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「なぜ女性が妊娠するか」を学校で教えない…日本の性教育を世界最悪にした原因は旧統一教会にある

プレジデントオンライン / 2022年10月4日 13時15分

統一教会として知られる世界平和統一家庭連合東京本部(2022年9月27日、東京都渋谷区) - 写真=AFP/時事通信フォト

安倍晋三元首相の銃撃事件をきっかけに、旧統一教会と自民党の関係に注目が集まっている。その関係は長年にわたるものだが、なぜこれまで正面から責任を問われてこなかったのか。ジャーナリストの浜田敬子さんがその背景を取材した――。

■「世界最悪の性教育」をめぐる闘い

20年以上にわたり、世界平和統一家庭連合(以下、旧統一教会)と闘ってきた一人の女性医師がいる。広島市で産婦人科医として、10代20代の女性たちの性被害や望まない妊娠の問題に向き合ってきた河野美代子さんだ。河野さんと旧統一教会の闘いの主戦場は、学校における「性教育」だった。

産婦人科医の河野美代子さん
産婦人科医の河野美代子さん(河野さん提供)

河野さんは日本の性教育は「世界でも最悪の状態」だという。中学高校で正しい避妊方法や妊娠の知識、自分自身を大切にするという考えの下でのセックスについて教わっていない。男女の体の成長段階や人の受精卵が胎内で成長する過程は学ぶが、受精の前提となる性交については教えていないのだ。学習指導要領に「妊娠の経過は取り扱わない」という「はどめ規定」があるためだ。

なぜこうした規定が残り、“中途半端な”性教育が続いてきたかは後述するが、河野さんは「性交やセックスという言葉すら使えず、セックスに対する正しい知識を教えられなければ、避妊方法や性暴力、性被害について伝えることもできない」と話す。

■信者からの攻撃、通報、そして裁判へ

学校現場で「教えることのできない」性の知識を知ってもらおうと、河野さんは広島県内だけでなく、全国各地で講演会を開いてきた。そして「講演会を開くたびに、旧統一教会から執拗(しつよう)な妨害を受けてきた」と証言する。

講演会に紛れ込んだ信者により、その内容が「小学生にピルを飲めと言った」「中学生にセックスをそそのかしている」と歪曲され、攻撃された。県教委などにも通報され、「あなたたちのグループは何をやっているのか」と責められた。教育委員会に講演会の後援を断られれば、現場の教師たちは講演会への参加を躊躇う。

広島市PTA協議会の会長には、月刊誌に「中学生にセックスをそそのかして家庭を崩壊させ革命を狙っている」とまで書かれた。河野さんは事実無根として、2005年1月に会長を名誉毀損(きそん)で提訴した。

この裁判の過程でこの会長は、旧統一教会の関連団体である世界平和女性連合の人たちとともに、「10代の性を考える母と医師と教師の会」なるものを作り、喫茶店で会合を開いていたことが判明した(会合には5、6人しか集まらなかった)。

■「日本の伝統的家族観」を守る政治家たち

2000年代は広島県だけでなく全国で組織的な性教育排除、バッシングが広がっていた。国会では、今旧統一教会との深い関係を指摘されている山谷えり子参院議員が、「過激な性教育が学校に広がっている」と質問した。

今その質問を見返すと、極めて抑制的に正しい性の知識を伝えている副読本や、知的障害のある子どもたちに体の仕組みを教えるために教師たちが苦心して作った家族人形を「セックス人形」だとしてやり玉に挙げた。

2005年には、安倍晋三元自民党幹事長代理(当時)を座長、山谷議員を事務局長とする「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が結成され、全国の教育委員会に対して性教育の実態調査が行われる。その結果、山谷氏が問題視したような“過激な”性教育はなかったにもかかわらず、「性交や避妊指導は不必要」として学習指導要領や教科書から消えた。

こうした活動を展開してきた自民党の一部の議員の裏には、伝統的家族観を重視する日本会議や神社本庁など宗教右派と言われる存在があることは、ジェンダー関連の取材が長い記者たちは気づいていた。私もその一人だ。

彼らは性教育に限らず、男女共同参画や選択的夫婦別姓制度、同性婚などは、「日本の伝統的家族観を崩壊させるもの」として、ことごとくジェンダー平等、女性の権利に関わる政策に執拗に反対し続けてきた。

だが正直、このジェンダーバッシング、ジェンダーバックラッシュとも言われる動きの中で、旧統一教会がここまで草の根的に執拗に動いていたことは、私は恥ずかしながら安倍元首相襲撃事件後、取材をするまで気づいていなかった。先の河野さんはこう話す。

「私は旧統一教会の問題についてはずっと言い続けてきました。ですが、当時はメディアもほとんど聞く耳を持ってくれなかった。PTA連合会会長を提訴した時には記者会見も開きましたが、関心を持ってくれた記者は少なく、小さい記事になっただけでした」

■富山県議らに送り付けられた1冊の冊子

安倍元首相が凶弾に倒れるという事件が起きて改めて、旧統一教会のさまざまな問題が噴出している。2010年代に入っても強引な勧誘や、財産の収奪のような手法が続いていること、信者の親に育てられた宗教2世がいまだに苦しんでいること……。

こうした実際の被害者の救済も急がなければならないが、もう一つ解明し忘れてはならないのが、彼らが政治家を通じて、自分達の「価値観」をどこまで政策に反映させてきたかということだ。

自民党の富山県議で産婦人科医でもある種部恭子さんは、県議会の質問などで県に対して、同性・異性にかかわらずカップルであることを公的に証明する「パートナーシップ制度」の創設を求めてきた。

富山県議の種部恭子さん
写真提供=種部さん
富山県議の種部恭子さん - 写真提供=種部さん

県は2021年の議会答弁で「導入の検討」を明言したが、その後2022年5月になって自民党県議らに送り付けられてきたのは、「世界日報LGBTQ問題取材チーム」による『「LGBT」隠された真実 人権」を装う性革命』という冊子だった。世界日報とは統一教会系の新聞である。

この冊子では、「偏見や差別の裏返しとして、同性愛を安易に美化してはならない。同性愛行為を行うことのリスクを客観的に評価する必要がある」と訴え、「パートナーシップ制度の拡大は、最終的には『夫婦』や『家族』についての日本人の考え方に混乱をもたらし、やがて夫婦を核とした伝統的な家族を破壊する」「パートナーシップ制度は行政による個人の信条・信仰への侵害だ」と主張している。

■旧統一教会の政治的活動は報道されなかった

この7月には富山を拠点にするチューリップテレビが、2019年と2021年1月に、統一教会の関連団体、国際勝共連合の幹部が富山市議会の自民党議員らに勉強会の講師として招かれていたことを報じた。この時の内容も、同性愛に反対する内容だったという。男女による合同結婚式を重要な儀式と位置付ける旧統一教会は、同性婚に強く反対している。

性教育だけでなく、パートナーシップ制度の導入についても、旧統一教会は保守系議員への働きかけを続けてきたが、この活動がメディアに出ることは最近までほぼなかった。

背景にはメディアがこの20年、旧統一教会の動きに注目していなかったこともあるが、「メディア自体が男性中心組織で、特にどの記事を掲載するかを決めるデスク以上に女性が少ないことが関係しているのではないか」と種部さんは指摘する。

性教育や同性婚、夫婦別姓の問題、ジェンダー平等に関する問題に関心を持つのは比較的女性の記者やディレクターが多い。これまで長くデスク以上の責任者を男性が占めるという構造だったメディアでは、ジェンダー関連のニュースの優先度が下がるという状態が続いてきた。

■約40年間で主要3紙の関連記事はわずか

実際、データベースで1980年1月1日から2022年8月31日の間、朝日、毎日、読売の各新聞で、「統一教会」とジェンダー政策の関連性を検索してみても、記事はほとんどヒットしない。「統一教会と性教育」というキーワードで検索すると、朝日新聞で1件のみ、選択的夫婦別姓では朝日1件、毎日3件、同性婚では朝日1件、毎日7件という具合だ。

同じく伝統的家族観を重視する宗教団体や有識者らでつくる日本会議は、ここ数年その存在がクローズアップされてきたが、それでもこの団体とジェンダー政策との関係性を報じている記事は少ない。同じように3紙を検索すると、性教育では朝日が2件、毎日3件、読売1件、選択的夫婦別姓では朝日が6件、毎日9件、読売1件だ。

元朝日新聞記者でジャーナリストの竹信三恵子さんは、1995年の北京女性会議前からジェンダー政策について取材し続けてきた数少ない記者だ。2000年に入ると男女共同参画審議会の専門委員にも就任。竹信さんの30年間は、記者として、宗教右派や保守系議員によるバッシングの影との闘いでもあったという。

■「ジェンダー」でさえ言葉狩りの対象に

1996年2月に選択的夫婦別姓などを盛り込んだ民法改正案要綱が法政審議会で決定され、1999年に男女共同参画社会基本法が制定されると、保守勢力からの攻撃は加速した。男女平等を意味する言葉として使われていた「ジェンダーフリー」を男女の区別を無くす概念だと歪曲化。「ジェンダーフリー」だけでなく、「ジェンダー」という言葉すら、言葉狩りにあったかのように、行政やメディアから消えていった。

最近でこそ、朝日新聞でも「Think Gender」というキャンペーンも始まったが、メディアでも長らくこのジェンダーという言葉は使いづらい空気が蔓延していた。

ジェンダー叩きの極め付きは個別の記者や有識者に対するバッシングだった。竹信さんも、世界日報に名指しで「札付きのフェミニスト記者」と書かれた。当時、世界日報では男女共同参画会議に参加しているメンバーやフェミニストのバッシング記事が相次いで掲載されていた。

だが闘いは、宗教右派や保守系議員との間だけではなかった。新聞社内でも、男女平等やジェンダーに関する記事を取材し、掲載しようとすると、ある時には露骨に、ある時には無言の圧力があったという。当時の新聞社内は幹部も管理職も圧倒的に男性だった。「男女平等は大事だと言いながら、それに関する記事は嫌がる空気が社内にあった」と竹信さんは話す。

■「ジェンダー問題」から距離を置く男性たちの事情

「一つは、ジェンダーは自分達にはよく理解できない問題だから介入できないし、したくないという姿勢。もう一つはこの問題を追及すると、自分たちの足元の家族の関係性が揺らぐという懸念があったのだと思います。

長時間労働や転勤が当たり前だった新聞社の働き方は、夫が稼ぎ、妻が家事育児をするという性別役割分業が前提で成り立っていたので、男女平等という概念を突き詰めると、自分たちの存在が否定されるような気持ちになったのではないでしょうか」

実際、私自身、週刊誌『AERA』時代、働く女性の記事を書くときでさえ、長年「ジェンダーという言葉は避けて」と釘を刺されてきた。当時私も、男性たちがこの言葉に微妙な忌避感を抱いていることは感じ取っていた。それは声を上げる女性を敬遠する空気と一体だった。

新聞の見出しには「男女格差」の文字が躍る
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■宗教右派という日本メディアのタブー

日本のメディアは、例えばアメリカの中絶論争や同性婚は重要な政治的イシューだとして、大きく取り上げてきた。2022年6月には、中絶権は憲法で保証されているという重要判例を覆した米最高裁判決が新聞一面で取り上げられ、背景にキリスト教福音派と言われる宗教的価値観があることも詳しく解説された。

一方で、日本のジェンダーバッシングの動きや、伝統的家族観を頑なに守ろうとする宗教右派や保守系議員の動きは、一部の記者やジャーナリストが報じてきてはいたが、それが決して大きくメディアで取り上げられることはなかった。

『日本会議の正体』の著者である青木理さんは、ジェンダー政策の遅れの背景に宗教右派の存在があることを指摘し続けたジャーナリストの一人だが、日本のメディアにおいて宗教右派の存在はある種のタブーだったと話す。

「キャラバン隊と称して、地方から改憲運動や、伝統的家族観に基づいた政策の実現という草の根活動を展開し、第2次安倍政権に強い影響力を及ぼしてきた日本会議ですら、海外のメディアが書くまで、日本のメディアはほとんど書いてこなかった」

■メディアが伝えてこなかった大きなツケ

確かに2014年から2015年にかけて欧米メディアはこぞって日本会議のことを報じている。青木さんが2016年に出版した『日本会議の正体』によると、

「国粋主義的かつ歴史修正的な目標を掲げ、戦前の古き良き時代のように天皇を敬う」(英ガーディアン紙)、「日本会議〜日本版ティーパーティー〜のような反動的グループが安倍内閣を牛耳り、歴史観を共有している」(米CNNテレビ)など、極めて復古的、国粋主義的な団体の性格だけでなく、「奇妙なことに、この団体は日本のメディアの注目をほとんど集めていない」(ガーディアン紙)とも報じている。

海外メディアが相次いで報道し、青木さんの著書などが出版されてやっと、朝日、毎日なども「日本会議の研究」などと本格的な報道を始めている。

それでも、今回の安倍首相襲撃事件が起こるまで、多くの人たちに日本会議や旧統一教会など宗教右派の活動が知られることはなかった。今になって、「メディアはなぜもっと早く知らせてくれなかったのか」という声をよく聞く。

そこにはこれまで書いてきたようなメディア内部の構造上の問題やジェンダー関連報道の優先度の低さ、また「政治報道を担当する政治部が、支援団体である宗教まで踏み込んでこなかった」(青木さん)など、さまざまな要因が絡んでいたのだと思う。

青木さんは『日本会議の正体』のプロローグでこう書いている。

「足下で起きている出来事であっても、メディアが伝えようとしなければ、私たちは出来事を認識することすらできない。その出来事が驚愕すべきようなことであったり、きわめて異常なことであったり、あるいは早急な対処が必要なほど深刻な事態であっても、メディアがきちんと伝えてくれなければ、私たちは(中略)出来事自体の発生を認知できず、漫然と事態をやりすごすしかなくなってしまう」

さまざまな場面で当事者たちは小さな声を上げてきたが、メディアはそれを汲み取り、継続的には伝えてこなかった。そのため「やり過ごされてきた」問題が、今私たちの目の前に吹き出しているのである。

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浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。

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(ジャーナリスト 浜田 敬子)

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