「旧統一教会のプロパガンダに使われる」国民の涙を誘った"菅前首相の弔辞"に異議ありな人々の納得の理由
プレジデントオンライン / 2022年10月15日 11時15分
■「○○さん天国に」相次ぐ訃報の報じ方はこれでよいか
このところ、著名人の訃報が続いている。今年になって安倍晋三元首相(享年67)や京セラ創業者の稲盛和夫氏(90)、落語家の三遊亭円楽氏(72)、さらにはアントニオ猪木氏(79)が続いた。
スポーツ新聞やテレビワイドショーでは「◯◯さん、天国に」などという表現で、その死を報じている。しかし、この「天国」という言葉の定着に、仏教界が危機感を募らせている。
「天国」は、主にキリスト教用語であり、仏教の死後世界観では「浄土」もしくは「極楽」などであるからだ。本稿では、近年の訃報を基に議論を進めていこうと思う。
「天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」
日本武道館で9月27日に執り行われた安倍晋三元首相の国葬。友人代表として弔辞の場に立った菅義偉元官房長官は、安倍氏の遺影に向かってこう語りかけた。菅氏の弔辞は、安倍氏との具体的なエピソードを交えた内容のもので、多くの国民の心に響いた。
また、安倍氏逝去直後に、国葬に先立って増上寺で行われた密葬では、麻生太郎元首相がこのように弔辞を述べていた。
「外交についてセンスと胆力で、国際社会での日本の存在を高めた。戦後最もすぐれた政治家だ。天国で(安倍氏の父)晋太郎さんに、胸を張ってやってきたことを報告すればいい」
麻生氏はクリスチャンだ。キリスト教では、死後世界を「天国=heaven」と表現しているから、それに倣ったのだろう。
菅氏や麻生氏の弔辞に多くの人は自然と、耳を傾けていたはずである。しかし、仏教者の多くが、そこはかとなく違和感を覚えていたのは間違いない。仏教では死後世界を「浄土(きよらかな仏の国土)」「極楽(阿弥陀仏の浄土)」などと呼んでいるからだ。
■旧統一教会のプロパガンダに使われかねない
確かに仏教でも「天」という言葉はある。だが、その場合、死後の「六道」世界のうちのひとつを指す。六道は迷いの世界。その最上位にある天道は「天人=神々の世界」であり、「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」などに比べては、苦が少ないとされる。しかし、神々にも争いなどはあり、いずれは死におびえる局面を迎える。それを「天人五衰」といい、三島由紀夫の絶筆『豊饒の海』に描かれている。
したがって仏式の葬儀において、僧侶が法話の際に「天に逝かれました」は禁句である。先述のように「苦である六道を彷徨う」と同義になってしまうからだ。理屈っぽくなるが、あくまでも仏教では、六道輪廻を離れ(解脱し)、浄土に向かうことを目指している。
ある長野県在住の僧侶は指摘する。
「(キリスト教系を自称する)旧統一教会でも、死後世界を『天国』と表現しています。政府要人である菅さんが『安倍さんは天に召された』としてしまうと、旧統一教会のプロパガンダに使われかねない。つまり『安倍さんは旧統一教会側の人間であった』という、既成事実を与えてしまうことにもつながる。密葬が増上寺で行われたように安倍さんは浄土宗の檀家。なので、正確に『極楽浄土に往生された』とすべきでした。『天に召された』『天国の』などの弔辞は、安倍さんとしても本意ではないはず」
『広辞苑』(第四版)で「天国」を引いてみると、「神・天使などがいて清浄なものとされる天上の理想の世界。キリスト教では信者の霊魂が永久の祝福を受ける場所をいう」などとある。確かに政治家が「天国」と決めつけてしまうと、特定の宗教を限定してしまうことにつながり、政教分離の観点からもあまり望ましいことではない。
参考までに、安倍氏銃撃後の毎日新聞では、このように報じている。
「安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した奈良市の近鉄大和西大寺駅前で12日、近くの西大寺の僧侶がお経を唱え、手を合わせた。午後2時過ぎ、松村隆誉長老ら6人の僧侶が現場を訪れ、一列に並んで読経。その後、極楽往生を願って銃撃現場に砂をまいた」(2022年7月13日付)
■スポーツ新聞では故人の宗旨は関係なく一律「天国」
毎日新聞のように正確な表記例は稀有だ。近年の著名人の死去を報じるにあたって、一部マスメディア、特に派手な見出しが踊るスポーツ新聞では、故人の宗旨は関係なく、一律に「天国」としているのが実情である。いくつか紹介しよう。
【石原慎太郎氏 2022年2月1日に死去】
デイリースポーツ 見出し「天国の裕次郎さんのもとへ」(2022年2月2日付)
石原家は、逗子市にある曹洞宗寺院の檀家だ。石原氏には「海陽院文政慎栄居士」との戒名が授與されているため、石原氏の死後を述べる際には、仏教表記である「浄土」などがふさわしい。新聞社には、校閲部門がある。「天国」が見出しに使われる際、校閲記者の指摘はなかったのか、不思議である。
【藤子不二雄(A)氏 2022年4月7日に死去】
スポーツ報知 見出し「藤子不二雄(A)さん死去 数々の名作を残し天国へ」(2022年4月8日付)
藤子不二雄(A)氏こと、安孫子素雄氏は富山県の曹洞宗光禅寺の長男に生まれ、死後も同寺に納骨されている。紛れもなく、藤子不二雄(A)氏は仏教徒である。なので、やはりスポーツ報知の表記も誤記といえる。
さらに、近年のスポーツ紙の「天国」見出しを列挙しよう。
・サンケイスポーツ「昭和の名優、津川雅彦さん死去 愛妻・朝丘雪路さん追うように天国へ」(2018年8月8日付)
・日刊スポーツ「ジャニーさん天国へ 87歳」(2019年7月10日付)
・スポーツ報知「梅宮辰夫さん天国へ 友人が弔問 梅宮アンナ憔悴」(2019年12月14日付)
・サンケイスポーツ「ノムさん(野村克也氏)、さようなら… ヤクルトユニフォームで天国へ」(2020年2月12日付)
・スポーツ報知「チャーリー浜さん 78歳天国へ」(2021年4月22日付)
・日刊スポーツ「笑福亭仁鶴さん 天国へ」(2021年8月21日付)
・日刊スポーツ「(三遊亭)円楽さん天国で『圓生』名乗る」(2022年10月2日付)
■「天国」「極楽」の二者択一ではなく「あの世」は?
最近では、アントニオ猪木氏の死去が記憶に新しい。各紙大きく報じた。その一部は以下である。
・デイリースポーツ「天国のリングでも『1、2、3、ダーッ』の雄叫びが聞こえてきそうだ」(2022年10月2日)
ちなみにアントニオ猪木氏の場合は、「天国」で正しい。猪木氏の宗旨はイスラム教で、「天国」を死後世界としているからだ。猪木氏は1990年8月以降に始まった湾岸戦争で、日本人が人質となった際に現地イラクのサダム・フセイン大統領と交渉し、解放につなげた実績で知られている。実は人質解放交渉の過程において、仏教徒だった猪木氏は、イラクのシーア派聖地カルバラーのモスクでイスラム教に改宗。その際に「モハメッド・フセイン・イノキ」のムスリム名を授かっている。
こうした「天国報道」オンパレードのなかで今年9月、浄土宗の宗門校である佛教大学で「浄土宗総合学術大会」が開かれた。その中で、「天国という呼称をめぐって」という研究発表がなされた。そこでは、「往生する場=極楽浄土は、譲ることのできない重要な問題」と提起した。近年の訃報記事に見られる「天国」表記への危機感が、仏教界内部で共有されはじめた出来事だった。
しかし、それも「遅きに失した」ように思う。現代人にとっては「天国」のほうが「極楽」よりも一般的になっているのが実情だ。「天国」の広がりは、仏教界の発信力が足りなかった証左でもある。
なお、神道では死後世界を「幽世(かくりよ)」と表現するが、こちらは「極楽」「浄土」以上に分かりにくい。
昨今の仏式の葬儀での弔辞で「天国のおじいちゃん、安らかに」などと語りかけることは、しばしば見られる光景である。そこで、僧侶が間違いをただそうものなら、「カタいこと言うなよ」などと遺族の反発を招きかねない。しかし、報道機関や政治家は、正確な表現をすべきだ。
とはいえ「天国」が一般化している中で、「極楽」「浄土」ではニュアンスが読者や国民に伝わりにくい、との主張も分からぬではない。では、どうすればよいか。そこで「天国」か「極楽」かの二者択一ではなく、無難な「あの世」はどうか。「この世」「あの世」としておけば、すべての宗教に通じ、軋轢は生まないはずだから。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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