電気代が高すぎて企業が次々と海外移転…エネルギー危機なのに「原発ゼロ」に固執するドイツの自縄自縛
プレジデントオンライン / 2022年10月5日 19時15分
■脱原発の「先送り」を決めたドイツ
エネルギー不足の深刻化で、「年内の脱原発」を掲げるドイツ政府が方針転換を迫られている。
ドイチェ・ヴィレなど各メディアが伝えたところによると、9月27日にドイツのロベルト・ハーベック副首相兼経済・気候保護相は、年内に停止を予定する原子力発電所3基のうちの2基(イザール2号機とネッカーヴェストハイム2号機)について、運転を来年4月半ばまで延長する方向で調整を進めていると明らかにしたようだ。
ハーベック副首相は9月初め、2基の原発については、これを非常時の電源として待機させておく方針を示していた。つまり今冬のエネルギー不足が深刻化した場合にのみ、原発を稼働させるとして、年内の脱原発の方針との整合性をとろうとしていたわけだが、それに待ったをかけたのが、運営を担うエネルギー会社だった。
原発は、いわゆる「ベースロード電源」である。そのため安定した電力の供給が見込まれるが、一方で運転を機動的に停止・稼働できるものではない。そのような性格を持つ原発を、電力需要に応じて稼働させる「ピーク電源」のように扱うことは、本質的に不可能だ。エネルギー会社によるドイツ政府への反論は至極、妥当だった。
結局、ハーベック副首相はイザール2号機とネッカーヴェストハイム2号機について、来年4月半ばまで稼働を延長すると表明せざるをえなくなった。ハーベック副首相が所属する同盟90/緑の党(以下、緑の党)にとって、今年中の脱原発の実現はまさに悲願であったが、少なくともこれで年内の脱原発は不可能な情勢となった。
■エネルギー危機で加速する物価高騰
その実、ドイツでは、原発の稼働延長に賛成する民意が盛り上がっていた。その最大の理由は、エネルギー危機を受けたインフレの加速にある。
ドイツの最新9月の消費者物価は、夏季の燃料価格の割引などが終了したことから前年比10.9%と前月(8.8%)から上昇が加速、ユーロ発足(1999年)以降初となる2桁台を記録した(図表1)。
インフレの元凶であるエネルギー危機に関しては、ガス不足が深刻なままである。
ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプラインであるノルドストリームに再開のめどが立たないどころか、複数個所に損傷が見つかる事態となっている。ドイツは冬季に向けて天然ガスの備蓄に努めてきたが、厳冬であれば当然、早期の枯渇が視野に入る。
期待されたフランスからの電力輸入に関しても、その主要な電源である原発が老朽化などで不調に陥っているため、十分な量を確保できるか定かではない。
これまでの原発の閉鎖で、ドイツの電源構成に占める原発の割合は10%にも満たないが、現状のエネルギー危機に鑑みれば、ドイツに脱原発を完遂するような余裕はないわけだ。
■連立与党「緑の党」の甘い見通し
そもそも緑の党は、ロシアがウクライナに侵攻した直後において、エネルギー危機が生じても脱原発は経済的にリーズナブルであると説明していた。
3月8日、緑の党が閣僚ポストを担う連邦経済・気候保護省(ハーベック副首相が大臣を兼任)と連邦環境・自然保護・原子力安全・消費者保護省が連名で発表した報告書がその象徴だ。
とはいえ、その後ドイツのエネルギー不足は深刻さを増し、6月には時限的とはいえ石炭火力の強化という、緑の党が掲げる「脱炭素化」に反する決定がハーベック副首相らによって下された。
脱原発の延期も時間の問題であったが、いずれにせよ緑の党の見立ては甘く、現実は同党の主張とは相容れない方向に推移している。
■基幹の自動車産業が悲鳴を上げている
エネルギー危機で苦境に立っているのは家計だけではない。企業もまた、エネルギー価格の高騰を受けて資金繰りに窮するようになっている。
ドイツ自動車工業会(VDA)のヒルデガルト・ミュラー会長が南ドイツ新聞によるインタビュー記事(9月27日付)の中で、ドイツの自動車産業の苦境を伝えているので、簡単に紹介したい。
インタビュー記事によると、VDAの会員企業のうちの10%はすでに資金繰りが悪化しており、うち3分の1が今後数カ月以内に資金ショートに陥る可能性があるという。またVDAの会員企業の半分がドイツ国内での設備投資を取り止め、5分の1以上の企業がコスト削減の観点から海外に生産拠点を移転する計画を進めているようだ。
EV(電気自動車)向けバッテリーのメガファクトリーの建設など、欧州連合(EU)が描くEV化を受けてドイツの自動車業界は好調なイメージを持たれがちである。とはいえ、ドイツの自動車産業はその実としてエネルギー危機に伴うコスト高の悪影響を強烈に受けており、経営難に陥っている企業も少なくないのである。
もちろん自動車産業のみならず、ドイツの企業全般がエネルギー危機の悪影響を受けている。ドイツ政府は9月29日、天然ガス価格に上限を設けることを主とする最大2000億ユーロ(24兆円規模)の総合対策を実施すると発表し、企業や家計のエネルギー負担額の軽減を目指すとしたが、こうした政策でエネルギー不足そのものは改善しない。
なおドイツ政府は、自国では天然ガス価格に上限を設けることにした半面で、EU全体で議論している輸入ガス価格に上限を設ける案については、オランダやデンマークとともに反対の立場を貫いている。川上と川下で議論は異なるとはいえ、こうしたドイツ政府のスタンスは、ドイツの自国優先的な考え方をよく表すものといえそうだ。
■危機的状況でも脱原発が優先される恐れ
ロシアのウクライナ侵攻以降、ドイツ政府の脱原発の方針は二転三転してきた。当初は原発の稼働延長はコストに見合わないとしておきながら、非常時の電源として待機させておくと方針を変え、結局は来年4月中旬まで稼働を延長するとした。
4月以降、ドイツ政府が本当に脱原発を実現するためには、エネルギー不足そのものが解消する必要がある。
ドイツ政府はこの間、液化天然ガス(LNG)の調達に努めてきた。9月中旬にショルツ首相はアラブ首長国連邦(UAE)との交渉をまとめており、またカタールともLNG契約の締結が間近とされている。洋上にFSRUと呼ばれる、再気化のための設備を建設中であり、今年中に1隻が、来年初にもう1隻が稼働する予定である。
そうはいっても、こうして得られたLNGだけで天然ガス需要を十分にまかなうことは難しいだろう。
他方でドイツ政府は、再エネ設備の投資を加速させるための法整備などにも努めてきたが、再エネ設備が稼働するには相応の時間を要するし、出力が天候に左右されるため、太陽光発電や風力発電はベースロード電源にはなりえない。
■電力の安定供給のために
電力の安定供給に鑑みれば、来年4月以降も残る2基の原発の運転も議論されるべき選択肢である。
しかし政権で勢いを増す緑の党は、これまで掲げてきた公約を優先し、来年4月の脱原発を敢行するかもしれない。その場合、緑の党は、代替手段としてすでに「時限的」として強化した石炭火力発電のさらなる強化を打ち出す可能性がある。
本来、脱炭素化を重視する緑の党にとっては、石炭火力もまた認めがたい発電手段となるが、原子力よりは支持者に受け入れやすいと考えているようだ。そうした緑の党の姿勢を民意はいつまで支持するだろうか。エネルギー危機の下で、今後もドイツのエネルギー政策が緑の党の意向に大きく左右されるのか、注視していきたい。
なお日本の場合、9月15日に電力広域的運営推進機関が発表した「2022年冬季及び2023年度の需給見通しについて」によれば、厳冬シナリオでも今年の電力需給は予備率3%を確保できる見込みだ。とはいえエネルギーの安定供給に鑑みれば、原発の再稼働のみならず、最新型の原子力・石炭火力の道を今後も模索し続けるべきではないか。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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