1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「所得税率95%」に耐えられなかった…ビートルズの絶頂期に起きた"税金対策"の大失敗

プレジデントオンライン / 2022年10月18日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Martin Wahlborg

1960~70年代に活躍したイギリスのバンド「ビートルズ」は、なぜ絶頂期に解散してしまったのか。元国税調査官の大村大次郎さんは「最大の要因は『税金』と『お金の管理』の問題だ。当時、メンバーに課された所得税は95%とされ、税金対策がビートルズの解散の一因になった」という――。

※本稿は、大村大次郎『お金の流れで読み解く ビートルズの栄光と挫折』(秀和システム)の一部を再編集したものです。

■大活躍したビートルズが解散した根本原因

ビートルズは、前半期には世界の音楽シーンを一新する大活躍をするが、後半期には迷走とも言えるような動きをする。会社をつくって大失敗したり、4人の仲が悪くなったり、最終的にはメンバー間で訴訟さえ起きてしまうのだ。

こうなった最大の要因は「税金」と「お金の管理」の問題なのである。

事業が軌道に乗ったときに、気をつけなくてはならないことが「税金」と「お金の管理」である。とくに事業が急激に拡大した場合、税金というものが非常に重たくのしかかってくる。

ビートルズには「タックスマン」という曲がある。ジョージ・ハリスンがつくった曲であり、次のような歌詞で始まる。どういうふうになっているか説明しましょう

あなたには「1」こちらは「19」で分配されます
なぜなら私は税務署員だから

この曲は、その名の通り、税務署員のことをテーマにしたものだ。もちろん、税金の高さを嘆いたものである。ビートルズの全盛期、イギリスは史上もっとも「金持ちへの課税」が大きかった時代である。所得税の最高税率はなんと95%。

歌詞の中にあるように、20のうち19が税金として取られ、自分たちには1しか残らない。

当時は、東西冷戦の真っただ中であり、まだ世界の人々が共産主義に夢を抱いている時期でもあった。若者の中には、共産主義に傾倒する者も多かった。

そのため、西側の資本主義国も、国内の共産主義運動を抑える目的で、富裕層の課税を強化し、社会保障を充実させようとしていた。だから、このころは西側諸国のどこも富裕層の税金が高かった。日本でも、高額所得者の最高税率は約90%だった。

■税金のことを考える暇もないまま高額納税者に…

ビートルズは、デビュー以来、あっという間に高額所得者になった。

デビュー3年目の1965年の時点で、ジョンとポールが400万ドルずつ、ジョージとリンゴは300万ドルずつの資産を持っていたとされている(ジョンとポールは作曲印税があったので、100万ドル多かった)。

当時の日本円換算で、ジョンとポールが14億4000万円ずつ、ジョージとリンゴが10億8000万円ずつ持っていたことになる。当時は今より物価が安かったので、相当な資産だった。

ビートルズは、アマチュア時代に「音楽で食っていくこと」を最大の目標としていた。厳しく長い下積み時代を経て、ようやく音楽で食っていけるようになったら、今度は高額の税金に悩まされることになったのだ。

この高額所得者の高い税率は、芸能人などにとっては酷な面もあった。芸能人は、ビートルズのように下積み時代は収入が低く、売れると急に高額所得者になるケースが多い。富裕層のように、ずっと高額所得者だったわけではないのだ。

しかし税制は、下積み時代のことはまったく考慮せずに、ほかの富裕層と同様に、収入に対して、等しく税金が課せられることになっている。

また芸能人というのは、今が売れているからといって、そのまま売れ続けるとは限らない。というより、むしろ売れる期間は短いのが普通だ。だから売れているときに、なるべく貯蓄をしておきたいものである。

が、芸能人は、恒久的な富裕層と同様に高額の税金がかかるので、貯蓄しようにも貯蓄できないのだ。

■「節税会社」をつくって対策を取る

ミュージシャンなどの芸能人は、税金に疎いことが多い。

だが、ビートルズは、マネージャーのブライアン・エプスタインが実業家だったこともあり、比較的早く税金対策に手をつけていた。

ビートルズの税金対策の中心は、会社設立だった。当時のイギリスでは、普通の報酬や給料には高い所得税が課せられていたが、株の配当による税金は安かった。そのため、会社をつくり、ビートルズの収入をいったんその会社にプールし、ビートルズの面々は会社から配当を受け取るという仕組みにしていたのだ。

ビートルズの会社というと、アップルが有名だが、アップルを設立する以前からビートルズは、いくつか会社をつくっていたのだ。その主なものは、ジョンとポールの作曲印税を管理していたレンマックという会社である。

【図表】ビートルズの節税対策
出典=『お金の流れで読み解く ビートルズの栄光と挫折』

レンマックは、ジョン、ポール、ブライアンの3人でつくられた会社で、株はジョンとポールが40%ずつ、エプスタインが20%持っていた。

ジョンとポールが、著作権印税を直接もらうと高額の所得税がかかる。そのため、著作権印税は、いったんレンマックという会社に入り、レンマックからそれが配当という形で、ジョンとポールに支払われるようになっていたのだ。

■タックスヘイブンも駆使するが…

またビートルズは、税金対策としてタックスヘイブンを使うこともあった。

タックスヘイブンというのは、直訳すると「租税回避地」であり、税金が極端に安い国や地域のことである。島嶼国(とうしょこく)などの小国が、企業や富裕層を誘致するために、安い税制を敷いているのだ。

そういう国々にとっては、税金が取れなくても、企業や富裕層が現地でお金を落としてくれるだけで、経済が活性化する。

このタックスヘイブンは、大企業や富裕層の税金対策としても使われている。ビートルズも1965年ごろから、マネージャーのブライアンが、彼らの収入を課税率の低いタックスヘイブンの口座へ分けて振り込むようにしていた。

ビートルズは、第2弾目の映画「ヘルプ!」をバハマ諸島で撮った。それは、バハマがタックスヘイブンだったからなのだ。

映画「ヘルプ!」は、バハマの会社キャバケイド・プロダクションズが制作したことにした。キャバケイド社は、ビートルズと「ヘルプ!」のプロデューサーが共同出資した会社である。この会社には、ほとんど税金が課せられない。

またビートルズの報酬は、このキャバケイド社から現地で支払われていたので、これまた税金はほとんどかからない。さらに、この出演報酬をバハマの銀行に預金していた。イギリスに持ってくれば、イギリスの税務当局から課税される恐れがあったが、バハマに置いたままであれば、その心配はなかったからだ。

しかし、この節税策はうまくいかなかった。イギリスが1967年にポンドの引き下げをおこなったため、キャバケイド社は8万ポンドの損失を出してしまったのだ。

タックスヘイブンを使って節税策を施す場合、為替の変動などのリスクも非常に大きいのである。

■もとは「アップル」も税金対策会社だった

このように、いろいろ税金対策を駆使してきたビートルズだが、それでもイギリスの厳しい税制は、彼らにとって重い足かせとなっていた。

1966年当時、ビートルズの課税額の見積もりは約300万ポンドだったと言われている。日本円にして約30億円である。半世紀前の30億円となると相当の価値があったはずだ。それが税金として取られてしまうのである。

そのため、ビートルズは新たに会社をつくった。かの有名なアップル社である。アップルは、単なる税金対策会社にとどまらない。自分たちのレコードをつくり、その莫大な収入で、ほかのいろんなクリエィティブ事業を試みるというものだった。

リバプールにある、ビートルズストーリービルの看板
写真=iStock.com/CaronB
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CaronB

ビートルズは、アップルを通して、音楽、映像、美術など、さまざまなアーティストを発掘し、世界の芸術の先端をいくつもりだった。サイケデリックな服、雑貨などを集めた“アップル・ブティック”など、商業界にも革命をもたらす予定だった。

いわば「アーティストの理想郷」のような場所をつくろうということだ。

今のままでは、ビートルズの莫大なレコード収入のほとんどが、税金として持っていかれてしまう。税金に取られるくらいならば、自分たちの好きなことにお金を回し、新たなカルチャーをつくりたいということだった。

ビートルズは、デビュー前、あちこちのレコード会社から断られたという苦い経験がある。そのため、若いアーティストたちに、自分たちのような思いをしなくてもいいシステムを提供しようと考えたのだ。ビートルズはアップルの設立趣旨をこう説明していた。

「みんな僕らのところにきて『こういうアイディアがあるんです』って言ってくれればいい。そしたら僕らは『やってごらんよ』って言ってあげる」

■「地元のダチ」を経営に参加させたジョン

しかし、生き馬の目を抜くと言われるエンターテイメントビジネスの世界において、事業の経験がまったくないビートルズが、いきなりうまく行くはずがなかった。

音楽であれば、彼らにはもとからの才能があり、地を這うような努力の成果があったので、大成功を収めることができた。しかし、ビジネスの世界では、彼らはまったく何の力もなかったのである。が、彼らは音楽で成功したのと同じように、ビジネスでも成功すると思い込んでしまった。

それはある意味、仕方ない面もある。何しろ、当時の彼らはま20代半ばなのだ。20代半ばで大成功を収め、莫大なお金を手にすれば「自分たちは何でも成功できる」と勘違いするのも無理はない。

大金を元手に会社をつくったが、ビートルズの面々が直接事業をするわけにはいかない。かといって、事業を任せられる有能なビジネスマンの知り合いもいない。

彼らはどうしたのか? なんと、事業の経験もない「地元のダチ」に、いきなり大きなビジネスを任せたのである。それはまるで「不良少年がいきなり大金を手にして舞い上がっている」という構図そのものなのである。

リヴァプールにおけるロックンロール界の中心地となったキャヴァーン・パブにある、ウォール・オブ・フェイム
写真=iStock.com/ilbusca
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ilbusca

■事業で大赤字を計上

ジョンは、幼なじみで、クオリーメンのメンバーだったピート・ショットンに、アップル・ブティックを任せた。

ピートは、クオリーメンでウォッシュボードという打楽器を担当していたが、ポール、ジョージが加入し、クオリーメンが本格的なギターバンドになると、居づらくなってやめている。が、ジョンとは、その後も交流があった。

アップル設立以前にも、ジョンは税金対策としてスーパーマーケットを買収し、その経営を、このピートに任せていた。そして、アップル設立の際には、アップルの中核事業とされていたブティック業務を任せたのだ。

ジョンはピートに依頼をするときに「200万ポンド使わなきゃいけないんだ。そうしないと税務署に持っていかれる」と言ったという。

スーパーマーケットであれば、ビジネスのフォーマットはあり、地域住民にとっては必ず必要なものなので、経営は場所さえよければどうにかなる。しかし、ブティックはそうはいかない。品ぞろえが悪ければまったく売れないし、店の内装などにも専門の知識が必要となる。

ピートは、地方都市リバプールの単なる若者である。いわば「田舎のあんちゃん」に過ぎない。もちろん、ブティックの経営知識などはない。

アップル・ブティックは、オシャレに見せるために店内の照明を暗くしたため、万引き天国となってしまうなど、明らかな失敗を犯し、たちまち大赤字を出した。

■最悪だった「ブライアン・エプスタイン急死」

この時期、ビートルズにとって最悪に不幸だったのは、マネージャーのブライアンが死去してしまっていたことだった。

よく知られるようにブライアンは、1967年、ビートルズの絶頂期に死亡してしまう。

彼は精力的に活動する一方で、精神的に弱い面があったとされ、晩年は薬物に頼ることが多かった。ビートルズが1966年に過酷なライブ・ツアーをやめてしまい、バラバラに行動するようになってからは、とくに疎外感を覚えていたようだ。

大村大次郎『お金の流れで読み解く ビートルズの栄光と挫折』(秀和システム)
大村大次郎『お金の流れで読み解く ビートルズの栄光と挫折』(秀和システム)

ブライアンは、自宅で薬物の多量摂取により、死に至ってしまった。当初は自殺も疑われていたが、警察の発表では自殺ではないということになっている。このブライアンの死により、ビートルズはビジネス的に漂流してしまうことになる。

もともとアップルは、ブライアンが構想していたものだった。彼は優れた実業家だったので、ビートルズの夢想じみたアイディアも、うまくビジネスに結びつけられたはずだ。また、彼らにビジネス上の適切な助言を与え、暴走を食い止めることもできただろう。

しかし、ブライアン亡きあとのビートルズには「ビジネス面を任せられる大人」は皆無に等しかった。いや、むしろビートルズに群がってくるのは、彼らの財産を目当てに美味しい思いをしようという、山師ばかりだったのだ。

■税金対策で破産の危機に直面

そういう人たちが、ビートルズの金を無責任に散財していく。アップル名義で購入された高級車が2台も行方不明になるなど、常識では考えられない事態が生じていた。

「儲けたお金を税金対策のために、ほかのところに投資する」ということで始められたアップルだったが、ビートルズの想像をはるかに超えて経費がふくらんだ。儲けたお金はすべて費消し、逆に赤字になってしまうという始末だった。

アップルは、操業して1年も経たないうちに経営難に陥り、このままではビートルズの面々は破産するという事態に陥ってしまったのだ。

----------

大村 大次郎(おおむら・おおじろう)
元国税調査官
1960年生まれ。大阪府出身。元国税調査官。国税局、税務署で主に法人税担当調査官として10年間勤務後、経営コンサルタント、フリーライターとなる。難しい税金問題をわかりやすく解説。執筆活動のほか、ラジオ出演、「マルサ!! 東京国税局査察部」(フジテレビ系列)、「ナサケの女~国税局査察官~」(テレビ朝日系列)などの監修も務める。主な著書に『あらゆる領収書は経費で落とせる』(中公新書ラクレ)、『ズバリ回答! どんな領収書でも経費で落とす方法』『こんなモノまで! 領収書をストンと経費で落とす抜け道』『脱税の世界史』(すべて宝島社)ほか多数。

----------

(元国税調査官 大村 大次郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください