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事業で結果を出した人が、社長としてベストとは限らない…東芝の新社長が考える「経営者に必要な資質」

プレジデントオンライン / 2022年10月14日 9時15分

撮影=遠藤素子

日本を代表する大企業・東芝の混迷が続いている。どこに問題があるのか。3月に就任した島田太郎社長は「経営判断が一部の事業部門の論理に偏った結果、グループ全体の最適解となっていなかったのではないか。この一因は、経営者を育成するための仕組みが欠けていることにある。これは、東芝だけでなく、日本の大企業の多くに当てはまることではないだろうか」という――。(後編/全2回)

■東芝はなぜ混迷したのか

――なぜ東芝の経営はこれまで迷走してきたのでしょうか。

東芝社員の99.9%は本当にいい人たちなんです。言われたことを真面目に、その通りにやろうと努力します。だからこそ、今回は、一部の強い声に引っ張られてしまったのではないかと思っています。

東芝グループ自体の理念はひとつです。しかし、基本は小さな会社の集まりで、各社の責任で自由に事業を展開しています。それがいいところでもあるのですが、こと経営となると話は変わってきます。

これは東芝だけでなく、日本の大企業の多くに当てはまることだと思うのですが、こうした会社に30年、40年といた人が、グループ全体の経営陣に入ったりすると、急に責任が重くなって一歩も動けなくなったり、全体のビジョンが分からないために、自分の知っている領域だけで突き進んでいってしまったり、ということが起こります。

ここには、多くの大企業に共通する課題があります。それは、トップをつくるための仕組みが欠けているということです。

トップに大事なのは能力ではなく経験です。僕が前にいたシーメンスという会社はこの仕組みが非常によくできていて、優秀な人には若手の頃から色々な事業、色々な部署を経験させていました。そうやって会社がトップをつくっていたのです。

■経営トップに必要なのは“頭の良さ”ではない

――経営者に必要な資質とはなんでしょうか。

「心の平静を保つ力」だと思います。経営者は、例えれば高所を歩く鳶職のようなものです。地面から10mも上の場所に立てば、普通の人は怖くて足が前に出なくなるでしょう。いわゆる高所恐怖症ですね。経営者も同じで、自分の行動に社員何十万人もの生活がかかっていると思うと、必要な一歩がなかなか踏み出せなくなるのです。

皆さん、企業に関する報道を見て「何でこの社長は行動しないのかな」と思ったことがあるのではないでしょうか。僕が思うに経営はコモンセンスで、皆が「こうだ」と思うことは大抵正しい。数字を見れば、どの事業の状態が良くないかはわかります。では、なぜ適切な経営判断を下せないのかといえば、それは怖いからです。

ただ、この高所恐怖症は治すことができるんですね。いきなりは無理でも、足元を1日1メートルずつ高くしていけば次第に慣れていって、やがて東京タワーの鉄骨でも平静に歩けるようになります。

つまり、経営者に必要なのは、高所を歩く鳶職のように、どんな場面でも心を平静に保てる力なのです。それは頭の良さではなく、経験によって培われるものですし、僕としては日々の精神修養も重要だと思っています。

日本の大企業が「リーダー不在」と言われるのは、こうした経験の積み重ねができないままに社長になってしまうからではないでしょうか。

■シーメンス時代に培った人を動かすために必要なこと

――これまでの経営者とは表現や発想がまるで違いますね。

そうかもしれません。6月に発表した長期ビジョンでも、本当は入れたかった文言があるんですよ。「東芝の改革は遠雷のごとき 遠くでゴロゴロ鳴れど我関せず」。改革に際しても社員はそこまで意識せず普段通りの仕事に集中している、これでは本当の改革は達成できないといった意味です。

この一文で言いたかったのは、すべての事業部門の社員の意識が変わらないと本当の改革はできないということです。それを抽象化して言うとポエムになってしまうわけですが、僕はこの「抽象化する」という作業が極めて重要だと思っています。それを行わないと、いつまでもそのコンセプトは浸透しません。抽象的かつ客観的な言葉にして初めて、皆のものの見方を変えていくことにつながるのです。

人は、コンセプトを聞いて、実際やってみて、体験して「あ、そういうことか」となって初めて動き出します。コンセンサスメイキングが非常に重要なんですよね。

こうしたことはシーメンスで学びました。ドイツ系の会社なのですが、ドイツ人ってなかなかいうことを聞いてくれないんですよ。「これをやってください」と言ったら、必ず「どうしてですか」と聞いてきます。

ですから、自分のやりたいことがあったら、文章を書いて、コンセプトをたてて、ぐうの音も出ないほど理論立てて説明できるようにしていました。ひとつのプロジェクトを開始するのに、説明だけで3カ月かかったこともあります。でも、いったん理解した後は精密機械のごとくガーッと動いてくれました。

東芝島田社長
撮影=遠藤素子

■東芝では皆「はいわかりました」とは言うものの…

ところが、東芝に入って同じように「僕はこうすべきだと思うんだよね」と言ったら、皆が「はいわかりました」と答えるんですね。真面目だなと思いました。ただ、こうした姿勢が色々な問題の原因の一つでもあるんじゃないかなと思って、素直に従ってくれているのにもかかわらず、僕はシーメンス時代とまったく同じことをやりました。

その後の展開はドイツ人より早いぐらいでしたが、ここで感じたのは、皆最初はわかっていなかったんだなということです。わかっていないけれど、それをはっきり言葉にしなかっただけなんだと。

人は、ちょっと指示したぐらいで簡単に動くものではありません。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六の言葉がありますが、本当にその通りだなと思います。

しかし今は、きちんと理解しよう、積極的に動いていこうという姿勢が僕の想像を超えて広がりました。それをもって、満を持してビジョンを発表したのです。正直、姿勢を変えるにはもっと時間がかかると思っていました。

■どうすれば日本は世界で勝てるのか

――6月に発表された長期ビジョンには「量子技術の分野でリーディングカンパニーを目指す」とあります。

東芝は、量子技術の分野で30年近く研究開発を続けてきました。僕は、今こそこの技術をもって世界と勝負しなくてはと考えています。

これまでの日本は、ずっと「世界に追いつけ追い越せ」でやってきて、自ら未知の分野を切り開いたことはありません。例えば、量子ビット(量子情報の最小単位)は日本で発明されたのに、いまだにまったく活用されていない。

量子の世界をめぐっては、そもそも量子技術を実用化・商用化したものは今はまだ少ないため、市場そのものをつくるところから始めないといけません。今までと同じプロセスが通用しないわけです。

だから、まずは量子関連ビジネスの創出を目指す共同事業体や、実証実験用のプラットフォームなどをつくりました。さらに研究開発を進めるには政府や省庁の支援も必要なので、構想を説明したところ賛同が得られました。

政府の量子戦略は研究開発にとどまっていて、まだ実社会に生かしたり普通の人が使えるようにしたりするところまで行っていません。ですから、今は量子技術に取り組みたいさまざまな分野・企業の方と協力して実証実験を進めると同時に、「日本はどの層をつかめば世界に勝てるのか」という議論を進めています。

東芝島田社長
撮影=遠藤素子

■「日本の勝ちパターン」をもう一度

――今後、量子技術の活用をどう進めていきますか。

政府には「5年後には国内の1000万人が知らぬ間に量子技術を使っている状況をつくりましょう」と提言しました。なぜ1000万人なのかというと、これはインターネットの普及もそうだったのですが、国内人口の約10%が使うようになれば爆発的に広がるからです。だから、まずは10%の人が使える状況をつくることを目標にしています。

日本ではかつて、産業政策が盛んな時代がありました。高度経済成長期です。企業が護送船団的に皆で協力して技術開発を進め、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われたように、経済的な繁栄を極めました。ところがそれを警戒したアメリカが産業政策を止めさせたという経緯があります。

アメリカがいちばん恐れているのは、日本の頭脳が団結することです。ところが、中国が台頭してきた今、アメリカはむしろ日本を取り込みたいという流れになっている。僕は今が、産業政策を復活させるチャンスだと思っています。「1980〜90年代の日本の勝ちパターンを思い出そうよ」と。

量子技術ではすでに、多くの専門家や企業との協力体制が出来上がっています。ある友人は、「すでに負けた領域でごちゃごちゃ言っても仕方がない、まだ存在していない領域で世界と勝負しようぜ」と言いました。僕もまったく同感です。

産業政策を進めるうえでは、もちろん政府とぶつかることもあります。でも、お互いに日本のためになると思ってやっているわけで、ただ視点が違うだけなのです。新技術を社会に生かすには、「誰がどう使うのか」「どう販売するのか」という全体的な視点や、若手研究者の育成なども必要ですが、政府はそうした現場をあまり知らない。その辺りも僕たちから提案しながら、一緒に量子技術の実用化・商用化を進めていくつもりです。

■技術が広がればネットワークが劇的に変わる

――量子技術は、私たちの生活をどう変えるのでしょうか。

また抽象的な話になってしまいますが、ベストセラーになったSF小説『三体』の世界を思い浮かべてもらえたらと思います。三体星人は量子技術で脳がつながっていて、言葉というツールでコミュニケーションをとる地球人を遅れた生命体と見ています。

三体星人のように脳やネットワークが量子技術でそのままつながれば、世界は大きく変わります。嘘がつけないという弱点はありますが、コミュニケーションのありかただけでなく、金融や製造、交通、物流などすべての現場におけるネットワークが劇的に変わるでしょう。

東芝島田社長
撮影=遠藤素子

■データビジネスと量子技術で東芝を蘇らせる

――そうした取り組みは、東芝の経営理念とつながるのでしょうか。

経営理念である「人と、地球の、明日のために。」は、東芝グループの存在意義そのものです。入社してこの言葉に触れたときは、何て美しい言葉だろうと思いました。皆のために何かいいことをするんだという意思が伝わると同時に、何をするのかについてはさまざまなイメージが広がりますよね。

ドイツの作家、シーラッハは形容詞をできるだけ使わず、名詞とほんの少しの動詞だけで文章を構成していました。「小さな」「かわいい」といった形容詞を使うと、物事がある特定のイメージに矮小(わいしょう)化されてしまうからだそうです。東芝の理念も同じで、形容詞を使わない、受け手がさまざまにイメージを膨らませられる言葉でできています。

東芝は何でもつくれる会社です。その力を「人と、地球の、明日のために」生かすんだということですね。長期ビジョンでは、僕たちは今後データビジネスと量子技術を事業の柱にしていくと発表しました。これらは自社の進化と同時に、誰もがつながることのできるデータ社会の構築や、地球の持続可能性を高めるカーボンニュートラルの実現にも寄与するものと思っています。

――3年後に創立150周年を迎えます。

自分としては、ビジョンをつくる力はあると自負しています。このビジョンを実行力をもって、皆さんの期待値を超えてやり切っていきます。そのためには決してぶれないことと、何でもやる覚悟を持ち続けることが大事です。「ビジョンはぶらさず、手段は選ばず」の姿勢で、東芝を大きく進化させていきたいと思います。

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島田 太郎(しまだ・たろう)
東芝 社長 CEO
1966年生まれ。1990年に新明和工業に入社し、航空機開発に従事。その後、アメリカのソフトウェア会社SDRCにて日本法人社長を務める。同社がドイツのシーメンスに買収された後、ドイツ本社駐在を経て日本法人専務執行役員に就任。2018年、東芝に入社。執行役常務、コーポレートデジタル事業責任者を経て執行役上席常務、東芝デジタルソリューションズ取締役社長。2022年より現職。

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(東芝 社長 CEO 島田 太郎 構成=辻村洋子)

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