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「マシンの性能差」で勝負を諦めてはいけない…どん底を見たホンダが2021年のF1で大逆転優勝できたワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月8日 14時15分

初のF1ワールドチャンピオン獲得を喜ぶホンダF1の山本雅史マネージング・ディレクター(左)=2021年12月12日、アブダビ - 写真=dpa/時事通信フォト

2021年のF1グランプリでホンダは大逆転優勝を飾った。技術で劣り、「最速マシン」ではなかったのに、なぜ勝てたのか。元ホンダF1マネージングディレクターの山本雅史さんは「マシンの性能差は勝利の一つの要素ではない。最後に物を言うのは人間力だ」という――。(第1回)

※本稿は、山本雅史『勝利の流れをつかむ思考法』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■サプライヤーとしてレッドブルのF1優勝に貢献したホンダ

「ホンダ、F1ラストイヤーでチャンピオンを獲得」。そんなヘッドラインが踊ったのは、遡ること約1年前の2021年12月12日。

昨シーズンのF1グランプリ最終戦アブダビGPで、ホンダのパワーユニット(=PU。エンジンに代わる、バッテリーや回生システムなどで構成された動力システム)を搭載するレッドブルレーシングのマシンを駆るマックス・フェルスタッペン選手が、ライバルであるメルセデス(メルセデスAMG・ペトロナス・フォーミュラワン・チーム)のルイス・ハミルトン選手を最終周にオーバーテイクし、ワールドチャンピオンを獲得した。それは奇跡のレースだった。

ホンダがPUサプライヤーとしてF1のステージに戻ってきたのは2015年。パートナーを組んだチームはマクラーレンレーシングだった。モータースポーツに関心のない人でも、“音速の貴公子”と称されたアイルトン・セナ選手の名前や、彼がチャンピオンに輝いたときの「マクラーレン・ホンダ」というチーム名は耳にしたことがあるかもしれない。この両者の再タッグはF1界を賑わせたが、新生「マクラーレン・ホンダ」が勝利を飾ることはなかった。

2015年シーズンは序盤からトラブルが頻発して苦しいレースが続き、そのまま1年を終えてしまう。ぼくがホンダのモータースポーツ部長としてF1に参加したのは、翌2016年のこと。現場に足を踏み入れ、すぐさま“勝てない理由”を感じ取った。「圧倒的なコミュニケーション不足」がそれだった。当時のマクラーレンとホンダは、互いを信頼するあまり、各々の技術向上さえ図れば成功するはずだと思い込んでいたのだ。

■感銘を受けた故・稲盛和夫の「仕事の結果」の方程式

ぼくが20代の頃に感銘を受けた言葉に、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」というものがある。京セラ・第二電電(現・KDDI)の創業者、故・稲盛和夫氏の言葉だ。それまで「考え方・熱意・能力」を足し算することで結果がついてくると思い込んでいたぼくは、衝撃を受けた。“掛け算”であればお互いがどれだけ強い熱意をもって挑んでも、別々の方向を向いていればマイナスになることもある。マクラーレンとの共闘はコミュニケーション不足が原因で、まさしくこの掛け算ができていなかった。

結果が伴わない時間が増えればフラストレーションが溜まり、不協和音も生じはじめる。やがてマクラーレン側からホンダに対して、勝てないことへの責任を追及する声が出始めた。そこでぼくは、断固として契約を解消する意思がホンダ側にないことを伝え続け、同時に、当時のホンダの八郷隆弘社長や役員たちには「必ず“円満離婚”させます」とも伝えた。結果的にマクラーレン側が折れるかたちで違約金なしに契約解消にこぎつけられたのは、2017年9月のことだ。

■話題性がチームのモチベーションを上げる

翌2018年より、ホンダは新たなパートナーとしてスクーデリア・トロロッソとタッグを組んだ。F1のトップチームであるレッドブルレーシングの姉妹チームであり、これを足がかりに、翌2019年にはトロロッソに加えてレッドブルにもPUを供給することになった。

レッドブルレーシングの顧問を務めるヘルムート・マルコ博士とは、それまでもサーキットで挨拶を交わすような仲だったが、正式に契約に向けて交渉を開始したのは、2018年第4戦アゼルバイジャンGPの最中のこと。翌日にはぼくとマルコ博士がレッドブルのモーターホームへの階段を上っていく写真がニュースに流れ、マルコ博士が「ホンダとはよい話し合いをしている」というコメントを残したことで、メディアは一気に賑わった。

レッドブルレーシング
写真=iStock.com/Daniel Rodriguez Tirad
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Daniel Rodriguez Tirad

これらはぼくが入念に準備をしたもので、あらかじめ親しいメディアに声をかけて、二人がモーターホームに向かう姿を写真に収めてもらい、マルコ博士にもコメントを出してもらうように手配していた。

当時のホンダPUはマクラーレンとともに戦っていたころの“勝てない”印象がつきまとっていた。そのため、ホンダとレッドブルのタッグが報道されても「どうせ破綻になる」と思われるのが関の山だったが、この交渉が強豪レッドブル側からのアクションとなれば、信憑性は一気に高まっていく。そうした“話題”がやがて大きな“流れ”につながる。その“流れ”を感じることで、現場の人間のモチベーションも上がっていく。はては、そうした流れやモチベーションが、未来の勝利や成功を手繰り寄せていく。

すべてがWIN-WINへとつながっていく仕掛け。こうした“仕掛け”が“生きたブランディング”であり、それもまたコミュニケーションの賜物だと思う。

■上り調子の最中に襲った「2021年限りでのF1撤退」報道

レッドブルやトロロッソとの関係性はスタートから良好で、そこにはプラスの掛け算だけが存在していた。2019年第9戦オーストリアGPでマックス・フェルスタッペン選手が念願の初優勝をもたらすと、翌2020年にはコンストラクターズチャンピオンシップ(製造者部門)で2位の成績を残した。

そんな上り調子のなか、衝撃的な報道が現場を襲う。2021年限りでホンダがF1から撤退するというニュースだ。当時、サーキットで他チームの知人と会うたび、「勝てるPUをつくれるようになったのに、なぜこのタイミングでの撤退なのか?」と驚かれたのを覚えている。

そこでぼくは、一人ひとりのスタッフに、個別に声をかけた。まだ整理のついていない気持ちをそのまま吐露してもらい、一人ひとりがいま、どのような心理状態にあるのか、ということを理解する必要があったからだ。当然のことながら、個別ミーティングのなかで聞こえてきたのは、悔しさを通り越した怒りにも似た声だった。

僕はその声を真摯に受けとめ、この負の感情をプラスに変えていくためにはどうすればよいのかを考えた。そこで僕が伝えられることは、一つしかなかった。そう、我々にはあと一年、チャンスが残っている。これから自分たちができることは、2021年シーズン、絶対にチャンピオンを獲る、ということだった。

■マシンの性能差では負けていたが…

ホンダにとってラストイヤーである2021年シーズンは、レッドブル優勢で序盤戦を終えた。しかし、目下、7連覇中のメルセデスが猛追を見せ、12月の最終戦アブダビGPを前にレッドブルのフェルスタッペン選手とメルセデスのルイス・ハミルトン選手がいずれも369.5ポイントで並び、F1では47年ぶりの同点決戦となった。

勢いに乗るメルセデスは、やはり最終戦でも強さを見せた。マシンの性能では勝てそうになかったが、決勝ではフェルスタッペン選手のチームメイト、セルジオ・ペレス選手がピットインのタイミングを利用してタイヤ交換を終えたばかりのハミルトン選手を2周に渡って抑える走りを見せるなど、まさに総力戦での戦いだ。

残り8周となった50周目、後方でクラッシュが起きてセーフティーカーが導入されると、フェルスタッペン選手はピットに入って新しいタイヤに履き替えた。そのタイミングでピットインできなかったハミルトン選手をリスタート後のラスト1周でオーバーテイクして、逆転優勝というミラクルを起こしたのだ。

レース後、歓喜に沸くガレージのなかで感動の渦に巻き込まれながら、あらためてぼくは確信した。レッドブル・ホンダのマシンは、メルセデスのマシンにテクノロジーという実力では敵わなかった。ドライバーの技術という面でも、フェルスタッペン選手とハミルトン選手は互角だった。しかし最後にものをいったのは、人間の思いがベースになったコミュニケーション力、それに基づいたチーム戦略だった。

■「速いマシンを操るドライバーが最速」はF1の一部でしかない

そう、最先端のマシンを駆るドライバーが最速である、との言説は、F1というスポーツの一部分しかとらえていない。その勝敗を決するのは、稲盛氏がいうドライバ―やチームの掛け算ができているか、さらにはそこでの戦略やメンバーのモチベーションなどすべてを統合し、強いリーダーシップをもって組織を前に進めていけるのか、という人間力なのである。

ぼくはホンダで長きにわたってマネージャーを務め、コミュニケ―ション力や人間力の重要性をことあるごとに痛感してきたが、F1という特異な世界においても、その大切さはいささかも変わらないものだった。そうした部分に着眼してレースを観てみると、それまでとはまったく違った風景が目に入ってくることだろう。

山本雅史『勝利の流れをつかむ思考法』(KADOKAWA)
山本雅史『勝利の流れをつかむ思考法』(KADOKAWA)

その後、ホンダは2021年シーズンでF1から撤退したものの、現在はモータースポーツを専門にした組織・HRC(株式会社ホンダ・レーシング)がレッドブルチームを引き続きバックアップしている。ぼくも40年間勤めたホンダを退社したのち、「MASAコンサルティング・コミュニケーションズ」を立ち上げてレッドブルの子会社であるレッドブル・パワートレインズとコンサルティング契約を締結し、引き続きF1の世界に深くコミットメントしている。

そして、2022年シーズンのレッドブルは昨年以上の圧倒的な速さと強さを見せ、フェルスタッペン選手のドライバーズチャンピオンシップ2連覇と、コンストラクターズチャンピオンシップのWタイトルはもう、そこまで迫っている。そしてコロナ渦のなかで2年にわたって中止になった日本GPが、3年振りにいよいよ三重県の鈴鹿サーキットに帰ってくる。10月9日に行われる決勝で、願わくば昨年同様、歓喜の瞬間が訪れることをぼくは心から期待している。

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山本 雅史(やまもと・まさし)
元ホンダF1マネージングディレクター
1982年、本田技術研究所に入社。栃木研究所技術広報室長、本田技研工業モータースポーツ部長を歴任し、2019年よりHonda F1専任としてマネージングディレクターに就任。2021年、Red Bull Racing Hondaのドライバーズ・チャンピオン獲得に貢献。現在、Red Bull PowertrainsのアドバイザーとしてF1に参画する一方、全日本スーパーフォーミュラ選手権でTEAM GOHの監督として若手ドライバーの育成をサポート。

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(元ホンダF1マネージングディレクター 山本 雅史)

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