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「母親にはウソの仕事を伝えている」41歳独身男性が"1日中うんこを吸い続ける仕事"を辞めない理由【2022編集部セレクション】

プレジデントオンライン / 2022年10月4日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marcduf

2022年上半期(1月~6月)にプレジデントオンラインで配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします――。(初公開日:2022年6月17日)
河川敷やイベント会場にある仮設トイレは、溜まった排泄物を定期的に汲み取る必要がある。一体どうやって処理しているのか。屎尿処理のアルバイトに応募し、実際に働いた『裏モノJAPAN』編集部の野村竜二さんがリポートする――。

※本稿は、野村竜二『潜入ルポ 経験学歴不問の職場で働いてみた』(鉄人社)の一部を再編集したものです。

■「意外と希望者が多くて空きが無いバイト」

今回も新たな仕事に挑戦するため、ネットの求人サイトを開いた。

前回はゴミ収集をやったので、さらにキツそうな仕事の代表格、バキュームカーの作業員はどうだろう。ボットン便所のウンコを片づけるなんて、想像しただけで鳥肌が立つぞ。

よし、今回はウンコをバキュームで吸い込んで稼いでやる。さっそく、求人を探さなくっちゃ!

求人サイトを眺めてわかったのだが、バキュームカーの仕事は、浄化槽清掃や、し尿処理といった名前で募集がかけられているようだ。

それらのキーワードを入力して検索をかけてみる。いくつかの求人は見つかったのだが、その全てが東北や九州などの地方の募集ばかりで、関東近郊の求人は見当たらない。たしかに都内でバキュームカーが走ってるところなんてほとんど見たことないもんな。

その後もサイトを巡回していたら、気になるページを発見。見出しには「意外と希望者が多くて空きが無いバキュームカーバイト」と書かれている。

サイトによればバキュームの仕事は楽なうえに高給なので、募集がスグに埋まってしまうとのこと。うーむ。それほど人気の職種だったとは。

その後も懸命に探すこと数日。ようやくジモティーの仕事募集で東京都足立区で行われる浄化槽清掃の仕事を発見した。すぐ連絡をして、面接の約束に成功。あー、よかった。

■なかなかの好待遇じゃん!

面接当日。上野駅の近くにあるカフェで待ち合わせることになった。

コーヒーを飲みながら待っていると、約束の時間から10分ほど経ってから、作業着姿のオッサンが現れた。この人が面接官のようだ。

「あー、遅くなってごめんなさいねー。田中といいます」
「野村と申します。よろしくお願いします」
「さっそくなんだけど、週に何回くらい出れそう?」

いきなりシフトの相談かよ。

「はい。毎日出れます。なんなら明日からでも!」
「はい。わかりました。時給が1200円。1カ月の研修中は1100円だけど大丈夫かな?」

給料も悪くない。なかなかの好待遇じゃん! これは確かに人気が出そうだ。

「ちなみに野村君はこの仕事の経験はあるのかな?」

経験どころか、浄化槽がなにかすら知らない門外漢だ。大丈夫かなあ。

「いえ、未経験です」
「じゃあ、どんなイメージを持ってるか教えてくれる?」
「バキュームでウンコを吸い取るってことくらいしか……。勉強不足ですみません」
「ははは、まあ大丈夫。その辺りはヤル気でカバーしてよ」

よかった。未経験だからといって不採用になるわけじゃないみたいだ。

■メインの仕事は、浄化槽の清掃と仮設トイレの汲み取り

「それじゃあ、詳しい業務内容を説明していくよ。まず、うちは依頼があったところにバキュームカーを派遣する会社なのね」
「はあ……」
「最近は汲み取り式の家は少ないから、ウチでは取り扱ってないんだよ」

ボットン便所とよばれる汲み取り式トイレに住む人は、東京都内には奥多摩などの田舎を除いて、ほとんどいないらしい。実物を見てみたかったので期待してたのだが、ちょっとガッカリだ。

「その代わり、浄化槽の清掃か仮設トイレの汲み取りがメインの仕事になるから」

浄化槽とは一般家庭で糞尿を下水道に流す前に溜めておくタンクのことだそうな。この中で微生物が糞尿を分解するのだが、定期検査が必須で、中にゴミや異物が溜まるとそれを吸い出さなくてはいけないらしい。この検査も業務に含まれているとのこと。

もう一つの仮設トイレというのは、工事現場やイベントなんかでよく見るアレだ。基本的には仮設トイレのレンタル業者がトイレの回収と一緒に中身の糞尿も処理するのだが、長期間の工事になると、この会社からバキュームカーが出動して、糞尿を回収するとのこと。

ドアが開いた仮設トイレ
写真=iStock.com/Luca Piccini Basile
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Luca Piccini Basile

以上が、この会社が請け負う仕事だ。いずれにせよウンコと付き合うのは確定である。

「とりあえず、一通りの説明は以上かな。何か質問はある?」

最大の懸念材料であるニオイについて聞いておかなくては。

■「クサすぎて吐いちゃう人もいたから」

「あのう、やっぱり糞尿のニオイって強烈なんでしょうか?」
「うーん、まあ人それぞれだけど、ダメな人は本当にダメだね。クサすぎて吐いちゃう人もいたから」

なんだって! ゲロ吐くほどってどんだけだよ!

「入社初日の昼食後にね。あまりにも強烈だったみたい。でも、その人は今でも働いてるから笑い話だよね」

いやいや、全然笑えねえよ。

「実際に働いてもらうときは、先輩に色々聞きながらやっていけばいいからさ。とりあえずやってみればいいよ」
「はい。わかりました」
「ただ、ドライバーさんは独立独歩の人が多いから、なるべく失礼がないようにしてね」

言葉は濁してるけど、要するにジコチューってことだよな。やっぱりこの手の現場仕事は頑固な人が多いのだろう。うーん、不安が残るけど、その強烈なニオイってのには興味が出てきた。ちょっと味わってみたいかも。俺、ニオイフェチだし。

「じゃあ、とりあえず採用ってことで。来週の月曜日から出社してくれるかな?」
「わかりました」
「朝の7時30分に事務所に来てくれてればいいからさ。よろしくね」

そう言い残してカフェを出ていった。にしても飲食店でするような面接の内容じゃなかったな。

ま、無事に採用になったことだしここまで来たらやるしかない。どんなにニオイがキツくても我慢するぞ。

■財布もスマホもすべてロッカーに

翌週の月曜日。いよいよ、初出社の日がやってきた。

事務所は足立区北部の駅からバスに乗り継いで20分ほどの場所にあった。

「今日からお世話になります野村です。よろしくお願いします」

奥の方から面接を担当してくれた田中さんが現れた。「あ、野村君。こっちに来てくれるー?」手には作業着と大き目のゴム手袋が握られている。

「まず、貴重品をロッカーにしまってね。鍵がかかるから全部そこに入れておいて」
「え? 財布もですか?」
「そう。財布からスマホまで全部。昼飯に必要な分は小銭をポッケにしまっておいて」

なんでここまでするんだろう。盗難の被害でもあるのか?

「前にちょっと面倒なことがあったんだよ。財布を胸ポケットに入れてた作業員がそれを汚しちゃってね」

なんでも、その作業員の手元が狂ったことで、ホースから糞尿が噴出してしまい、それによって私物の財布がオジャンになったそう。洗ってもニオイは取れないので、弁償するしないの大問題になったんだと。まったく、汚い話だなあ。

普通に考えれば、そんなものを持ってる作業員が悪いのだが、当時ロッカーにはカギがかからず、保管場所がなかったのが原因だと言い始めたそうな。それ以来、貴重品はカギのかかるロッカーで保管するのが決まりらしい。ウンコがもたらした悲劇だな。

渡された作業着に着替えて、貴重品と服をロッカーにしまう。

■足立区の仮設トイレ10件を汲み取り

「うん。よく似合ってると思うよ。それじゃ、今日の仕事を説明するからそこに座って」

デスクに並んで座り、田中さんの説明を聞く。

「今日担当してもらうのは、仮設トイレの汲み取りね」

面接のときに言っていた作業だ。たしか、工事現場とかイベントの仮設トイレを回るんだっけか。

作業服に着替えた野村さん(提供=鉄人社)
作業服に着替えた野村さん(提供=鉄人社)

「行ってもらう場所はこんな感じ。ちょっと覚えておいて」

初日なので親切にグーグルマップで教えてくれた。画面には足立区全域に数カ所の印がついている。こんなにたくさん回るのかよ。

「全部でどれくらいですか?」
「うーんと、10件くらいかな」

こりゃなかなか大変そうだ。

一人の男性がやってきて、隣に座る田中さんに声をかけた。ヒゲを蓄えてワイルドな感じの風貌だ。

「田中さん。その子が今日からバイトの?」
「ああ、そうそう。こちら担当する先輩ドライバーの浜口さん。こちら野村君ね」

頭を下げて挨拶をする。

「野村です。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。もう、時間だから行くぞー」

見た目は恐いけど、なんだか頼もしそうな人で一安心だ。先輩ドライバーの浜口さんに連れられて、事務所近くのガレージに向かった。この中にバキュームカーがあるようだ。

■シャッターを開けた瞬間、すえたニオイが…

なんでわざわざ屋内に駐車しているのか不思議だったが、シャッターを開けた瞬間に理由がわかった。ガレージの内部には、すえたニオイが充満しているのだ。きっつー、公園の汚いトイレと同じくらいの悪臭だ。

浜口さんは意に介さずスタスタと前を歩いている。このニオイ気にならないのかよ。

「あの、この中だけでもかなりニオイがしますね」
「ん? そうか? ちょっとだけだろ。すぐに慣れるぞ」

すごい。ベテランになると気にもとめないのか。俺も早くその境地に達したい。

ガレージの中にはバキュームカーが所狭しと並んでいる。初めてこんなに間近で見たけど、思っていたよりもかなりデカい。4トントラックくらいの大きさはありそうだ。車体には様々なサイズのホースがついていて、それ以外にもタンクの上にはよくわからない器具が備え付けられている。

にしても、このタンクの中にどれだけの量のウンコが入るんだろう。もう少し観察したいところだがこれ以上は鼻がもちそうにない。口呼吸に切り替えて、足早にバキュームカーの助手席に乗りこんだ。

ガレージに比べて、なぜか車内にニオイは全くない。窓際に並ぶ消臭剤のおかげだろうか。これなら移動は苦じゃないぞ。

「おーし、それじゃあ行くぞー」

■何分も格闘してたらフラついたことも

時刻は7時50分。車がガレージを出発した。

「最初はどこに向かうんですか?」
「まずは荒川の河川敷だな」

ああ、たしかに河川敷って仮設トイレが多かったような。あれ、どうしてなんだろ。

「そりゃ簡単だよ。川はすぐ氾濫するからさ。あんなとこに下水は通せないから、普通の公衆トイレは作れないわけ」
「なるほど」
「この前の台風のときも多摩川が氾濫しただろ? あんときだって仮設トイレが流されてたはずだぞ」

ふーん。ちゃんとした理由があるんだな。そういえば、あのときマンホールから溢れ出た水の中で泳いでた奴らがいたけど、浜口さんはどう思ったのかな。プロの汲み取り屋の意見を聞きたい。

「ははは、武蔵小杉にいた奴らだろ? ありゃスゲエよな。どっかの浄化槽から出た汚泥も混ざってるだろうに」

やっぱり、汚い水だったんだ。

「それよりタワマンの方がヤベエよ。下水が逆流したんだろ? クソと同じ空気吸ってると気分が悪くなるから危ねーんだ」

へー、そんなことがあるのか。

「前に浄化槽の汲み取りが終わらなくて、何分も格闘してたらフラついたこともあったからな」

病院に行くほどではなかったが、ぼーっとしてしまい、30分近く身体に力が入らなかったとのこと。コワッ。俺も気をつけよう。

■ご飯を買いたくてもコンビニに停められない

そんな話をしているうちに車が人通りの少ない道に停車した。まだ河川敷には着いてないのに、どうしたんだろ。

「おう、今のうちにメシを買っとかねえとな。そこのコンビニでおにぎりを二つ買ってきてくれ」

そう言いながら数百円分の小銭を渡してきた。なんでわざわざこんな場所に路駐したんだ?

「コンビニの駐車場に停めると文句言われることがあるんだよ。汚いからどけろってな」

なるほど。職業差別はダメだといっても、バキュームカーには近寄りたくないかもな。ちょっと、心が痛い。

「お前の分もおごってやるから、早く行け!」

走ってコンビニまで行って、適当におにぎりを見繕う。言葉は乱暴だけど、根はイイ人そうだ。

それから数分乗車して、河川敷に到着した。いよいよ、仕事のスタートだ。

荒川河川敷
写真=iStock.com/kawamura_lucy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kawamura_lucy

颯爽とバキュームカーから降りた浜口さんが車体に固定してあるホースを外しながら説明してくれる。「これを持ってついて来てくれるか?」

直径20センチくらいのホースを受け取って、仮設トイレの裏手に回った。

「種類によって、し尿を溜める場所はちがうんだけど、たいていは裏側から汲み取るんだよ」
「はい。わかりました」

■下痢便を何時間も鍋で煮込んだような

浜口さんがしゃがみこみ、トイレの下の方にあるフタをカパっといとも簡単に外した。そこにはドロドロの茶色の液体が並々と溜まっている。うげー、気持ち悪い!

「これが汚泥ってやつ。ウンコは時間が経つと、こういう風に液状になるんだよ」

見た目の衝撃から少し遅れて、激烈な腐臭が鼻の奥に突き刺さった。く、くっせー‼ なんじゃこりゃ。アンモニアの刺激臭と発酵したウンコが混ざってる。今までの人生で嗅いできたものの中で一番強烈だ。下痢便を何時間も鍋で煮込んだような凝縮された腐臭だ。

「うわっ! ニオイがスゴイっすね!」

自分でもわからないが一気にハイテンションになってきた。

「ははは。ここは汲み取りの回数も少ないから、より一層キツくなるんだよ」

いやあ、目に染みる。涙が出てきた。

「じゃあ、それをこの中に突っ込んでくれる?」
「わかりました」

言われた通り、ウンコの海の中にホースを入れる。これでいいのかな。「じゃあ、汲み取りを始めるね」

浜口さんがバキュームカーに駆け寄って、なにやらボタンを押した。ズ、ズズズズ。という音が聞こえて、溜まっていた汚泥がみるみるうちに減っていく。スゴイ! さっきまでたっぷりあったのに、数分でなくなってしまった。いやあ、これがバキュームの威力か。

「よし、じゃあ次に行こう」

なんとか1件目の汲み取りが終了。ニオイはハンパじゃないけど、作業自体は体力を使わないから楽だったな。

■固まっているときは仮設トイレを傾けて…

次の場所も同じく河川敷の仮設トイレとのこと。車に乗り込み1キロほど移動し到着した。今回は男女が別々に分かれている。さっきと同じ要領で裏側にあるフタを外す。まずは男子トイレからだ。

くー、やっぱり、ニオイが強烈だ。すぐには慣れそうにない。ホースを突っ込んで汲み取り開始。うーん、奥の方にウンコが固まってて取りにくいぞ。

「野村、そういうときは仮設トイレを傾けるといいんだよ。ちょっとやってみな」

浜口さんにホースを任せ、反対側の正面に回り込んだ。「上の方を押してくれるか?」仮設トイレを押して、浜口さんがいる方に傾ける。すごい、簡単に持ち上がった。びっくりするほど軽いぞ。

「おーし、そのまま、そのまま。はい、オッケー」

無事に汲み取りが完了した。

「仮設トイレって全体がプラスチックでできてるから、かなり軽いんだよ」

なるほど、一つ勉強になったぞ。

男子便所が終わったので、次は女子だ。あれ? 男子便所に比べると汚泥の量がかなり少ないぞ。やっぱり、女性は汚い仮設トイレで用を足すのに抵抗があるのかもしれない。

とはいえ量がなくとも、女もウンコのニオイは一緒だ。クサイことに変わりない。すばやく作業を終わらせるため、今度は浜口さんが傾ける役をやってくれた。ズ、ズズズズズ。もう少しで汲み取りが終わる、というところでビチャっと汚泥が袖にかかった。

■便器にゴミを入れる人間はメチャクチャ多い

「うわっ! きたね!」

どうやら生理用ナプキンが吸い込まれる途中で、パイプに当たり汚泥が跳ね返ったみたい。もう、サイアク……。

汲み取りが終わり、浜口さんが戻ってきた。

「どうした? 大丈夫か?」
「すみません。ウンコがかかっちゃって……」

ニヤつく浜口さん。なにがそんなに面白いんだよ。

「おいおい、キレイなままで帰れるわけねえんだから、最初のうちに汚れてラッキーくらいに考えとけよ」
「はあ、そういうもんですか」
「汚れないように仕事してると、怪我するから気をつけろよな」

たしかに、汚れてしまえば、あとはなりふり構う必要もないし一理あるような気がする。確認のために、おそるおそる、クソのかかった袖を嗅いでみたが、やっぱりニオイはウンコだった。

その後、河川敷にある4つの仮設トイレの汲み取りを終えたところで、遅めの昼休憩をとることになった。ちょうど折り返し地点だ。

ここまでで気がついたのが、便器の中にゴミを入れる奴がメチャクチャ多いこと。ゴミ箱と勘違いしてんのかよ。まったく。ビニール袋などの異物がホースに入るたび、汚泥が飛び散って服にかかるので、本当に困る。

■「若いころから、他人と一緒に何かやるってのが苦手でな」

「おい、野村。メシ食わねえのか?」

大量のウンコを見て、食欲なんぞ消え失せていたが、浜口さんに奢ってもらった手前、食わないわけにもいかない。

「おにぎりいただきます!」
「おう、食え、食え」

にしても、この人はどんな経歴なんだろう。かなりのベテランっぽいけど……。

「浜口さんはどうしてこの仕事を始めたんですか?」
「どうしても、なにも、金をかなりもらえるからだよ」

へー、どれぐらいの額なんだろう。失礼だけど聞いてみよ。

「ちなみにおいくらくらいなんですか?」
「まあ、教えてもいいか。だいたい年に450万くらいかな」

おお、確かになかなかいい金額をもらってますなあ。

「俺の年齢からすれば平均より低いくらいだろうけど、今までに比べれば十分だよ」

ここから浜口さんの自分語りが始まった。彼はいま41才で独身。この会社の前は宅配便の配達員をやっていたらしい。「若いころから、他人と一緒に何かやるってのが苦手でな。なるべく人と関わらない方がラクなんだよ」

勝手に社交性のある人だと思っていたのだが、そうでもないらしい。

「だけど、勤めてた宅配会社が潰れたわけ。それでこの仕事に転職したんだよ」

バキュームカー
写真=iStock.com/Kyryl Gorlov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kyryl Gorlov

■「親には本当の仕事は伝えてない」理由は…

一般的には3Kの代表とされる仕事だけど、抵抗はなかったのだろうか。「うーん、俺自身には全くないけど、親には本当の仕事は伝えてないよ」

汲み取り屋ではなく、普通の清掃会社に勤めていると言ってあるらしい。

「やっぱり、世間体はあんまりよくないじゃん。特に母親は自分のことを責めそうなんだよ」
「というと?」
「もっとちがう育て方をしてれば、息子にクソを掃除させずに済んだかも……。みたいな感じで。俺は何も気にしてないのにさ」

なんとも胸に迫る話だ。

「さ、そろそろ、午後の汲み取りに向かうぞー」

よし、あと少しで今日の仕事も終わりだ。ウンコを片づけに行こう。

次の仮設トイレはマンションの建築現場の中だ。

「お疲れ様でーす」

浜口さんが現場監督となにやら話をしている。よし、いまのうちにホースを準備しよう。車体から取り外して、仮設トイレに向かう。我ながら板についてきたぞ。そこに浜口さんが戻ってきた。

「おっ、仕事が早いな。その調子だ」

やった。褒められたぞ。

■「くっせーなあ。はやくしろよ」

トイレの裏側に回り、フタを開けてホースを突っ込む。これも慣れた作業だ。さすがにウンコのニオイには順応できてないが、最初の驚きにくらべれば、それほど気にならなくなってきた。

浜口さんが汲み取りのボタンを押しに行ったところで、一人の現場作業員が用を足しにやってきた。超細マユ毛のいかにもヤンキーだ。

野村竜二『潜入ルポ 経験学歴不問の職場で働いてみた』(鉄人社)
野村竜二『潜入ルポ 経験学歴不問の職場で働いてみた』(鉄人社)

「すみません。いま汲み取り中なので少々お待ちください」
「は? なんだよそれ」

ガラの悪い奴だなー。我慢しろよ。

スイッチが入って汲み取りがスタートした。「すみません。少々お待ちください」

彼もこのニオイに気が付いたのか、眉間にシワを寄せている。

「チッ、くっせーなあ。はやくしろよ」

くっそー、なんだよ、その態度は! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって。ズ、ズズズズ。汲み取りの大きな音が、建設作業中のアパートに響き渡った。それに気づいた建設作業員たちが、チラチラとコチラを見てくる。しかも、バレてないと思って、小声で「くっさ」と口を動かしている。なんか、すげーバカにされてる気がするぞ。

■愚痴ると、浜口さんはフッと力なく笑って…

1時間ほどで仮設トイレの汲み取りを終え、浜口さんと車に戻った。あまりにもイラついたので、思わず愚痴ってしまう。

「なんかあいつら腹立ちますね。明らかに俺らのこと下に見てましたよ」

フッと力なく笑って答えた。

「まあ、イラつくけど仕方ねえよ。それが仕事だからな」

うーん、まだ、イライラが収まらない。あの見下した感じがムカつく。

「あんなのしょっちゅうだよ。いちいち気にするだけ無駄だって」
「そうなんですか……」
「俺らだってさ、ホームレスを見下したりすることあるじゃん。それと一緒だよ」

なんか納得いかないなあ。

「さ、次でラストだ。早く終わらせようぜ」

その次も同じような建設現場で、さげすむような視線をビンビン感じながら作業をこなした。人前でやるには気が引ける。その点、浜口さんはキモが据わっていて、終始、表情を崩さなかった。

時刻は16時。タンクにつまった、し尿を処理施設に運び込んでから、足立区の事務所に戻ってきた。始業のときは気になったガレージのニオイも、いまとなっちゃほぼ無臭に感じる。

なんだか今回はどこか爽やかな気分だぞ。この仕事なら、いずれ本気でやってみたいかも。

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野村 竜二(のむら・りゅうじ)
編集者
1994年生まれ。月刊『裏モノJAPAN』(鉄人社)編集部員。全国各地の怪しいスポットに身一つで突撃する潜入取材が得意。

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(編集者 野村 竜二)

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