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なぜ国葬実施で日本国民は「団結」できなかったのか…アメリカの政治学者が警告していた「政治利用」の落とし穴

プレジデントオンライン / 2022年10月7日 12時15分

1901年9月6日、アメリカ大統領ウィリアム・マッキンリーが暗殺された事件(画像=T. Dart Walker/アメリカ議会図書館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

旧統一教会問題に加え、安倍晋三元首相の国葬を実施したことで、岸田政権に想定外の逆風が吹いている。米大統領の暗殺事件に詳しい米モンクレア州立大学のケーリー・フェダーマン准教授は、「指導者の死から故意に何かを得ようとしてはいけない。そうした動きには警戒が必要だ」という。NY在住ジャーナリストの肥田美佐子氏がリポートする――。(後編/全2回)

■「暗殺」の動機は必ずしも政治的ではない

――まず、「assassination(暗殺)」という言葉についてですが、欧米メディアは、安倍晋三元首相の事件を「assassination」と報じました。一方、日本の主流メディアは、いわゆる政治テロではなく、個人的怨恨(えんこん)が動機とみられているためだと思われますが、「暗殺」という言葉を使わず、「銃撃事件」などと報じています。

英語で「assassination」と言うとき、(動機は)必ずしも政治的なものとは限りません。

著書『The Assassination of William McKinley: Anarchism, Insanity, and the Birth of the Social Sciences』(『ウィリアム・マッキンリーの暗殺 アナキズム(無政府主義)、狂気、そして、社会科学の誕生』未邦訳)でも書きましたが、暗殺犯の動機は政治的なものばかりでなく、実に「個人的」かつ「心理的・精神的」なものです。と同時に、「社会学的」で「論理的」な側面もあります。

日本政治は私の専門外のため、限られた情報に基づいた個人的見解ですが、山上徹也容疑者は、アメリカ型の「暗殺犯」という枠にぴったり当てはまると思います。

ただ、アメリカでも、被害者が政治的職業の人でないと、「暗殺」という言葉は使いません。一般人が撃たれた場合は、「銃撃事件」「殺人事件」です。そうした意味では、英語の「暗殺」にも政治的な意味合いが含まれますが、動機は精神的・個人的なものでも、「暗殺」と表現します。

2015年10月9日、バージニア通りを警備するシークレットサービスの2人のメンバー
写真=iStock.com/400tmax
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/400tmax

山上容疑者は、母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に多額の献金をして破産したことから、旧統一教会を恨みに思い、(教団の関係団体にビデオメッセージを送った)安倍元首相を暗殺したと聞いています。背景に母親が介在しているという意味で、これ以上「個人的」な動機はありません。

■なぜ要人暗殺犯は「無職」が多いのか

また、家庭が破産したこと、つまり「経済的」な要素も含まれていますよね。彼自身も仕事がなかったと聞いています。1881年にジェームズ・ガーフィールド第20代大統領(共和党)を暗殺したチャールズ・J・ギトーも失業していました。1901年にウィリアム・マッキンリー第25代大統領(共和党)を暗殺したレオン・チョルゴッシュも、仕事がありませんでした。20世紀初頭のヨーロッパで政治家を狙った暗殺犯らも無職でした。

つまり、いずれのケースにも「経済的」な要素が絡んでいたのです。単に仕事がないというだけでなく、「構造的」な動機と言っていいかもしれません。例えば、「経済も社会全体も政権与党も、何もかもが俺に不利なことをする」といった考え方です。

仮に山上容疑者もそうした考えを持っていたとすれば、その対象が自民党(の安倍元首相)だったのでしょう。そして、その対象を暗殺することで、恨む気持ちが軽減するものだと考えられます。そうした意味で、暗殺は「心理的・精神的」な動機に深く根差しているのです。

というのも、暗殺には「目的」があり、その目的とは、自分の衝動や欲求、怒り、逆境を自分の中から解放し、和らげることだからです。

■山上容疑者と大統領暗殺犯の共通点

――あなたは、著書『The Assassination of William McKinley』(『ウィリアム・マッキンリーの暗殺』)の中で、マッキンリー大統領の暗殺犯について、独特の分析手法を展開しています。山上容疑者をどのように分析しますか。

返答が非常に難しい質問ですね。まず、山上容疑者については限られたことしか把握していませんし、私は、銃撃犯やシリアルキラーなどのプロファイリングを行う犯罪学者ではなく、政治学者です。

この点を十分に理解してもらった上で、あえて答えますが、山上容疑者は、いわゆる「暗殺犯」のプロファイルに合致すると思います。

そもそも、アメリカで暗殺犯のプロファイルという概念が確立されたのは、マッキンリー大統領が凶弾に倒れたことがきっかけになったと、私は考えています。

注:ウィリアム・マッキンリー大統領は、エイブラハム・リンカーン第16代大統領とジェームズ・ガーフィールド第20代大統領に続いて暗殺された3人目の米大統領。

山上容疑者は、比較的裕福な家庭に生まれたと聞いています。しかし、その一方で、友人が少なく、孤独で非社交的なタイプだったそうですが、孤独で非社交的という特徴は、マッキンリー大統領を暗殺したチョルゴッシュや、ジョン・F・ケネディ第35代大統領(民主党)の暗殺犯とされるリー・ハーヴェイ・オズワルドにも当てはまります。

注:ジョン・F・ケネディ大統領は、暗殺された4人目の米大統領。

■個人的な問題を国家レベルの政治問題に転化した

ただ、一方で、そうした暗殺犯や暗殺未遂犯と山上容疑者を比べると、違和感を覚える点が1つあります。山上容疑者の「年齢」です。事件当時、彼は41歳だったそうですが、例えば、チョルゴッシュは28歳、オズワルドは24歳など、暗殺犯は20~30歳代の若者が多いのです。

そうした特徴から推察するに、山上容疑者は旧統一教会に対する積年の恨みを心に募らせてきたものと思われます。母親が旧統一教会に多額の献金を行い、一家が破産したことで、同教団を恨み、その問題を、旧統一教会と関わりがあったと彼が考えた安倍元首相に向けたのでしょう。

つまり、「個人的な問題」を「国家レベルの政治問題」へと転化させたのです。マッキンリー大統領を銃で撃ったチョルゴッシュをはじめ、多くの暗殺犯や暗殺未遂犯にも、ある意味で、そうした傾向が見られます。

個人的な恨みを心に秘め、その問題や問題の解消法について単一の考え方にとらわれるという傾向は、一般的な暗殺犯のプロファイルに合致するように見えます。社会からの疎外感や孤立感、怒り、そして、恨みの感情といったものも、彼らに共通する点です。

そうした特徴は、20世紀初頭のヨーロッパで起こった暗殺事件にまでさかのぼります。彼らの動機には、ある意味で政治的な側面も含まれることがありますが、それよりも、非常に精神的・心理的なものです。

心に深く根差した恨みや重荷を抱え、その責任を負うべき対象だと彼らがみなす人間をあやめることで、その重荷を解き放てると考えるのです。それが、暗殺事件の最も悲しく、最もせつない側面だと思います。

■ケネディ大統領の暗殺でアメリカ国民は団結した

――1963年のケネディ大統領暗殺がアメリカ社会を震撼(しんかん)させたように、安倍元首相の銃撃事件も、日本社会に衝撃を与えました。ケネディ大統領の暗殺はアメリカをどのように変えましたか。

ケネディ大統領の郵便切手
写真=iStock.com/PictureLake
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PictureLake

計り知れないほど大きな影響を全米に及ぼしました。国民の「団結」です。アメリカ社会が一変したのです。「1960年代は、ケネディ大統領の暗殺で始まった」と言われたほどです。46歳という若さで暗殺されたわけですから。

国民は、「一匹狼の狙撃犯が米大統領の命を奪い、若い大統領の下でエキサイティングなことが起こるだろうと考える国民の期待を、一瞬にしてかき消してしまうとは」という感覚に打ちのめされたのです。

1995年に起こったイスラエルのイツハク・ラビン首相の暗殺も同様です。国民は、「純真さの喪失」とでも言うべき感覚に襲われました。彼は中東和平交渉を推し進めた立役者だったからです。

注:ラビン首相は1993年、パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長との間で、パレスチナ自治政府を公認するオスロ合意を締結。翌年、ノーベル平和賞を受賞したが、1995年11月、中東和平を快く思わないユダヤ教徒の青年に銃撃された。

国民はラビン首相を強く支持していたため、その指導者の命が奪われたことで、自分たちを守ってくれる盾を失ったように感じたのです。

■指導者の暗殺で民主主義社会が不安定化することはない

――独裁政権では、指導者が暗殺されると社会が不安定化する一方、民主主義国家ではそうならないという専門家の指摘があります。

そうだと思います。マッキンリー大統領の暗殺が好例です。暗殺犯のチョルゴッシュはアメリカ社会の不安定化を狙っていましたが、そうなりませんでした。副大統領もいますし、州政府や最高裁など、しっかりした統治機構があるからです。

民主主義国家では、仮に国王が暗殺されたとしても、政府が機能不全にはなりません。チョルゴッシュのように、暗殺によって国民を決起させようとしても、誰も立ち上がりません。革命など起こらないのです。もちろん、山上容疑者は革命などを望んでいなかったと思いますが。

たとえ、国家指導者の暗殺が国民を団結させるとまではいかなくても、国家を分断させることはほぼないと言えます。

――安倍元首相は支持者からの賛辞を謳歌(おうか)した半面、世論を二分する主張を打ち出すなど、反対派も少なくありませんでした。そうした日本を代表する政治家の暗殺は今後、日本社会に「団結」と「分断」のどちらをもたらすと思いますか。現政権が安倍元首相の死を「国民の団結」というプラスの結果につなげるには、どうすべきでしょうか。

2022年9月27日、国会議事堂前(東京)にデモ隊が集まり、安倍晋三元首相の国葬を政府が決定したことに不満を表明した。
写真=picturedesk.com/時事通信フォト
2022年9月27日、国会議事堂前(東京)にデモ隊が集まり、安倍晋三元首相の国葬を政府が決定したことに不満を表明した。 - 写真=picturedesk.com/時事通信フォト

安倍元首相の暗殺が日本社会にどのような影響を及ぼすか、私にはわかりません。ただ、政治家に何らかの心理的影響が及んでいるのは確かでしょう。例えば、有権者との握手に二の足を踏むなど、ある種の危機感が生まれたのではないでしょうか。

世界を見渡せば、21世紀は、ある意味で「暴力の世紀」とも言えます。アメリカよりはるかに平和的な日本社会も、そうした世紀に突入しつつあるのかもしれません。私としては、そうなってほしくありませんが。

日本の政治は私の専門外のため、日本が今後どうなるかはわかりません。

■指導者の死から故意に何かを得ようとしてはいけない

しかし、例えば、ケネディ大統領の暗殺後、政権を引き継いだリンドン・ジョンソン第36代大統領(民主党)は1964年、公民権法という、議会の意見が大きく分かれる法律の成立にこぎ着けました。同政策を推進していたケネディ大統領の暗殺が法案への支持を押し上げ、議会通過を後押ししたのです。暗殺がなかったら、成立は無理だったでしょう。

とはいえ、暗殺と政治的な勢いの高まりを同一視すべきではありません。要は、指導者の暗殺が政権に対する国民の見方を変えるということなのです。ケネディ大統領の場合は若く人気があったため、暗殺が(民主党への共感を呼び)ジョンソン政権に「ハロー(後光)効果」を与えるという結果をもたらしたのです。

ロナルド・レーガン第40代大統領(共和党)も暗殺未遂事件から見事に生還したことで支持率を伸ばし、結果的に、減税など、大きな成功を収めました。

日本がどうなるかは見当もつきませんが、指導者の死から故意に何かを得ようとしてはいけません。なぜなら、それは「政治的」な意図を意味し、国民を「団結」させることにはならないからです。仮にそうした動きがあるとすれば、警戒が必要です。

ケーリー・フェダーマン(Cary Federman)
米モンクレア州立大学准教授

取材に応じるケーリー・フェダーマン准教授
取材に応じるケーリー・フェダーマン准教授

政治学者。バージニア大学で修士号(政治学)を取得後、同大やミシガン州立大で教える。主な研究分野は憲法学や法学、民主主義理論、現代政治哲学など。著書に『Democracy and Deliberation: The Law and Politics of Sex Offender Legislation』『The Assassination of William McKinley: Anarchism, Insanity, and the Birth of the Social Sciences』などがある。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッ ツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノ ベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォー ル・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取 材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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