが盛り込まれている。

「経済安全保障」という見出しのニュース
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

米中関係に詳しい東京大の佐橋亮准教授(国際政治)は「先端技術レベルが米国に迫る中国が軍民融合を掲げる中、経済が政治状況に左右される時代は当面続くでしょう」と話し、こう指摘する。「事業を萎縮せず展開するために、企業にとっては規制の枠組みの把握など経済安保のインテリジェンス(情報収集・分析)強化が必要になっています」

■国有企業を通じて世界の1万3000社に影響力を持つ

世界には多数の「株主」がいる。では、その中で最大の影響力を持つのは誰なのだろうか。株主支配の分析というユニークな研究をしている国立情報学研究所の水野貴之准教授(計算社会科学)を訪ね、現状を聞いてみた。

「売り上げベースで見た時、単一の株主として最大の影響力を持っているのは中国政府です。その影響力は年々増しています」。水野氏はそう断言した。

国立情報学研究所は、情報学を専門とする国内唯一の学術総合研究所だ。ビッグデータなどの解析を専門とする研究者が多く所属し、大学院生を受け入れる教育機関の機能も担っている。

水野氏が中国政府の株式による間接的企業支配の研究を始めたのは2018年。企業は投資家から資金を集めるため、自社の株主の状況を細かく公開する必要があり、多くのデータがそろっている。しかし公開情報は膨大だ。人力ですべてを分析するのは不可能に近い。そこでAIを使った分析を試みた。

分析対象は2016年の世界の4900万社と2000万人の株主データだ。

その結果、中国政府が国有企業を通じて世界の1万3000社に対して間接的に影響力を持ち、これらの企業の合計は売上高ベースで全体の1.4%に当たる7兆3900億ドルに及んでいたことがわかった。

たとえ間接的ではあっても、中国政府が意思決定に関わる企業の数は確実に増えている。

■ターゲットになった香港企業

取材中、水野氏が研究結果をまとめたパワーポイントを示して説明する中で、特に目を引いたのは香港企業に対する影響力だ。

売り上げベースで見た時、中国政府は国有企業を通じて、間接的に香港全体で約4分の1の企業に影響力を持っているというのだ。インフラ関連では全体の6割、採掘業にいたっては9割以上に及んでいた。インフラ関連など国の安全保障に直結しやすい分野に投資が集中しているように見える。

香港は1997年に英国から返還された都市だ。返還後も香港の憲法にあたる香港基本法では長年、「1国2制度」に基づく高度な自治が保障されてきた。香港は中国本土に比べ金融面での規制も少なく、多くの外資系企業が投資をしたため、アジアを代表する金融センターとして発展した。

世界銀行によると返還時、人口約650万人だった香港の域内総生産(GDP)は、約12億人の中国本土の約18%相当あった。香港は世界の投資を呼び込む「金の卵」だった。

だが中国本土の経済成長に伴い、2021年の割合は2%に過ぎず、中国経済の中で埋没し始めている。そんな中、中国政府は香港に対する統制を強めた。2019年、香港政府は、香港から刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せる「逃亡犯条例」改正を進めようとした。

■一帯一路構想の重要拠点

反対する市民のデモが激化し、主催者発表で200万人の市民が参加するデモもあった。

香港民主抗議
写真=iStock.com/r-monochrome
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改正案は撤回されたが、2020年に中国政府が反政府的な言動を取り締まる香港国家安全維持法を制定すると、逮捕される市民が相次いだ。これまで香港が享受してきた市民の自由や権利は急速に失われている。

一方、中国政府が掲げる巨大経済構想「一帯一路」では、香港は重要な位置を占めている。

一帯一路は2013年、習近平国家主席によって提唱された構想で、歴史上の東西交易ルート「シルクロード」にちなみ、中国から中央アジアを経由して欧州に至る陸路の「シルクロード経済ベルト」、南シナ海やインド洋を経由する「21世紀海上シルクロード」で構成される。沿線国を中心に道路や鉄道、発電所などのインフラを整備し、貿易の自由化、人的交流も促進する計画だ。

中国は経済成長や国民の生活水準の向上で、エネルギーの需要が増加し、安全保障の観点からも、中央アジアや南シナ海でのエネルギー資源の輸入ルートや供給網の確立が重要となっている。

■香港の「首根っこ」をつかむ

中国は沿線で人、物、金を注ぎ続けることで、新たな経済圏を作り、世界の勢力図を塗り替えようとしている。

香港は、隣接する中国広東省とマカオを一体化して発展させることを目指す「大湾区構想」に不可欠とされている。2018年には広東省と香港を結ぶ高速鉄道が開業し、さらに広東省と香港、マカオを結ぶ全長約55キロの「港珠澳大橋」も開通して、中国本土との一体化が進む。ただ一帯一路構想は、インフラ支援を通じて途上国を借金漬けにする「債務のわな」に陥らせるとの批判も根強い。

政治的にも経済的にも香港への影響力を強める中国政府が、株式でも影響力を保持しているという分析結果は何を意味するのか。

「私は、中国脅威論を言うつもりはありません」。

水野氏はそう前置きしつつ、こう分析する。

「(巨大経済圏構想の)一帯一路で、中国は発展途上国に対しては債務で影響力を高めています。一方で先進国には株保有で影響力を行使する。香港ではインフラ関連への投資が突出しており、首根っこをつかみたい意図がうかがえます」

■「株式の力」を甘く見てはいけない

それでは実際に、間接的な株式の保有で影響力を行使している事例はあるのだろうか。

わかりやすい例が、日産自動車とフランス自動車メーカーのルノー、フランス政府との関係だ。筆者は毎日新聞東京本社経済部で2019~21年、金融や自動車担当として日産とルノーのアライアンス(提携)をめぐる取材をし、株式の力を間近で感じた。中国の話からはやや離れるが、間接的な株式保有の構図が理解しやすいため、少し記しておきたい。

筆者が金融担当をしていた2019年度、日産とルノーの関係はギクシャクしていた。1999年以降、日産を率いていたカルロス・ゴーン前会長が金融商品取引法違反容疑などで逮捕・起訴(2019年末にレバノンに逃亡)。ゴーン被告の退任後は、日産とルノーは、資本関係や人事の考え方の違いが表面化し日産の経営は揺れ動いた。その都度、筆者もメガバンク幹部などに夜討ち朝駆けを繰り返していた。

Btcの価格はブレイクアウトしようとしている
写真=iStock.com/franckreporter
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■フランス政府が日産に影響力を行使する構図

日産の株式はルノーが43%を保有する。そして、ルノーの株式はフランス政府が15%を持つ。いわばフランス政府はルノーを通じて間接的に日産に影響力を行使できる構図だ。自動車産業はメーカーを頂点に多くの下請け企業が連なり、裾野が広い。

多くの雇用を生むため、国益とも密接に関わる。このため雇用を重視するフランス政府は、ルノーを通じて日産に経営統合を迫ったり、拠点をフランス国内に置くように求めたりするなど間接的に影響力を行使してきた。

そもそも日産がルノーの出資を受け入れた経緯は、日産の経営危機だった。だが日産の年間販売台数はルノーを上回り、技術力でもルノーをしのぐと言われている。それでも株主は企業のオーナーにあたり、所有比率に応じて配当や議決権など権利が与えられている。

日産がルノー株を買い増し、ルノーの影響力を弱めることは可能だが、2社間の協定で、独自の判断での買い増しは、日産の経営に対してルノーの不当な干渉があった場合とされている。

夜回り取材をしている時、あるメガバンク関係者は筆者につぶやいた。「あれだけ大量の株式を持たれている。資本主義のルールの中では相当苦しい」

■中国政府の支配下にはいったフィリピンの送電会社

話を中国政府の株式所有に戻そう。中国政府による間接的な株式保有の実態はAIの分析で示されたが、実際に中国政府が株式を通じて影響力を行使した事例はあるのだろうか。

間接的な株式保有ではないが、興味深い一例がある。米CNNが2019年に報じたフィリピン国会議員向けの内部文書だ。フィリピンの送電会社が中国政府の支配下にあり、紛争が起きれば電力が遮断されるという懸念を示す内容で、フィリピン国会内で懸念が高まっているというものだった。

CNNなどによると、フィリピンの送電会社「NGCP」に対して、中国国有企業は40%を出資している。

さらに、内部文書によれば、中国人技術者だけがシステムの重要な部分にアクセスでき、理論上は中国政府の指示で動作を停止できると指摘。現地の技術者が不具合に対処できない場合、海外にいる中国人技術者だけがパスワードを知り、システムの操作ができるという。

フィリピンの上院議員の一人は「スイッチひとつで」電力が停止する可能性に懸念を示し、「中国の最近の行動や覇権主義的な願望を考えると、国家安全保障に対する深刻な懸念だ」と述べた。

■エネルギーも「武器」になる

もちろん、中国が実際にフィリピンの電力会社を攻撃した事例はなく、あくまでも理論上の可能性だ。ただ、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻後、世界の人々はエネルギーと国の安全保障が密接に関係している現実を目の当たりにした。

毎日新聞取材班『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)
毎日新聞取材班『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)

資源大国ロシアはエネルギーを「武器」に国際社会を揺さぶり、ポーランドとブルガリアなどに対して天然ガスの供給を停止した。

中国とフィリピンの件で言えば、両国は実際に南シナ海で領有権を争っている。日本とフィリピン政府は2022年4月、初の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を東京都内で開催し、南シナ海などの状況に「深刻な懸念」を表明している。

ただ、AIや株主の状況に頼る公開情報の分析には限界もあり、実際には国際情勢なども加味した総合的な分析が必要となる。

経済安全保障が専門の多摩大ルール形成戦略研究所の井形彬客員教授は、「現状では中国政府が間接支配する企業に影響力を及ぼした事例が見当たらない。戦略的な意図があるとまでは断定はできない段階ではないか」との見方を示す。

中国政府の能力や意図を過大評価しすぎず、一方で過小評価せずに見極めることが求められている。

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毎日新聞取材班 (まいにちしんぶんしゅざいはん)
毎日新聞編集編成局の部署を横断した記者・デスクによる特別取材チーム。毎日新聞の連載「オシント新時代 荒れる情報の海」は、2022年「PEP(政策起業家プラットフォーム)ジャーナリズム大賞」検証部門賞を受賞した。著書に、連載がもとになった『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)がある。

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(毎日新聞取材班 )

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