2年連続のF1世界チャンピオンに…「ホンダのパワーユニット」が勝利の流れをつかめた本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年10月9日 19時15分
※本稿は、山本雅史『勝利の流れをつかむ思考法』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■3年ぶりに開催されたF1日本グランプリ
10月9日に鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催されたF1世界選手権第18戦日本GP。このレースで、レッドブルレーシングのマックス・フェルスタッペン選手が2年連続のワールドチャンピオンに輝いた。
アイルトン・セナ選手が活躍した「第2期ホンダF1」時代には、シーズン終盤に行なわれる日本GPで、チャンピオンが決定する瞬間を何度も目にする機会があった。しかし年間22戦を戦い、一度のレースで最大26ポイント(スプリントレースが行なわれるレースでは最大34ポイント)を獲得できる現在では、最終戦までチャンピオンの行方がわからないことが多い。
昨年、レッドブル・ホンダのフェルスタッペン選手とメルセデスのルイス・ハミルトン選手が同じ369.5ポイントで最終戦を迎え、最後の最後まで熱い戦いを見せてくれたのをご記憶の方は多いだろう。残り4戦を残してチャンピオンを獲得できたことは、今シーズンを圧倒的な速さで勝ち抜いてきた証左ともいえる。
■モータースポーツの世界で勝敗を分けるもの
マシン設計のレギュレーションが大きく変更されたこの2022年シーズンは、通常であれば盤石の開発体制で速さを見せつけるメルセデスがまさかの遅れを取り、一方でフェラーリがかつての速さを取り戻した。
スピードだけでいえば、フェラーリはレッドブルとほぼ互角だった。序盤はフェラーリが優勢だったが、結果的にはレッドブルのほうが圧倒的なポイントを積み重ね、フェラーリを突き放した。なぜか。それはずばり、チーム力の差だ。どのような仕事でも、いかなる勝負ごとでも、最終的にその成果を左右するのは“人”の力であり、チームリーダーが生み出すチームとしての総合力であり、F1という技術が勝負の大部分を支配するようなスポーツでも、それは同様なのである。
■チーム内で信頼を築けなかったフェラーリの失態
たとえば、今年の第7戦モナコGP。路面がウェットコンディションからドライへと変わっていく難しい状況のなかで、チームからの無線の指示を受け入れ、それを忠実に遂行したレッドブルのセルジオ・ペレス選手が逆転優勝を果たした。一方、チームのストラテジー(戦略)に不満を抱いたフェラーリのカルロス・サインツ選手は無線での指示を無視し、ピットインを1周遅らせた。そのことによってすべての計画にずれが生じ、結果、2位に沈んだのだ。
つまりこれは、サインツ選手を従わせるだけの関係性がフェラーリのチーム内に築けていない、ということである。レッドブルは、たとえワールドチャンピオンのフェルスタッペン選手でさえ、ピットの指示に抗うことはない。もちろん、レッドブル代表のクリスチャン・ホーナーも規律違反を絶対に許さない。
![フェラーリ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/b/1200wm/img_eba19c7609365a80d39c396fad4a6f86864844.jpg)
とはいえ、ホーナーが強権型のリーダーかといえば、決してそんなことはない。彼は部下をとことん信頼し、大きな権限委譲を行なっている。それは直属の部下に限ったことではなく、ピラミッドでいう4番目や5番目のスタッフに対しても彼の接し方、委ね方が変わることはない。
■部下を信頼したうえで「放任主義」を貫く
ホーナーと並べるのもおこがましいが、ぼくのマネジメントスタイルも彼の権限委譲と似ていて、そのスタイルを「放任主義」と称している。企画が決まり、ゴールがどこかという意識を共有できたら、あとは担当者に一任する。もちろん、ステークホルダー(利害関係者)が不利益を被りそうな状況などになれば声をかけるが、基本的に手取り足取り指示を出すことはない。
担当者が業務に不慣れであったりすると、着地が60点ほどになってしまうことがあるが、それが60点で終わったときに担当者が感じる悔しさ、もう二度と同じことは繰り返さない、という決意こそが、じつはその人を成長させる原動力になる。
なおかつ「放任主義」は、担当者に当事者意識を植えつけることができる。ほんとうにそのプロジェクトを自分ごととして、全身全霊で取り組もうという意識になれば、モチベーションは大きく変わってくるし、思いもよらないアイデアも生まれる。さらに現場に権限委譲すれば、組織の意思決定のスピードも跳ね上がるという利点もある。
しかしホーナーもぼくも、権限移譲や「放任主義」だからといって現場をないがしろにしてはいない。むしろ逆である。ホンダに息づく“現場”で“現物”を見て、“現実”の問題に立ち向かっていく「三現主義」というフィロソフィーは、ぼくがホンダから学び、何よりも大切にしていたことだ。
ともに働き、どんな思いを持って仕事に挑んでいるのか。そうしたことは、下から上がってくる報告書だけで計り知ることはできない。だからこそ、逆に現場のスタッフは目前の対象に日々翻弄されてしまうのがつねである。そこである程度の大局観をもって、現場の実態とあるべき方向性を統合し、即断即決の判断をしていくことこそ、マネジメントの本質ではないだろうか。
■日本でモータースポーツの注目度が低い理由
そうした人間力をベースに快進撃を続けるレッドブルだが、そのなかでぼくは2022年1月、ホンダのF1撤退とともに40年務めたホンダを退社し、自らの会社「MASAコンサルティング・コミュニケーションズ」を立ち上げた。そこでレッドブルの子会社であり、パワーユニットの自主開発を進めるレッドブルパワートレインズ(RBPT)とコンサルティング契約を結び、引き続きF1の世界に深くコミットメントしている。
レッドブルと日本企業との架け橋になりつつ、さらに日本の若くて元気なドライバーを海外へと送り出すための架け橋にもなりたい、と考えているのだ。
その活動のなかで、国内レースの最高峰であるスーパーフォーミュラでTEAM GOHの監督を任される機会にも恵まれた。ぼくが国内レースに携わるのは、2018年にホンダのモータースポーツ部長としてSUPER GTの優勝に貢献して以来、じつに4年ぶりのことだが、実際に新米監督として試行錯誤しつつ感じるのは、やはりF1に比べて日本の国内モータースポーツの注目度の低さは否めない、ということだった。
理由の一つが、コンテンツ自体が有料であるため、それが一部のファンの目にしか触れられないという点だ。これだけインターネットやスマートフォンが普及している時代でも、モータースポーツならではのスピード感を楽しめる一般コンテンツがほぼ皆無と言わざる得ない。
もちろん、サーキットに足を運んでいただき、迫力あるレースを体験していただくのがいちばんだが、まずは配信や放送で多くの人にモータースポーツの魅力を知っていただくための施策として、スーパーフォーミュラでは全ドライバーのマシンにカメラを付け、スマートフォンのアプリで好きな選手のドライビング映像を自由に選べるといった取り組みの準備を始めている。こうした努力が少しずつでも実を結んでいくことを願う。
■スター性のある日本人ドライバーの活躍が待たれる
さらには、注目度をあげるためにどうしても必要な存在が、「スター選手」だ。かつてのアイルトン・セナ選手のように、ムーブメントを生み出し、観る人を釘付けにするスター性のあるドライバーを見つけるのは簡単ではないが、幸いなことに現在、日本人で唯一のF1ドライバーである角田裕毅選手はもちろん、F1の下位カテゴリーにも世界で戦える有望な日本人ドライバーが数多く存在する。
![山本雅史『勝利の流れをつかむ思考法』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/a/1200wm/img_1a6d59f3cc074e7fcf566410f6fff615339457.jpg)
ヨーロッパのFIA F2で活躍し、F1へのステップアップまで秒読みと言われる岩佐歩夢選手やTEAM GOHの佐藤蓮選手などだ。いずれもレッドブルとホンダがタッグを組んで若手を育成するプロジェクトのドライバーである。彼らの活躍が日本中に響けば、90年代に起きたF1ブームのように、もう一度モータースポーツが脚光を集めることも不可能ではない。
2021年シーズン、ぼくはレッドブル・ホンダのドライバーズチャンピオン獲得によって、一つの夢を叶えることができた。次の夢は日本人のF1ドライバーがポディウムの頂点に立ち、そこではためく日の丸を見ながら『君が代』を聞く、ということだ。この夢を叶えるために努力を続けることが、これまで応援してくれたファンのみなさんや自らを育ててくれたホンダへの、そして日本という国に自分ができる最高の恩返しだと思っているのである。
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元ホンダF1マネージングディレクター
1982年、本田技術研究所に入社。栃木研究所技術広報室長、本田技研工業モータースポーツ部長を歴任し、2019年よりHonda F1専任としてマネージングディレクターに就任。2021年、Red Bull Racing Hondaのドライバーズ・チャンピオン獲得に貢献。現在、Red Bull PowertrainsのアドバイザーとしてF1に参画する一方、全日本スーパーフォーミュラ選手権でTEAM GOHの監督として若手ドライバーの育成をサポート。
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(元ホンダF1マネージングディレクター 山本 雅史)
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