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ウクライナ戦争は「リベラリズムの失敗」が招いた…西側諸国の非現実的な理想がいつも大失敗に終わる理由

プレジデントオンライン / 2022年10月21日 9時15分

なぜ世界は不安定化しているのか(左=バイデン米大統領、右=ロシアのプーチン大統領) - 写真=AFP/時事通信フォト

ウクライナ戦争をはじめ、世界が急速に不安定化しているのはなぜなのか。評論家の中野剛志さんは「NATOの東方拡大がロシアを追い詰め、侵攻に踏み切らせてしまった。西側諸国が善意でやったことが、むしろ世界の平和を脅かしている」という――。

※本稿は、中野剛志『奇跡の社会科学』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■国際政治の2大潮流「リベラリズムVSリアリズム」

近年、世界は急速に不安定化し、危機的な状況になりつつあります。

どうしてアメリカは、中国と対立するようになったのか。

なぜロシアは戦争を始めたのか。

こうした国際政治の問題を考えるにあたっては、やはり社会科学の古典が大きなヒントを与えてくれます。

その古典とは、イギリスの外交官・歴史家のE・H・カー(1892-1982)が1939年に著した『危機の二十年』です。

E・H・カーは、『危機の二十年』の中で、国際政治学の思想潮流をユートピアニズムとリアリズムに分けました。そして、第1次世界大戦後の国際秩序がユートピアニズムに基づいて構築されたがために失敗に終わり、国際政治の危機を招いたと論じました。

このユートピアニズムとリアリズムという国際政治学の2大潮流は、リベラリズムとリアリズムという呼称で、現在も続いています。

「リベラリズム」とは、民主主義や貿易の自由などの普遍的な価値観を広め、国際的なルールや国際機関を通じた国際協調を推し進めれば、平和で安定した国際秩序が実現するという理論のことを指します。

例えば、民主国家の国民は戦争に反対するから、世界の民主化を進めれば、平和な国際秩序が実現する。あるいは、自由貿易により各国の相互依存関係が深まった世界では、戦争による貿易の断絶は大きな被害をもたらすから、貿易自由化を進めれば戦争は起きにくくなる。

冷戦終結後のアメリカは、このリベラリズムの理論に基づいて、世界に民主主義を広めようとし、また、貿易や金融の自由化を推し進めたのです。

■「イラク戦争」実はリベラリズムに基づいていた

これに対して、「リアリズム」は、国際秩序を成り立たせているのは、民主主義や貿易の自由といったリベラルな制度や価値観ではなく、軍事力や経済力といったパワーのバランスであるとする理論です。

リアリズムの論者たちは、リベラリズムを批判していました。

しかし、ビル・クリントン政権、ジョージ・W・ブッシュ政権、そしてバラク・オバマ政権は、いずれもリアリズムからの批判に耳を貸さず、リベラリズムに従った戦略を推進してきました。

その結果は、どうなったのでしょうか。

ジョージ・W・ブッシュ大統領は、2003年、イラクのサダム・フセイン政権を打倒すべく、イラク戦争を引き起こしました。

その目的として掲げられたのが、イラクおよび中東の民主化です。

イラクを民主化すれば、ドミノ倒しのように、他の中東諸国でも民主化の動きが起きる。中東は平和になり、かつ親米になる。

ブッシュ政権は、このようなリベラリズムの戦略に基づいて、イラク戦争を引き起こしました。

しかし、このイラク戦争は、中東の一層の混乱とアメリカの疲弊という失敗に終わりました。

「湾岸戦争とイラク戦争」アメリカのスタンスはまったく異なっていた
写真=iStock.com/karenfoleyphotography
「湾岸戦争とイラク戦争」アメリカのスタンスはまったく異なっていた - 写真=iStock.com/karenfoleyphotography

■リアリズムに基づいていた「湾岸戦争」

このイラク戦争と対照的なのが、1990~91年の湾岸戦争です。

湾岸戦争は、フセイン政権下のイラクがクウェートに侵攻したことで引き起こされました。

当時のアメリカの大統領は、ジョージ・W・ブッシュの父のジョージ・H・W・ブッシュでした。

父ブッシュ大統領は、多国籍軍を構成して、イラク軍と戦い、圧倒的な勝利を収めてクウェートを解放しました。

しかし、父ブッシュ大統領は、フセイン政権の打倒を目指すことはありませんでした。なぜなら、イラクに対する攻撃やフセイン政権の打倒は、中東におけるパワー・バランスを崩壊させる恐れがあったからです。

つまり、湾岸戦争に対するアメリカの戦略は、リベラリズムよりもリアリズムに基づいていたのです。

■「中国が豊かになればいずれ民主化する」は大失敗

アメリカのリベラリズムに基づく戦略は、経済においても、失敗に終わりました。

冷戦終結後のアメリカは、WTO(世界貿易機関)の設立を主導し、中国の加盟に協力しました。

中国をリベラルな国際経済秩序に組み入れ、自由貿易の恩恵を享受させれば、中国は豊かになり、いずれ民主化するだろう。

リベラリズムを信じるアメリカのエリートたちは、このように考えていたのです。

しかし、2001年にWTOに加盟した中国は、急速に経済を成長させただけではなく、経済成長率を上回る比率で、軍事費を増加させ続け、軍事大国になってしまいました。

中国の発展はむしろ米中対立をもたらした
写真=iStock.com/Oleksii Liskonih
中国の発展はむしろ米中対立をもたらした - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

その結果、東アジアにおける軍事のパワー・バランスは、完全に崩れてしまったのです。

今や、中国の軍事力は、アメリカ、そして日本にとって、大きな脅威となっています。

■自由貿易はむしろ米中対立を招いた

また、中国がWTOに加盟した結果、中国から安価な製品がアメリカに流入し、アメリカの労働者の雇用が失われるという事態になりました。

著名な経済学者デイヴィッド・オーターが共同研究者らと共に2016年に発表した研究「チャイナ・ショック」によると、1999年から2011年の間に、中国からの輸入によって、アメリカの雇用がおよそ240万人も失われたといいます。

その結果、アメリカ国民の不満と反中感情が高まり、中国に雇用を奪われていると訴えたドナルド・トランプの当選を後押ししました。

そして、トランプ政権やその後のバイデン政権は、中国との対決姿勢を鮮明にしたのです。

リベラリズムによれば、自由貿易は平和をもたらすはずでしたが、アメリカと中国は、自由貿易の結果、経済だけではなく、軍事においても対立するに至ったのです。

■ウクライナ戦争も「リベラリズムの失敗」

さて、2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻しました。

多くの人々は、このウクライナ侵攻に驚き、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の意図をいぶかしみました。

プーチン大統領が旧ソ連の復活を妄想していると解説したり、精神的におかしくなったのではないかと疑ったりする論者もいました。

しかし、リアリズムの論者たちは、このウクライナ侵攻もまた、アメリカのリベラリズムの失敗だと考えています。

■NATOの東方拡大は「致命的な過(あやま)ち」

冷戦終結後、アメリカは、リベラリズムに基づく国際秩序の形成を目指し、1997年から、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大を図り、旧東側諸国をNATOに加盟させてきました。

このNATOの東方拡大について、ジョージ・ケナンは、1997年2月5日付のニューヨークタイムズ紙に寄稿し、批判しました。

ケナンは、ソ連封じ込めを構想した伝説的な戦略家であり、また代表的なリアリストですが、この寄稿の当時は、92歳になっていました。

そのケナンは、「NATOの拡大は、ポスト冷戦時代全体を通じて、アメリカの政策の最も致命的な過ちとなるであろう」と指摘し、「このような決定は、ロシアの世論の国粋主義的、反西側的、軍国主義的傾向を助長し、ロシアの民主主義の発展を逆行させ、東西冷戦の雰囲気を復活させ、ロシアの対外政策の方向性を我々の望まない方向へと向かわせるだろう」と予言しました。

ウクライナ戦争を引き起こしたのは「NATOの東方拡大」?
写真=iStock.com/Cineberg
ウクライナ戦争を引き起こしたのは「NATOの東方拡大」? - 写真=iStock.com/Cineberg

恐るべき洞察力です。

また、現代の代表的なリアリストであるジョン・ミアシャイマーは、ウクライナのNATO加盟、EU加盟、そして親米的な自由民主主義国家への転換といった、リベラリズムの企てが、ロシアのウクライナ侵攻を引き起こしたと主張しています。

なぜなら、ロシアからすれば、国境を接したウクライナがNATOやEUに加盟し、アメリカ側につくことは、自国の生存に対する脅威となるからです。

■「西側諸国の善意」がウクライナを戦禍に巻き込んだ

西側諸国からすれば、ウクライナの平和と民主化という善意からやっていることであって、ロシアの安全を脅(おびや)かそうという意図はないのかもしれません。

しかし、それは、あくまで西側諸国のリベラリズムの価値観に基づく見方に過ぎません。

ロシアからすれば、ウクライナが西側陣営に与(くみ)することは、安全保障上の脅威にほかならず、絶対に阻止しなければならないことでした。

だからプーチンは、ウクライナに侵攻したのです。

中野剛志『奇跡の社会科学』(PHP新書)
中野剛志『奇跡の社会科学』(PHP新書)

欧米諸国のリベラリズムの善意が、かえってウクライナを戦禍に巻き込んでしまったというわけです。

第1次世界大戦後の国際連盟の構想も善意に基づくものでしたが、国際政治の現実を無視したがために、2度目の世界大戦を引き起こしました。それと同じです。

リベラルな世界をつくりたいという善意に基づく政治が、かえって逆の結果を招く。これは、100年前の戦間期から得られたはずの教訓でした。

なぜ、我々は、この歴史の教訓から学ばず、同じ失敗を繰り返してしまったのか。リアリストたちは、そう嘆くでしょう。

しかし、カーが『危機の二十年』で述べたように、人間は、本質的に、非現実的な理想や願望に駆り立てられて動くものです。リベラリズムには、たとえそれが非現実的であっても、人々を動員し、政治を動かしてしまう力があったのでしょう。

ユートピアの実現を目指して行動し、リアリティの壁にぶつかって失敗する。

リベラリズムを目指した政治を行って、リベラルではない結果を招く。

それを繰り返すのが、国際政治というものなのかもしれません。

〈参考〉E・H・カー、原彬久訳『危機の二十年 理想と現実』(岩波文庫)

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中野 剛志(なかの・たけし)
評論家
1971年、神奈川県生まれ。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。著書は『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など多数。

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(評論家 中野 剛志)

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