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「東京都は無料なのに、神奈川県は遺族負担」父も母も異状死となった作家があきれ果てた不条理なシステム

プレジデントオンライン / 2022年9月29日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

医療機関以外、もしくは、かかりつけ医がいないまま自宅で死亡すると「異状死」として、医師の検案を受けることになる。両親がいずれも異状死となった、ノンフィクション作家の平野久美子さんは「神奈川県の施設で母が亡くなったときには遺体の検案料、搬送料、すべてが遺族負担だった。これは東京都の自宅で亡くなった父のときにはなかった。神奈川県の仕組みはおかしい」という――。

※本稿は、平野久美子『異状死』(小学館)の一部を再編集したものです。

■母が神奈川県の施設で「異状死」した

母が亡くなった翌日の2020年3月10日、その日の午前9時前に、警察から紹介された葬儀社が検案を終えて棺に納まった母を自宅まで送り届けてくれた。

戻ってくるのは午後になるだろうと思っていたので、まだ棺をどこに安置するのかも決めていなかった。とりあえずというわけにもいかないけれど、リビングルームの奥に広がる庭に母の好きな沈丁花が咲いていたので、窓辺の近くに棺を安置してもらい、その周囲に献花や榊を置く台を配置することにした。換気のために窓を開けると、ふうわりと沈丁花の香りが部屋に入ってきたので、棺のふたを開けて母に春の気配を感じてもらった。

それにしても早い帰宅だった。

横浜市内にある検案施設から我が家までは約35キロメートル、往復で70キロメートルほどの距離になる。検案を終えた母をいったん瀬谷区の葬儀社まで連れ帰り、そこで身仕舞いを整えて納棺。途中、高速道路を一部使ったとしても嘱託医のもとを午前8時より前には出発しないと9時前に我が家へは戻ってこられない。よっぽど朝早くに検案を済ませたに違いない。検案は、警察や救急医からの第一次情報をもとにしての外見確認だけだから短時間で終わったはずである。

■「早速ですが合計で13万4600円です」

葬儀社からやってきた二人の男性スタッフは、棺を指定した位置に置くと、「早速ですが」と切り出して、目の前に何枚かの領収書と請求書を並べた。

「合計で13万4600円です」

異状死扱いになると、検案や搬送その他の費用は全額遺族負担だと事情聴取の際に警察から聞いていたが、まさか10万円を超すとは思わなかった。しかも現金払いのみだという。私は慌てて眼鏡をかけてしっかり請求額を確かめた。

葬儀社の請求書には「8万8220円」とあり、次のような明細が記されていた。

○搬送施行人件費……2万円
○寝台車・病院へのお迎え……1万6300円
○寝台車・検案施設往復……2万3900円
○防水シーツなど……2万円
○消費税……8020円

搬送施行とは救急病院から葬儀社への片道と、嘱託医がいる施設への搬送、そして施設から葬儀社での納棺を経て自宅までの搬送のことであろう。車両のレンタル代のほかに防水シーツなどの消耗品代もついていた。それと高速道路使用料が1380円。

■神奈川県というだけでこんなにお金がかかるとは

東京都を管轄する警視庁をはじめ各県警の多くは、遺体を搬送する専用車を用意しているし、遺体の保管と検案を警察署内で済ませる方式をとっている。ところが神奈川県警は、民間の葬儀社に搬送も保管も委託しているため、遺族が費用を負担することになる(と、後から知った)。

もう一枚の領収書は葬儀社が立て替えたもので、嘱託医による検案料が4万5000円かかったことがわかった。このほか、救急搬送された病院に支払った当日の処置料を含めると15万円を超えた。神奈川県で異状死扱いになるとこんなにお金がかかるとはまったく知らなかった。かなりの出費を覚悟しておく必要があるのに、県民にはこうした情報がほとんど広まっていない。どこへ問い合わせをしてよいかも知らされていない。

どの地域でも同じだとは思うが、葬儀社の費用は実走代(註・搬送時の距離を計算)と人件費と高速代や備品代などの合計だ。それらは各社から見積もりを取って見比べれば相場もだいたい見当がつく。ただ、一般的にいうと警察が紹介する葬儀社は、今時のコンパクトな葬儀を売りにする会社よりは割高な傾向がある。

検案の代金だけは実施施設が同じであれば変わりようがなく、遺族が負担することになる。だから、搬送代金や人件費がリーズナブルな葬儀社を選ぶしか、節約の方法はない。

■なぜ検案料を葬儀社が立て替えているのか…

初めて目にした死体検案料の領収書は、値段は印字されていたが、但し書きの欄に母の名が手書きで書き込まれ、受領印と検案をした施設の住所や院長名がスタンプされていた。4万5000円という金額が税込みかどうかさえもわからない。この検案料が高いのか安いのか、常識的な値段なのかも見当がつかない。しばらく無言で領収書を眺めている私を前に、葬儀社のスタッフは私の質問を見透かすかのように、先回りして釈明した。

「私どもは、嘱託医の先生から請求されたお値段をご遺族様に代わってお支払いし、それをご請求させていただいているだけですから、個々のお値段についてはわかりかねます」

遺体の保管と検案をする施設への搬送を担当した彼らは、迅速に仕事をしてくれたし、感謝もしている。でも、なぜ葬儀社が検案料を立て替えることになっているのか?

──皆さんは、おかしいと思ったことはないの?

葬儀社の営業担当は聞こえないふりをしている。面倒な質問に答えるつもりはさらさらなさそうだ。それでも再度尋ねた。

──我が家は検案料が無料だった東京から引っ越して来ましたでしょ。だから、なぜこんなにも違うのかとフシギなんですよ。これって横浜では平均的なお値段なんですか?

「そうだと思いますけれど、これ以上は……なぜこんなに料金がかかるんだとお叱りを受けることもありますが、私どもは立て替えた検案料の領収書をご遺族に渡すだけですから、お答えのしようがないのです。東京都が無料ですからよけいに不審がられますけれど、検案料に関しては警察に聞いてくださいと言うしかありません」

■その場で現金払いを迫られる遺族の戸惑い

葬儀社にしてみれば、立て替えた自分たちに文句を言われ、迷惑至極と言いたげだ。それにしても嘱託医や葬儀社は、通夜や葬儀のことで頭がいっぱいの取り込み中に現金払いで請求される遺族の気持ちを考えたことがあるのだろうか?

棺に収まって帰宅したばかりの家族を前にして現金を請求されるのは心が折れる。後日に銀行振り込みなどで支払えるようにいくつかの選択肢を用意してくれればよいのに。もし、検案を担当した医師から「ご愁傷様でした」のひとことでも添えて、葬儀後に請求書が送られてきたなら遺族の感情はそうとう違うのに。

手を握るカップル
写真=iStock.com/LSOphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LSOphoto

異状死扱いになった家族が検視や検案を経て自宅に戻るまでのプロセスや、私たちがしなければならないこと、そして払わなければならない費用について、あまりに情報が少なすぎる。そんなわからないことだらけの中で、葬儀社が立て替えておいたからと検案料の請求書を差し出すのである。言われたとおりに払わざるを得ないではないか。

■「納得がいかない」遺族はほかにも…

葬儀社の担当者は、「次の約束があるので」と半分腰を浮かせた。そこで請求書の内訳に前夜の遺体保管料が入っていないことを指摘すると、あっさりと「あ、保管料はけっこうです。サービスさせていただきます」と言って立ち去った。

母親が施設で異状死したことを話してくれたミドリさんは、私と同じ神奈川県でも川崎市在住。参考までに彼女が支払った費用も以下に記しておく。

病院へは、文書料(検案書代)4400円、自費処置料として4万6200円。おそらくこの金額に救急救命のための診察処置料と検案料が含まれているのだと思う。

「火葬の予約がすぐに取れなくて、川崎市から東京都府中市の火葬場まで運ぶために、二日間、葬儀社に遺体を保管してもらいました」

そのための寝台車車両代が第一日目として車庫→病院→安置所の搬送で2万6400円、翌日の分が車庫→安置所→火葬場の搬送で1万9800円。病院への支払いと合わせて9万6800円だった。予想外の出費には今もって納得がいかないとミドリさんも話した。

■やっぱりあった「警・葬の癒着」

異状死扱いになった場合の費用は全額遺族負担という神奈川方式。こんな高額な費用を誰もが即金で支払えると思い込んでいる警察や行政は市民に甘えすぎていませんか? そして警察と葬儀社は、いったいどのような関係にあるのか……。

こんな不透明な支払いシステムがまかりとおっているのは、警察と嘱託医と葬儀社があうんの呼吸のもとに連携して、三者の利権構造ができあがっているのではないかと、ついうがった考えもしたくなるというものだ。

そうしたらやっぱりと言うべきか、神奈川県警大和警察署の警部補と葬儀社との“ズブズブな関係”が明るみに出て、2021年11月に警部補と葬儀社の担当が贈収賄罪で逮捕されるという報道が世間を騒がせた。

警察署で扱った遺体の搬送を、同僚の警察官の妻が経営する葬儀会社を使うようにと紹介し、そのたびに現金や商品券、合わせて200万円ほどを受け取っていたというニュースを聞き、「やっぱりね」とうなずきあった県民がどれほど多いかを、神奈川県警は肝に銘じていただきたい。

平野久美子『異状死』(小学館)
平野久美子『異状死』(小学館)

搬送車両が警察署に十分用意されていないことを理由に、異状死と判定されて検案が必要になった遺体の保管や搬送業務を葬儀社に丸投げしていたのは全国でも神奈川県警だけ。しかも葬儀社とのこうした関係が、どの署でも半ば慣例化されていたことが明らかになった。これでは“警察官の職務の公正に対する社会の信頼が相当程度害された”と裁判官が述べるのもあたりまえだ。

2022年3月15日に横浜地方裁判所で逮捕された警部補に執行猶予つきの有罪が確定したことで、県警は県議会で再発防止策に取り組む姿勢を表明。2022年度の一般会計予算に5000万円を計上して、今後数年かけて県下の全警察署に遺体搬送用の専用車両と遺体の冷蔵保管庫を整備するという。また、搬送業務を葬儀社にまかせることをやめて県警が自分たちで行うことも決まった。正常なシステムになるまで時間はかかるだろうが、市民の信頼を取り戻すこと、遺族の金銭面の負担が減ることを望むしかない。

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平野 久美子(ひらの・くみこ)
ノンフィクション作家
東京都出身。学習院大学仏文科卒業。編集者を経て執筆活動。学生時代から各国を巡りその体験を生かして多角的に日本との関係をテーマとしている。『淡淡有情・日本人より日本人』(小学館ノンフィクション大賞)、『水の奇跡を呼んだ男』(産経新聞出版)(農業農村工学会著作賞)、『テレサ・テンが見た夢・華人歌星伝説』(ちくま文庫)、『トオサンの桜・台湾日本語世代からの遺言』(産経NF文庫)、『つなぐ命 つなげる心 東京大空襲を乗り越えて』(中央公論事業出版)、『台湾世界遺産級案内』(中央公論新社)など。ジャンルにとらわれずユニークな視点と綿密な取材で作品を発表している。日本文藝家協会会員、(社)「台湾世界遺産登録応援会」顧問。

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(ノンフィクション作家 平野 久美子)

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