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「どうせわからないから」と誤魔化すと失敗する…認知症検査を拒み続ける母を動かした息子の一言

プレジデントオンライン / 2022年10月21日 15時15分

認知症の検査を受けたがらない人は少なくない - 写真=iStock.com/fizkes

家族が認知症の検査を拒んだら、どう対応すべきだろうか。医師で医療ジャーナリストの森田豊さんは「本人の意志に反して検査を受けさせると、関係がこじれて治療が滞る。本人の意志を尊重し、真心で向き合って説得することが重要になる」という――。

※本稿は、森田豊『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(自由国民社)の一部を再編集したものです。

■認知症の検査を嫌がる母

母の場合人一倍手がかかったことは確かだが、認知症の検査を受けたがらない人は決して少なくないように思う。

記憶が曖昧になり、自分が自分でなくなり、言動もおかしくなっていく、そんな病だと診断されるのは誰だって怖い、だからできれば検査したくない、先延ばししたい……。

そう思ってしまうのも人情ではないだろうか。

それに、認知症は「どこが痛い」「あそこが悪い」という、いわゆる「病識」がない。

客観的に見て「ここが悪い」と判断することもできない。

そのため、当人も医師も積極的に治療しようとなかなか思えない。

さらに言えば、認知症で命を落とすということはほとんどない。

今でこそ早期発見のために検査を受けることが推奨されているが、当時は検査をすることはおろか、認知症の疑いを持つことさえ、まれだった。

命を落とす危険がないというのは、本来喜ばしいはずなのだが、そのことが皮肉にも油断を招き、病状を進ませることになるのである。

また、人にもよるが、進行が極めて緩やかであるという点も、認知症の大きな特徴かもしれない。

病識がないまま、ゆっくり進む。日々の暮らしの中で、短期間で生活の質が大幅に落ちることもない。その結果、検査が大幅に遅れることになるのだ。

僕の場合、最初に母の物忘れが顕著になり、体の不調を訴えてきた時点で、認知症の初期だと強く疑うべきだった。

「元気そうだから大丈夫」などと思わずに、積極的に検査を進める心構えをしておくべきだった。

認知症(あるいは軽度認知障害)になっても、本人は気づかない。

本人が自分で「認知症かもしれない」などと考えることは絶対ないし、言わない。

そのことを踏まえ、原因不明の不調を糸口にして、認知症検査を受けてもらう。

そうすれば、認知症の進行を抑えられたのではないだろうか。

■母が本当に守りたかったもの

たいていの医師は、「医者目線」で話そうとする。

「認知症の可能性があるから検査が必要ですよ」

という感じでしか語らない。

一方、名医と呼ばれる人は、こういうときに「医者目線」では語らない。

医師という立場を自ら離れ、患者さんの側に立ってみる。そして患者さんに寄り添い、不安な気持ちを丁寧にすくい上げ、うまく治療の道に乗せていく。

誠に残念ながら、当時の僕はこういうことができなかった。

いくら優しい言い方をしても、結局「医者目線」のまま母に向き合ってしまっていたのである。自分の未熟さに泣きたくなる。

「医者目線」のまま母に向き合っていた
写真=iStock.com/kuppa_rock
「医者目線」のまま母に向き合っていた - 写真=iStock.com/kuppa_rock

とは言え、未熟ながらも僕は必死だった。

母の異変が進み、家族が壊れそうになる中で、やがて医師としてではなく、一人の息子として何ができるかを猛然と考えるようになっていった。

そしてある時、ふとひらめいた。

そうだ、母が一番守りたかったのはこの僕だ。

だから我慢して、遠慮して、僕には何も言えないでいた。

振り込め詐欺にだまされ、200万円を振り込んでしまったこともある。

記憶がなくなっても性格が変わっても、恐らくそれは今も変わらないはず。

だとすれば、母を説得できる方法は一つしかない。

■認知症の母が教えてくれた「真心で相手に向き合う意味」

「僕のために検査を受けてください」と頼むこと。

残された手段はもうこれしかない。

そう考えた僕は母に言った。

「母さん、僕は母さんが心配で心配でたまらない。母さんには長生きしてほしいし、もっと安心して生活を送ってもらいたいと思ってる。

でも、このままじゃいつまた事故が起きるかわからない。母さんに危険が及ばないとも限らない。そんなことにならないためにも、検査を受けてほしい。僕のために、検査を受けてほしいんだ」

この言葉を何度か繰り返すうち、母は次第に態度を変えていった。

初めのうちは話をされるのも嫌、という感じだったが、やがて僕の話に耳を傾け、渋々ながらも、検査を最後までやり通してくれた。

僕の言葉によって母が変わってくれたというより、説得を試みる中で僕自身が変わり、そのことが母の心に響いたのだろう。

医師としての立場を捨て、真心で相手に向き合う。

真心で向き合うことを母が教えてくれた
写真=iStock.com/shapecharge
真心で向き合うことを母が教えてくれた - 写真=iStock.com/shapecharge

そうしたかけがえのない経験を、僕は認知症の母によってさせてもらったのである。

■「手段を選ばず検査を受けさせる」と関係がこじれる

こうして母は認知症検査(長谷川式のテスト)をやり切り、認知症の進行を抑える薬・アリセプトを処方される。

最初の異変から治療開始まで、実に7年が経過していた。

本当はもっと早く治療を開始すべきだった。母のこと、家族のことを考えれば、手段を選ばず、何が何でも検査を受けさせ、何としても治療に引っ張って行くべきだったかもしれない。

嫌がろうと何だろうと、治療のためだからと、きつく言って検査をやらせる。

あるいは、認知症検査だと言わずに本人に内緒で受けさせる。

そういうやり方も、あり得なくはない。

だが、そういうやり方はやはりお勧めできない。

なぜなら、だまされたりごまかされたりしたと当人がわかれば、家族や主治医との関係がこじれ、ますます検査を嫌がる可能性も考えられるからだ。

認知症を患っていても、理性が完全に失われたわけではない。

「バカにされた」「裏切られた」と思えば、傷つき、怒り、落ち込みもする。

「認知機能が衰えているんだから、何をしたってわかりゃしない」などと考えるのは傲慢だ。

薬を処方してもらうのも同じである。

「検査をしなくても確実に認知症だろうから、本人に内緒で治療を開始する」という方法も取れなくはないだろうが、何も知らされずに認知症の薬を飲まされていたとわかったら、本人は医師にも家族にも不信感を抱く。

そもそも現在は、治療にしても投薬にしても、本人に開示する義務がある。

処方された薬については、お薬手帳などにすべて記載することが決められている。

たとえ認知機能が衰えたとしても、文字を読んで理解する力まで消えるわけではない。

本人がお薬手帳を目にすれば、「これは何だ!」「一体何の薬を飲まされているのか……」と不安がることも考えられる。

母の場合も、薬に関してはとても関心が高かったから、だまして飲ませたことがバレでもしたら、恐らく激怒したに違いない。

隠しても「お薬手帳」などでバレる
写真=iStock.com/laymul
隠しても「お薬手帳」などでバレる - 写真=iStock.com/laymul

僕らとの関係が悪くなり、治療が滞ってしまったかもしれない。

■「認知症患者の同意を得る」ことが大切

認知症もやはりインフォームドコンセント(医師が治療について説明し、患者の同意を得ること)が大切だ。

患者本人や家族が治療について十分理解し、それをどう受け止めたか、受け止めた上でどのような医療を選ぶかということをきちんと考えた上で、治療を進めていくことが重要なのだ。

ちなみに、どうしても本人が検査を受けたがらない、治療が進まなくて困っているという場合は、別の医療機関を受診する、いわゆるセカンドオピニオンという選択肢もある。

セカンドオピニオンというと、

森田豊『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(自由国民社)
森田豊『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(自由国民社)

「主治医の気を悪くしそうで言いにくい」
「患者が言い出すのは生意気なのではないか」

などと心配される方もいるかもしれないが、それはまったくの誤解だ。

良識のある医師なら、患者の申し出を否定したりしない。

治療がスムーズに進むことを第一に考え、むしろセカンドオピニオンを前向きに考える。

セカンドオピニオンを正しく求めることは、患者にとっても主治医にとってもいいことづくしなのだ。

母の場合も、何度か検査を嫌がった時点で、セカンドオピニオンを求めるべきだったと思う。

そうすれば気持ちが切り替えられ、検査を受けてみようという気になったかもしれない。

だが、当時の僕はそこまで考えが及ばなかった。

セカンドオピニオンとは、症状が良くならなかったり、治療が滞ったりした場合に求めるものであって、検査の段階で別の医療機関を受診するというアイデアは、当時の僕には浮かばなかったのだ。

医師として、深く反省する他ない。

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森田 豊(もりた・ゆたか)
医師、医療ジャーナリスト
1963年東京都台東区生まれ。秋田大学医学部、東京大学大学院医学系研究科を修了、米国ハーバード大学専任講師等を歴任。現役医師として医業に従事し、テレビ朝日系『ドクターX~外科医・大門未知子~』の医療監修を行うなど、種々のメディアや講演等で幅広く活躍中。

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(医師、医療ジャーナリスト 森田 豊)

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