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コンビニと牛丼チェーンのBGMは決定的に違う…感情を意のままに操る「音声マーケティング」のすごい効果

プレジデントオンライン / 2022年10月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Esin Deniz

店内で流れるBGMをどれだけ意識しているだろうか。たとえばコンビニエンスストアと牛丼チェーンでは流れているBGMのテンポが明らかに異なる。そこには「音声マーケティング」という考え方が反映されている。Screenless Media Lab.の堀内進之介さんと吉岡直樹さんの共著『SENSE』(日経BP)より紹介する――。(第3回)

■音は聴覚以外の感覚も動かす

音を聴いたとき、聴覚以外の別の感覚が連動しているということもよく調べられています。その製品の認知にどう影響を与えているかを調べた実験も数多くあります。

ポテトチップスの実験があります。

これはポテトチップスをかじりながら、ヘッドホンで音を聴くというものです。音は参加者の咀嚼の様子を録音して、音のレベルを増幅、減衰させたものです。「バリバリ」、「ガリガリ」を幅を持たせてコントロールした音をいくつか聴かせました。

その結果、音の大きさが大きくなると、ポテトチップスの歯ごたえや硬さに対する参加者の感覚が大きくなりました。つまり、「バリバリ」と大きい音がすると、歯ごたえが強くあるように感じたり、硬く感じたりしたのです。

食べているもの自体は一緒で、ポテトチップスそのものは音がしないくらいに柔らかいものを使っているのですが、音だけ聴かされると脳が騙されて、歯ごたえを感じてしまうわけです。

興味深いのは、高周波数の音だけを増幅すると、チップスがより鮮明で新鮮に感じられる結果が得られるという点です。反対に、低い周波数の音を増幅しても、歯ごたえや新鮮さには影響があまりないという結果が出ました。

例えば、ニンジンをかじるときの「サクッ」、セロリを折るときの「パキッ」のような音の高周波数の音だけを増幅させられると、新鮮な感じがします。

では、本当は新鮮なのに低周波の音をつけたら歯ごたえなく感じるのでしょうか。

実は、そうはなりませんでした。

■われわれは音に騙されている

この研究の成果を応用すると、全体の音のレベルと周波数を操作すればいいということがわかります。電動歯ブラシをより快適に感じさせたり、炭酸飲料のソーダをより強く実感させたりすることもできます。「シュワー」という音を聴きながら飲むと、あまり炭酸が強くなくても「シュワー」と感じるようになるのです。

こうした手法は広告の中でよく使われています。音をうまく使うと、他社製品より炭酸が強い印象を消費者に与えられます。

これは『SENSE』の第1章でお話しした、機内食の際にBGMを変える「ソニックシーズニング」と似ています。音で「味を振りかける」お話ですね。

■売り上げに大きく作用するBGM

このように、音は聴覚以外の感覚も動かしていきます。これを踏まえて背景音や環境音をうまく使えば、場所やサービスの雰囲気を作れます。ここからは、商業の実例を挙げながら見ていきましょう。

マーケティングにおける背景音や環境音の研究は、企業と消費者との接点である小売店などでよく行われてきました。

小売業界では、周囲の音を意図的にコントロールするケースはふつうのことになっています。

わかりやすい例がBGMです。

BGMが消費者の気分、態度、行動にどのような影響を与えるかについては広く研究されてきました。大きく分けて、

①音楽のテンポ
②音楽の種類
③音量

の大きく3つを対象にした考察があります。

まず、店内の音楽のテンポは、買い物のペースに関係するといわれています。ゆっくりしたテンポの音楽を聴いた消費者は、ゆっくりとしたペースで動作する傾向が強くなります。ゆっくりとしたペースで動けば、もちろんサービスを受ける時間や店内にいる時間は長くなり、結果的に消費者の消費機会を増やして、購入する量は多くなります。

スーパーマーケットでそれぞれ早いテンポと遅いテンポの音楽を流した実験があります。買い物客はスローテンポの環境でより多くの時間とお金を費やしました。売上が38%増加した結果も出ています。

スーパーマーケットの通路
写真=iStock.com/urbancow
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbancow

レストランでの音楽のテンポの考察についても以前お話ししましたが、音楽のテンポが遅い場合と速い場合を比べると、遅い場合には、食事に時間がかかりました。ゆっくり食べる傾向にあるので、テーブルで過ごす時間が増え、より多くの飲み物が飲まれるようになります。飲み物の売上が41%増加した報告もあります。

■緻密な音声マーケティングの実例

身近な具体例では、日本では牛丼チェーンやコンビニエンスストアのBGMです。

これらは私たちが考えている以上に緻密に設計されています。これらの店の多くはかつては、有線放送を流しっぱなしにしていました。どの消費者に対しても、差し障りない理由でJAZZチャンネルが多く選ばれていました。

それが現在は、各企業とも適切なマーケティングによりプログラムされたBGMの導入が目立ちます。朝、昼、晩、深夜に区切って、それぞれに1時間程度の放送プログラムを作成しています。

朝は軽快でさわやかな音楽、日中は明るいポップス、夜は落ち着いた洋楽のように変えます。最近では音楽に加えてトークも多く挿入され、広告も流れるようになっています。

■コンビニと牛丼屋のBGMの違い

さきほど牛丼屋とコンビニエンスストアとひとくくりにしましたが、両者で流れる音楽は明らかに違います。みなさんもぜひ確認して欲しいのですが、牛丼屋のほうがテンポが速いように感じられるはずです。

これは業態の違いにもよります。牛丼屋はお客さんがほぼ同じ客単価です。牛丼を2杯も3杯も食べる人はほとんどいません。ですから、ガツガツ食べてもらって回転を可能な限り上げたい。早く食べてもらって、早く店から出ていってほしいのでBGMのテンポを速めています。

一方コンビニは、長く滞在するほど購入額が上がる可能性が見込めます。コンビニでの平均滞在時間は3、4分だといわれていますが、それをいかに長くするかに力を入れています。

ですから、時間帯に合わせて居心地がよくなるように、テンポを落とした曲をかけ、ひとつの放送プログラムを長くするなど工夫を凝らしています。

■音を変えるだけで働きやすさが変わる

関連するエピソードに面白いものがあるので、ひとつ紹介します。

私たちのところに、ある大きな物流会社から相談が持ち込まれました。倉庫の保管と配送を請け負う企業でしたが、常に人手が足りないという悩みを抱えていました。

そこではなかなか人が定着しません。手っ取り早いのが賃金の引き上げですが、限度があります。働きやすい環境をつくって、定着率を上げられないかという相談でした。

私たちが注目したのは休憩時間の休憩室の音です。

音楽は、時間感覚に対しても影響するという研究があります。物理的な時間は同じでも、BGMによって長く感じたり早く感じたりするのです。

休憩時間は10分や15分と時間が限られています。例えばアップテンポな曲を流すと、

従業員は15分をものすごく短く感じますが、スローテンポの音を聴くと同じ時間でも長く感じる傾向にあります。BGMによって長く休める印象を与えられます。

このようにビジネスの現場でもBGMを戦略的に使える機会は少なくありません。

■無意識に行動を変える

牛丼屋もコンビニも倉庫も重要なのは、テンポが無意識に影響する点です。人間はゆっくりとしたBGMが流れている店内で、意識的に「ゆっくりしよう」と思って行動しているわけではありません。むしろゆっくりしようと意図すると、ゆっくりできないジレンマに陥りがちなので、無意識に働きかけるところがポイントです。

私たちは流れているBGMを後から思い出せないし、多くの場合、BGMが流れていた事実にすら気づいていないことが研究でも明らかになっています。

これは経験則としてもわかりやすいでしょう。

今日、昼食で入ったレストランや会社からの帰りに立ち寄った本屋でどのようなBGMが流れていたか覚えているでしょうか?

音が鳴っていても、ほとんど意識していないので、いつ音が鳴り、そして鳴りやんだかも認識していない可能性は高いです。BGMは意識なされてないからこそ、バックグラウンドミュージックなのです。

■精神状態にも効果がある

むしろ、私たちは無意識のうちにBGMに精神状態を左右されている可能性が高いと言っても言い過ぎではありません。

ゆっくりとしたテンポには心を落ち着かせる効果があり、対照的に速いテンポは覚醒状態を作り出すこともできます。

スローテンポのBGMには、怒りを抑える傾向もあります。ですから、小売店や飲食店で行列ができてイライラしそうな人があらわれそうなときは、ゆっくりしたクラシックを流すことを試みるべきです。

アップテンポのBGMは、喜びや楽しみと関係なく、覚醒を高めます。通常は嬉しかったり、楽しかったりすると人は覚醒しますが、アップテンポのBGMはそういう意識とは関係なく、ただ単に覚醒を高めます。

例えば銀行の店舗でアップテンポな音を流すと、銀行員に対する親しみが増し、銀行員と笑顔で挨拶したり、おしゃべりしたり肯定的な行動が増えるのが実験によって確かめられています。

■電車の発車の合図がベル→音楽になったワケ

日本の鉄道で乗降時に流れるゆるいメロディーもこの効果を狙っています。

堀内 進之介、吉岡 直樹『SENSE』(日経BP)
堀内進之介、吉岡直樹『SENSE』(日経BP)

一昔前は発車の際の注意喚起にベルが用いられていました。

しかし、高度経済成長期に通勤ラッシュが激化し、駅が過密になる中で、ベルを不快に感じる人が増えました。朝の忙しいときに焦って電車に乗ろうとしていているときに、「ビー」と鳴ると、イラッとしますよね。電車はただでさえ満員ですから不快感は高まるばかりです。この解消策として1980年代にメロディーが導入されました。

駅でゆったりした音楽が通勤電車の乗降時になぜ流れているか不思議に思われた人がいるかもしれませんが、あれはイライラの緩和のためです。

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堀内 進之介(ほりうち・しんのすけ)
政治社会学者
Screenless Media Lab.所長、東京都立大学客員研究員ほか。博士(社会学)。単著に『データ管理は私たちを幸福にするか? 自己追跡の倫理学』(光文社新書)『善意という暴力』(幻冬舎新書)『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』(集英社新書)ほか多数、共著に『人生を危険にさらせ!』(幻冬舎文庫)ほか多数。翻訳書に『アメコミヒーローの倫理学』(パルコ出版)がある。

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吉岡 直樹(よしおか なおき)
Screenless Media Lab.テクニカルフェロー、ディレクター。(株)XAMOSCHi代表。デジタル系プロダクションの設立を経て現職。日本ディープラーニング協会認定ジェネラリスト(JDLADeepLearning for GENERAL 2017)、米国PMIR認定プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル、経営学MQT上級(NOMA)、ウェブ解析士(WACA)、日本マネジメント学会正会員(個人)。共著に『AIアシスタントのコア・コンセプト』(ビー・エヌ・エヌ新社)がある。

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(政治社会学者 堀内 進之介、吉岡 直樹)

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