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「客の来店頻度を上げるヒントはここにある」群馬のスーパーがあえて"20年前のツタヤ"を参照するワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月4日 11時15分

ベイシアの店舗外観 - 写真提供=ベイシア

スーパーへの来店頻度を増やすにはどうすればいいのか。東日本を中心に出店を進めるベイシア(群馬県前橋市)の社長に7月に就任した相木孝仁さんに、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が聞いた――。(前編/全2回)

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「新社長はベイシアをどう『尖らせる』のか。」(9月8日公開)を再編集したものです。

■ベイシアの「ハリネズミ経営」

【田中】アメリカでもウォルマートやアマゾンをはじめとして、小売はDXが大きく進んでいますし、非常に面白い業界を選ばれていると思います。デジタルシフトタイムズの対談は、直近でイトーヨーカ堂の山本社長にお話をうかがっていますので、今日の対談も業界内で注目されるのではないかと思います。

ベイシアグループというと「ハリネズミ経営」が非常に有名です。それぞれの会社の良さや、業態によって顧客から求められるものは違うので、あえてグループで統一するのではなく、それぞれがハリネズミのように尖った経営をすることで有名ですが、グループの中核企業であるベイシアのハリネズミ経営ではなにを一番尖らせたいと考えていますか?

【相木】そんなに即効性のあるレシピはないと思います。基本に忠実にやるべきことをやり続ける。これがやりきれていないので、本当の意味でナンバーワンになれていないのだと思います。商品から物流、eコマース、ネットスーパーにおいてやるべきことをしっかりやろうと思っています。

【田中】社長に就任されて、これからさらに尖らせていくことが使命かと思いますが現状、他のスーパーと比較してベイシアグループのハリネズミ経営にはどんな特徴がありますか?

【相木】ベイシアグループは「For the Customers(すべてはお客様のために)」という経営理念を持っています。この理念が一人ひとりの社員に深く浸透していることが強みだと思います。店舗はスーパーセンター、すなわち大きなスーパーで豊富な品揃えとお買い得な店舗を目指しており、さらに今は商品の鮮度を強化しているところです。コロナ禍で一つの店舗で買いものを済ませたいというお客さまのニーズに応えるための施策です。

■グループ内でも忖度せずに競合し合う

【田中】6月におうかがいした際に、日本最大級の店舗の視察をさせていただきましたが、非常に特徴的だと思ったのは同じグループの中でも同じ業態が並び、互いに忖度(そんたく)せずに競合し合っている点です。他のグループであればMD(商品戦略)を組み直すなどの対策をしているかと思いますが、そこもベイシアならではの特徴でしょうか。

【相木】そこもハリネズミ経営の考えに近いと思います。グループ内においても、経済合理性が高くない名ばかりのシナジーは追い求めていません。むしろ、自由にのびのびと一社一社が尖っていくことがグループの教えです。ですので、場合によっては商品が重複することもあります。

お客様にとって一番良いものを磨き続ける。それによってハリネズミとして強い企業グループを作っていけるのだと思います。誤解のないように申し上げますと、先端技術やセキュリティなど、グループで連携した方がいいことはいろいろな形でトップが集まり、情報共有を進めています。

■見習いたい「20年前のツタヤ」の販促活動

【田中】では相木社長のツタヤオンライン時代のことについてお話をうかがいます。もともとDVD業界はリアル店舗を展開していましたが、Netflixがオンラインで顧客とつながり、話題作・人気作だけではなく、過去の名作も含めてロングテールで倉庫から顧客にDVDを届けるようになりました。それがNetflix1.0の時代です。

当時のツタヤやブロックバスターが行っていたようなデータドリブンの日本企業は、現在でも少ないでしょう。当時のツタヤは、顧客とオンラインではつながっていませんでしたが、顧客の情報をもとにデータドリブンによるマーケティングを展開していたと思います。ツタヤの創業者のお一人は、ツタヤでの経験を基に、スーパー銭湯業界に会員制を導入し、「極楽湯」をフランチャイズ展開されていますよね。では、相木社長にとって、ツタヤで培ったデータドリブンの経験にはどのようなものがありますか?

ベイシアの相木孝仁代表取締役社長
ベイシアの相木孝仁代表取締役社長

【相木】もう20年ほど前の話ですし、私の貢献はごく一部ですが、私はツタヤオンラインで経営企画やマーケティングを担当していました。先進的だったのは、顧客のオンライン会員化を店舗で推進していたことです。今でこそ当たり前ですが、当時これをやっている企業は他にはありませんでした。

そのロジックは、オンライン会員化によって、会員のみに半額クーポンを発行するキャンペーンを打つことができ、会員の来店頻度が上がることです。そのために携帯電話を持っているお客様に入会を促進したり、入会に手間取るお客様のサポートをして、店舗としてオンライン会員化を推進していました。それを徹底することで会員規模を増加させ、来店頻度とレンタル本数を大きく伸ばすことに成功しました。

この体験はもの凄いことだと思います。当時のツタヤは店長の裁量で個別にクーポンを配信できる仕組みになっていましたが、現状のベイシアではまだ実現できていません。20年前からその仕組みを持っている企業はほぼなかったと思います。店舗の人間がオーナーシップを持って、販促活動にコストをかけてクーポンを配信できることは凄いことです。ツタヤで学んだことは意識しなくとも、自分の血と肉になっていると思います。

【田中】20年前とはいえ、当時のツタヤが実現できていることを今実現できている会社は非常に少ないと思いますし、Netflixと比較するともう一手、二手打っていただきたかったと思いつつも、そこで培ったデータドリブンのノウハウは、その後の仕事に役立っているかと思います。

■「お客の買い物スイッチはどうすれば入るのか」

【田中】相木社長が大切にされている信条や言葉を教えてください。

【相木】今も実践していますがとにかく現場、お店とお客様に向き合うことです。現場に入って課題を一緒に解くことだけが経営者の仕事でないことはわかっています。自分なりの仮説を持って現場に赴き、現場で起きている課題を見つけ、それがどうすれば全社の大きなレバーになるのかをずっと見ています。頻繁に店舗に足を運びお客様と向き合い、商品が売れない理由、売れた理由を観察して、それを全体の戦略に反映させることを心がけています。

【田中】大きな仮説と日々の仮説から独自の仮説を設定して検証されているかと思います。現時点で検証に入っている仮説はありますか?

【相木】ベイシアはもともと価格優位性で業績を伸ばしてきました。加えて品揃え、買いやすさ、店舗の大きさなどが強みです。数年前からは「鮮度」と「おいしさ」にこだわっています。ただ、いろいろな調査を見ても両方ともお客様には伝わっていませんから、そこをうまく伝える必要があります。商品が全てを語るという見方がありますが、私はそれだけではなくお客様の買い物スイッチがどうしたら入るのか。行動心理学やマーケティングなども含めて、もう少し研究していきたいと思っています。

ベイシアは商品が良いから素のままでもお客様に伝わるはず、というアプローチだけではなくて、欲しいモノやお買い得なモノがどこにあるのかすぐ分かり、毎日の献立づくりのヒントになるような、お客さまの課題を解決できるマーケティングコミュニケーションを練っていきたいと思います。

■積極的にプライベートブランドを開発する

【田中】6月にベイシアの店舗にうかがって思ったのは、競合他社と比較したときに品揃えが豊富で、クオリティに対する値段にも合理性があることです。一番驚いたのは積極的なプライベートブランド(PB)の開発です。もし競合同士が並んでいたら圧倒的な魅力があると感じました。しかし、その魅力がまだお客様には伝わってないということでしょうか。

ベイシアのプライベートブランド商品「別海のおいしい牛乳3.7」
ベイシアのプライベートブランド商品「別海のおいしい牛乳3.7」

【相木】そうですね。オリジナルのPBについても多くの商品をこだわって開発しています。しかしこちらも、売り場の中で埋もれている傾向があります。表面的なことでいうとパッケージやロゴの統一感が十分ではなかったり、他社と比べると質も良く価格優位性もあるにもかかわらず、その側面を前面に押し出してきませんでした。いろいろな面で控えめだと思っています。もう少し統一感を持って強く打ち出していくこと、中身のクオリティチェックも含めてもう一回PBを見直すプロジェクトを進めています。これが徹底できれば、お客様にベイシアのこだわりが伝わっていくと思います。

■近畿大学と連携してオリジナルの「交雑魚」を開発

【田中】これまで企図せずに訴求してこなかったおいしさについて、きちんとマーケティングの手法で伝えるということになると、強力な一手になりそうですね。

【相木】もちろん中身についても努力をしています。コールドチェーンを使って鮮度を保ったまま輸送したり、商品開発にも取り組んでいます。昨年、大きく販売数を伸ばした「ブリ」と「ヒラマサ」のハイブリッドである「ブリヒラ」は、近畿大学水産研究所が長年にわたる研究の末に生み出した完全オリジナルの交雑種です。当社が販売を担当することでここ数年で養殖量を増やし、昨年、当社の全店舗で販売できるまでになり、事業ベースに乗った世界で初めての取り組みとなりました。

近大の技術により生み出される人工種苗から育てるため、天然の資源を減らすことがなく、SDGsにも貢献する養殖魚でお客様からの人気も高い商品です。今後は、商品開発に積極的にさらに力を入れていく予定です。

■収益性が高いスーパーからグロースの高いスーパーへ

【田中】商品のおいしさも見せ方も訴求するということですが、それ以外にはどんな打ち手を考えていますか?

【相木】一番やらなければいけないのはグロース、成長です。ベイシアは業界平均と比べると利益率は高い方だと思いますが、この数年は既存店のブラッシュアップのために出店ペースを抑えています。小売は出店をしないと売上高は伸びません。この3年で足元が非常に強くなりましたので、これからは出店を加速していきます。重点エリアを中心に少なくとも6~7店の出店をしたいと思っています。

そして、店舗の改装も継続して行っていきます。改装も成長のドライバーとして非常に確率の高い手法であり、売上を伸ばしている店舗のほとんどが直近に改装しています。これからは収益性の高いスーパーから、グロースも高い会社になっていきたいと思っています。

立教大学ビジネススクールの田中道昭教授
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

【田中】実際に店舗を拝見して近くにあったらいいなと感じましたので、ぜひ東京にも出店していただきたいと思います。さらに店舗の改装についてうかがいますが、改装して成長させるポイントをどこに置かれていますか?

【相木】インターネットビジネスと大きく異なるのは、店舗のレイアウトや棚割りはそう簡単に変えられないということです。設備は必ず老朽化するので、15年~20年が経つと冷蔵ショーケースの調子も悪くなりお客様の買い物スイッチが入りにくい空間になってしまいます。そこをリフレッシュします。設備を入れ替えるとともにレイアウトをお客様の嗜好(しこう)に合わせます。過去の購買データは分かるので、地域のお客様に合わせた商品を補充していきます。

■売上比率の少ない衣料品のテコ入れを図る

【相木】近年ですと時代の流れから、調理にあまり時間がかからない惣菜や、レベルが上がりおいしくなっている冷凍食品を充実させています。大規模なスーパーセンターでは衣食住すべてを扱っていますので、売り場によっては販売効率が良くないエリアもあります。検討は必要ですが、場合によっては自社だけで販売効率を高めるのではなく、他社の優れたテナントに入ってもらうことも視野に入れています。

今、100円ショップのセリアには30以上の店舗にテナントとして入っていただいています。販売効率や収益性の向上はもちろん、私たちとは異なる層のお客様を集客してくださるメリットもあります。そういった意味での改装を積極的に進めていきたいと思います。

【田中】衣食住の話が出ましたが、いうまでもなくGMS(総合スーパー)、特に大手総合スーパーの課題は食料品部門以上に非食料品部門にあるといわれています。ベイシアの場合、非食料品部門はどのような状況でしょうか。

【相木】店舗によって違いますが売上の85~90%くらいは食料品が占めていて、衣料品の占める割合はそれほど大きくはありません。しかしベイシアはさかのぼると呉服から始まっていますので衣料品はなんとかしたいと思っていますし、出店エリアでは衣料品をお求めになるお客様がご年配の方からファミリー層までたくさんいらっしゃいます。ここの磨き込みを本気でやりたいと思っています。

ただ、ベイシアに入社するときに衣料品部門を希望する人は少なく、売上構成比率から考えてもそれほど大きくはありません。そのため、人材を育成するとともに外部人材の登用にも力を入れます。非常に優秀な人材がこれから入社してくることも決まっておりまして、もう一度衣料品を立て直し、伸ばしていきたいと思っています。

GMS全体が厳しい状況ですが、私たちが提供するのはワンフロア型の2000~3000坪の大きなスーパーセンターです。ここに効率的に買える衣料品ゾーンがあることは、お客様の利便性にとってもプラスでしょう。

■グループ内に「ワークマン」というお手本がいる

【田中】衣料品については仕入れだけではなくて、自分たちで商品開発をするところまで目論んでいらっしゃるのでしょうか?

【相木】そうですね。品質と機能性にこだわった下着や肌着、ワークマンの担当者から見ても強力だといわれるようなチノパンをはじめ、一点一点見ていくと非常に良い商品が揃っています。ただ、店舗展開という意味ではワークマンには全く敵わない状態です。グループ内に良いお手本がいますので、しっかり勉強してキャッチアップしたいと思っています。

【田中】グループ内にワークマンがあり、さらにそれ以上の品質の衣料品をつくるというのは、それだけでも凄く志が高い話ですよね。

【相木】そうですね、全体のポートフォリオもありますので、どこに9割のリソースとエネルギーを割くかとなると、やはり食料品で磨き上げていくことが最優先になりますが、衣料品にも力をいれていきます。

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相木 孝仁(あいき・たかひと)
ベイシア代表取締役社長
1972年生まれ。1994年、明治大学を卒業後、日本電信電話(現NTT)に入社。フュージョン・コミュニケーションズ(現楽天コミュニケーションズ)社長、鎌倉新書社長などを経て、2022年1月からベイシア副社長を務めた。同年7月より現職。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(ベイシア代表取締役社長 相木 孝仁、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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