結果は想像できないが、だれもがワクワクする…「ガリガリ君コーンポタージュ味」には商売の本質がある
プレジデントオンライン / 2022年10月30日 9時15分
■「ガリガリ君史上、最大のニュース! 最大の衝撃!」
コンビニが冷菓の主販路となったことは赤城乳業にとって追い風だった。同社はガリガリ君を携えて、関東の一メーカーから全国区の氷菓メーカーになっていったのである。また、コンビニ展開が主となってからは新商品をリリースする間隔が短くなっていく。
赤城しぐれからガリガリ君開発までは17年の年月がかかっている。だが、ガリガリ君の新フレーバーが出る間隔は当初は2年から3年、1990年代からは毎年になり、2000年代になってからは年にいくつもの新商品、新フレーバーが出るようになった。
さて、定番でありロングセラー商品になったガリガリ君にとって、大きなターニングポイントは2012年9月に出した新フレーバーの商品、「ガリガリ君リッチコーンポタージュ」だった。
当時、同社が出したニュースリリースには美文調のキャッチが書いてある。
「夏は、まだ終わらない! ガリガリ君史上、最大のニュース! 最大の衝撃!」
ポタージュスープと冷菓という衝撃の組み合わせ、そして美文調キャッチのせいもあって、コーンポタージュ味発売の事実はヤフーニューストップで7回掲載されるなど大きな話題となった。
■きっかけは「そういうことじゃない」という客の声
ガリガリ君リッチコーンポタージュは人気が沸騰し、商品供給が追いつかず、3日後には一時販売休止せざるを得なくなった。販売を休止したという発表は東海道新幹線内の電光ニュースでも掲示されるという社会的なニュースになったのである。
その大ヒット商品を開発したのがブランドマネジャーの岡本秀幸である。
彼はこんな説明を始めた。
「当時、ガリガリ君の売り上げは右肩上がりで増えていっていました。すると売り場で商品を切らせるわけにはいかないから、目標を安定供給に設定せざるを得なくなったのです。開発の際は奇をてらうのではなく、『このくらい売れるだろうと想定できる味』を考えることになってしまった。するとお客さまからある意見が届いたのです。『あのね、ガリガリ君に期待しているのはそういうことじゃないんだ』って」
つまり、ガリガリ君を食べる人、話題にする人たちは「もっと攻めた商品にしてほしい」と考えていたのである。
岡本の話は続く。
■ガリガリ君の根本は「コミュニケーションツール」
「ガリガリ君の場合、食べなくても商品を楽しみにしてくれている方がいらっしゃいます。そういう方たちからも意見をいただいたので、期待に応えなくてはいけないと攻めた味に挑戦しようってことになりました。
そこで、あらためて思いました。ガリガリ君の根本ってコミュニケーションツールだなと。すると駄菓子屋のシーンが頭に浮かびました。そして、駄菓子屋で人気なのはコーンポタージュ味のお菓子だという調査があったのを思い出しました。
もうひとつ。夏の暑い日にテレビを見ていたのですが、お笑い芸人の方がジュースじゃんけんをやっていて、負けたほうの罰ゲームはジュースを買ってくるというものでした。そこで熱々のコーンポタージュを買ってきて、暑い中でもみんな飲んだ後、『これ、おいしい』っていう反応だったんです。
その時、僕はコーンポタージュ味を開発しようと決めました」
■企画書よりも「自分で試作する」のが最強のプレゼン
岡本がまずやったのはコーンポタージュ味のガリガリ君を自分で作ってみることだった。
「コーンポタージュを買ってきて、それを自宅の冷凍庫で凍らせたわけではありません。ゼロからレシピを考えて作ってみたんです。コーンの粒を入れたりもして試作してみました。その後、社内のプレゼンに臨みました。自分自身でガリガリ君やアイスを試作するのは僕が初めてじゃありません。うちの会社ではみんなやっていることじゃないかと思うんです。
自分にしかできないものを世の中へアウトプットしようと思ったら、企画書よりも現物を作ること。他の人が思いつかないものを世の中に出そうと本気で思うのなら、魅力を盛り込んで価値のあるものを作る。大事なことは企画書ではなく、形にしてみることです」
試作した後、岡本をはじめとするチーム8人はプレゼンに向けて商品開発をスタートした。その時、5つの味をプレゼンすることになっていたのだが、コーンポタージュだけは20回以上も作り直し、味の完成度を8割にまで高めた。一方、他の4つの味は完成度をわざと半分以下にしておいた。
そうして、プレゼンに出したところ、完成度の高いコーンポタージュの発売が決定した。絶対にやりたいものを実現させるにはプレゼンを通すためにも作戦を立てて、コーンポタージュ味の実現を優先したのである。
■商品開発力を育てている「1000本アイデア」
岡本は「うちの会社が商品開発に優れているとしたら、それは入社してからの『1000本アイデア』にあります」と言った。
「開発志望で入社したら、1年目に1000本アイデアというのをやります。1年間に1000のアイデアを考える。私もやりましたが、300本ぐらいまでは余裕でできるのですけど、その後はアイデアが枯渇してくる。自分が生活してきた環境だとそれ以上はなかなか考えつかないから、雑誌や店舗、SNSのようないろいろなところにアイデアを取りにいかなきゃならない。自分の世界をどれだけ広げられるかが勝負だと思うんです。
アイデアは企画書ではなく、メモみたいなものでいいんです。それでも、味、コンセプト、価格、どんな商品かも含めて商品設計を考えてまとめなくてはなりません。1日3個、毎日考えると1年間で1000個になります。
入社して半年は製造の研修があって、その後、OJTで仕事をしながら1000本アイデアをやるから、正確には入社して半年後から1年間かけてやるわけです。
ほとんどは採用されませんが、採用されたとしても商品になるかどうかは分かりません。例えばこういうアイスを食べたいと思ったとしても、原料があまりに高価だとしたら、発売できません。アイデアを出した後から本当の仕事が始まるのです」
![赤城乳業の本庄工場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/f/1200wm/img_6fdb6f3cda11e247e852c168776c7483418260.jpg)
■商品だけでなく、「情報」も鮮度が命の時代
コーンポタージュ味の販売促進ではSNSを使って大きなニュースにすることができた。しかし、岡本はそれから10年がたち、時代はさらに進んでいると感じている。商品の寿命だけでなく、情報の寿命もまた短くなっているからだ。
「プロモーションにおいて、SNSでは話題が出てから落ちるのが早いなと感じています。商品の寿命が短くなっているのもそうですけれど、情報もまた寿命が短くなっています。最近、自分自身、他の人からこんな話を知ってる? と聞かれて、自分が知らなかった情報がすごく多いことに気づきました。
今まではテレビや新聞などの一般メディアを見ていればある程度話が通じたのが、それだけじゃ足りない。SNSまでフォローしていないと情報が拾えない。
そして、たとえ拾ったとしても、いろいろな情報が入ってくればくるほど、覚えていられるものが減りますし、また、興味もどんどん新しいものに上書きされていく。
ですから、うちの商品のプロモーションでいえば、ニュースリリースは以前は2週間前から出していたのですが、今は1週間前に出すようにしています。発売直前に出して話題を発信し、そのまま商品発売に持っていこうとしています。そして、情報の質も大事です。話題になる情報でないと商品は売れない。短い期間に鮮度と質のある情報を次々と繰り出していかなくてはならない。そりゃ大変です」
■「なんでこんな味を出したの」と言われるのもうれしい
ガリガリ君リッチコーンポタージュのようなヒット商品は、経営の方向性と斬新なアイデアから生まれる。
では、斬新なアイデアをどう思いつくかといえば、1000本アイデアのような負荷をかけたトレーニングを一度はやったことのある人でなくてはダメだろう。そして、1000本アイデアを「面白かった」と感じられる神経が必要だ。さらに、自分の経験の世界をどこまで広げられるかという努力も要る。
ヒットした商品をロングセラーで、そして定番商品するにはどうすればいいのか。
岡本さんは「私見ですが」と言いながら次のように説明した。
「経営陣の理解です。そして、その次が食の製品ではあるけれど、コミュニケーションツールになったものじゃないかと思うんですよ。例えば、商品を開発していて一番うれしいのは売れた時もそうですけれど、反響が大きいことです。自分が携わった仕事がどのぐらい世の中に貢献できたか分かれば喜びを感じることができます。もちろん、そのうえで売り上げが上がれば一番いいですけど、『なんでこんな味を出したの』って言われることもうれしいです」
![色とりどりのアイスキャンディー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/1200wm/img_1767308c7d71433381b116bc4a5d9b53403040.jpg)
■「おいしい」だけの商品はもう売れない
「話題になるとは、世の中に商品が認められてるってことで、何かしら世の中の記憶に残るものを出せたってことだから。
そして、定番商品になるものって、ヒットして、そして話題が続かなくてはならない。おいしいのは当たり前だから、おいしいだけじゃダメ。お客さまが支持して、売れて、話題になったものをお客さまはおいしかったって感じるんじゃないでしょうか。開発した自分たちがいくら『おいしい』って言っても、お客さまに買ってもらえなかったら、おいしかったのかどうか本当のところは分からないでしょう。
お客さまに広く買ってもらうために興味を持ってもらわないといけない。いかにお客さまに届けるかなんです。赤城乳業の商品全部にいえるのですが、普通においしいだけの商品は発売してないです。普通においしくて、さらに何かプラスした商品を考えています」
岡本の話にあった「普通においしいだけの商品ではダメ」は至言だ。食品だけではなく、どんな商品にも通用する。
■ヒット商品とは、アート作品を完成させるようなもの
客が支持するのはおいしくて、さらに手に取りやすくて、しかも話題になった商品だ。そして、コンビニに行けば必ず置いてあるようにするのは物流を整備し、販売網を確立していなくてはならない。話題にするには商品のネーミング、パッケージデザインから始まり、広報宣伝の力だ。いずれも経営が統御して実現していかなくてはならない。
おいしいだけ、思いつきだけではヒット商品にはならない。定番商品として定着させることもできない。
「おいしい」は真善美でいう「美」と同じ情緒的な価値であり、答えがないものだ。そこで勝負するのは簡単ではない。だからこそ経営者は物流、販売などの経営基盤を整備し、おいしさ以外のところでライバルを圧倒しなければならない。
ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長が愛読しているハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー 58四半期連続増益の男』(プレジデント社)にはこんなことが書いてある。
「経営は科学ではない。アートだ」
おいしい会社が出している「食」の商品をヒットさせるにはアート作品を完成させるような丁寧できめの細かい経営が必要なのである。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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