後発の模倣アプリだったが"レコメンド力"が段違い…TikTokが世界一のアプリになれた4つの理由
プレジデントオンライン / 2022年10月3日 12時15分
※本稿は、マシュー・ブレナン著、露久保由美子訳『なぜ、TikTokは世界一になれたのか?』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■後発のTikTokはなぜ想像を絶するほどの成功を収めたのか
ティックトック(TikTok)のオリジナル版である中国の「ドウイン(抖音)」は、名前くらいは聞いたことがあってもすぐに忘れてしまうようなアプリだった。さほど重要とも思われていない分野の遅咲きとでもいおうか。
ほんの一瞬評判となり、いずれあっさり勢いを失ってインターネットの世界に埋もれ、躊躇なく閉鎖される運命の平凡な模倣アプリのひとつとして、目まぐるしく移り変わる熾烈(しれつ)な中国のインターネット業界で、それ以前の何千ものアプリのように捨てられ、忘れ去られるはずだった。
ところが、まったく予想外なことに、ドウインとその国際版であるティックトックは、またたく間に想像を絶するほどの成功を収めた。ふたつのアプリは、創業チームの遠大な夢のさらに上を行く世界的な現象となったのだ。いったい何が起きたのだろうか。
ドウインは、ショート動画作成アプリである「ミュージカリー(Musical.ly)」の模倣版として始まった。縦長全画面の15秒のショート動画で、画面を下から上にスワイプする、音楽主体のアプリだ。
中心となる体験は、2013年にパリの地下室で作られ、ミュージカリーが模倣した「ミンディ(Mindie)」のオリジナル版から変わっていなかった。ところが、ミュージカリーとドウインとでは、結果は大きく異なり、こんな疑問がわいてくる。
ドウインが成功し、ミュージカリーが失敗した要因はなんだったのだろうか?
■ドウインの成功のもととなった4つの原動力
a.インフラ
まず、ドウインの親会社であるバイトダンスが何をしたか、しなかったかにかかわらず、ミュージカリーよりも3年あとにリリースしたというだけで、ドウインのほうがすでに成功するのに有利な条件がそろっていたことは認識する必要がある。
2017年には、高速で、料金の手頃な、安定したユビキタス4Gインターネットが中国全土で広く利用できるようになっていた。ドウインのような動画主体のアプリは、適切なネットワークインフラが広く整備されてこそ、初めて主流になることができる。
安く高速で動画のアップロードやダウンロードができるということは、外出先でもすぐに動画の作成や消費ができることを意味する。
2017年には、データパッケージプランの料金が下がり、地下鉄で通勤中やスーパーでレジに並んでいるときにも、ネットワークデータを使って動画を配信しようと思えるほどになっていた。数年前には考えられなかったことだ。
加えて、その他のサポート技術も、ユーザー体験を大きく強化できるレベルにまで成熟していた。ドウインの台頭について論じるプレゼンテーションのなかで、ドウインのCEOケリー・ジャン(張楠)が注目したのは、「全画面高画質」「音楽」「特殊エフェクトフィルター」「パーソナライズレコメンド」の4つの要素だった。
スマートフォンは全体として、以前よりも画面がはるかに大きく高画質化しており、動画の視聴体験が大きく向上していた。顔認識や拡張現実効果が当たり前になったことで、より魅力的で面白い特殊効果やフィルターが可能になった。
また、画像認識とコンピュータビジョンが大幅に進歩したおかげで、不適切なコンテンツを手作業で審査する必要性がかなり減り、メタデータのない動画の分類も可能になった。
そして何より重要なのは、バイトダンスが専門とするビッグデータとレコメンド技術の進歩であり、これが次に挙げる理由に見事につながっている。
![オンラインストリーミング](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/1200wm/img_7ab3cb74291e58f0f324b55afa892027404279.jpg)
■組織内の体系的な実験のプロセスから生まれた
b.母船からのサポート
開発初期のドウインとバイトダンスとの関係は、表面的には、「インスタグラムとフェイスブック」や「ウィーチャットとテンセント」の関係と似ていた。つまり、はるかに大きな、確立された組織のなかの、小さなアジャイルスタートアップという位置づけだ。
早期に収益化しなければならないプレッシャーもなければ、新たな投資ラウンドの交渉に気をとられることもなく、ただ成長し、最高のプロダクトを構築することにだけ集中することができた。
親会社からの独立性を確保しつつ、技術的な知見や資金、インフラシステムを利用でき、ほとんどのスタートアップにとっては夢物語のような多大な恩恵も受けていた。
しかし、バイトダンスの独特な組織構造のため、ドウインの受けていた支援は、よく知られているインスタグラムやウィーチャットの事例よりも明らかに大きな意味を持っていた。
ドウイン(そしてのちのティックトック)には、創業チームはあったが、従来の意味での本当の「創業者」はいなかった。
欧米のほとんどの大手ソーシャルメディアプラットフォームとは異なり、ドウインの成功は個人のビジョンから生まれたものではない。組織内の体系的な実験のプロセスから生まれたものだ。
もともとドウインは、バイトダンスが、ショート動画としてすでに成功して実証済みのモデルだったユーチューブ、中国のショート動画アプリのクワイショウ、ミュージカリーの自社版を作ろうと決めた際の、「3本の矢」戦略のひとつとして誕生した。
■データベースが「強力な武器」に
その後、3つすべてが、同社の既存の技術スタックとビッグデータにつながれた。なかでも重要だったのが、レコメンドエンジンと既存のユーザープロファイルのインタレストグラフだ。
バイトダンスAI研究所所長の言葉を引用すれば、同社の「強力な武器」は、コンテンツレコメンドエンジンに加えて、何百万ものユーザープロファイルとインタレストグラフからなる既存のデータベースだった。
![ビッグデータの概念](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/7/1200wm/img_d73f27184d671d95c713ee2085833b38407727.jpg)
バイトダンスの中核であるコンテンツアプリは、同じバックエンドの技術スタックとユーザーデータを共有している。
たとえば、バイトダンスのひとつのアプリで、ある記事が読まれ、「いいね」が付くと、別のアプリのコンテンツレコメンドに直接影響を与える可能性がある。
「私たちの誰もが、一般のユーザーには見えないインタレストグラフをバックエンドに持っています。たとえば、私がいちばん興味のある有名人とか、関心のある企業10社とか」と、「バイトダンス」の共同創業者のイーミンはあるインタビューで説明している。
ニュースフィードと同様に、短尺の動画もこのプロセスにぴったりとマッチしていた。通常、ユーザーは、1分間に何度も画面をスワイプしたりタップしたりするため、そのたびにユーザーの好みが少しずつ明らかになり、インタレストグラフをさらに充実させることができる。
一方、長尺の動画では、ユーザーは連続ものの45分のドラマを一度も画面に触れずに観られるため、提供されるデータははるかに少なくなる。バイトダンスの幹部は、後発とはいえ、ショート動画市場への参入に本腰を入れなければならないと感じていた。
動画が今後のトレンドになるのは明らかで、しかも、とりわけショート動画では、バイトダンスはその恩恵を受けるのに最適な立場にある中国企業だったからだ。
■「アプリ工場」モデルが成功の鍵
バイトダンスは、同社のショート動画プラットフォームが低空飛行(ゼロ評価)の時期を脱して最初のトラクションを獲得すれば、あとはどのプラットフォームが最も結果を出しているかを評価し、リソースと支援を適切に配分するだけでよかった。
この「アプリ工場」モデルこそ、バイトダンスの成功を理解する鍵となる。単なるコンテンツベースのプラットフォームであれば、人気を失って流行遅れになるという問題に影響されやすい。エンタメ系のアプリは多くの場合、飽きられれば削除されてしまう。
端末の買い替え時に再インストールするのを忘れられてしまうこともある。このリスクを軽減するには、新しいアプリを絶えずリリースして試すことが効果的となる。バイトダンスは、次々と改革を続けていく仕組みになっていた。
複数のアプリを構築して、どれがトラクションを獲得するかを試す実験手法は、イーミンが以前立ち上げたスタートアップ「ジウジウファン(九九房)」にまでさかのぼる。ジウジウファンでは、すべて不動産に特化した5つのアプリを作っている。
イーミンらのチームは、何年もかけてこのプロセスを大幅に改善していた。リソースは、明確な指標を基準にして配分が可能で、あるアプリのデータが強いエンゲージメントとユーザー定着率を示せば、その業績を高めるために、さらにリソースが割り当てられた。
スタート以来長らく低迷が続いたのち、ドウインの定量的データから、ついにこのアプリが有望であることが示された。予算や、技術者、トラフィック、有名人の推薦、上層部からの注目はすべて、成長に効果的なチャネルへと集まっていった。
一方、このモデルのもうひとつの側面は、大胆さだった。何かに勢いがあれば(ドウインが明らかにそうだったように)、イーミンはそのプロセスを加速させるために躊躇なく莫大(ばくだい)な予算を付けた。
ショート動画に関しては、特にそれが当てはまる。後発であるからには、時間との勝負だとわかっていたからだ。
■一般人が一夜にして成功者になることも
c.レコメンドの力
以前、ミュージカリーは、自分たちのアプリはあくまでもソーシャルネットワークだと思い込み、多くの時間と労力を無駄にした。
一方、ドウインは、企業文化と技術スタックがこのフォーマット、すなわち、コンテンツプラットフォームの真の価値と同じ方向性にあった。コンテンツ主体のコミュニティでは、人よりもコンテンツが重要になる。
ドウインは、モバイル時代のテレビエンターテインメントの再現であって、「ビデオファースト(動画第一)」を謳う第二のフェイスブックではなかった。
バイトダンスのシステムは、小さなアカウントからでも良質な動画を見極め、幅広く配信する能力に長けていた。ドウイン、そしてのちのティックトックの大きな魅力は、普通の人にも有名になるチャンスを与えることだった。
中国の最果ての地の小さな小屋で動画を作った農家の女性が、才能を買われ、一夜にして成功者になる可能性があった。のちに、アメリカのある著名なベンチャー投資家がティックトックについてこう語っている。
「まるで『アメリカン・アイドル』や『アメリカズ・ゴット・タレント』をデジタル化したようなものだ。
自分の才能を見せたいと思っている人たちがいて……、才能は、エクストリームスポーツでも、コメディでも、歌や音楽でもいい……。
たとえ今日はファンがいなくても、何かすごいものを作ってプラットフォームに上げれば、発見してもらえるチャンスがある」。
良い面は、誰もがチャンスがあると感じられること。悪い面は、トラフィックの配分が予測不能で不安定なことだった。
いわゆる「インフルエンサー」のアカウントでも、目立たない、平凡なエンゲージメントに終わった大量の動画のなかに大ヒットした動画が2、3本というケースも珍しくなかった。
■マスマーケットに身近なプラットフォームを構築
d.ポジショニング:「美しい人生を記録しよう」
2016年、2017年、2018年と、ドウインのポジショニングは3度にわたって大きく変わっている。ドウインとそのエコシステムが急速に進化したため、2016年末のエイミー(ドウインの前身)と、2018年初めのドウインとは別物のようになっていた。
当初、エイミーのポジショニングはミュージカリーをまねて、プレティーンと呼ばれる10歳前後から20代前半の女性をターゲットにしていた。
ところが2017年の夏には、ドウインは、最高にクールな人――流行を作り出す美大生やヒップホップアイドル――のためのアプリとなった。そして2018年の初め、またしても大きな転換があった。
バイトダンスは、プラットフォームのコンテンツをミッドテールとロングテールのあらゆるニッチへと広げるために、計画的かつ体系的な戦略を導入した。
旅行、食べ物、ファッション、スポーツ、ゲーム、ペットなど、主要カテゴリにはいずれも、あらゆる好みに対応した豊富で多様なコンテンツをそろえた。
プロモーションは、若者を中心に訴求するトレンディな大物有名人との契約から軸足を移し、コンテンツの多様化を急速に加速させ、マスマーケット(巨大大衆市場)にとってより身近なプラットフォームを構築することへとシフトした。
当初、ドウインのキャッチフレーズは「崇拝をここから――ひたすらに、新世代のミュージック・ショート・ビデオを」だった。3月初旬、このキャッチフレーズは、よりシンプルでニュートラルな「美しい人生を記録しよう」に変更された。
「フルスクリーンの動画によって携帯が窓になると想像してみてください。その窓からは広大な世界が見えます。ドウインは、そのカラフルな世界を投影するものです」。
イーミンは、社員に向けたスピーチのなかでそう語っている。
■世界で最注目のプラットフォームに
音楽を中心としたポジショニングは、若いアーリーアダプター層の獲得に大いに貢献した。
ミュージカリー、ドウイン、ティックトックはいずれも強力な音楽発見プラットフォームであり、その原点は、ミンディのチームの「動画に音楽を付ければ、写真にフィルターをかけるのと同じ効果になる」とのひらめきにあった。
とはいえ、話題の新曲では、中高年のオフィスワーカーやシニア層を魅了するにはさほど効果はない。音楽プラットフォームの位置づけは、提供している実際の価値について、消費者を混乱させかねない。提供しているのは音楽ではなくエンタメ全般なのだ。
こうしたポジショニングの転換は、アプリを利用しやすくするのに必要なことではあったが、北京政府の取り締まりへの対応でもあった。
2018年初頭、バイトダンスはオンライン規制当局と衝突して強い反発にあい、プラットフォーム上のコンテンツを的確に規制できていないと非難を受けた。
![マシュー・ブレナン著、露久保由美子訳『なぜ、TikTokは世界一になれたのか?』(かんき出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/a/1200wm/img_8a0f202e04d8bb563816a35a7e157753146759.jpg)
このため、何万という動画やアカウントを削除し、対策の一環として、ネット中毒防止システムを導入している。
それでも、オンラインマーケターはドウインに殺到し続けた。彼らのあいだでは、「ドウインは、つかまなければならないチャンス」という意見が加速度的に拡大していた。群集心理が働き、まだ競争率の低いいまのうちに参入し、ファンを作っておこうという空気だった。
ティックトックの台頭はアメリカのテック業界に不意打ちを食らわせた。アプリの背景や斬新なイノベーションを分析した長文の論評や詳細な記事が頻繁に掲載されるようになった。
2020年半ばには、ティックトックは無視できない存在となり、20億回もの衝撃的なダウンロード数を叩き出して、紛れもなく世界で最も注目されるプラットフォームとなっていた。
あまりにできすぎた、嘘のような真実だった。
だが、これで終わりではない。バイトダンスとティックトックの物語は、まだこれからも続いていくだろう。
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ITジャーナリスト
中国のモバイルインターネット技術とイノベーションを専門分野とする作家。氏の意見は、ブルームバーグや「ウォール・ストリート・ジャーナル」、『エコノミスト』誌、BBC、「フィナンシャル・タイムズ」、『フォーブス』誌など、世界的なメディアで取り上げられている。 ロンドン出身ながら、16年にわたって中国本土に活動の拠点を置いてきたため、流暢な中国語を話す。
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(ITジャーナリスト マシュー・ブレナン)
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