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海の中で海産物の大量死が起きている…漁業の世界を変えるべく奮闘するシングルマザーが目指すもの

プレジデントオンライン / 2022年10月5日 12時15分

萩大島船団丸の漁師たちと坪内知佳さん。10年の壁を乗り越え、仲間も増えた。最近では女性の漁師志願者も出てきているという。 - 写真=畑谷友幸

山口県に本社を置く「GHIBLI」は、「船団丸」ブランドで漁獲した魚を消費者に直接届ける自家出荷ビジネスを展開し、国内外の注目を集めている企業だ。設立から10余年を経て、自家出荷事業は大きく成長し、「船団丸」ブランド事業は全国展開、農業分野へも進出している。2010年に24歳、「月給3万円」で事業の代表に就任した坪内知佳さんは「今、私は日本の漁業そのものを変えたいと本気で思っています」という──。(第2回/全2回)

*本稿は、坪内知佳『ファーストペンギン』(講談社)の一部を再編集したものです。

■10年の歳月を経て

(前編から続く)

私たちが萩大島(はぎおおしま)船団丸を立ち上げてすでに10年以上が経った。赤字続きだった時期をなんとか乗り切り、黒字化も果たした。

私たちが手掛ける「粋粋(いきいき)ボックス」のような、いわゆる自家出荷流通は全国に広がる機運がある。また、私たち自身の事業もさらに多角化している。

その間の七転八倒の日々を振り返り、拙著『ファーストペンギン』にまとめた。そして今回、なんと船団丸の活動が俳優の奈緒さん主演でドラマ化されることになったのだ(日本テレビ系列「ファーストペンギン!」)。

いろいろなことが起こりすぎて、この間の出来事の1つ1つは短い記事ではとても書ききれない。書籍やドラマもぜひご覧いただきたい。

■立場の違いを乗り越え、10年たった今、手を取り合う

私たちの挑戦をずっと見てきたのだろう、今では、かつて漁協で先頭に立って船団丸に嫌味を言っていた漁協の幹部から「船団丸に入れてくれないか」という言葉まで聞かれるようになった。

漁協の現場で働く人たちの態度も、当時では考えられないほど私たちに好意的になってきた。以前は使用が認められなかった土地なども快く貸してもらえるようになった。

多くの漁師がコロナで売り上げを落とすなか、萩大島船団丸だけが順調に売り上げを伸ばしている。赤字を垂れ流して漁協の施設や土地を遊ばせておくよりは、船団丸として使わせてもらい、地元に使用料だけでも還元したい。

今後はさらに漁協の人たちと一緒にやっていく場面が増えていくだろう。こういう関係になるまでに10年以上の歳月が必要だったのだ。

■海の危機

今、私は日本の漁業そのものを変えたいと本気で思っている。

どうすればもっと効率良くできるのか。どうすれば漁師が安定して生活できる仕組みを確立できるのか。乗り越えなければならない課題は制度の話だけではない。

コロナ禍の現在、海水中でも「ウイルス」が蔓延(まんえん)しているのをご存じだろうか。

実は海のなかでは海産物の大量死が起きている。例えば、去年からアジの動きが明らかにおかしい。これまでタイしか食べなかった有毒な巻き貝を、アジが食べるようになった。

この貝を食べると胃袋のなかで腐敗し、それが原因でアジは死んでしまう。これは歴史上初めての観測だという。

海そのものの免疫力が落ちている、と言えばイメージしてもらえるだろうか。

■2030年、漁業に崩壊可能性…

あまり大きな声では言いたくないが、自分たちがどれだけ努力しても、このままでは日本の漁業が終わる日はそう遠くないと考えざるを得ない。早ければ2030年に漁業はビジネスとして成立しなくなると語る関係者もいる。

海の汚染も深刻な問題だ。これは牛や豚、鶏などの家畜の糞尿が一因とも言われている。

一部は肥料にしているが、発酵には時間がかかって非効率的なため、肥料にならないぶんは海に流してしまっているという。

海の生物より海中のごみの量のほうが増加スピードが速く、いずれは逆転するという話も聞く。想像を絶する勢いで環境破壊が起きている気がしてならない。

■不毛な喧嘩をしている余裕はない

この海の危機に立ち向かうには、漁業関係者の理解と連携が不可欠だ。目先のメリットやデメリットを気にして、不毛な喧嘩をしている場合ではない。

今起きていることは、まさに地球規模の海の危機だ。われわれだけでは、いくら頑張っても現状は変えられない。

少しでも海の汚染を減らし、新鮮で安全な魚を消費者に届けるために、この活動をもっともっと全国に広げていきたい。それは日本の海を守ると同時に漁師たちの生活を守り、食の安全を守ることになるはずだ。

2014年4月にスタートさせた「GHIBLI」には、私たちのそんな思いが詰まっている。

■コロナが転機になった

法人成りから3年、2017年にGHIBLIは単年で黒字化を達成。2020年決算では累積赤字を解消することもできた。この数字はGHIBLI単体のものだが、GHIBLIが黒字になるということは当然、船団丸事業に参加している各地の船団の懐(ふところ)も潤ったことになる。

坪内知佳『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』(講談社)
坪内知佳『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』(講談社)

漁師たちから長年抱えてきた漁協からの造船の借金をすべて返済できたと聞いたときは、本当に嬉しかった。

事業が進展したきっかけは、図らずもコロナ禍だった。

2020年、GHIBLIは累積赤字解消目前というところでコロナに直面した。売り上げも大きく減少し、日本中がステイホームになった。あの2月、海外出張から戻った私は1カ月ほど世の中がどう動くか慎重に様子を見ていた。

それまではホームページから注文を受けていたが、見たこともないくらいの個人宅配のオーダーが入り始めるのに時間は掛からなかった。私はすぐにECサイトを立ち上げるべきだと判断し、行動に移した。

加工事業に乗り出すことを決めたのも、この時期だ。飲食店と違って個人消費者のなかには、鮮魚を送られても調理に困る人が多いだろうと考えたからだ。

大口の飲食店向けの売り上げが減るなかでECサイトを作り、加工場を新規に建てることで再び借金が膨らんだ。せっかく利益が出始めたのにまた借金するのかと批判も受けたが、この判断が事業化から「10年の壁」を乗り越える大きな転機になったことは間違いない。

■「10年の壁」を越えてたどり着いた場所

今、私たちはなんとか軌道に乗り始めている。これまではずっと薄氷を踏む思いで過ごしてきたが、財務面では昨年あたりからようやく息がつけるようになってきた。おカネが入ってもそのまま出て行く状態から、少しだが通帳におカネが残るようになっている。

認知度も上がり、仲間も増えた。現在、萩大島船団丸で船に乗っている漁師が17人、GHIBLIのスタッフは21人を数える。

これまで目の前の課題をどうクリアするかということばかりを考えていたが、俯瞰(ふかん)して先の戦略を立てられるようにもなってきた。ECサイトの構築や加工場の建設はまさにその一例だ。

しかし、これで安心と言える状況では到底ない。これから競争相手も増えて規模の維持は困難になるだろうし、私がなんらかの事情で船団丸を抜けたら、このビジネスは止まるだろう。まだまだやらなければならないことはたくさんある。

■シングルマザーとして、経営者として…

シングルマザーとして、そして経営者として働くのは、正直大変だ。長男に「お家に普通にいるママの家の子がいい!」と泣きながら言われたり、イヤイヤ期の次男に「お仕事、ダメ。絶対!」と言われたりするのはさすがに堪(こた)えた。

デジタルネイティブ世代の次男はパソコンを使いこなし、私がオンラインミーティングをしていると横から「バイバイ」と言って通話を切ってしまうこともあった。そんなときも温かく見守ってくださった取引先や提携先、理解ある皆さんのご協力に感謝している。

私自身がその苦労をわかっているから、GHIBLIにはシングルマザーを含め、女性社員も積極的に採用している。自分と同じ立場で頑張っている人がいると、きっと励みになるし、孤立して絶望を味わうこともない。特に選んで雇用したわけではないが、気が付けば「母親」ばかりの職場になっている。

■漁業でも女性は活躍できる

最近では女性の漁師志願者も出てきている。萩大島船団丸の船団長・長岡によると「海の神」は女性だそうで、漁船に女性が乗ると嫉妬から災いをもたらし、不漁になるという。

どうしても人が足りないときに「それなら私が船に乗る」と言って浜まで行ったことがあったが、すべての漁師から「ええけ、ええけ。大丈夫や。わしらだけでやる」と全力で止められた。

海の神のことはわからないが、一瞬のことが命取りになる海の上においては、男性に比べてどうしても肉体的に力が弱い女性が足手まといになるということは理解できる。それは差別ではなく、区別だろう。

そういった理由で萩大島船団丸では女性漁師は採用していないが、漁師たちが陸に戻ってきた段階から、女性が活躍できる場面はいくらでもある。魚の加工や事務作業などはその最たるものだろう。船団丸の加工事業の拡大に合わせて、各産地でも積極的に女性を採用していこうと思う。

売上管理など漁師たちには言えない経営者としての苦労も多かったという。
写真=畑谷友幸
売上管理など漁師たちには言えない経営者としての苦労も多かったという。 - 写真=畑谷友幸

■挑戦は続く

船団丸事業が有名になったことで、全国から漁師になりたい若者が集まってもいる。少しずつ事態が好転していく手応えを感じる毎日だ。

私も子育てとビジネスの両立に向けて、24時間全力で走り続ける日々がまだまだ続きそうである。

きっと多くの方に迷惑を掛けるのだろう。でも心配はしていない。私には多くの仲間がいる。

日本の漁業を変える私たちの挑戦は、まだ、始まったばかりだ。

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坪内 知佳(つぼうち・ちか)
GHIBLI代表
1986年、福井県生まれ。GHIBLI代表として「船団丸」ブランドを展開する。名古屋外国語大学を中退後、山口県萩市に移住。翻訳事務所を立ち上げ、同時に企業を対象にしたコンサルティング業務を開始。2010年に任意会社「萩大島船団丸」代表に就任。農林水産省から6次産業化の認定を受け、漁獲した魚を直接消費者に届ける自家出荷をスタート。漁業関係者の注目を集める。2014年に「萩大島船団丸」を株式会社化しGHIBLIを立ち上げ。翌年から事業の全国展開を開始し、各地に「船団丸」ブランドが拡大している。

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(GHIBLI代表 坪内 知佳)

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