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イェール大名誉教授「"アベノミクスで格差拡大"という批判は、まったく正しくない理由」

プレジデントオンライン / 2022年9月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

■日本経済長期低迷の本当の理由は円高

安倍晋三元首相が亡くなられてから、マスコミでは安倍政権の功罪について、盛んに検証や議論がなされている。しかし、旧統一教会との関係性が問題視されたことで、すべてを否定的に断じようとする論調が一部で見られることは残念でならない。国民生活に貢献した点は功績として冷静に評価できないものだろうか。

経済分野では、アベノミクスは大きな功績だった。株価の上昇もそうだが、「雇用の創出」こそ、アベノミクスがもたらした最大の成果だった。2012年12月に第2次安倍政権が発足してから新型コロナウイルスの感染が始まる直前までの約7年足らずの間に、就業者数は実に約500万人も増加したのだ。

この数字を聞いてピンとこない人に申し上げたい。福岡県の人口(約510万人)とほぼ同じ人たちが、アベノミクスによって新たに職を得られたのだ。正社員の有効求人倍率は0.52倍から1.18倍まで改善し、正規/非正規ともほぼ完全雇用に近いところまでになった。国内投資を控えていた企業も、人手不足に対応すべく動き出した。

第2次安倍政権発足時と同時に雇用は急回復

■日本銀行の金融政策の誤りと政治家の無関心が、景気低迷を招いた

安倍元首相への献花の列には、20〜30代と思しき若者が多く並んでいたと聞いた。平成生まれの彼らは政治的なアピールこそ少ないが、就職氷河期(1993〜05年)よりも悪化していた大学の就職内定率(10年12月の68.8%)を劇的に改善させた安倍政権の功を認めて、静かに手を合わせたのではないだろうか。

そもそもなぜ、日本経済はあれほど長期にわたって景気低迷に苦しんだのか。なぜアベノミクスがそれに終止符を打てたのかを、歴史的経緯を踏まえつつ振り返りたい。結論から述べれば、私は日本銀行の金融政策の誤りと政治家の無関心が、景気低迷を招いたと見ている。そして、安倍元首相はその構造的な問題点に、大ナタを振るった。それが、今までのリーダーとは違っていた点だ。

戦後の固定相場制(1ドル=360円)の時代から85年までは円安傾向が強く、輸出産業を中心に日本の産業は潤った。ところが、米国の貿易赤字を削減すべく開催された「プラザ合意」(85年9月)で、日本は円高基調への政策転換を呑まされる。それに対応しようと低金利政策を導入したところ株式や土地が高騰し、バブル崩壊(92年)を招いてしまった。

日銀は金融を緩めすぎて失敗した教訓から、以降は頑(かたく)なに引き締め傾向の運用を続けた。また、歴代の日銀総裁は円高を志向する人が多かった。私は経済財政諮問会議で速水優総裁(98〜03年)に景気回復のために金融緩和と円安誘導を進言したが、「円が世界から尊敬される通貨でありたい」という、つまり円高論者の速水総裁には通じなかった。

政治家はというと、かなりのベテラン議員や実力者と言われる人でさえ「財政や金融のことは財務省と日銀にお任せするのが間違いない」とおっしゃる方がほとんどだった。

01〜06年、日銀はあまりにも長く続いた景気低迷に、当時の福井俊彦総裁が「異常な」と評したゼロ金利を導入し、それによって日本経済には復活の兆しが見え始めた。ところが08年9月にリーマン・ショックが起こる。金融商品に組み込まれた大量の抵当証券が“シンデレラの馬車がカボチャに戻ったように”一夜にして紙屑と化し、金融危機に陥ったのである。

このとき、欧米の中央銀行は大量に通貨を発行し、件の抵当証券を買い入れることで混乱の収束を図る、大胆な策に打って出た。しかし、日本では抵当証券はほとんど普及していなかったこともあり、量的緩和を出し渋り、円高を招いた。各国通貨がゼロ金利になったとき、為替レートを決するのはマネタリーベースである。他通貨に比して供給量が少なければ、円高になるのは当然だった。財務省もまた「リーマン・ショックは日本経済には蜂に刺された程度でしかない」(与謝野馨経済財政担当大臣・当時)と高を括(くく)っていた。

■安倍元首相ほど熱心な政治家はいない

こうした事後対応のまずさもあって自民党は政権を失った(09年9月)が、安倍元首相は再起を期して経済政策、特に金融政策を徹底的に勉強されていた。本田悦朗氏(元財務省)から岩田規久男氏(学習院大学名誉教授で後の日銀副総裁)の学説を聞いて関心を持ち、髙橋洋一氏(嘉悦大学教授)らと盛んに勉強会を開いていた。

また、「雇用の回復・デフレ脱却には金融政策が不可欠」「政治行政が金融政策に手をつけてはいけないという思い込みは間違い」との認識を持たれ、私の諮問会議での提言も聞いていただいたと思う。それまでにも政治家にレクチャーさせていただく機会は多くあったが、安倍元首相ほど貪欲に経済・金融について学ばれた方はいなかった。そうして自民党が下野していた3年間でアベノミクスを構想し、共にノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンやスティグリッツからも熱心に聞いておられた。

そして12年末の政権奪回と同時に、この画期的な経済政策がスタートしたのだ。さらに、13年3月には「デフレから脱却して2%の物価安定目標を達成するには大胆な金融政策が必要」との認識を共有する黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、ようやく円高基調が是正されることになった。

なお、アベノミクスは多くの雇用を生んだという評価に対し「増えたのは非正規雇用がほとんどで実質賃金の低下を招き、むしろ格差を拡大したのだ」と批判する向きもあるが、これはまったく正しくない。まず、本稿冒頭で触れた「新規就業者数約500万人増加」には、正規雇用が200万人含まれている(民主党政権時代は50万人の減だった)。また実質賃金は実際の手取り額を物価上昇率で割り戻して算出するので、デフレ下では手取り額が減っても実質賃金は増加するのだ。

さらに言えば、景気が回復してこれまで働いていなかった主婦がパートに出たり、定年後に再就職先が見つからなかった退職者が雇用されたり、多くの新卒者が就職できて労働者の裾野が広がれば、平均賃金が下がるのは当然だ。安倍元首相ご自身も、仮想例として「夫だけが働いて60万円の収入を得ていた世帯で、妻がパートに出て10万円を稼ぐようになると、世帯収入は70万円(夫60万円+妻10万円)に増える。だが被雇用者1人あたりの平均賃金は35万円(70万円÷2人)に低下する」と私との対談で反論されている。

こうした数字の背景を理解せず、あるいは意図的に利用して「安倍政権で生活は苦しくなった。格差が拡大した」などと批判するのは、はたしてフェアだろうか? 次回以降も述べるが、安倍政権やアベノミクスにも反省点はある。しかし、これから日本経済を前進させ、より良い政策を採用するためにも、安倍政権の政策の評価は冷静かつ客観的に行われるべきである。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 構成=渡辺一朗)

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