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大谷翔平選手の「二刀流スパイク」を生み出したアシックスのウルトラC

プレジデントオンライン / 2022年10月4日 15時15分

ツインズ戦に先発し、力投するエンゼルスの大谷翔平=2022年9月23日、アメリカ・ミネアポリス - 写真=時事通信フォト

商品や企業の魅力を消費者に最大限に伝えるにはどうすればよいのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「商品に関する物語」を戦略的に発信することで、消費者1人1人にとって特別な価値を創ることができる」という――。

■魅力的な物語は商品を「特別なモノ」に変える

意外なキーワードから考えてみると、新しい「マーケティングの裏側」が見えてくる。前回(「嫉妬」(「サントリー史上最悪」の大失敗から伊右衛門という大ヒットが生まれたワケリンク)に続き、今回は「物語」というキーワードから3つの事例について紹介しよう。

普遍的に、人は物語が好きだ。予測のできない物語に、ときに驚き、ときに感動し、物語の中で自分の考えを巡らせ、物語の形でコンテンツを楽しむ。歴史上の偉人も、政治家も、起業家も、TEDのスピーカーも、物語性のある話術で聞き手を魅了する。YouTube、TikTok、Instagram、TwitterなどのSNSサービスは、「自分の物語を発信・共有したい」「他者の物語を見て楽しみたい」というユーザーの深層心理のニーズを満たしている。メッセージをただ情報として発信するのと、ドラマや漫画などに乗せて伝えるのでは、広まり方は大きく異なる。

近年、この「物語」を、マーケティングで活用する手法が注目を集め、「ストーリー(テリング型)マーケティング」「ナラティブ・マーケティング」「プロセスエコノミー」など様々な用語が出てきた。これらは、商品そのものだけではなく、開発にかける思い・こだわり・苦労といった背景やプロセスの「物語」を伝えることで、商品の魅力を高める効果を期待したものだ。

物語のアルファベットを作成します
写真=iStock.com/patpitchaya
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/patpitchaya

物語があることで、商品は「特別なモノ」として差別化される。これは、ドラマの登場人物が着ている服を「好きなドラマに出てきた服」として特別に感じたり、主題歌が「あのドラマの曲」として特別になったりするように、商品に対して特別な感情移入が起きる現象に近い。ドラマを観ていない人にとっては「ただのモノ」でも、ドラマを観た人にとっては「特別なモノ」になる。

このドラマの物語の代わりに、「商品に関する物語」を戦略的に発信するというわけだ。商品が作られた背景やプロセスなどを、魅力的な物語として消費者へ伝えることで、記憶に深く残り、共感や感動を引き起こして、消費者1人1人にとって特別な価値を創ることができる。

■人々が惹きつけられるのは「美談」ではない

マーケティングで物語を有効活用するには、美談だけにならないよう注意が必要だ。特に日本の企業は、美談ばかりを披露しがちだが、苦労や失敗の物語を伝えることこそが、実は重要である。なぜなら、人々の心を最も打つ物語は「苦難を乗り越えた成功」だからだ。

ドラマや漫画などで、ただ成功し続ける話ではなかなか心を動かされないだろう。失敗し、悩んだ先で、成功を掴む物語こそ、大きな共感と感動を呼ぶのだ。今回は、アシックス、ユニクロ、ダイソンの「苦難を乗り越えた成功」の物語を紹介し、商品や企業に特別な思いを抱く感覚を体感してもらおう。

商品やブランドの開発には、沢山のこだわりが込められているにも関わらず、それらが十分に表に出ず、限られた人しか知らずに埋もれていることが少なくない。しかし、せっかくのこだわりは、物語として伝えて、商品価値に変えて有効活用しなければ、もったいない。

■①アシックス物語:大谷翔平選手を支える二刀流スパイク開発のこだわり

米メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手の履く二刀流スパイクには、アシックスがこだわり抜いた開発の物語が秘められている。投手と野手(打者)の二刀流で活躍する大谷選手の足元を支えるアシックスの「二刀流スパイク」は、実はテニスシューズの技術を野球のスパイクに組み合わせることで実現した世界初の商品だ。

写真提供=アシックス
大谷翔平選手の「二刀流スパイク」 - 写真提供=アシックス

もともと、野球の投手と野手は異なるスパイクを履く。投手は投球のとき、軸足のつま先が地面とこすれるため、その部分に補強用の革を付けた投手用スパイクを履く必要がある。そのため、左右のスパイクに約40グラムの重量差が生まれ、左右のバランスや感覚に微妙なズレが生じることから、大谷選手は日本にいた頃、投手と野手でスパイクを履き替えていた。

しかし、メジャーリーグ挑戦にあたって、スパイクを履き替える手間や感覚のズレをなくすために、投手でも野手でも履ける二刀流スパイクをアシックスから提案し、開発したのが、補強用の革を取り除き、代わりに軽くて摩擦に強いポリウレタン樹脂でつま先から外側にかけて覆った、左右同じ重さのスパイクだ。

■テニスシューズの素材を使うことで生まれた世界初の二刀流スパイク

この素材は、アシックスが契約するテニスのノバク・ジョコビッチ選手のシューズ開発で利用されていたものだ。数時間に渡りストップ&ダッシュを繰り返すテニスの激しい動きに耐えられる強度の素材を、初めて野球のスパイクに組み合わせたのである。当初、ポリウレタン樹脂を使ったスパイクは、従来の革よりも摩擦に強い代わりに硬く、しなやかさが足りなかった。そこで、つま先以外の部分をより薄く加工することで、投球の負荷に耐え、打撃のスイングの動きに合わせて柔軟に曲がる、世界初の二刀流スパイクが実現された。

この二刀流スパイクは、大谷選手から「投打で同じ感覚で履ける」と愛用され、進化を続ける二刀流の活躍を支えている。幅広いスポーツ商品を手掛けるグローバル・メーカーのアシックスだからこそ、野球とテニスの技術を組み合わせ、一足で「投・打・走」を可能にする特別なスパイクを生み出すことができた。この開発の物語を知ることで、アシックスの商品に対して感じる評価(知覚品質)は高まるだろう。

■②ユニクロ物語:未知数だったスポーツウェアを成功に導いた数々の挑戦

ユニクロは、テニスという競技人口の多いグローバル・スポーツで世界4位まで上り詰めた、日本スポーツ界を代表するアスリートである錦織圭選手と2010年から契約を結び、スポーツウェアの本格的な開発に乗り出した。

ユニクロの新店舗ニューヨーク市
写真=iStock.com/carterdayne
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/carterdayne

ユニクロにとって、スポーツウェア開発は未知数な部分が大きく、当初は苦難の連続だったという。最初に試作したTシャツは、汗を吸うと色がにじんでしまった。錦織選手との契約後初のウィンブルドン選手権では、クリーム色がかったショートパンツが、ウィンブルドン特有の「純白色」に厳しいドレスコードで厳しく審査され、なんとか着用は許されたものの肝を冷やした。

トップアスリートの希望に応えるため、商品開発の挑戦が続けられた。「汗でウェアが肌にくっつくと、パフォーマンスの低下につながる」という錦織選手の希望に応えるため、数グラム単位の素材の軽量化に取り組み、身体にストレスを与えないウェアとして、速乾性に優れた「ドライEX」素材が開発された。他にも、試合中にタオルを取りに行かなくても汗を拭けるように水分吸収機能を突き詰めたリストバンドや、ポケットからボールを取るときに自然と手の汗が吸収されるようにポケットの内側の素材をタオル地にしたショートパンツなどが開発された。

特に苦労したのは、ソックスの開発だった。足に直接触れるソックスは、フットワークに影響し、選手にとって最もデリケートな部分と言える。ユニクロが最高品質の糸で自信を持って開発した試作品に対する錦織選手の反応は、「少し滑りすぎる」という否定的なものだった。ソックスが、シューズのインソールとの間で滑ることが問題視されたのだ。その後、1年間、100種類に及ぶ試作品開発の結果、錦織選手が最も高く評価したのが「1番加工していない、低ランクの糸で作られたソックス」だったことは、ユニクロを驚かせた。

ソックスに使う糸は、細かい繊維を焼いて艶を出すなど、複数の加工工程を経て「良い糸」にするのが常識とされていた。しかし、その加工こそが、ソックスが滑る原因になっていた。「加工しない糸の方がスポーツに適している」という発見は、トップアスリートの声で初めて気づけた、モノづくりの新発見だった。

■錦織選手に「完璧に応えてくれる」と言わしめるユニクロのモノづくり

こうしたユニクロの商品開発は、錦織選手から「完璧に応えてくれる」と信頼を集めており、ユニクロが掲げる「Life Wear(あらゆる人の生活を、より豊かにするための服)」というコンセプトを実現するモノづくりに役立てられている。

ユニクロのスポーツウェア開発における「苦難を乗り越えた成功」の物語を知ったことで、商品への信頼感が高まったのではないだろうか。

■③ダイソン物語:モノづくりが見下されたイギリス社会の中で這い上がった企業努力

商品開発だけでなく、企業にまつわる物語も大きな価値を秘めている。企業の背景にある魅力的な物語で、ファンの心を掴むことができるのだ。

ダイソン
写真=iStock.com/AnthonyRosenberg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AnthonyRosenberg

ダイソンは、イギリスで創業され、2022年からは本社をシンガポールへ移転している家電メーカーだ。ダイソンと聞くと、「吸引力の変わらない」掃除機や「羽根のない」扇風機など、高品質でオシャレな「デザイン家電」の代名詞に思われるだろう。しかし、実は、モノづくりが見下されたイギリス社会の中で這い上がり革新を生み出した、魅力あふれる物語を持った企業でもあるのだ。

■モノづくりで革新を生み出した創業者のジェームズ・ダイソン氏

イギリスは、かつては産業革命の舞台となり製造大国として名を馳せたが、その後、製造業は衰退。その代わりに現代では金融業が主役となっていった。根強い階級意識もあり、いつからかモノづくりは「汚れた工場での仕事」と軽視されるようになった。その風潮を痛烈に批判し、自らモノづくりで革新を生み出したのが創業者のジェームズ・ダイソン氏である。

CEO(最高経営責任者)ではなく、創業者兼チーフエンジニアと名乗り続けるジェームズ・ダイソン氏は、生粋の技術者だ。若い頃の彼は学業で振るわず、大学進学はせずに、美術専門学校へ進んだ。そこで絵画を学ぶ中、デザインに興味を持ち、王立芸術大学院へ進学する。この芸術の名門校には、大学を出ていない者は年にわずか3名しか入学できなかったが、デザインの才能を開花させて狭き門を合格すると、工業デザインやエンジニアリングの道を進んでいった。

在学中に友人の会社へ加わると、軍用の上陸用高速艇を開発し、国内外でヒットした。この成功で多額の報酬を獲得すると、今度は軍のためではなく、人々が親しめる商品の開発を志して独立した。次に開発したのは、車輪の代わりに球体のボールを使い、重たい荷物を載せても地面に沈まずに動かせる手押し車で、これもヒット商品となった。

■5000回以上のトライアル&エラーを続けたサイクロン掃除機の開発

その次に手掛けたのが、サイクロン掃除機の開発だった。使用と共に性能が低下していく、従来の掃除機に不満を持ったことがきっかけだ。掃除機を分解し、紙パックがゴミで目詰まりして吸引力が低下することが原因だと気づいた。工場に備え付けられていたサイクロン装置から閃き、紙パックを使用せず、「デュアルサイクロンテクノロジー」と呼ばれる遠心分離技術によって吸引力が衰えない新しい掃除機の開発に乗り出した。

1978年から開発に着手するも、サイクロン掃除機の試作機を仕上げるまで、実に5年間を要した。その間に作った試作機の数は5127機にのぼるという。5年がかりで仕上げた試作機と設計図を手にライセンス提携先を探すが、イギリス国内でも欧米各国でも相手にしてもらえなかった。そんな中、救世主となったのが、新しいデザインとテクノロジーに関心を持った、日本の輸入商社エイペックスだった。ようやくライセンス提供にこぎつけ、世界初のサイクロン掃除機「Gフォース」を日本で発売することができた。

発売当初は、掃除機の吸引力をアピールしてもなかなか売れなかったが、発想を変えて「紙パックのいらない掃除機」として売り出すと徐々にヒットしていった。その成果を受け、1993年、イギリスでダイソン社を創業し、自社工場を立ち上げて自社ブランド「DC01」を発売した。これがイギリスで大ヒットし、保守的なイギリスの人々から革新的な商品として認められた。その後、世界の掃除機市場を席巻していったのはよく知られている通りだ。

サイクロン掃除機を生み出すまで5000回以上のトライアル&エラーを続けたダイソンのマインドは、今でも変わらない。すべての技術者が「もっと良い方法があるはず」という視点を常に持って、失敗を恐れずに研究開発に取り組んでいる。「失敗がなければ成功はない」と公言し、株式市場にあえて上場しないことで、短期的な利益追求を望む投資家の意向を気にせず、研究開発へ多額の投資を続け、未来のイノベーションを開拓し続けている。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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