独自路線を突っ走ったフジ国葬特番のCMがスカスカだった裏事情
プレジデントオンライン / 2022年10月5日 11時15分
■令和の国葬、終わる
9月27日、長き論争を巻き起こした令和の国葬が終わった。この気持ち、そして空気は何かに似ている。ああそうだ、2020東京五輪が2021年に無観客開催決行された後の、激論と分断に燃え尽きた日本の焦土のにおいだ。
この夏、筆者は他社の各連載でも、安倍氏暗殺(あえてそう表現する)と山上容疑者、そしてある種の踏み絵となって世論を二分した国葬の話題を書き続けてきた。いま踏み絵と述べたように、この2カ月超を通して、国葬支持の如何(いかん)論は安倍元首相への純粋な弔意をはるか後方へ置き去りにし、どこか敵と味方を区別するリトマス試験紙のような趣を帯びていた。
まさにその踏み絵を踏むのか、それとも踏まぬのか。日本のメディアの中でも、特に各民放テレビ局は国葬当日にそれを「どう報じる」のか、「そもそも(特番を編成するなどして)報じるのか」で各々の政治姿勢を明確にした、いや、せざるを得なかったといえるだろう。
■「安定のテレ東」「パンクなテレ朝」「日テレの本気」
そのテレビ各局の様子を新聞各紙もまた注目しており、国葬前々日25日配信の朝日新聞デジタル記事では、「安倍元首相国葬、各局が特番・枠拡大で中継予定 テレ東だけ独自路線」と報じていた。
この時、世間は一度、有事にもいつもと変わらずのんびりした番組を流し続けることでネット的ミームとなってきた「安定のテレ東」が、期待にたがわず5分だけの特番を流すことに喝采した。その傍ら、テレ朝がむしろ「反安倍」的関心から人気情報番組「大下容子ワイド!スクランブル」を午前10時25分から5時間超の大特番へと拡大して国葬を報じることも大きな関心を引いた。
また、日本テレビが「半世紀ぶり『国葬』歴史的1日完全中継」と題し、夕方ニュース枠最強の視聴率とアナウンサー支持を誇る報道番組「news every.」を約2時間前倒しして、国葬開始午後2時からをカバーする午後1時45分に持ってきたことも「日テレの本気」と評された。
TBSは、視聴者支持が高い異例のCBC制作レギュラー番組「ゴゴスマ」で中継を放送することを発表した。かつて週刊文春の「好きなアナウンサーランキング」でキー局アナたちに混じりトップ5入りした異能の元地方局アナ・石井亮次を、賛否両論で難しいナショナルイベント中継のマウンドに立たせるという判断に、TBSの本気もまた見えたのだった。
■「最も旧統一教会の話題に触れない局」
その反響を見ての判断だろうか、産経内包らしい右傾保守姿勢で報道局員にすら岸家出身者が在籍していたことで有名なフジテレビでは、直前に放送内容を変更。国葬特番「FNN特報 安倍晋三元首相『国葬』」枠を発表当初の2時間から4時間へ大幅に広げた。平日正午前から、(週刊文春などで酷評される)情報バラエティー番組「ポップUP!」の放送枠を丸々潰し、午後11時45分から4時間に及ぶ特番「FNN特報 安倍晋三元首相『国葬』」を2部構成で放送するという、他局への明確な対抗姿勢(?)を見せた。
フジの国葬に対する姿勢は、当初から地上波テレビ局の中で最も右傾色が強かったといえる。暗殺者である山上徹也容疑者に対して広がった共感論に対しても、情報番組の主要なコメンテーターたちはその心理を理解しようと歩み寄るよりは「愚か者ども」と冷笑せんばかりだし、各メディアが熱く報じる旧統一教会と自民党の暗い関係性に至っては「地上波の中で最もニュースで旧統一教会の話題に触れない局」と、その謎を指摘されてきた。
安倍元首相の生前の政治が「いまだ評価が定まっていない」との国葬反対派意見などについても、笑止千万と言わんばかりだった。フジテレビ上席解説委員の平井文夫氏が「安倍晋三さんのどこが国葬に値しない政治家なのか誰か教えてくれ」と、なかなか扇情的なタイトルのコラムを発表するなど、そうか、情報・報道番組で苦戦中のフジはこの件に関してハンドルを遠慮なくそっち方向へ切ることでブランディングするのだなと感じた。
■国葬ではなく合同葬で十分
いまここで私自身の立場を明確にしておくと、「国葬ではなく合同葬で十分、岸田内閣が参院選(弔い合戦)大勝の高揚感からフライングして引っ込みつかなくなってるだけ」と思ってきた。
そんな私だって人の子だから、無念の死を遂げた憲政史上最長政権の元首相のために、安らかな眠りを祈るくらいはもちろんする。だけど、国葬になってしまったことで安倍晋三氏への弔意が国民それぞれにカラフルで個人的なものから政治的に「ユニフォーム」なものへと、嫌な意味で変質してしまったと感じていた。
国葬当日、私はちょうど葬儀を完全にまたぐ時間帯で、池袋の英国国教会系私立大学にて授業をしていたので、ある意味で幸いだった。日本国元首相の国葬にまつわる何のアナウンスもなく、黙祷も花も目撃せず、シュプレヒコールもこれ見よがしなポジショントークも聞こえてくることはなく、弔意を示すなら心の中で個人的に示せば良いという、アカデミズムの政治的中立の中にいられる安らぎを実感した。
そして自宅へ戻り、録画していた各局の国葬特番を見た。実は番組を視聴する前に、広告代理店的な視点から貴重なアドバイスを耳にしていた。
![テレビのリモコンを操作する手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/5/1200wm/img_c5295b2bd1a2bf6217e76ef78bf997cc121369.jpg)
■主張の強い特番から「降りた」スポンサー
番組を見るとき、広告業界の人間はCM枠がどのスポンサーに売れたかを意識するのだという。昔なら特番に空き枠が生じるなんてことは起こらなかったが、テレビ離れの昨今はちょくちょくある。それに今回の国葬は評判が悪いので、レギュラー番組なら普段いるはずのスポンサーが降りていることが考えられるのだ。
CMの枠は、タイム(提供)とスポットに分かれる。提供スポンサーは、番組途中の提供画面にロゴが出ているもので、人間の声で読み上げられる色付き、読み上げられる白黒、ロゴのみの順番で払っている金額が大きい。
ところがスポット買いのCMというのもあって、例えば平日昼間を条件に買っているだけのスポット買いが、タイム枠が余っていると空き枠埋めとして流れることがある。その場合は、たまたま特番に流れているだけなので、スポンサーとは言えない。
10月からの自局の番宣が長尺で何度も流れたりすれば、スポットCMで懸命に埋めてもなお「枠を余らせた」ということ。ましてACが流れたりしようものなら、広告業界人は一瞬で察するのだそうだ。どこかの企業が、企業イメージの担保のためにスポンサー代は払ったままでCMは流さないと局に伝え、仕方なく素材をACに切り替えた」ということを。
果たして録画をチェックしたフジ全力の「安倍晋三元首相『国葬』」(第2部)は、広告代理店視点で懸念された全てがそこに現れていた。ジャパネットの1社提供に、いなば「CIAOちゅ~る」や小林製薬などの「ざっくり昼間に流してねと枠を買っていたのでたまたま流れることになった」遊軍スポットCM、頻繁な自局番宣、ACも流れ、いつもならその時間は「ポップUP!」にいるはずのタイム枠スポンサーであるLION、再春館製薬所やメナード化粧品、そして昼間遊軍CMの常連である花王、P&G、ミツカンなどの一般消費財企業は一切の姿を消していた。
■異彩を放ったフジの特番
いつもいるはずのスポンサーたちが見当たらないフジの国葬特番は、他の民放局の画面作りからは明らかに異彩を放っていた。喪主である安倍昭恵さんが「ご遺骨」を抱えて乗り込んだ車が富ヶ谷を出発するところから「ニュース的」という以上の感情が漂ってくる空撮、葬儀委員長である岸田首相が出迎えるまでのまったりとした時間も、そのまま中継で流した。
陸海空の自衛隊や防衛大・医大生に儀仗(ぎじょう)隊、音楽隊など1200人がずらり並ぶ様子はあえて美的な角度で圧倒的な印象を持つように撮られ、カメラは19発の弔砲を撃つ自衛隊員のしぐさや大砲も子細に見えるほどに寄り、エモーショナルなBGMすら微(かす)かに流れた。画面には、武道館中心に下がる大きな日本国旗や、式壇中央の安倍元首相の遺影が何度も大写しになり、式壇に飾られた勲章の数々にも丁寧な説明が加えられた。
■「生前の映像」をどう流したか
決定的だったのは、黙祷後の「(安倍元首相の)生前の姿映写」のくだりだった。国葬主催者側がまとめたという生前の映像は、国葬会場のモニターを通してではなく、事前に素材を入手していたフジの番組映像として堂々とフル尺、フルスクリーンで流された。
例えば他局の日テレなどは、生前の映像はあくまでも国葬会場で映写されているものを画面隅のワイプに小さく収めて流し、スタジオでは「国葬反対の声が増加した理由」「世論を二分」「滲(にじ)む政府の配慮」など、国葬に反対の声が強いこと前提で冷静に背景解説をフィーチャーしていたから、その対照には思わず苦笑した。
フジは他局のように「山上容疑者による暗殺事件の背景」「捜査の進展」「国葬反対論」に時間を大きく割くことなく、解説に呼ばれた日大危機管理学部の先崎彰容教授によるコメントを結論に置く形で、番組を終了した。
「賛成であれ反対であれ(中略)そういう映像がこの公共の電波に流れている、これ自体が民主主義なんだな、ということを我々は学ぶべきなんですよね。自分たちの考え方が一色にならない、ということがこの映像を見ただけでわかる。そういう空間に生きているんだなということを感じました」
■ニコ生は「ファンフェス」と呼んだ
ナショナルイベントの賛成派がまさかの少数派になって、そんな自分たちのことも多様性の一つとして受け入れてくれることが民主主義なんだと学べ、と逆説教する事態に。いまからフジの国葬番組を探して見ずとも、記事を読むだけでそのほとんどが眼前に再現されてくるようなコラムがある。先述のフジテレビ上席解説委員・平井文夫氏の「菅義偉さんの感動的な弔辞の直後に1人だけ大きな拍手をした人がいた。やがてそれが会場中に広がった」だ。
平井氏のコラムに象徴されるように、国葬主催者の意図に忠実に沿ったフジの番組作りと、安倍氏に対する英雄的な扱いは実に印象的だった。それは安倍元首相の国葬儀に反対すると銘打っていたニコ生「深掘TV」などが国葬を「安倍さんのファンフェス」と指摘していた通りの姿に見えたが、これもつまるところ(弔意さえ確かなら国葬の装いに胸元がシースルーのアレキサンダー・マックイーンを着て行ってもOKと主張した当の保守系女性コメンテーターがネットで盛大にイジられた後日譚と同様に)民主的な多様性なのだろう。
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コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)
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