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「近所の目があるから昼間は外出しないで」メンタル休職者が自宅で浴びる心ない言葉

プレジデントオンライン / 2022年10月5日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

メンタル不調で休職になったにもかかわらず、家族の理解を得られない場合はどうすればよいのか。外資系企業で産業医を務める武神健之さんは「『今日産業医に言われたんだけど……』と前置きして、病状のカミングアウトをした方が良い」という――。

■メンタル休職しているのに家で心を休められない大人たち

こんにちは。産業医の武神です。私は、病気で休職しているクライアントの社員と月に1回電話やZoomで産業医面談をしています。このやり方は、より正しい自宅療養をサポートすることや、的確な復職へのタイミングの判断、復職後の再休職リスクを減らすことに有効だと10年以上の経験から断言できます。

多くのメンタル(ヘルス不調による)休職者はストレスの原因となっていた会社から距離を置くだけで、時間とともにある程度軽快していきます。その後、復職後に再発しないように同じ職場でどのように働くかなどについて、ふりかえりやコーピングを行って復職準備を一緒に進めます。そうすることで、よりスムーズな復職や再休職防止につながります。

休職者との産業医面談では、日常生活について聞くことが多く、社員のプライベートについて深く知ることがあります。そのような中で、これではなかなか回復は難しいだろうと、産業医の私が感じてしまうことがあります。

今日はその中の1つ、メンタル休職しているのに、家で心を休められない大人たちについて、お話ししたいと思います。

■休職していることを妻に話せないAさん

10年以上前に私が産業医として駆け出しの頃に面談していたのは、休職中の50代男性社員Aさんでした。人事担当者が言うには、その3年ほど前にも2年間ほど休職し、復職後半年たったらすぐ再休職し現在に至り、まるで就業規則を把握してやっているようだが、働いている時も見るからに調子は悪そうだったとのことでした。

産業医面談を定期的にするようになり、彼は妻と二人暮らしで子供やペットはいないことがわかりました。日中の過ごし方を聞くと、歯切れの悪い言葉が返ってくることが多く、何か隠している感じがしましたが、本人が話したくなるまで深くは突っ込まないでいました。が、ある時、彼が「先生、実は……」と話しはじめました。

実はAさんは、奥様には前回も今回も休職していることは一切話しておらず、平日は毎朝夫婦揃って家を出て、乗り換えの駅で別れると家に帰り、17時頃にまた家を出て時間を潰し、奥様が帰宅する頃に仕事が終わった顔をして帰宅しているとのことでした。3年前病気を発症した時に、心療内科を受診したことを奥様に言ったところ、気の迷いだ、怠けてしまうから休んだらダメだ等々、強く言われ、その後、自分の状態を全く言えなくなってしまっているとのことでした。

平日、どうしても具合が悪く出社のふりを休もうとすると、叱咤(しった)激励や罵声を浴び、休職中も復職時も、心身ともに本当に休めたことはないとのことでした。休日は平日の仕事疲れということで、ほとんど布団の中で過ごしているとのことでしたが、平日は毎日どんなにしんどい時も、朝と夕方は働いているふりをしているため、そのこと自体がストレス原因となり、なかなか病気が改善しないのは明確でした。

■自分の状況を誰かに伝えている人は重症化しにくい

Aさんの話を聞いて以降、私は面談する社員には、それぞれの医療の状況(内服中であることや休職を要することなど)を誰かに伝えているかを必ず確認するようになりました。当然、伝えている社員の方が、軽症の割合は多く、また、重症化しにくい印象です。

体の病気の場合は、同居人や親に言えない人はほとんどいませんが、メンタル不調であることやそのため休職が必要なことは言えない面談者は時にいます。そして驚くことに、伝えたものの、家族に治療に協力してもらえない人たちもいるのです。

向かい合って話す二人
写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

■掃除や家事をダメ出しされ家で療養できないBさん

コロナ前に面談していたBさんは、30代前半の外資系企業の営業職でした。その4年前に日系企業からヘッドハンティングされ転職してきており、現在2児の父親で、奥様は専業主婦、有名新築タワーマンションに暮らしており、世間から見れば、誰もが羨む成功者でした。

Bさんは結果を出し、昇進しました。が、その後、会社から求められる成果を出せず、上司に厳しい言葉をかけられるようになりました。そして、クビになったら今の生活を続けられないのではないかと過度に不安になり、休職を要するメンタル不調になってしまいました。私が初めて彼と面談したのは、会社に休職の診断書を提出してからでした。診断書が出るまで、誰にも相談できなかったようです。

奥様は休職してほぼ寝たきりのBさんには優しくしてくれていたそうです。しかし、ある程度元気になったBさんが、気分転換のため日中に散歩や自転車で外出しようとすると、奥様から、近所の目があるから昼間から外出しないでほしいと言われてしまったそうです。そして、外出する元気があるならば、働いていないのだから家事を手伝うようにと言われ、毎日奥様の指示通り掃除や洗濯等を行い、不慣れなため上手にできないときは容赦なくダメ出しをされ、会社と同じ状況ですと自虐的に言ったのが印象的でした。

Bさんの病気の回復のためには、家の中での家事手伝いだけでなく、気分転換や体力回復のために外出して趣味を見つけることが心身ともに必要なことはBさん自身もよく理解していましたが、奥様の意に反することはできないと、奥様には相談することもできないようでした。

■ワンルームの自宅に一人きり…回復に最適な場所を得られない人たち

メンタルヘルス不調で休職する社員の中には、一人暮らしの社員もいます。

一人暮らしのワンルームに一日中ひとりでいても、気分転換にはなりません。そこで、休職社員に主治医が許可してくれたら実家に一時的に帰ることを提案することが多くあります。そうするとたまに、「うちの親はメンタル疾患への理解がないので、話せないし帰れない」という声や、「実家に帰ってきてもいいが、近所の精神科には行ってくれるな(噂が広がるから)」と言われた人、帰省し親にカミングアウトしたら薬を全部捨てられてしまった人、もいました。

このような人たちは、結局、仕事を休んでも、自分のワンルームマンション、つまり在宅勤務場所と同じ空間にいるしかなく、そのことは病気の回復に必ずしも最適ではない状態です。しかし、他に行くところもなく、どうしようもありません。

■安全基地は複数あった方が良い

心理学の中で、安全基地という言葉があります。

アメリカ合衆国の心理学者であるメアリー・エインスワースが1982年に提唱した人間の愛着行動に関する概念で、子供にとっての愛着対象(多くは親)が、幼い子供に提供する心地よさや安心感が保証された環境を意味します。子供は、親との信頼関係によって育まれる“心の安全基地”の存在によって外の世界をより探索でき、成長する。だから健やかな成長のためには、戻ってきたときには喜んで迎えられると確信できる安全基地が必要であるという意味と私は理解しています。

私はこの概念は、“心のよりどころ”という言葉で働く大人にも当てはまるのではないかと考えます。緊張やストレスを感じる職場で働いている人には、心のよりどころとなる場所があった方が、会社にいる間は頑張ることができる、多少の嫌なことや辛いこともチャレンジできる。それは、自分の安全基地(多くは家)に帰ればまたエネルギーを充電して元気になることができることを知っているから、と考えます。

「Safe Space」と書かれた標識
写真=iStock.com/MCCAIG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MCCAIG

大人にとっての安全基地は、必ずしも1つであるとは限りません。自分が休める場所、元気になれる場所ですから、家の他に落ち着ける場所でもいいですし、家族やパートナー、友人などの人間関係にこの安心安全なよりどころを求めてもいいと思います。お気に入りのカフェや趣味の仲間など、複数あっていいのです。こういった安全基地を複数持っている方が、何かの時の相談相手も多くいるわけですからいいと思います。

■家庭に問題があってもメンタルヘルス不調の時は離婚しない方が良い

さて、いずれの面談者にも、私は奥様の考えや行動を否定するなどご家庭での問題には口出しはできません。DVがあるような場合は、法的な相談先などを案内はします。しかし、一般的に、メンタルヘルス不調の状態にあるときは、離婚などの人生における大きな判断はなるべくしない方がいいと言われていますので、そのようなことに結びつくかもしれない家庭の問題に強く口を挟むことは避けます。

それよりも、まずは、実家や兄弟姉妹を頼るなど、その人にとっての安全基地を見つけることができないか、一緒に考えます。

AさんやBさんであれば、実家に帰ること、少し旅に出ること(家を離れること)、診察に奥様も連れて行き主治医から何か言葉をかけてもらうことなど、こういうことはできないかと質問や提案する形で、患者社員に気づきや行動の変化を促しました。また、このことを主治医は知っているのかについても確認します。ほとんどの場合、主治医や奥様を否定はしません。主治医も産業医も、同じスタンスの場合が多いです。

■メンタルヘルス不調を家族にカミングアウトする方法

先にあげたAさんは、最後まで頑なに奥様に休職中であることを伝えることを拒みました。結局、休職期間を満了しても、復職できるまでは回復しておらず、自然退職となりました。

Bさんは、しばらく実家に帰ることにしました。実家で日中の外出や趣味の時間をもち、回復してから家に戻りました。長期出張に行っていると奥様は周囲に話しているようでした。その後無事に復職しましたが、しばらくして退職になったと私は人事から聞きました。

私は、パートナーやご家族にメンタル不調をカミングアウトできない人の場合は、「今日産業医に言われたんだけど……」と会話を始めて真実(メンタルヘルス不調であることや休職していること)をカミングアウトすることを促しています。これができた人の多くは、家の居心地が良くなり、より早く回復方向に向かいます。

しかし、いずれの場合も、それはできないとおっしゃる社員も中にはいます。最終的には、早く治ることを祈るしかないと、産業医の無力さを感じてしまいます。

あなたの安全基地はどこですか。自分の弱さを話せる人、弱った自分の回復を応援してくれる人はいますか。秋の夜長に考えていただけますと幸いです。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト

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(医師 武神 健之)

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