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コロナ禍なのに企業倒産は過去50年で最低…そのツケを銀行に押しつける「私的整理徳政令」はやるべきか

プレジデントオンライン / 2022年10月18日 9時15分

首相官邸に入る岸田文雄首相=2022年10月12日、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト

■企業の“コロナ倒産”がここへきて急増中

企業倒産がじわじわと増加しつつある。東京商工リサーチが10月11日に発表した全国の4~9月の倒産件数は前年同期比6.94%増の3141件と、3年ぶりに増加した。9月単月では前年同月比18.61%増の599件と今年に入って最多で、6カ月連続で前年を上回った。

倒産が急増した最大の理由は、新型コロナウイルス感染拡大に対応して導入した実質無利子・無担保融資(いわゆるゼロゼロ融資)の返済が本格的に始まったことにある。

ゼロゼロ融資は、コロナ禍で売り上げが減った中小企業を対象に、金融機関が担保なしで融資する制度で、借り手が本来金融機関に支払う利子を3年間、国や都道府県が負担する仕組み。もし返済できない場合は信用保証協会が返済を肩代わりする。2020年3月にスタートし、民間金融機関の受け付けは昨年3月まで、政府系金融機関は今年9月末で終了した。

このゼロゼロ融資の効果は絶大で、コロナ禍にもかかわらず21年度の企業倒産は半世紀ぶりに6000件を下回るなど歴史的低水準に抑えられてきた。しかし、ゼロゼロ融資は最長5年まで元金の返済開始を猶予でき、最初の3年間は利払いも実質免除する仕組みで、「元金返済の猶予期間を3年以内に設定しているところが多い」(メガバンク幹部)とされる。

その猶予期間が過ぎ、返済が本格化する中、大幅な円安や燃料費・原材料費の高騰が重なり、倒産に追い込まれる企業が増えているのだ。

■岸田首相は倒産回避策を打ち出す予定

同時に、信用保証協会の返済肩代わり(代位弁済)も急増している。8月の代位弁済は前月比26%増の266億円で、前年同月を上回るのは12カ月連続だ。

中小企業庁によれば、ゼロゼロ融資の実行額は今年6月末で約234万件、42兆円に及ぶ。「ゼロゼロ融資という巨大な融資の塊を、企業倒産を回避しながらどうソフトランディングさせるか。返済猶予や返済条件の緩和には従来より前向き、かつ柔軟に対応しているが、債権放棄(私的整理)となると次元が異なる」(メガバンク幹部)という。

そこで、政府は10月末の総合経済対策で、岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」の追加策を打ち出す。その柱のひとつに、経営不振に陥った企業が債務を圧縮する私的整理をすべての債権者が同意しなくても進められるようにする条件緩和策が盛り込まれる予定だ。

■メガバンク幹部は「本音ではやりたくない」

冒頭で紹介したように、コロナ禍で倒産寸前の企業の救済策として意図されるものだが、はたしてワークするのかは未知数。なにより肝心の銀行界の姿勢は及び腰だ。「政治的な要請で応じざるを得ないが、本音ではやりたくない」(メガバンク幹部)と冷ややかな声が聞かれる。

そもそも私的整理は、債権者である銀行が債務者(企業)の借り入れ負担を軽減するために債権放棄する枠組みだ。法的整理(倒産)を回避して、生かしながら再生させる手法であり、債権放棄の割合を銀行間で調整する機能がある。メインバンクや準メインバンクは他の債権者よりも重い負担を負うことになるが、融資銀行がおしなべて債権放棄という形で応分の負担を強いられることに変わりはない。

その私的整理の条件を緩和して、(企業が)利用しやすくするのが今回の措置なので、銀行がいい顔しないのは当然。しかも、私的整理では債権者全員の賛成が前提条件だったが、改正ではすべての銀行が同意しなくても利用できるということで、私的整理を申し出る企業が増えることは確実。融資する銀行が身構えるのも無理はない。

■債権放棄を多数決で決めることのリスク

さらに、その実効性にも疑問符が付く。というのも、従来、私的整理する際にすべての債権者の合意を前提にしてきたのは、債権放棄後の再生過程で、すべての融資銀行で残高維持などの協力が不可欠なためだ。反対する銀行があれば、再生に非協力になったり、融資のメイン寄せ(足抜け)に動いたりしかねず、再生が頓挫しかねないリスクがあるのだ。

この点についてメガバンク幹部は次のように指摘する。「いわゆる多数決方式だと、その効果として迅速な債務整理が可能になる点が指摘されている。他方、法的手続きに拠(よ)らない私的整理は、事業者、金融機関双方にとって経済合理性があることを前提として、関係者の合意に基づいて手続きを進めるのが基本的な枠組みであり、関係者が一丸となって再建計画を実行していくことに大きな意義、メリットがある。

それを多数決によって結論を得る場合、意思に反して債権放棄を迫られることになった債権者からは、その後の再建に向けた協力が得られず、かえって再建に支障が出る事態も想定されるのではないか」というのだ。

その懸念がまさに顕在化したのが、大手自動車部品メーカー・マレリホールディングスの再建だった。

■過去最大規模の「負債額1兆円」の倒産劇

マレリが私的整理のひとつである事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)の申請を行ったのは今年3月。親会社である米投資ファンドのKKRをスポンサー企業として、融資金融機関に約4500億円の債権放棄を求めていた。しかし、債権放棄の配分について全債権者の合意が得られず、結局、法的整理で民事再生の一種である簡易再生に向けた手続きに移行した。負債総額は1兆円を超え、製造業では過去最大規模の倒産劇となった。

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写真=iStock.com/Apiwan Borrikonratchata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Apiwan Borrikonratchata

今回の私的整理の条件緩和は、こうしたリスクを軽減し、ADR等の私的整理をまとめやすくするのが目的だが、裏を返せば、再建案に不満をもった債権者を多数決という形で強引に再建策履行に引っ張り込むことを意味する。「いったん、私的整理が成立して再建案が動き出しても、途中で債権者間の足並みが揃(そろ)わず計画が宙に浮く事態も想定される」(地銀幹部)と危惧されている。

■中小企業の経営はブラックボックスが多い

だが、泣く子と地頭(政府)にはかなわない。銀行は企業救済を優先する政治的な要請を汲んで、3月に全国銀行協会が中小企業の事業再生手続きを定める新しい指針「中小企業版:私的整理ガイドライン(指針)」をまとめた。

弁護士や会計士など第三者支援専門家が中立的な立場から再生計画を策定・評価することで、中小企業の私的整理をやりやすくするもので、「コロナ後を見据え、中小企業が抱え込んだ過剰な債務を解消する手段となる」(メガバンク幹部)とされた。

しかし、具体的に企業の債務整理に踏み切るにはいくつかの壁が立ちはだかる。最大の壁と目されているのが税制だ。中小企業は決算の正確性に乏しく、財務状況の実態把握も難しいという難点がある。赤字で法人税を含めほとんど納税していない中小企業が少なくないことも税当局の不信感となっている。仮に私的整理のガイドラインが整備されても、国税当局から繰越欠損金の存在を否認されるケースが多数出かねないと予想される。

新指針で、弁護士や会計士などの専門的な第三者が再生計画の策定・評価に加わるのは、こうしたリスクを軽減するためだ。また、再生計画で債務超過の解消期間を従来の3年から原則5年に延ばすほか、経営者の退任を必須としていた条件を見直し、経営責任をただしつつも引き続き経営を担えるよう配慮している。

■“選挙対策“を銀行が丸ごとのむとは思えない

中小企業の経営は、トップの経験や人脈などに依存する部分が大きい。その継承は容易なことではない。属人的な要素が大きいためだ。コロナ禍にあってさらにその重要性は高まっている。今回の中小企業の事業再生に向けた新しい指針で、トップが引き続き経営を担える余地を残したことは高く評価できるのだが……。

政府は今月末の経済対策を受けて、2023年の通常国会に「私的整理円滑化法案」の提出を目指すという。岸田政権は10月で発足から1年を迎えたが、支持率は40%を下回る低空飛行。「来年春には統一地方選挙が控えている。コロナ禍で苦しむ地方の中小企業救済は政治の最優先課題となる」(同)とみられており、事実上、中小企業の負債を一部免除する「私的整理徳政令」は一丁目一番地の施策といっていい。

だが、コロナ禍に苦しむ企業を助けるといえば聞こえはいいが、実際は銀行の負担が増え、融資する銀行の足並みを揃えることはなかなか難しい。結局、形は作れど、魂が入らず、有形無実化しかねないリスクもある。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)

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