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本当においしい果物を使うには、農家から直接買うしかない…シャトレーゼの菓子が安くてうまいワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月12日 8時15分

シャトレーゼ 齊藤寛会長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

菓子大手のシャトレーゼは、フルーツや鶏卵といった原材料の多くを生産者から直接仕入れている。それは市場には「本当においしい素材」がないからだ。おいしい菓子づくりのために直接仕入れを増やした結果、質の高い商品を安価に提供できるようになったという。創業者の齊藤寛会長に、ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。(第2回/全3回)

■「製造→問屋→小売店」の常識を覆した

シャトレーゼがシュークリーム、バターどら焼き、粗(あら)搗(つ)き大福といったヒット商品を連発し、会社全体を成長させているのは経営力だ。食のヒット商品は「おいしい」だけでは生まれない。シャトレーゼは開発した商品が確実に売れるように、仕組みを整えている。

同社の商品は他社のそれよりも安い価格で売ることができる。それは問屋を排してその分のコストを削減しているからだ。

通常、洋菓子、和菓子の流通はメーカー、問屋、小売店という3つの業態が連携して行う。ところがシャトレーゼは自社で製造したものを問屋は通さず、直営もしくはフランチャイズの店舗へ自社で配送して売る。中間経費がなくなるから、小売りの値段は安くなる。

「それなら他のメーカーも問屋を通さなければいいじゃないか」

そう思われるかもしれないけれど、従来、問屋を通して売っていたのを「すみません、明日からやめます」とは言えない。

シャトレーゼは最初から問屋を通さない形でシュークリームというヒット商品を産んだから、製造小売りとして成長することができたのである。

創業者の会長、齊藤寛は「工場直売を始めたことも大きかった」と言う。

■値引きを断ったら、取引を切られてしまった

「1984年、新しく工場を建てる(現在の本社工場)ことにしました。ところが、新工場の建設中に、当時、主力だった勝沼工場が火災で全焼したのです。悪いことは重なるもので、営業面を担当していた弟(専務)が心臓病で急死しました。そのうえ頼りにしていた工場長もがんで亡くなってしまいました。さらに経理を担当していた妹も病気の治療に専念することになり……。さすがに私も頭を抱えました。血尿が出て、疲労困憊(こんぱい)しましたが、何とかしなきゃいかん。

営業をやっていた弟がいなくなったから、小売店の棚からうちの商品がどんどんなくなり、他社の商品に切り替わっていきました。

当時はまだ売り場を持っていません。洋菓子の製造メーカーでした。売り場を持たないメーカーというのは立場が弱い。

大規模な小売店から『取引を続けたかったら、協力してもらわなきゃ困る』と言われ、販売協力費という名目の寄付を頼まれたり、500万円もする腕時計を買わされたりしました。理不尽だと思いました。

ただ、それよりつらかったのは、値引きです。一生懸命作った商品を安く納入しろと言われるのです。しかし、うちはすでにコストを切り詰めてやっている。それ以上、安くすることは質を落とすことになる。それで値引きを断ったら、取引を切られてしまいました」

■売ってもらえないなら、「工場直売所」を出せばいい

齊藤は営業が得意ではなかった。作り笑いをしたり、頭を下げたりするのも苦手だった。腕時計を買わされたり、寄付を強要されたりしてまで小売店とつきあおうとも思わなかった。

そこで、考えたのが直売所を作ること。自社工場から商品をそのまま直売所に持って行き販売すればいい。彼は「工場直売店」と銘打ち、甲府駅と本社工場の中間にプレハブの実験店舗を作った。主力商品はアイスクリーム。価格は卸価格と一緒にした。100円のアイスクリームだったら、34パーセント引きの66円で一般消費者に売ったのである。

夏の暑い時期、他の店では100円前後で売られているアイスクリームがわずか66円なのだから、売れないはずがない。

勢いに乗った齊藤は甲府だけでなく、千葉の柏市に持っていた子会社の物件を使って規模を大きくした工場直売店を出した。夏はアイスクリーム、冬はシュークリームとロールケーキ。製造メーカーだったシャトレーゼが製造小売業に一歩を踏み出したのはこの時からだ。以後、商品の種類を増やし、店舗は直売店、フランチャイズ店として拡大していく。

このようにシャトレーゼのヒット商品はアイデアや開発力だけでできているのではない。ヒット商品を産みだすシステムを持っている。

シュークリームの製造
撮影=プレジデントオンライン編集部

■なぜ「おいしさ」と「低価格」を両立できるのか

問屋を通さないことで、シャトレーゼは商品価格を同業他社よりも安く抑えることができた。

齊藤が次に挑んだのは仕入れから製造までのルートを短縮し、コストを削減することであり、同時にトレーサビリティーの実現だった。まず、仕入れにおいても問屋を通すのをやめた。生産者を訪ね、直接、交渉して仕入れ値段を決め、生産現場で収穫した原材料をそのまま工場に運んだのである。

齊藤はそれを「ファーム・ファクトリー構想」と名付けた。農園から工場までの時間を短縮し、中間コストをなくすことだ。ファーム・ファクトリー構想はヒット商品を生む骨格となっている。

1994年、シャトレーゼは山梨県北杜市白州町にファーム・ファクトリー構想のシンボルともいえる白州工場を建てた。白州は名水の里であり、洋酒メーカー、サントリーの蒸留所も立地している。

水は原材料として記載されているわけではないが、菓子や食品の味を左右する重要なものだ。齊藤は良質の水を使い、原材料は近在の生産者から直接仕入れることにした。

そのひとつが洋菓子の製造に不可欠な鶏卵である。一般に洋菓子の製造工場は液卵を使用する。液卵とは鶏卵を割り、混ぜた状態のものをいう。通常は液卵を使い、小麦粉、バター、砂糖と混ぜてケーキの生地を作る。ただ、液卵は割ってから混ぜるという工程があるから、鶏が産んでから時間がたっている。

新鮮さ、ジャスト・イン・タイムを価値と考えている齊藤の思想とは合わない。

■他社と決定的な差をつける果物へのこだわり

そこで、1990年頃から生産者(養鶏場)と話して、鶏卵を直接仕入れることにした。仕入れた卵は割卵機(卵を割る機械)で割り、黄身と白身を混ぜる。1分間に約500個の卵を処理することができ、今では毎日、18トンの鶏卵を契約農家から仕入れ、処理している。

鶏卵だけではない。洋菓子製造に欠かせない牛乳は八ヶ岳の野辺山高原にある契約農場から直接仕入れている。

果実類もまた近在の生産者が作ったものだ。一方、あんこの原料になる小豆は北海道、十勝地方の農家と契約し、直接仕入れている。

ファーム・ファクトリー構想で仕入れた原材料のなかでも他社の商品との味の違いが顕著に表れるのが果実類だ。

通常であれば桃、いちご、ぶどうといった果実は収穫した後、農協が管轄している共選所へ運んで選別する。共選所から卸売市場、小売店、スーパーマーケットへ持っていくので、収穫時から店頭に並ぶまでには2日から3日はかかる。果物は本来、完熟したほうが甘みが増しておいしくなる。しかし、完熟した果物は運ぶ際に傷がつくので、従来の共選所ルートでは早めに収穫した熟していない果物を流通させるしかない。

一方、シャトレーゼは契約した近在の生産者から直接、工場へ持ってくる。すべて完熟した果物だ。同業他社が製造した果物を使った洋菓子とは味が違うのである。

フルーツの載ったケーキの製造工程
撮影=プレジデントオンライン編集部

■今の流通の仕組みでは「食べごろ」を出せない

齊藤は言う。

「完熟の果物で洋菓子、和菓子を作れば早採りしたものよりも甘みがありますし、風味が違います。ですから、売れるのです。

完熟の果物については生産者のみなさんも喜んでいます。おいしいものをおいしい状態で使ってもらえるのはありがたい、と。

問屋を通した今の流通の仕組みがあると、食べごろのものを出せないのです。私はそれがおかしいと思い、ファーム・ファクトリーを始めました。

あんこの原料になる小豆の生産、流通についても生産者のみなさんと話をして改革しました。当社では北海道のエリモショウズという品種の小豆を使っているのですが、エリモショウズは連作することができず、一度、作付けしたら、同じ畑で作るには7年間、別の作物を植えなくてはなりません。効率が悪いので、エリモショウズは年々、作付面積が減っていたのです」

■良質な原材料を求めたら、ジャスト・イン・タイムに行き着いた

「そこで、うちでは生産者の方にお願いして、シャトレーゼのためにビーンズクラブを組織していただきました。エリモショウズを継続的に適正な価格で買うという契約をして、その代わり、できるだけ有機栽培に近い小豆作りに取り組んでいただいています。そうすれば、生産者の方々も安心して小豆を育てることができるのです」

質のいい原材料を確保するためには生産者が安心して農家経営できるような環境にしないといけない。

齊藤はそこまで考えて、原材料の仕入れをシステムとして構築した。

ファーム・ファクトリー構想は質のいい原材料を手に入れるためにスタートしたことだが、問屋などの、中間業者を省いたことは収穫から製造までの時間を短縮するジャスト・イン・タイムの確立でもあった。

齋藤寛会長
撮影=プレジデントオンライン編集部

■品質のためなら社員自ら山へ採取しに行く

ファーム・ファクトリー構想で契約農家から直接仕入れているメリットは質のいいもの、新鮮なものが手に入ることだけではない。作り手の顔が見えることでもある。

春になると店頭に並ぶ桜餅の葉っぱだが、シャトレーゼでは静岡のオオシマザクラの葉だけを使うことにしている。外国産の桜の葉の塩漬けであれば1枚1円で仕入れることができるのだが、同社では1枚10円の国産の桜の葉にしている。少しでも安全なものにしたいのと、トレーサビリティーがあるからだ。

草餅に使うよもぎの葉についてもシャトレーゼは国産品を使用している。かつて、同社は問屋から仕入れていた。だが、それは着色した葉っぱだとわかったので、自分たちで山へ行って採取することにしたのである。

山梨県に本社がある会社でなければできない仕入れ方だ。

よもぎの旬は春先から6月くらいまで。この時期になると調達担当の社員が山を歩き、1年間で使う約7トンのよもぎを手摘みする。

むろん、無断で採ってくるわけではなく、山林の地主に交渉し、謝礼を払って摘んでくる。社員にとっては楽ではないが、しかし、今では春夏の恒例イベントともなっている。よもぎの採取もまたファーム・ファクトリー構想の延長として実現したことだ。ファーム・ファクトリー構想は同社の数々のヒット商品を下支えする考え方なのである。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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