もし給与の高い仕事に就きたいなら、「赤いオープンカー」より「黒のセダン」を目指したほうがいい
プレジデントオンライン / 2022年10月20日 14時30分
※本稿は、野原秀介『投資思考』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■給料は資本装備率で決まっている
「一億総中流」が叫ばれた1970年代から半世紀が経ち、現代の日本では経済格差が問題視されています。選挙ともなれば多くの党が格差是正を公約に掲げ、最低時給の引き上げを企業に要求しています。
中でもエッセンシャルワーカーと呼ばれる、社会が回っていくために必要不可欠な職種(介護・物流・小売など)において給料が上がらないことが強く問題視されています。
もちろん全ての労働は必要とされているからこそ存在していて、だからこそ対価として金銭の支払いが生じていることは自明であり、職業に貴賤は存在しません。
しかし、それではなぜ世の中には給与の高い仕事とそうでない仕事があるのでしょう?
その答えは“資本装備率”にあります。
そもそも労働者の給与は次の計算式によって捉えることができます。
そして付加価値をブレークダウン(細分化)すると次の通りとなります。
資本装備率が表すのは、「従業員1人当たりが生産活動を行うのにどれだけの資産を活用するか」であり、企業の有する有形固定資産を従業員の数で割ることによって算出されます。
※厳密な会計上の考え方で言えば、資本装備率の算出において、分子にはソフトウェア資産は計上しないこととなっています。しかし本項においては、実用性を重視し、以下ソフトウェア資産を含んだ意味で解釈しています。
※本項の趣旨から外れるため説明を割愛しますが、「資本生産性」は「資産一単位あたりがどれだけの付加価値を生み出すか」を表す指標です。
これを合わせると給与は以下のような式で表すことができます。
この中で最も大きな変数となるのが資本装備率です。
1人の人間が投下できる労働力は決まっていますし(最大でも1人分)、労働者への分配率も概ね20%〜60%の幅に収まるでしょう。
■森ビルと吉野家で資本装備率に40倍の差
一方で資本装備率は非常に分散度が大きいと言えます。
例えば、資本装備率の高い業界の典型としてはディベロッパー(三菱地所、森ビルなど開発業者)が挙げられます。彼らは大量の借り入れを行って用地を取得し、そこにオフィスビル・レジデンスなどの建物を建築。そしてそれを貸し出すことで収益を獲得しているため、業績を向上させるためには資産規模の拡大は避けては通れません。
そのため、従業員1人当たりの資産額(=資本装備率)は高まる傾向にあります。森ビルであれば年間収益が約2500億円であるのに対して、資産規模(資産総額)は約2兆円、従業員数1600人なので資本装備率は約12.5億円/人です。
一方で資本装備率の低い業界の典型として外食産業(吉野家HDなど)が挙げられます。
彼らは原材料を一括で仕入れて工場で加工したのち、店舗に輸送しますが、店舗は主に賃借で賄っており、従業員が店舗で調理を行って飲食物を提供しています。
つまり加工工場や調理器具以外にこれといった資産は持たないビジネスで、業績を向上させるにあたって、資産規模の拡大は必要としません。
そのため、資本装備率は低位に留まっています。吉野家HDは年間収益が約2000億円であるのに対して、資産規模は約1000億円、従業員数3000人なので資本装備率は3300万円/人です。
ここで注目してもらいたいのが、両企業がいずれも各業界において日本を代表する企業でありながら、その資本装備率に40倍もの差が生じている点です。
ここまでで、給与を決定する要因として資本装備率がいかに大きな影響力を有しているかがおわかりいただけたのではないでしょうか。
また、資本装備率は個社要因というよりも業界要因によって決定されます。ディベロッパーや商社の資本装備率は高く、外食産業や小売業の資本装備率は低く、同業界内の企業間での差異は無視してよいレベルと言えるでしょう。
つまり、あなたの給与はあなたが仕事でどれだけの実績を上げたかよりも、あなたがどの業界に勤めているかによって決まっているのです。
■流動性が高いということそれ自体に価値がある
キャリア形成においては、業界のほか何を意識すると投資効果が高まるでしょうか。
以前、とある上場企業のCFOの方とお話しする機会がありました。私が「××さんの仕事で追いかけている重要な指標はなんですか?」という質問をぶつけてみたところ、予想していなかった答えが返ってきました。その方が最も重視している指標は「自社株式の日々の取引高」だというのです。
××さんはその理由として次のものを挙げていました。
好業績を達成するのは当然として、最終的には投資家が株式を購入してくれないと株価は上がらない。
数千億円以上の時価総額になってくると、機関投資家(年金基金やアセットマネジメント会社)を買い手に招き入れないとアップサイドは望みづらい。
![野原秀介『投資思考』(実業之日本社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/b/1200wm/img_1b85f75a24bdf981b549a08f7a4d319e174155.jpg)
そういった投資家の投資単位は億円である。
彼らがポジションを構築するためには、市場に株価影響を出さずにポジションを解消できることが必要(本書1章を参照)。
最低5億、10億円単位の売買高がない株価はそもそも投資対象にならない。
以上の観点からわかるのは“流動性”という概念の重要性です。つまり流動性とは、売り手・買い手の多寡、売買のしやすさであり、上記の小話からは、流動性が高いということそれ自体に価値があると言えます。
![東京・晴海の空撮写真](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/c/1200wm/img_7c6ee28c9a666dcfb86bfc2746149264458817.jpg)
実際に投資に携わっていたり、金融業界で働いたりしないとこの概念自体を知らないままでいることがほとんどですが、実はこの流動性が我々の日常生活にも大きく影響を与えています。
■買い手の参入しづらいキャリアを作っていないか
例えば、車の購入です。
4シートのセダンタイプで、色も黒やシルバーなどの一般的なもの、特に変わったカスタマイズを施していない車であれば、中古車市場にも買い手は十分に存在し、リセールする際も値下げ幅は少なくて済みます。
一方で2シートの赤いオープンカーなどを買ってしまうと、その時点で家族連れの購入対象からは外れ、さらに目立ちたがりの人以外からは避けられることが容易に想像できます。結果として買い手は少なくなり、オーソドックスな車と比べてリセールバリューは低く抑えられてしまいます。
そして、キャリアについても同様のことが言えます。個別具体の判断は全てのケースにおいて存在しますが、基本的に多くの労働者は履歴書・職務経歴書から選考がスタートします。
この時に、買い手となる企業が手をあげやすいレジュメ=流動性の高い人材ということになります。
例えば、特定の大企業A社に所属し様々な部署を異動、社内の制度や仕組み、人間関係を隅から隅まで知り尽くしている人がいたとしましょう。この人は流動性が高い人材ということができるでしょうか?
答えはNOです。A社にとっては価値の高い人材であることは間違いありませんが、その他の全ての会社にとっては価値を見出しづらく、買い手の参入しづらいキャリアを作ってしまっていると言えます。
このように投資思考に基づけば、自らのキャリアを考える際にも流動性を意識することが推奨されます。
![電卓を用い、計算する男性の手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/0/1200wm/img_b04a16ee52aaf7096d6956ded4d319e3308049.jpg)
■流動性の高いキャリアを形成する4つの要素
では問題となるのが、流動性の高いキャリアとはなんだろうか、ということです。
ざっくりと以下のようなものが該当するのではと考えています。
1 プロジェクトマネジメント経験
業種を問わず、あらゆる会社でプロジェクトは存在しています。そのため、プロジェクトをきちんと成功に導く能力は、どこの企業であっても一定の価値を生み出すことのできるスキルと言えます。
2 会計知識(経理/財務)
プロジェクトマネジメント経験と同様で、全ての上場企業において経理部は存在しています。
3 法人営業経験
世の中のお金の流れのメインはBtoBであり、その繋ぎ役である法人営業はあらゆる会社で必要とされています。もちろん、商材によってノウハウは異なりますが、顧客開拓→提案→クロージング→納品という基本的な仕事の流れは共通であり、汎用性の高いスキルです。
4 システム・エンジニア
今や経済活動とITシステムは不可分になっています。ITシステムは電気・ガス・水道のような社会のインフラそのものであり、それを構築・運用・保守するエンジニア職は非常に流動性の高い仕事だと言えます。
一方で、人気な割に流動性が低い職務経歴書を作ってしまうものとして、新規事業立ち上げ経験が挙げられます。理由は複数ありますが、 次のようなところでしょう。
●ビジネスというのは立ち上げフェイズよりもその後の運用フェイズの方が遥かに長いので、そもそもポジション数が少ない。
●仮に運良くポジションがあったとしても、社内で高い実績を出している人(実力が確かな人)がアサインされるのが妥当であり、少し経験があるからといって外部から採用した実力未知数の人にその責任あるポジションは任せづらい。
といったあたりが主な事情だと考えられます。
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X Capital代表
1991年生まれ。東京大学卒業後、新卒でゴールドマン・サックス証券に入社、債券為替コモディティ営業本部にて数多くの金融機関とのディールを経験。その後2018年に株式会社X Capitalを創業、現在まで代表を務める。「日本経済に、パラダイムシフトを。」というビジョンを掲げ、日本に経営人材を創出すること、プリンシパル投資により中長期的な企業価値を増大させることを目指して事業を拡大し、創業以来増収増益を達成している。
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(X Capital代表 野原 秀介)
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