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ウクライナ難民とイスラム難民では「なじみ方」が違う…難民先進国のドイツが抱える厄介な悩み

プレジデントオンライン / 2022年10月10日 9時15分

ウクライナの子供たちのために開設された学校=2022年4月27日、ドイツ・ドレスデン - 写真=dpa/時事通信フォト

■ドイツで「教会離れ」が進んでいる理由

【池上彰】日本では旧統一教会(現在の世界平和統一家庭連合)と政界のかかわりが明らかになり、政教分離が大きな話題になっています。世界中を取材されている増田さんは、世界の宗教と政治、社会の関係性をどうご覧になっていますか。

【増田ユリヤ】例えばドイツでは、前政権の与党は「キリスト教民主同盟」、と宗教名が政党名に入っています。しかし支持者は敬虔なキリスト教徒に限りません。「宗教に基づく価値は重んじているけれど、宗教や教義そのものと政策が合致しているわけではない」という印象です。そもそも近年のドイツでは「教会離れ」が大きな話題になっています。

【池上】ドイツ・カトリック司教協議会とドイツ福音教会が2020年に公表した年次統計によると、2019年にはカトリックが27万2771人、プロテスタントが27万人、合わせて54万人が教会の「信徒名簿」から籍を抜いたことが分かっています。

【増田】ドイツで「教会離れ」が進んでいる理由に、教会税があります。ドイツでは洗礼を受けたすべての人に、所得税の8~9%に相当する教会税の納税義務が課せられています。これを負担に思う人が増えたほか、若者の中には聖書やキリスト教の教えに疑問を感じ、無宗教になる人たちも少なくありません。

■図書館や公民館などに「十字架を掲示せよ」との訴え

【増田】一方、特に地方に多いのですが、宗教規範を重んじ、教会通いが習慣づいている保守的な人たちもいます。彼らは図書館や公民館などの公共施設に十字架を掲示してほしいと政治に訴えることもあり、以前、バイエルン州の選挙を取材した際に、こうした十字架の掲示が争点の一つになっていることを知りました。バイエルン州はキリスト教社会同盟という、バイエルン州でしか活動しない政党が圧倒的支持を得ています。このキリスト教社会同盟は、メルケル前首相が所属していたキリスト教民主同盟の姉妹政党です。

【池上】キリスト教民主同盟は、バイエルン州では候補者を立てず、キリスト教社会同盟と連携しています。いわば地域政党で、思想はまったく違いますが、日本でたとえるなら「大阪維新の会」のような存在ですよね。

【増田】はい。一方で、バイエルン在住の敬虔なキリスト教徒なら、誰もがキリスト教民主同盟を支持しているかというと、そうではありません。私が取材したある酪農家は、リビングに十字架を掲げてはいましたが、支持政党はドイツの自由民主党でした。「宗教のこと以上に、今は経済や、農家の跡取り不在の問題の方が重要だ。だから経済政策に力を入れている自民党を支持している」と。都市部と地方の違いはもちろんですが、同じ地方でも、当然のことながら宗教意識や政策の優先順位は人それぞれです。

■メルケル前首相が移民を大勢受け入れた根底

【増田】この選挙の取材時、バイエルン州のチェコとの国境近くにある町には、2015年のシリア難民危機の際に入国した難民のうち300人ほどが一時収容施設で暮らしていて、彼らを取材するために現地に赴いたのですが、メルケル前首相が移民を大勢受け入れた根底には、キリスト教的な考え方があったことは間違いないでしょう。

【池上】メルケル前首相の父親は牧師であり、神学者でした。メルケル前首相自身も、敬虔なキリスト教徒で、演説やスピーチで聖書の一節を引いたことも多々あります。国際政治の舞台でも「リベラル規範の担い手」と目されていましたし、2017年には当時のトランプ大統領が「イスラム圏の市民の入国を禁止する」と通達した大統領令に対し、「このような考えは、国際的に難民を支援・協力しようとする基本原則があるという私の解釈とは相いれません」と明確に批判しています。

【増田】メルケル前首相の難民政策には国内から反発もあり、反移民をスローガンに掲げた極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が勢力を伸ばしたこともありました。異文化理解、多様性の実現は目指すべき社会のあり方ですが、個別の事例を見ると難しいところもあります。

■イスラム系難民の「助けられて当然だ」という態度

【増田】例えばロシアによるウクライナ侵攻では、東欧に多くのウクライナ人が脱出し、避難民として受け入れられています。まだ半年だからというのもありますが、今のところ、見た目が似ているから違和感がない、ということに加え、同じキリスト教圏からの避難民ということで、地元の人たちとの軋轢が少ないようです。

一方でイスラム圏から来る難民との間では、見た目も習俗も違うのはもちろんのこと、やはり宗教的規範が影響して、軋轢が生じる。特に受け入れ側が不満に思うのは、一部の難民が「自分たちは助けられて当然だ」という態度を取ることだ、というのです。

アラビア語の女性ヒジャーブ実施された子供
写真=iStock.com/SergeyVButorin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SergeyVButorin

【池上】イスラム教の考え方では、「人に施しをすることで天国に近づく」。つまり、難民は受け入れ側に「施しの機会を与え、天国に近づけたのだから、あなたが私に感謝すべきだ」という態度を取るわけですね。もちろん、「どうもありがとう」と感謝を示す人もいますが、根底にある価値観はなかなか変わりません。

■女性に対してかなり高圧的な態度を取ることも

【増田】博愛精神で受け入れようと思っても、ヨーロッパの人たちとしては、「助けられて当然だ」というイスラム圏の人たちの態度を見ると、反発を覚えてしまう。表立ってそういう態度を取られた時に、「イスラム圏の人の中にはそう考える人もいるから、仕方がない」と思えるかどうかは難しいところです。さらにはイスラム教の世界では男性優位なので、女性に対してかなり高圧的な態度を取ることもあります。

【池上】イスラム教といえば、日本では多様性を認めるべきという考え方から、イスラム教徒の女性がかぶるヒジャブ(ヴェール)にも寛容ですが、全身を覆うブルカを着用する人たちが目立つようになっても、同じように寛容な態度で受け入れられるかという問題がありますね。一方、政教分離を厳格に定めるフランスでは公立学校など、公共の場でヒジャブを被ることは認められていません。これは2004年に政教分離の観点から定められた法律に基づくもので、大きな十字架などの宗教的モチーフのついた衣服やアクセサリーを着用することも禁止されています。

【増田】同じEU圏内で、同じくキリスト教的な考え方を文化の基盤としているドイツとフランスでも、政治と宗教の関係は大きく違っています。日本でも統一教会と自民党の関係から、「政教分離をより徹底すべきだ」という声も出てきています。

見直すべき点があるのも確かでしょう。ただ、信教の自由はもちろん、何をどこまで宗教とし、線引きするのかは、各国ともまだ手探り状態です。私が取材したハンガリーやルーマニアでも、キリスト教的なリベラル規範の下に進められているはずのLGBT容認などの多様化政策が、一方で敬虔なキリスト教徒から「聖書に反する」と反発を受ける場面も増えてきていることは見逃せません。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしてテレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)、『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)など。

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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=梶原麻衣子)

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