自分の曲を演奏するたびに「使用料」がかかる…「56曲の著作権」を1500万円で手放したビートルズの後悔
プレジデントオンライン / 2022年10月19日 15時15分
※本稿は、大村大次郎『お金の流れで読み解く ビートルズの栄光と挫折』(秀和システム)の一部を再編集したものです。
■先見の明があったディック・ジェイムズの決断
ビートルズと共同で音楽出版社を立ち上げ、株の半分をビートルズに与えるということは、音楽出版社経営者のディック・ジェイムズにとっては損のようにも見える。
しかし彼は、この出版社にビートルズを参加させることで、彼らの歓心を買い、ビートルズと重大な契約を結ぶことに成功しているのである。
その契約とは「1963年2月末から3年間、ジョンとポールのつくった曲は、すべてノーザン・ソングスに帰属する」というものである。
つまり、ディック・ジェイムズは、1963年から1966年までのビートルズの曲のほとんどの著作権を手に入れたということである。この契約が、のちにどれほどの財産になるかは、当時、だれもわかっていなかった。
ディック・ジェイムズは、非常に先見の明があったと言える。
音楽出版社ノーザン・ソングスを設立したとき、ビートルズはまだ「プリーズ・プリーズ・ミー」の1曲しかヒットを出していなかったのである。それでも彼は、今後もビートルズの曲は売れ続けると見越して、ノーザン・ソングスを立ち上げたのだ。
■ジョンとポールの「とんでもない税金対策」
ノーザン・ソングスに所属しているのは、ジョンとポールだけだった。この売れ始めたばかりの若い二人の作品を管理するために、わざわざ会社をつくったわけである。
つまり、ディック・ジェイムズは、ジョンとポールの作品は、それだけ大きな価値を生むようになると踏んでいたわけだ。マネージャーのブライアンと同じく、ビートルズの魅力を早い段階から認めていた人物だと言えるだろう。
この先見の明により、ディック・ジェイムズは巨額の財産を手にすることができるのだが、最終的にはジョンとポールに恨まれることになる。
このノーザン・ソングスは、ビートルズの躍進とともに急成長する。
ビートルズの海外進出に従い、ジョンとポールの海外の著作権についても、ノーザン・ソングスが管理するようになった。海外に子会社をつくって、印税の取り分は、現地が50%の手数料を取り、残りをイギリスに送金して、それをノーザン・ソングスとビートルズで半々に分けることになっていた。
■9割以上の高い税率から逃れるため
1965年、設立から2年で、ノーザン・ソングスは株式を公開することになった。いわゆる上場である。500万株が新規発行され、そのうちの125万株が売り出されることになったのだ。ノーザン・ソングスの株は、誰でも買えることになった。
ビートルズがノーザン・ソングスの株式公開をしたのは、例の税金問題が大きく関係している。前述したように、ビートルズは高額所得者であり、当時のイギリスの税制では9割以上の高い税率が課せられる。そのため、なんとかして課税を逃れる術を探っていた。その方策の一環として、株式公開がされたのだ。
株式公開すれば、もとの株主は多額の配当を受けることができる。当時のイギリスの税法では、この配当金には税金がかからないことになっていたのだ。
この株式公開により、ジョンとポールはそれぞれ9万4270ポンド(当時の日本円で約1000万円)ずつ受け取った。すでに億万長者だった当時のジョンとポールにとっては、それほどの大金ではないが、税金のかからない収入は魅力があったのである。
ただジョンとポールは、この株式公開のあと、とんでもない税金対策をしてしまう。
1963年から1966年までにつくった56曲のうち、作家取り分の権利を、ノーザン・ソングスに売ったのだ。
![ビートルズのレコードジャケットの数々](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/0/1200wm/img_c008150f9ca778616abc45ab45642b08499441.jpg)
■56曲の著作権を1500万円で売却
前述のように、ジョンとポールの曲の著作権印税は、半分がジョンとポール、半分がノーザン・ソングスに行くようになっていた。このうち二人の取り分をノーザン・ソングスに売ったのである。
そのため、1963年から1966年までにジョンとポールがつくった56曲の著作権は、100%がノーザン・ソングスのものになったのだ。
それでもノーザン・ソングスの株は、ジョンやポール、ブライアン、それにディック・ジェイムズという“身内”で持っていたため、それほど危険なこととは思っていなかった。
この売却により、ジョンとポールは、それぞれ14万6000ポンドずつを受け取った。当時の日本円にして1500万円程度である。これもジョンとポールの資産から見れば、大した額ではなかった。
しかし、この売却益には3割しか税金が課せられなかったので、税金対策としては魅力的だったのだ。
後世の我々から見れば「ビートルズはなんてバカなことをしたんだ」と思う。
「ビートルズの56曲の著作権」と言えば、とんでもなく貴重な財産である。ビートルズ・ファン以外でも想像がつくことだろう。しかし当時は、ビートルズの楽曲がそこまで価値が出るとは、誰も思っていなかったのである。
■「稼ぎどき」はとっくに過ぎたと思われていたが…
当時、たしかにビートルズのレコードは爆発的に売れていたが、もうピークの時期は過ぎたと見られていた。ポップスのレコードは、出した当初がもっともよく売れ、その後はだんだん下がっていき、数年後にはほとんど売れなくなる。
だからこの56曲も、当時の常識から見れば「稼ぎどき」はとっくに過ぎていたのである。レコードとしては、もうそれほど売れないだろうから、今のうちに著作権を財産に換えておけ、ということだったのだろう。
「ビートルズのレコードが半世紀にわたって世界中で売れ続ける」などということは、当時は誰も知る由がなかったのだ。だから、この当時のビートルズ側の判断を責められるものではないだろう。
またビートルズ自身が、ノーザン・ソングスの大株主なのだから、自分たちの曲が人手に渡るわけではない、という安心感もあった。
しかし、やがてビートルズは「株式公開」が、いかに危険が伴うことなのかを、大きな痛みとともに知ることになる。
![実業家の後ろ姿](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/3/1200wm/img_a314cc61fb3d40b2711de450275bd138413396.jpg)
■株式の売却という身内の裏切り
ノーザン・ソングスが株式公開をしてわずか4年後の1969年、最大株主だったディック・ジェイムズは、ノーザン・ソングスの株を第三者に売却してしまう。株式公開しているので、そういうことはあり得ないことではなかった。
そもそもノーザン・ソングスは、ビートルズの楽曲の版権を持っているため、いろんな企業、投資家の垂涎(すいぜん)の的だった。が、ビートルズは、ディック・ジェイムズは一緒にノーザン・ソングスを起ち上げた身内だと思っていたので、寝耳に水の話だった。
もちろん、ディック・ジェイムズが株を売ったのには理由がある。この1969年当時には、ビートルズは解散の噂がささやかれていた。
彼からすれば、ビートルズが解散し、ノーザン・ソングスの株価が下がるのを恐れ、株の売却を考えていた。そこで大手テレビ局ATV(現ITV)に売ったのである。
ただ、ディック・ジェイムズが、ノーザン・ソングスの持ち株をATVに売ろうとしたとき、ビートルズは「自分たちが買うから待ってほしい」と待ったをかけていた。
しかし彼は、ビートルズのもとへ出向き説明はしたが、ATVへの売却の意思は変わらなかった。当時のビートルズは、アップル社の大赤字により破産寸前の状態であり、とてもノーザン・ソングスの株を買い取る余裕はなかったのだ。
■自分の曲を演奏するために「使用料」を払う羽目に…
株式公開当時、7シリング9ペニーだったノーザン・ソングスの株は、この売却時には約5倍の37シリングに跳ね上がっていた。ディック・ジェイムズは巨額の現金を手にした上に、300万ポンド分のATVの株も受け取ったのである。
しかも彼は、ノーザン・ソングスがATVに買収されると、ATV役員の席にちゃっかり収まってしまう。ビートルズとしては、非常に裏切られた気持ちになったのだ。
また、ビートルズはこのとき、さらに大きな過ちを犯している。ビートルズの新マネージャーとなったアラン・クラインの提案により、ビートルズ側も保有していたノーザン・ソングスの株をATVに売ってしまったのだ。
アラン・クラインは、ディック・ジェイムズが売った価格の倍の価格でATVに買い取らせたので、ビートルズは、いったんは大きなお金を手にすることができた。経営破綻寸前だったアップルにとっては、かなりありがたい資金となった。
しかし、ビートルズは将来的には大損することになる。
ジョンとポールは、この時点でノーザン・ソングス社の株主ではなくなった。
レノン=マッカートニーの楽曲の権利は、ほとんどノーザン・ソングスが所有している。そして、ビートルズがノーザン・ソングスの株主でなくなるということは、彼ら自身がつくった曲の権利を、彼らはまったく持たないということになったのだ。
そのため、ジョンとポールは、自分たちのつくった曲からの印税収入をまったく得られなくなるばかりか、自分たちが自由に演奏することさえできなくなったのだ。彼らは演奏するたびに、ノーザン・ソングスに使用料を払わなければならなくなったのだ。
■ジョンとポールが夫婦で合作するようになった
ビートルズの仲が悪くなった1969年ごろから、ジョンとポールは、それぞれソロ活動をするようになる。が、ジョンは妻のヨーコ(最初の妻シンシアとは1968年に離婚した)と、ポールも妻のリンダと曲を共作するようになった。
まるでジョンとポールが、お互い当てこすりをし合っているような構図だが、じつはここにも「ノーザン・ソングスの問題」が大きく絡んでいるのだ。
ジョンもポールも、契約により、1973年までは自分の作品はノーザン・ソングスに帰属することになっていた。つまり、ジョンもポールも、1973年まではいくら曲をつくっても、作詞作曲の印税は入ってこなかったのだ。
そのためポールは、曲を妻リンダとの合作とし、曲の権利を半分リンダに与えた。リンダはノーザン・ソングスと契約していないので、リンダの著作権はリンダのものである。つまり、リンダを共作者として入れておけば、ポールのつくった曲の著作権を半分もらえるということである。
ジョンも、ヨーコとの共作とクレジットされている曲が何曲かあるが、それもこの契約問題が理由だと思われる。
![2010年12月8日、ジョン・レノン暗殺から30年目、カナダ・オタワで平和を願うファンたちが集った](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/1200wm/img_c94be97275d8a1e0005ea346a6d8942d459515.jpg)
■漂流するビートルズの著作権
もちろん、ノーザン・ソングス側は納得がいかない。今まで曲をつくったことがない女性が、いきなり大作曲家と共作者になり、曲の権利を半分持っていくのである。ノーザン・ソングスは「契約逃れの意図は明らか」だとして、ポールとジョンを訴えた。
この裁判は、ノーザン・ソングス側も、ビートルズ側とあまりこじれるのは得策ではないということで、かなり譲歩をして和解している。あまり強く主張して、ジョンとポールが曲を書かなくなっては、元も子もないからだ。
ジョンとポールの新曲の印税はノーザン・ソングスが持っていたが、二人は新たな曲を書く義務はなかったので、まったく曲を書かないという選択肢もあったのだ。
ノーザン・ソングスは、自社が所有するビートルズの楽曲の印税の半分を作家(ジョンとポール)に払い、残りの半分をノーザン・ソングスとビートルズ側の会社(ジョンとポールがそれぞれ新しくつくった会社)で分け合うことにしたのである。
つまり、それまで100%ノーザン・ソングスに取られていたレコード印税を、ジョンとポールが75%ももらえるようになったわけである。
ノーザン・ソングスから見れば、ビートルズは楽曲の権利を、いったん全部売却したわけである。だから、ジョンとポールに著作権の印税の支払いをするいわれはまったくない。にもかかわらず、印税の75%もの支払いをすることにしたのだ。
■ソニーの子会社にたどり着く
なぜ、このようにジョンとポールに有利な条件で、和解したのか?
ノーザン・ソングスは、この和解と同時に、ジョン、ポールとのあいだで新たな契約を結んだ。ジョンとポールが、1980年までに発表する曲の出版契約である。
つまり、ノーザン・ソングスとしては、過去のビートルズの曲の印税を譲って、その代わり、これからのジョン、ポールの新作で稼がせてもらおうとしたわけである。
![大村大次郎『お金の流れで読み解く ビートルズの栄光と挫折』(秀和システム)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/b/1200wm/img_eb76254e307aa7bd97656520f9deb7cb270559.jpg)
しかし、ノーザン・ソングスは、ジョンとポールに対する印税の支払いには応じたが、曲の権利自体は保持したままだった。
その後、ノーザン・ソングスの株は、さらに売りに出され、ビートルズの楽曲の権利は漂流することになる。もちろん、ビートルズの楽曲の権利は超高値で取引されたので、相当の資産家ではないと入手できない。
一時は、故マイケル・ジャクソンが手に入れた時期もあったが、スキャンダルの訴訟費用などの捻出のために手放し、現在はなんとソニーの子会社が所有している。
2017年、ポールが著作権の返還を求める裁判を起こし、ソニーと和解したと見られるが、和解条件については公表していない。
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元国税調査官
1960年生まれ。大阪府出身。元国税調査官。国税局、税務署で主に法人税担当調査官として10年間勤務後、経営コンサルタント、フリーライターとなる。難しい税金問題をわかりやすく解説。執筆活動のほか、ラジオ出演、「マルサ!! 東京国税局査察部」(フジテレビ系列)、「ナサケの女~国税局査察官~」(テレビ朝日系列)などの監修も務める。主な著書に『あらゆる領収書は経費で落とせる』(中公新書ラクレ)、『ズバリ回答! どんな領収書でも経費で落とす方法』『こんなモノまで! 領収書をストンと経費で落とす抜け道』『脱税の世界史』(すべて宝島社)ほか多数。
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(元国税調査官 大村 大次郎)
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