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助成金をたんまり積んでも、起業家は育たない…日本の農業が「稼げない仕事」に転落した本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年10月4日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tramino

なぜ日本は農家が増えないのか。茨城県で農園を営む久松達央さんは「現在の農業は新規参入者にとって年々厳しい環境になっているのに、行政からの補助金が簡単に下りてしまう。杜撰な事業計画に補助金で下駄を履かせても、成功率は上がらない」という――。

※本稿は、久松達央『農家はもっと減っていい』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■良い機械があれば誰でもいいコメを作れる

現在の農業は、生産条件や経営規模に応じた機械能力と栽培技術のパッケージを選択可能な農業のモジュール化(注)が進んでいます。資本集約度が高まり、モジュール化が進むことは、属人的なスキルの寄与が相対的に少なくなり、農業経営が、どの技術パッケージを「買える」かの勝負になっていくことを意味します。

(注)製造業において、標準化した部品の組み合わせで製品を設計する手法

技術モジュールの完成度がとりわけ高いのが水田稲作です。田植えという工程に着目すると、基盤整備という大掛かりなインフラ開発の上に、地域の条件に合わせた品種改良と管理ノウハウが確立していて、条件に沿った圃場準備の作業機と田植え機を導入すれば、誰でも一定の結果を出せるようにシステム全体が設計されています。そのため腕の差が生じにくく、田植えの労働生産性はほぼ機械のスペックで決まってしまいます。特に土地が平らで広い、好条件地域ほど資本集約度を高める余地が大きく、その傾向が強くなります。

■新規参入者が儲からない仕組みになっている

そもそも一般論として、「川上産業」である農業は差別化がしにくい業種です。農業を、無から有をつくる仕事だと思う方がいるかもしれませんが、モジュール化が進んだ現代の農業は、耕種農業であれば競合と同じタネを購入し、同じ道具や機械で育てる、アッセンブリー業の一種と捉えることもできます。オンリーワンの商品をつくることが本質的に難しく、コモディティ化しやすい仕事です。

モジュール化が進めば進むほど、投資は高額化し、新規参入が難しくなるのはあらゆる産業に共通の事象です。少なくともスケールメリットが利きやすい業態の農業は、今後は新規参入者には圧倒的に不利なゲームです。売上1000万円の農業者が毎年100万円の投資を続けても、売上1億円で1000万円の投資を続ける経営体との差は開く一方です。優秀な新人が人一倍頑張っても、その成長スピードは、集約と規模拡大が進む業界全体の進化に追いつけないのです。

■10年前までは「おいしい商材」で食べていけたが…

新規参入は販売競争でも不利です。生産力のない新規参入者は、大きな土俵で戦うのは難しいので、地域の小売店など小ロットで取り組みやすい販売先からスタートすることがあります。そこに立ちはだかるのは、幾度ものトライアンドエラーを経て、品目の絞り込みと出荷量の拡大を既に実現した先行者です。

後発の新人が同じアイテムで正面から挑むことは困難です。先行者が手を付けていない品目や、他の生産者の出荷量が少ない時期を狙った栽培に向かわざるを得ません。大手が手を付けないこれらのニッチな品目は量が掃けず、投資がしにくいものばかりです。競争が十分に機能している市場では、基本的に「おいしい商材」は残っていないし、発見されればすぐに真似をされます。

2010年頃までは、新しいアイテムや切り口の提示ができれば、何年かは食べていけました。しかし、情報の伝播の速いSNS時代には、あっという間に模倣されます。しかも市場全体が縮小している中でそれが起きるので、少しばかり目新しいことをやっても、市場はすぐに飽和します。先行者利益が年々小さくなっている、ということです。

■「自分だけが知っている」は何の価値もない

市場で、プレイヤー間の保有情報に差があることを「情報の非対称性」と言いますが、農業において情報の非対称性で食っていくことはもはや不可能です。

ある若手生産者の例をご紹介します。その売り先は、野菜のネーミングが上手で、変わった名前を付けて独自のブランディングを行っています。若手生産者がつくっていたのは、ある品種のかぼちゃを若採りし、サラダ的な食べ方を売りにした野菜です。当人は、栽培が上手でなくても、流通との間で品種の秘密が保持されているので、立場は安泰、と解釈していました。私は、「君のやっていることなんて、明日にでも誰でも真似できるよ」と忠告しました。

日本カボチャは、日本のパンプキンまたはグリーンパンプキン
写真=iStock.com/Torsakarin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Torsakarin

これは、品種情報の秘密以外に事業にバリューがないケースです。今の時代、本気で知りたいと思えば、この程度の情報はすぐに調べられます。「自分だけが知っている」などという情報の非対称性は盾として機能しないのです。

■大手が手を付けないニッチ分野に小規模農業者がひしめく時代

現代の日本の農業における競争環境をまとめると、以下の通りです。

・市場が右肩下がりで縮小している
・生産のモジュール化が進み、スケールメリットが利く分野の産業化と集約が加速している
・PDCAサイクルが年単位で、習熟に時間がかかる
・商品の本質的な差別化が難しい

いずれも、新規参入者に不利な条件です。

農産物市場の今後を大胆に予測すると、スケールメリットが利く分野では集約と経営体の規模拡大が進み、一方で大手が手を付けない分野に腕自慢の規模の小さな農業者がひしめき合う、という構造が想像できます。いわゆる二極化です。

この中で、新規参入者が生き残るために戦略上取りうる道は理論上二つしかありません。

①勝てる戦略を磨き抜いた上で、経営資源を調達して短期間で大きなプレイヤーを目指す
②大手がやらないことを次々に拾い続けて、のらりくらりとしたたかに生きる

どちらも簡単ではありません。

一般に、規模の経済が働く状況では、新規参入は起きにくくなります。農業の世界で言えば、いち早く集約が進んだ畜産などにその傾向が顕著に表れています。他の業態でも、今後は集約と参入の減少が進むことに疑いはありません。夢を持つことは大事ですが、産業全体の状況の中でそれをどのような形で成立させるか、を同時に考えなければ、いとも簡単に吹き飛ばされる大競争時代に入っている、というのが私の実感です。

■片手間にできるほど農業は甘くない

ところで、農業に参入する人は、したたかな戦略を描いて時代を力強く泳いでいく起業家タイプばかりではありません。むしろ都会での競争を降りたい人の方が多い印象です。恥ずかしながら私も最初はそうでした。始める前は農業なら8割くらいの力で食っていけるだろう、とたかをくくっていましたが、とんでもありません。120%の力を出し続けてようやく生き長らえる、という状態がずっと続いています。こんなにしんどいと分かっていたら。いや、それ以上は言いますまい。

新規就農者には手厚い助成が用意されています。もともとは、純然たる農外からの参入のために考案されたものですが、全国のクレクレ農家の圧力を受けて、支給対象は農家の子弟にも広がり、要件は年々緩くなっています。

実施主体の農水省や地方自治体は、支給対象の選定プロセスは厳格だ、と口を揃えますが、実態はザルです。何も分からない農業希望者が、「親切な」窓口の行政担当者に教えてもらいながら、芯がなくなるほど鉛筆をなめて書類を書いています。提出された経営計画を何度も見ていますが、実現性の低い杜撰な内容ばかりでした。

■「新参者へのセーフティネット」がもたらす弊害

私は、2017年の政府の行政事業レビューで、この制度に関して参考人として意見を述べました。今でも一貫して、当制度は撤廃または大幅に縮小すべきだと考えています。しかし、農水省の中の人に話を聞くと、寄せられる中に反対意見は少なく、むしろ強化してほしいという声が大きいそうです。

自民党の農林部会のヒアリングに出席した時に、このテーマについてある中堅議員が話していたことが印象に残っています。「経産省にも同じような助成金はある。でも農業は、費用対効果が一桁違うんだよ」と。一桁上がるのなら大変結構ですが、残念ながらそうではありません。

この制度はそもそも、「正しい計画を立てて、そこに向かって努力しよう。でも最初はつまずきやすいから、目先のお金で生活が揺らがないよう、セーフティーネットは用意しますよ」というものです。しかし、現場を見る限り、狙った効果は生まれていません。助成がないと始められないような人は、計画の精度も低いので本業で成果が出ず、助成金をもらって安心してしまい、うまくいかないケースが少なからずあります。

一方、助成金を上手に活用しているのは、皮肉にも助成がなくてもやっていける人なのです。身も蓋もない言い方をすれば、できる人は放っておいてもできるし、できない人は手厚く助成してもできないということです。

■できる人は補助金がなくてもできる

この制度の功績は、どんな人が起業に向くのかを考える材料を提供してくれていることです。そこを皆で考えることこそ、無駄に使われている税金の正しい「供養」になります。

年間150万円というお金を、使いみちがない人=事業の先を見通せない人は、平気で無駄使いしてしまいます。その程度のお金で安心して、本業で必死に1円の売上を取りに行こうとしなくなります。

投資
写真=iStock.com/aluxum
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

それに対して、使いみちがある人にとっては有効なボーナスです。生活費としては手を付けず、設備投資や思いがけない大きな出費のために貯めておく人もいます。つまり、最初の計画とそこに向かう努力の方向性が曖昧な人は、むしろ生活費が与えられることで安心方向にぐらついてしまい、仕事を頑張らなくなってしまうのです。せっかくの助成金が、設計と逆方向に働いているのです。

■優秀な行政担当者でもどうしようもないこともある

このことを、当の行政担当者と議論すると、事業計画はきっちりつくらせている、という反論が返ってきます。しかし、農業経営者の目で見れば、ツッコミどころだらけのものばかりです。形だけそれらしくても、本人の腹の中から出てきたものなのか、数字合わせなのかは、経営の経験がある人なら5分も話せば分かってしまいます。

その程度の書類でも通してしまうのは、担当の行政担当者に見抜く力がないのか、はたまた、あえてツッコまない他の理由があるのか。いずれにしても、多くの新人の事業計画が、サバイブ能力の高い人を残す「ふるい」としては機能していません。

あえて付け加えますが、新規就農を担当する行政担当者の中には、真面目で善意にあふれた人も多く存在します。私の知る多くの担当者は、本来のミッションとは到底言えない新人の「おもり」を押し付けられて、それでも本人たちのために頑張っています。その奮闘も虚しく、十分な成果は出ていません。

■助成を「クソみたいな仕事」にしている役人の罪

残酷なことを言えば、真面目に愛を持って接すれば起業家が育つほど、世の中は甘くありません。成果の上がる見込みのないことに、優秀な行政担当者を充てていることも、この制度の大きな負の側面です。今の状況に比べれば、制度を撤廃して何もしない方がトータルでまし、というのが私の考えです。

また、さらに余計なことを付け加えれば、真面目でもなければ愛もない行政担当者も一部存在します。この制度を当てにして、天下り先となる新規就農者の研修施設を拡充してしまったり、外部の事業者に丸投げで中身のない研修プログラムをつくったりしています。そういう「ブルシットジョブ製造役人」に対しては、ストレートな意味で、この制度は廃止した方がいいでしょう。

■この構図は「M-1グランプリ」と似ている

一般のビジネスであれば、金融機関から融資を受けたり、投資家を探したりする過程で、事業計画の不備を指摘され、内容が磨かれていきます。資金調達の直接の必要性もさることながら、その過程で計画が鍛えられていくことが、起業の実現性を高める重要なプロセスです。甘い助成金の一番の問題点は、このような人と計画が鍛えられる過程を奪ってしまうことです。2022年の新制度では、金融機関の審査をパスした計画にだけ融資が実行される枠組みが新たに設けられました。改善に期待しています。

久松達夫『農家はもっと減っていい』(光文社新書)
久松達央『農家はもっと減っていい』(光文社新書)

農業を始めたい人が始めやすい環境を整えたいという「善意」の声は、農業を応援する一般の人からも聞こえてきますが、当人のキャリアを考えても、甘いフィルターが本当に「善」として機能しているのかどうかはよく考える必要があります。少なくとも育成の現場にいる私には、制度の選別の緩さは無責任に見えます。

漫才の人気番組M-1グランプリの発起人の一人、島田紳助さんは、番組を始めた理由について、才能のない芸人にやめてもらう機会を提供するためだと語っています。10年かかって準決勝まで行けない人間は、芸人に向いていない。それを見極める場としてこの番組がある、と。どの世界でも、挑戦者が多い世界では、生き残れない人の方が多いのです。人生のやり直しが利かない年齢の者を「討ち死に」に追いやる制度が「支援」なのかどうかを、今一度考える必要があります。

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久松 達央(ひさまつ・たつお)
久松農園代表
1970年、茨城県生まれ。94年慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人を経て、98年に農業に転身。年間100種類以上の野菜を自社で有機栽培し、卸売業者や小売店を経由せずに個人消費者や飲食店に直接販売するD to C型農業を実践している。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮選書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)がある。

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(久松農園代表 久松 達央)

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