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ロマンス詐欺での失恋で、私は「特定班」になった…次々と「偽アカ」の正体を割り出す一般女性の手法

プレジデントオンライン / 2022年10月1日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

SNSで知り合った人に恋愛感情を抱かせ、金をだまし取る「ロマンス詐欺」。詐欺師たちを懲らしめようと、公開情報から詐欺師の正体を割り出す「特定班」と呼ばれる人たちがいる。毎日新聞取材班の『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)から、「特定班」の手法をお届けする――。(第3回)

■ロマンス詐欺での失恋を機に「特定班」になった女性

クリスマスイルミネーションが街を彩る2021年12月9日。その女性は、待ち合わせたJR茅ケ崎駅(神奈川県茅ヶ崎市)前のカフェに現れた。真崎久美子さん(仮名)。筆者(木許はるみ)を見つけると、マスク越しに目元を微笑ませた。

真崎さんはスマートフォンの画面を開き、若い男女の写真を順に見せた。「本人が見つかるまでは消さずに残しています」。写真は、真崎さんが「特定」を試みる人物だ。

スマホには人気キャラクター「ピカチュウ」がデコレーションされている。明るい声で説明する真崎さんは、「オシント」という硬派な言葉とは対照的な印象だ。

架空の外国人になりすまし、SNSで知り合った人に恋愛感情を抱かせ、金をだまし取る結婚詐欺「ロマンス詐欺」。詐欺師たちはSNSに投稿されたハンサムな男性や若い女性の写真を無断転載した偽アカウント(偽アカ)でターゲットに接触する。

真崎さんは、SNSに公開されている写真などを調べ上げて人物を特定し、偽アカであることを被害者に伝えている。人は彼女を「特定班」と呼ぶ。

真崎さん自身、ロマンス詐欺での失恋を機に「特定班」になった。スポーツジムでインストラクターとして勤務する傍ら、空き時間を疑惑の顔写真や、背景に映り込んだ景色などの分析に費やしてきた。公開情報を基に事実に迫る、いわば市民版「オシント」だ。

■相談件数は2年間で約40倍に急増

国民生活センターによれば、2021年度のロマンス投資詐欺の相談件数は192件に上り、2年間で約40倍に急増した。

コロナ禍の外出自粛の影響で、ネットでの出会いを求める人が増え、被害に拍車を掛けた。中には数千万円をだまし取られたケースもある。しかし、詐欺師の実態が見えず、「捜査は難しく、なかなか被害が回復されない」(国民生活センター)という。

詐欺師は、あまり知られていないモデルや俳優らの顔写真を無断転載するなどして作成した偽アカを使い、SNSやアプリを通じて接近。「今後の2人の生活費のために投資しよう」などと言葉巧みに現金を要求する。

偽アカに悪用された顔写真は誰の写真なのか、偽アカを作成したのは誰なのか――。

ソーシャルメディア
写真=iStock.com/Urupong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Urupong

真崎さんは、その特定に挑む。詐欺師の身元まで特定できなくても、写真が別人のものだとわかれば、「詐欺師による洗脳やマインドコントロールを解いてあげることができる」と真崎さんは話す。特定作業は無償という。

「特別な資格があるわけでもないので、お金を取ることはできないと思って」

■特定に半年を要したことも

「このアカウントは本物ですか?」

真崎さんのSNSには、毎日のように相談が届く。この1年間で約300件を引き受け、約8割の顔写真の真偽を見分けた。ツールはスマホ1台。基本は画像検索の繰り返しだ。

グーグルやロシア版グーグルといわれる「ヤンデックス」など、四つのサイトを横断検索できる「リバースイメージサーチ」という画像検索アプリを利用している。SNSも調べ、アカウント名を数文字入れ替えて検索したり、類似するアカウントがないかを調査したりする。

例えば、「フランク」という文字が含まれるアカウントを調べると、似た名前のアカウントが次々と見つかった。すべて同じ韓国籍のモデルの写真を流用していた。画像検索すると、約40個のアカウントがこのモデルの画像を流用し、それぞれ別の人物を名乗っていた。

真崎さんがモデル本人にこの事実を伝えると、「盗用注意」とモデル自らが、インスタグラムで注意喚起してくれた。

特定までの最長記録は半年という。一つのアカウントで計100枚の写真を検索しても本人に行き当たらないこともあった。

しかし、「時間を置いてもう一度検索すると、結果が変わるのです。Bさんを探していると、Eさんが見つかったりする」。特定のきっかけになればと、未解決の顔は忘れないようにしているという。

■きっかけは米国在住の韓国籍エンジニアを名乗る男性からのDM

私も真崎さんに教わった特定方法を試みた。

暗号資産(仮想通貨)による投資詐欺を仕掛けてきたというアカウント。192件の投稿があり、フォロワーは257。スーツ姿やプールサイドでくつろぐ男性が写っている。短髪で筋肉質の体つき。ペットやドリンクの写真もある。一見すると偽アカとは思えない。

写真を一枚ずつ検索アプリにかけると、四つのサイトで別々の結果が表示され、SNSや写真をまとめたサイトなどが大量に出てきた。しかも英語や中国語、ロシア語と多言語だ。何のサイトかもよくわからないまま、しらみつぶしにサイトを訪問してみたが、手がかりは見つからない。

次にもう一枚の写真を検索……。骨の折れる作業だ。私の目の前で慣れた手つきでスマホを操作し、すんなりと特定してみせた真崎さんの作業は、膨大な時間と固い意思に支えられていたことを身に染みて感じた。

人事部
写真=iStock.com/portishead1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/portishead1

真崎さんが「特定」を始めたのは2021年1月。米国在住の韓国籍エンジニアを名乗る男性から日本語でインスタグラムのダイレクトメッセージ(DM)が届いた。

「(あなたのアカウントを見て)気に入りました」。男性とのやりとりは朝から晩まで。夢中になった。「彼」の来日に備え、真崎さんは目の下のクマや額のしわを取るプチ整形も予約した。それほど本気だった。

■約20人の「同志」とつながった

しかし、3週間が経った頃、「プレゼントを贈りたい」と伝えられた。そして「国際郵便で送るためには1000ドルの手数料がかかるので振り込んでほしい」と要求され、不信感が生まれた。

「顔写真を画像検索してみて」。ネット上の知人のアドバイス通りに検索すると、顔写真の人物は韓国人ユーチューバーで、「米国在住の韓国籍エンジニア」はうそだとわかった。検索開始からたった10分。体の力が抜けて、熱が冷めた。この日から「特定班」になった。

「同じような被害に遭わないでほしい」。その一心で特定班としての活動を続けてきた。

SNSで詐欺師の手口を紹介すると、続々と相談が寄せられた。「この人探せますか」。連絡を取り合う仲間もできた。数人で「チームロマンスハンターズ」を結成。メンバーは主婦や看護学生など立場はさまざまだ。

協力の輪は海外にも広がり、中国や韓国などアジア圏を中心に約20人の「同志」とつながった。それぞれが特定に成功した画像をSNSで公開しているため、疑惑の人物として追っていた写真を、同志の投稿から見つけることもある。まさに「偽アカのデータベース」だ。

顔写真を悪用された本人のアカウントも紹介して注意喚起する。あるメンバーは本人の許可を得て、韓国籍のフィットネスモデルのファンサイトを作成してあげた。「彼が有名になれば詐欺に悪用されることはないだろう」。そんな思いからだ。

反響は大きく、こんなメッセージが10通以上も届いた。「この人(の顔写真)に私もだまされました」。やはり、韓国籍のフィットネスモデルの顔写真は、ロマンス詐欺に悪用されていたのだ。

■警察は取り合わず、被害者は泣き寝入りを強いられた

真崎さんは、なぜここまで特定に熱を注げるのか。知りたくて取材の最後に聞くと、2016年の「原体験」を教えてくれた。

入手困難なチケットの転売を口実とした「チケット詐欺」。当時、ツイッターで「チケットを譲る」とうたった複数のアカウントが存在していた。チケットを求める人に金を振り込ませるが、チケットは実在しない。被害者たちがツイッターで実情を訴えていた。

真崎さんは、このアカウントの運営主を特定し、報道機関に情報提供した。すると、提供した情報を基にテレビ局が運営主の女性を直撃。女性から「被害者に返金する」という言質を引き出した。

真崎さんはこれらのアカウントとDMで連絡を取り、振込先になっていた女性の名前を入手。女性がプライベートで使っているアカウントを探し出し、そのフォロワーから情報提供を募った。結果、女性の住所や常連となっている店が判明した。

しかし、被害者と連名で警察に情報提供しても「取り合ってもらえなかった」という。泣き寝入りしてしまうのは、ロマンス詐欺の被害者と共通していた。「今の特定作業も、あの時と同じ感覚かもしれない」。取材の最後、真崎さんは懐かしそうに話した。

詐欺師とハンターたちの攻防は、オープンソースの光と影を象徴しているようだった。ネット上の公開情報はいくらでも悪用されてしまう。その一方で、それを見抜くのもまた公開情報だ。真崎さんのような一市民もオシントで重要な役割を果たしている。

■もう一人の特定班…元彼に現金50万円を貸した女性からの依頼

ロマンス詐欺の防止に取り組む真崎さんに続き、ネット上の公開情報を使った「市民オシント」を紹介する。筆者(村上正)は2021年末、「特定屋」「特定班」などと名乗るアカウントの持ち主にメッセージを送り、取材を試みた。

見ず知らずの人たちの個人情報を明らかにすることに、後ろめたさもあるのだろう。40件近くのアカウントにメッセージを送ったが、返信をくれたのは数件だった。そのうちの一人が電話取材に応じ、「特定」の手法を語ってくれた。

東京都内でウェブ関連の仕事をする大和さん(仮名)。著名人がSNSに投稿した写真から撮影場所を割り出し、自分のSNSで明かしていた。「仕事が行き詰まった時の暇つぶしでやっていたら、特定を依頼するメッセージが届くようになったのです」

その一つが、2021年6月頃に届いた北信越地方に住むという女性からだった。

「お金を貸していた元彼に逃げられました」。女性は元彼に現金50万円を貸したが、元彼と連絡が取れなくなったという。

女性が特定するための材料として大和さんに提供したのが、元彼のツイッターの匿名アカウントだった。携帯電話をこっそりのぞき見た時に確認していたという。

電話でカフェのテキストメッセージに座っている女性
写真=iStock.com/Vera_Petrunina
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vera_Petrunina

そのツイッターには、複数枚の写真がアップされ、最近になって引っ越した様子がうかがえる投稿が並んでいた。

「これなら探せるかもしれない」。大和さんは直感的にそう思い、依頼を引き受けた。

■「自分は『正義の案件』しかやらない」

大和さんが初めに注目したのは、全国チェーンの喫茶店の外観が写った写真だった。その喫茶店は全国で100店以上を展開する。「あくまでも暇つぶしの感覚」で仕事の合間に各店舗の外観をネットで調べていった。3カ月経った頃、写真とそっくりの都内の店舗を見つけた。

次に注目したのは10秒ほどの動画だった。くっきりと白線が引かれた丁字路がそこには映っていた。衛星写真を閲覧できる「グーグルアース」で喫茶店の周辺を探索すると、数カ所の丁字路に絞り込めた。

決定的だったのは、自宅のインターホンの画面越しに撮影していた元彼の投稿写真。アーチ状のアパートの雨よけが写り込んでいた。

今度は地上で撮影された写真を検索できるグーグルマップの「ストリートビュー」で、候補の丁字路をたどると、よく似たアパートがあった。写真に写っていた階段との位置関係から、部屋番号まで特定することができた。

「喫茶店のエリアがわかってからは1時間ほどしかかからなかったです。地域を絞り込んでしまえば、そう難しくはない」。大和さんはそう涼しげに話し、記者を驚かせた。

一方で、大和さんはこう強調する。「調べ上げた個人情報をネットにさらす人もいるが、一線を越えてはいけない。自分は『正義の案件』しかやらない」

しかし、ネット上の公開情報を使った「善意のオシント」もリスクをはらむ。そもそも女性の訴えは真実なのか。女性は大和さんから教えてもらった「元彼の転居先」とされる情報をどう使ったのか……。疑問は残った。

記者は「その後、女性は元彼からお金を返してもらったんですか?」と尋ねたが、大和さんは「その後については知りません」と、興味がない口ぶりだった。遊び感覚で特定しているので、報酬は受け取っていないという。

■卒業証書、停電、リュックやカバンも要注意

ネット上の公開情報を手がかりに詳細な個人情報を明らかにする「特定屋」の存在。裏を返せば、何気ないSNS投稿もその手がかりにされてしまう。

その一例が、卒業証書だ。卒業シーズンに入ると門出を迎えて高ぶる気持ちとともに、積極的な投稿が目立ち始める。しかし、名前や校名を伏せたとしても、証書はオリジナルで作成されているケースが多く、デザインや色から学校の特定につながりかねない。

学校の廊下で卒業証書を持つ高校生
写真=iStock.com/Yue_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_

エンジニアに取材して、「盲点だった」と驚いたのが、災害時の投稿だった。特に落雷は発生エリアが絞られ、位置情報が特定されやすい。停電ともなれば、各電力会社は住民に発生を伝えるため、ほぼリアルタイムで停電エリアを公表する。まさに公開情報だ。

投稿時間や画像によって住所は丁目単位まで特定可能だし、停電の規模によっては「10軒未満」に絞り込まれてしまう。「家が停電した」という何気ない投稿にも細心の注意が必要になるのだ。

リュックやカバンにも気を配らなければいけない。顔を映していなくても、ぶらさげているIC定期券が映っていれば、自宅や学校、勤務先の最寄り駅が特定されかねない。今では画像が不明瞭であっても読み解けるように解析する技術もある。定期券に印字されている駅名がぼやけていても、わかってしまう場合もある。

■何気ないSNS投稿に落とし穴が潜んでいる

特定行為は年々、SNS上で活発化している。なぜなのだろうか? そこには孤立化する社会も関係していた。

毎日新聞取材班『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)
毎日新聞取材班『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)

「インターネット空間の活動は現実感を伴わないが、SNSでつながることで現実感を満たしたいという思いが募るのです。自らが社会を動かしているという感覚は、自尊心や支配欲、自己承認欲求を満たす。ネットユーザーは常に新しい情報や刺激を求めている。特定屋が増えているのは、そうしたことが背景にあるのです」

サイバー犯罪に詳しい摂南大の針尾大嗣教授(情報学・プロファイル分析)はそう解説する。身を守るにはどうすればいいのか。針尾さんは投稿の際には①匿名、②承認した相手しか投稿を見ることができないように鍵をかける、③プロフィルを含む個人情報は非開示にする――のが大原則とアドバイスする。

さらに、投稿する画像や動画を加工して背景にぼかしを入れ、撮影場所と時間が同時に特定される投稿は避けるべきだと言う。特に通学・通勤中に目の前で起きた出来事を発信することで、日常の移動経路の一部が明らかとなり、ストーカーの標的になる恐れがあるという。

加えて、過去の投稿を定期的に確認することも大事だという。特定屋は個人情報につながる過去の投稿にさかのぼってチェックするので、個人情報の特定につながる可能性のある投稿は削除する必要がある。

また、ツイッターやインスタグラムなど複数のSNSで、ついつい同じアカウント名を使い回してしまうが、それも避けた方がいいという。同一人物とわかってしまえば、情報量が増してより特定されやすくなる。SNSだけでなく、フリーマーケットアプリ「メルカリ」などネットサービス利用時のアカウント名に注意するのも同じ理由だ。

何気ないSNSの発信により、特定行為が身近に忍び寄っているかもしれない――。ぞわぞわする不気味な恐ろしさを感じ、筆者も過去の投稿を改めてじっくりチェックした。

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毎日新聞取材班 (まいにちしんぶんしゅざいはん)
毎日新聞編集編成局の部署を横断した記者・デスクによる特別取材チーム。毎日新聞の連載「オシント新時代 荒れる情報の海」は、2022年「PEP(政策起業家プラットフォーム)ジャーナリズム大賞」検証部門賞を受賞した。著書に、連載がもとになった『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)がある。

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(毎日新聞取材班 )

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