「立ち食い蕎麦店」は影響ないが、「高級料亭」は対応必須…インボイス制度で知っておくべき注意点
プレジデントオンライン / 2022年10月14日 18時15分
※本稿は、土屋裕昭『60分でわかる! インボイス&消費税超入門』(技術評論社)の一部を再編集したものです。
■インボイス制度とは何か
2023年10月より消費税に関する新制度「インボイス制度」がスタートする。小規模事業者の「益税」が認められなくなるため、政府の税収は増える一方、これまで免税されてきた個人事業主やフリーランサーはあらたな負担を強いられることになる。本稿では「益税」の仕組みと負担増の中身について解説したい。
消費税の納税額は基本的に「売上時に預かった消費税-仕入(含む経費)にかかった消費税」で計算する。これを「原則課税」といい、計算式のように仕入にかかった消費税を差し引くことを「仕入税額控除」という。インボイス制度はこの仕入税額控除の新しいルールである。
インボイス制度がスタートすると、仕入税額控除を受けるためには、これまでの請求書にあらたな要件を加えた「適格請求書(インボイス)」を仕入先から受け取る必要がある。この適格請求書の発行はインボイス制度へ事前登録した事業者しか行えず、未登録の場合は記載内容の要件を満たしていても、現在の請求書と同じ扱いになる。
つまり、インボイス制度では、現在の書式の請求書を受け取った相手は仕入税額控除を受けられず、その分、消費税の納税額が増えるということだ。
■インボイス制度導入は消費税収を増やすため
ちなみに適格請求書の「適格」とは法律で定められた資格(要件)にかなっていることを指す。具体的には、現在の請求書に新たに税率ごとに区分した消費税額等やインボイス事業者へ登録した証しとして「登録番号」の記載などが必要になる。
インボイス制度が導入されることになった最大の理由は、消費税の税収を増やすためだ。そこでターゲットとされているのが、これまで消費税を免税されてきた事業者である。細かな説明は省くが、免税事業者になれるのは、基準期間(2年前など)の課税売上高が一定額以下であるなどの要件を満たしている場合だ。この免税事業者に対して不利なルールを設定し、課税事業者への転換を促すのがインボイス制度の本質といえる。
■政府は「益税」を税収したい
なぜ、免税事業者がターゲットにされているかというと、これまで免税事業者だけに認められてきた「益税」を税収するためだ。
免税事業者は消費税の納税義務が免除されている一方で、売上先(買手)の事業者や消費者に消費税を乗せて請求することは認められている。そして、この預かった消費税を、自分の利益にしてもいいルールになっている。これが益税である。
たとえば、課税事業者であれば「預かった消費税1万円-仕入等にかかった消費税7000円」の差額3000円を納税することになるが、免税事業者ではこの3000円を益税として自らの利益にできる。
ところが、インボイス制度に登録すると、自動的に課税事業者となるため、この益税を失うことになる。課税売上高800万円、消費税率10%、原価率50%だとすれば、大雑把に年間40万円の減益になるということだ。
一方、国からすれば、インボイス制度にルールを変更するだけで、効率よく税収を増やすことができるわけだ。
■免税事業者のままでは取引を打ち切られる可能性がある
では、インボイス制度に登録せずに、免税事業者のままでいたとしたらどうだろう。後述するように、それが可能な事業者も存在する。しかし、ごく一部であり、特にB to Bの事業者においては免税事業者のままでいると、買手から取引を打ち切られる可能性が高まることになる。
つまり、こういうことだ。
前述のとおり、買手がインボイス制度に登録して仕入税額控除を受けるには、適格請求書が必要になる(例外については後述)。インボイス制度に未登録の事業者が発行する請求書では取引先が仕入税額控除を受けられないため、消費税の負担が増える。
たとえば、課税事業者である工務店が仕入先(外注先)の大工職人に、税込330万円で発注したとしよう。この大工職人が適格請求書発行事業者であれば、工務店が支払った330万円のうち、消費税分の30万円を仕入税額控除できる。
ところが、大工職人が免税事業者だった場合、適格請求書を発行できないため、工務店は仕入税額控除を受けられない。そのため、工務店の税負担は適格請求書発行事業者を仕入先としたときより30万円も増える。30万円利益が減るということだ。
買手は負担が大きいため、免税事業者やインボイス制度への未登録事業者との取引を打ち切り、適格請求書発行事業者への切り替えを進めることになるだろう。あるいは、消費税の納税額が増す分を相殺するため、免税事業者に値下げを要求するかもしれない。
実際には、3年ごとに段階を経て控除額を減らしていく経過措置(80%→50%→全額)がとられていて、2023年10月からすぐに買手がまるまる仕入税額控除できなくなるわけではない。とはいえ、買手からすれば、免税事業者との取引が不利になることは確実であり、早い段階で取引を打ち切る方向に進むだろう。
■ビジネス利用が少ない飲食店などは制度の意味はない
ただし、買手や事業者の業態によっては免税事業者のままでいても、影響が少ないケースもある。簡単にポイントを説明すると次のようになる。
例えば、立ち食い蕎麦店のような業態であれば、接待などのビジネス利用はまずなく、適格請求書の発行を求められることは考えづらい。インボイス制度に登録しても意味がないだけでなく、免税事業者は益税を失う分、ただ損をすることになる。
同じ飲食店でも、ビジネス利用客が一定数いる場合は、売上に占める割合やインボイス開始後の世の中の動向によるだろう。多くの企業が「適格請求書を発行しない飲食店の領収書は受け付けない」となれば、適格請求書発行事業となってビジネス利用客をつなぎ留めるのと、免税事業者のままでいて益税を得るのと、どちらのメリットが大きいかを見極めることになる。
このほか、登録が不要なケースとしては、買手が「すべて免税事業者」である場合や、仕入税額控除額の計算を原則課税ではなく、「簡易課税(売上時に預かった消費税×みなし仕入率)」で行っている場合だ。いずれも適格請求書は不要となる。
■「日本だけ導入されていないから」という単純な話ではない
海外ではすでに多くの国で導入され、OECD加盟国のうち、インボイス制度を導入していないのは日本とアメリカのみといわれている。そうした背景もあって、免税事業者に益税が認められてきたほうがおかしいという声も聞かれるが、そう単純な話ではないことは理解しておくべきだろう。
特に個人事業主においては、所得の少ないことは各種統計からも明らかであり、それが各事業者の問題なのか、構造的な問題なのかを考える必要がある。益税を得ていても所得が低いということは、思うような価格設定が行えていない可能性もある。
仮に益税が減る分、価格を上げられたとしても、今度は買手が痛手を被ることになる。反対に価格を維持せざるを得なかったとすれば、益税分の利益の減少により、やがて力尽き、事業の継続を断念せざるを得ないところも出てくるだろう。そうなれば、その仕事を請け負える事業者が減り、買手側の生産性などにも影響が出てくるかもしれない。
■業務委託契約の労働者は手取りが減る
また、美容師やマッサージ師、塾講師などは、正社員としてでなく、業務委託契約で働いているケースも見受けられる。善し悪しは別として、事業者からすると、業務委託契約を締結することで、免税事業者の委託者に消費税を支払っても、仕入税額控除を受けられた。実質的な給与(=消費税込み)を多く払いつつ、仕入税額控除により消費税の納税額を減らすことができたわけだ(※その他、諸条件を満たす必要あり)。
ところが、これからは業務委託を受ける側がインボイス制度に登録した課税事業者でなければ、仕入税額控除を受けられなくなる。また、業務委託契約で働く本人も課税事業者となるため、消費税を納める義務が発生する。その分、実質的な給与が減ることになる。この減った分を誰がみるのか。難しい問題である。
さらに、インボイス制度がスタートすると、帳簿の記帳も以前より手間が増える。登録番号の確認なども必要になり、経理業務の負担が増えるのはもちろんのこと、私たち税理士もどこまでを業務の範囲とするのか、あるいは料金をどのように設定していくのか悩みは多い。
インボイス制度の導入後は多くの混乱が予想される。いまから知識を身につけ、しっかりとした準備をして制度の開始に臨むべきだろう。
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税理士
1973年、米国アラスカ生まれ。1995年、早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後、一般企業勤務を経て、簿記知識ゼロから3年間で税理士試験合格。土屋会計事務所所長。
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(税理士 土屋 裕昭)
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