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完全予約制で1週間分が月曜日に即完売…元avex社員が渋谷で「幻の電氣餅」を作り始めたワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月20日 19時15分

あいと電氣餅店の鈴木さん - 撮影=髙須力

東京都渋谷区に「幻の電氣餅」と呼ばれる人気商品がある。和菓子店「あいと電氣餅店」の大福は完全予約制で、1週間分を月曜日に受け付けるが、ネットで予約を開始するとすぐに完売する状況が続いている。この店はどうやって始まったのか。なぜ「電氣餅」というのか。経営コンサルタントの岩崎剛幸さんがリポートする――。

■今までに食べたことがない「とろける」感触

「このお餅、いま大人気でなかなか買えないらしい」

私があいと電氣餅店のことを知ったのは、今年4月、家人が購入してきたのが最初でした。

これが幻の電気餅
撮影=髙須力
これが幻の電気餅 - 撮影=髙須力

お餅、大福。いずれもシンプルな見た目。いわゆる「映え系」の商品ではありません。それなのに予約制ですぐに完売してしまうという。

そんな餅の繁盛店があったのか? と私は驚きました。しかしこのお餅と大福を食べてみて、その理由がよくわかりました。

今までに食べたことがないお餅の感触だったからです。餅を口に入れるとそのままとろけそうなほどやわらかい。大福のあんこは甘すぎず、適度な塩気もあって絶妙な味わい。シンプルな餅も、大福も、今まで食べたことがない感動的な味わいでした。予約即完売というのもわかる独特のおいしさです。

私は早速、この店に行ってみました。なんとなくこのあたりだろうと見当はついていたのですが、看板らしきものが出ていないため、店の前を一度は通り過ぎてしまいました。それほど目立たない店舗外観でした。

一見すると何の店かわからない外観
筆者撮影
一見すると何の店かわからない外観 - 筆者撮影

■衝撃的においしい大福との出会い

「あいと電氣餅店」(東京都渋谷区)を経営する鈴木瞳さんに話を伺うと、「みなさん、ここにたどり着けなくて、よく電話がかかってくるんです」ということでした。

この店は、一人の女性が電気餅のおいしさに衝撃を受け、そこから修業をして、自ら、その餅文化を継承していくことを選び、スタートさせた正真正銘の餅の専門店でした。

「実は私、以前はavexにいたんです。女性大物アーティストのマネジメントなどをした後、最後は子会社の社長をしていました。15年ほど勤めて退社した2020年のある時、福島県南相馬の実家に子供を連れて帰省する機会がありました。

その時に地元でおいしいと評判の老舗和菓子屋さんで大福を買って帰りました。実家でそれを食べてみると全身に衝撃が走りました。和菓子はそれほど好んで食べるほうではなかったのですが、その時には人生で初めて大福を2個続けてたいらげてしまいました。

この店、おじいちゃんが一人でやっていたけど、この先、店はどうなるのだろうか。この大福がもし東京にあったら、私の住んでいるようなエリアで販売したらどんなに喜ばれるだろうか……。などと想像していたら我慢できなくなって、すぐにその店を訪問して『弟子入りさせてください』と頼みに行きました」(鈴木氏)

■「餅はオレの代で終わりだ。弟子は取らねぇ」

その店は宍戸電氣餅店という大正5年創業の老舗和菓子店でした。

当時では珍しかった電動餅つき機で餅をついていたから「電氣餅」という名が付いたのだそうです。特に現店主である3代目の宍戸貞勝さんの作る大福は評判を呼び、最盛期には1日2000個以上販売するほどの人気商品でした。

福島県南相馬で100年以上続いた老舗和菓子屋 宍戸電氣餅店
©︎あいと電氣餅店
福島県南相馬で100年以上続いた老舗和菓子屋 宍戸電氣餅店 - ©︎あいと電氣餅店

鈴木さんが宍戸貞勝さんに弟子入りを頼みに行った当初は、「電氣餅は、オレの代で終わりだ。弟子は取らねぇし、子供にも継がせねぇ」と言われたのだそうです。

それでもあきらめきれなかった鈴木さんは、毎日店に通いつづけました。宍戸さんもその熱意にうたれ、ついに1カ月後、弟子になることを許されました。

修行期間は1年6カ月。その間、伝統の味と製法を寝る間も惜しんで学びました。そして、「もうお前ぇに教えることはね。継ぎたきゃ継げ。好きにしろ」と言われ、晴れて4代目として認められたのです。

宍戸さんからは「店をやるなら好きにしていい。ただ、できれば電氣餅という名前は残してほしい」と要望されていました。はたして2021年11月、東京都渋谷区に「あいと電氣餅店」がオープンします。

ちなみに「あいと」とは、「LOVE&(愛と)」という意味。鈴木さんは「電氣餅LOVEの気持ちをそのまま店名にした」と言います。非常にシンプルな店名ですが、作っている餅の雰囲気を醸し出しているように思います。

■餅だけの店を軌道に乗せた5つの戦略

あいと電氣餅店は「餅」が売りの、単品一番店です。「単品一番店」とは、1アイテムだけで商売が成り立ち、他の追随を許さない一番の売り上げをあげる店のこと。したがって、餅だけで店を成り立たせるためには、それ相応の知恵と工夫が必要です。

和菓子屋で餅を扱っている店はありますが、餅の専門店として成り立っている店は珍しいはずです。

あいと電氣餅店はオープンにあたって、以下のような工夫を経営に取り入れた結果、毎日数百個を予約だけで売り切ってしまう繁盛店を作り上げています。

①賞味期限は5時間

一般的な和菓子商品では保存期間を延ばすために糖度を高くしたり、添加物を入れる例もありますが、電氣餅や大福には添加物や保存料を一切使用していません。添加物がない時代からの製法で作ってきた宍戸電氣餅店の製法を忠実に守るためです。それゆえ、糖度は高くないのです。

黙々と手作業で大福をつくるスタッフ
撮影=髙須力
黙々と手作業で大福を作るスタッフ - 撮影=髙須力

大福に使うもち米は新潟産(メインは魚沼産)の「こがねもち」を季節や気温にあわせて水分量を変えながら調整し、蒸らしています。それを、宍戸電氣餅店と同じメーカーの電動餅つき機でついていきます。

あんこに使う小豆は、北海道産のエリモショウズ。オリジナルブレンドの砂糖と山口県の窯焚き製法で作られる塩を使い、独特の甘みを引き出しています。

餅や大福の賞味期限は5時間です。この短い期限設定により、店側が感じてほしい餅の味わいを確実にお客に提供できます。

②販売予約はネットのみ

販売は基本的に毎週月曜日10時から1週間分の予約をネットで受け付けます。水曜日から日曜日の営業時間帯の中で、商品と受け取り時間を指定するという仕組みです。

手作りのため、作れる量に限りがあるのと、おいしい餅をロスなく販売しないともったいないという理由で完全予約制にしています。

予約制は数量の見込みが立ちやすいので売り手にとっては、廃棄ロスを防ぐためのもっとも効率的な方法です。

また、鮮度がなによりも重要な餅や大福は、作りたてを早めに食べないと硬くなってしまい味が落ちるため、やはり予約制が向いています。

ネットで予約して、店に商品を取りに行く。これからの店のあり方として他の業種でも参考にできる売り方といえます。

(鈴木さんいわく「店舗周辺の方々が買えないのは申し訳ない」ということで、店頭販売をしている日もあるため、ラッキーな方は飛び込みで購入できる日もあります)

■使えるデジタルサービスはすべて使う

③すべてデジタルで宣伝

あいと電氣餅店はオープンにあたってクラウドファンディング(「Makuake」)を活用しています。

555人のサポーターから223万円を集めてプロジェクトを成立させています。

餅の専門店というのは意外にお金がかかります。その割に、それほどのリターンが見込めないことも、餅の専門店が稀少な理由でもあります。

クラファンによって、金額だけでなく、500人を超えるサポーターを獲得できたことは幸運でした。通常、新店のファンはゼロです。しかし、あいと電氣餅店はスタート時から500人以上のファンがいました。そのため当初から順調なスタートを切れました。

また、オープン時からSNSによる販促に力を入れていて、LINEは7600人、インスタは7800人(いずれも9月初旬時点)のフォロワーがいます。

チラシやDMなどの費用がかかるアナログ販促はせずに、お金のかからないデジタル販促を活用するという点もイマドキの店のやり方でしょう。

■予約制、立地…買うためのハードルが高いワケ

④商品ではなく、デザインにこだわる

商品そのものはできるだけシンプルに。ただしパッケージにはこだわりました。ポイントは以下の4つです。

1)パッケージで映えさせる
2)インスタで見た時に正方形になる
3)サステナブルなもの
4)多少の大小などの変化にも対応できる

その結果、風呂敷で包むという見せ方になりました。

コストはかかりますが、ターゲットに想定していた30~40代の女性たちの手土産で使われることが多くなって、結果的に見映えもクチコミされる商品となっています。

⑤わざわざ不便な立地を選んだ

あいと電氣餅店は小田急線の代々木八幡駅から徒歩6分ほどの山手通り沿いの立地です。この駅は各駅停車しか止まらない小さな駅です。急行の止まる代々木上原駅からは徒歩で10分以上。渋谷区に店をだしているとはいえ、立地は小売り商売には向いていない立地です。

しかし、味で勝負できる飲食店や人気スイーツの店は遠方や路地裏でも成立するように、同店のような単品一番店にとってはこれもひとつの売りになっています。

お店の中の様子
筆者撮影
お店の中の様子 - 筆者撮影

わざわざ探して行かないとたどり着けない店。もちろん家賃は駅前よりは安くなり固定費を下げられるという利点もあります。

予約制、5時間の賞味期限、不便な立地。買うためのハードルが高いからこそ、商品や店の価値が高まり、単なるトレンドでは終わらない店になっていったのです。

■電氣餅を信じる

エンタメ業界でバリバリに働いていた一人の女性が餅に心を奪われ、縁もゆかりもない店に弟子入りし修業して、自分の店としてオープンした、というのは非常に興味深いストーリーです。

上 電気餅そのまま 900円(税込)、中 夏苺の生大福 580円、下 2色の生餅ぜんざいセット 780円
筆者撮影
上:電気餅そのまま 900円、中:夏苺の生大福 580円、下:2色の生餅ぜんざいセット 780円(すべて税込) - 筆者撮影

このような形で近親者ではない人が、歴史ある会社や店舗を事業承継するというパターンはこれからのひとつの形として増えるかもしれません。

実際に和菓子業界は小規模零細企業も多く、職人が幅を利かせている世界ですので、近親者こそ継がないというケースも多いのです。思い切って外に目を向ければ、このような事業承継もあるということです。

鈴木さんは今日も、早朝から仕込み、つきたての餅を使って手作りで大福を作っています。手間はかかりますが、「このような本物商品で、おいしくて健康的なものを世の中に広く紹介していきたい」(鈴木さん)との思いからです。

電氣餅を作る手元
撮影=髙須力

経営拡大への意欲は旺盛です。すでに「餅のサブスク事業」を開始。さらに今後5年以内に「海外に電氣餅を持っていきたい」と考えているそうです。

これからのテーマは、単なる餅の専門店という枠を超えて、餅文化をどこまで提案できるかでしょう。古き良きものを時代にあわせて変えていけるか。あいと電氣餅店の挑戦に注目したいと思います。

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岩崎 剛幸(いわさき・たけゆき)
経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、ムガマエ株式会社を創業。流通小売・サービス業界のコンサルティングを得意とする。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。

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(経営コンサルタント 岩崎 剛幸)

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