女性の一人称に「僕」が加わった…40年間のヒット曲4100曲を分析して分かった"性の変化"
プレジデントオンライン / 2022年10月23日 13時15分
■約40年間のヒット曲を分析し、AIで曲を作る研究
“青春時代のヒット曲”と言われて、あなたはどんな曲を思い浮かべますか?
「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉もありますが、そもそもヒット曲は世相を色濃く反映する非常に面白い分析対象です。
そこで生活総研ではこの度、1980年~2020年代のヒット曲約4,100曲に高頻度で登場するワードを分析。さらにその分析結果を基にAIを使って各年代の「ヒンド(頻度)ソング」を制作する、という研究とも企画ともつかない試みを実施してみました。
■時代を見事に映し出した「頻出ワード」
分析の対象としたのは、1980~2020年のオリコンランキング上位約4,100曲の歌詞データです。1980~2019年は年間シングルランキング上位100位、2020年のみ配信などを加味した年間合算シングルランキング上位100位のデータを使用しています。
各年代のヒット曲でよく使われた名詞をまとめたのが図表1ですが、面白い傾向が見えてきます。
![各年代のヒット曲でよく使われた名詞](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/c/1200wm/img_6cf264cd48d132a0632a337153edf88c251878.jpg)
年代別にみると、1980~90年代は「恋」「瞳」「夜」「夏」「男」「女」という名詞が他の年代に比べて頻繁に登場していました。バブル前後の経済的な活況も背景にして、夜に夏に恋をわずらう男女の様子が盛んに歌われていた、ということです。
一方、1990年代後半~2000年代になると、「空」や「明日」という言葉が増加します。長引く不況の影響もあって、空を見上げ明日を模索する姿が歌われるようになったのです。
そして直近の2010~20年代には、「自分」「手」「未来」「世界」といった言葉が増加しています。景気が多少上向きつつ、SNSによって個人が世界に直接発信できる環境が出てきたことで、自分の手で未来や世界をひらく前向きさが盛んに歌われています。
■2000年代から恋愛と性の言葉が消えていった
J-POPというと恋愛ソングが鉄板だった印象がありますし、近年のヒット曲の中にも恋愛をテーマにした歌はもちろん多く存在します。ただ、頻出する名詞の推移を見ると、2000年代以降のヒット曲では1980~90年代の歌詞に頻繁に登場した「恋」や「愛」「男」「女」といったストレートに恋愛や性を想起する言葉は軒並み頻出名詞のランキングで順位を落としています。
ちなみに動詞の分析でも、「抱く」「抱きしめる」といった言葉が減少しています。恋愛を歌うにしても、以前より婉曲的な表現が用いられるようになった、ということなのです。
■男性も女性も一人称に「僕」を使う傾向に
「性」という点でもう一つ面白い傾向が代名詞の分析で明らかになりました。こちらのグラフ(図表2)は、歌詞に含まれる一人称、二人称代名詞を年ごとに曲数で集計し、推移を波形にしたものです。
![【図表】<私―あなた><俺―お前>から<僕―君>の時代へ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/1200wm/img_bfcc0838d635f2293ca36ccf00e8ef8f379412.jpg)
一人称、二人称代名詞の年次推移をみると、連動して動くペアがみえてきます。まず、ピンク色の「私」と「あなた」、次に緑色の「僕」と「君」、そして、グラフ下部で推移している青色の「俺」と「お前」です。
1980~90年代初頭までは「私」と「あなた」のペアが最も使われていましたが、1990年代後半になると「僕」と「君」のペアがトップの座を奪ったことがわかります。
「僕」という言葉は男性が使う一人称というイメージがありますが、実際に歌詞とアーティストをみてみると、男性アーティストだけでなく女性アーティストでも「僕」が使われていました。
図表2で「僕」「君」が増加し始める1990年代後半~2000年代にそれらの代名詞を使っていたのは宇多田ヒカルさん、浜崎あゆみさんなどでした。
その後2000年代後半~10年代にはAKB48さんや、乃木坂46さんなどの坂道グループの曲でも「僕」「君」がよく使われています。最近ではあいみょんさんやLiSAさんなどの曲でも「僕」「君」が使われていることは記憶に新しいのではないでしょうか。
ちなみに、「俺」と「お前」のペアは1980年代には近藤真彦さんやチェッカーズさんなど男性アーティストの曲でよく使われていたものの、その後は減少し、今ではほとんど使われていません。
現在、歌詞で使われる代名詞は「君」と「僕」にほぼ集約されていることから、近年のジェンダーレス化の波は、歌詞にも表れてきている、といえそうです。
■各時代を象徴する歌をAIで作る
さて、そのような分析を踏まえ、私たちは各年代を象徴する“時代の歌”をAIで作ってみる、という試みを行いました。
各年代のヒット曲に多く登場する「高頻度ワード」をそれぞれ5つ選定。亜細亜大学教授の堀玄さんが開発した作詞システムを活用し、それぞれの高頻度ワードを含めることを条件として各年代の歌詞を作成しました。
AIは高頻度ワード以外にも各年代の歌詞を学習しているので、言い回しや言葉のチョイスに時代の雰囲気が反映されています。
続いてAIによる作曲では東京大学名誉教授の嵯峨山茂樹さんが開発した自動作曲システム「ORPHEUS(オルフェウス)」を使用しました。ちなみにこのAI、Webで公開されており、誰でも利用することが可能です。歌詞が異なるとAIが作る旋律も当然異なるため、数十パターンの微妙に異なる歌詞を用意して、うまくマッチするよう調整をしていきました。
こうして出来上がったAI楽曲に、各年代を象徴する楽器の編成や音源の再現を人の手で編曲し、各年代に歌い手を変えてレコーディングを実施しました。
この部分は高木公知さんをはじめとする株式会社インビジの皆さんにご尽力頂いています。最終的な曲調の各年代らしさは、かなりこの編曲、演奏、歌唱のステップによるところも大きいですね。AIと人のコラボ、という点でも非常に面白い取り組みでした。
■80年代の曲は明確に恋の歌
そんな工程を経て、ようやく完成したのが年代別ヒンドソング全5曲です。順番にご紹介すると、まず1980年代のヒンドソングは『夏恋リクエスト』。
![1980年代のヒンドソングは『夏恋リクエスト』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/d/1200wm/img_5d256cfc811c31c797f2e71b955950ef449999.jpg)
80年代にジャンルとして確立されたJ-POPの曲調を反映しつつ、映像内のイラストの感じや、クリームソーダ、ユニコーンなどのアイコンも当時の流行を反映しています。
この時代の楽曲の特徴は、やはり明確に恋の歌であるということです。「男」と「女」という言葉がはっきり登場していたり、「瞳」「髪」などの体の部位表現が80年代は多いですね。
■曲の途中にラップが入り込む90年代
一方で、1990年代のヒンドソングのタイトルは『夜を抱きしめて』。当時を彷彿とさせるハードロック調の仕上がりにしました。
![1990年代のヒンドソングのタイトルは『夜を抱きしめて』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/7/1200wm/img_378f557d01f399c27bc5b6039e1c3e16380220.jpg)
恋の歌であることは80年代と変わりませんが、世紀末ということもあって「夜」「街」「遠い」といったちょっとダークなトーンが入ってきます。
また、ヒット曲の中にラップパートが盛んに登場するようになったのもこの頃です。個人的には中高生になりJ-POPを一番聞いていたのがこの頃だったので、やっぱりテイスト的に好みの曲に仕上がっています。
■オープンな「ボク」と「キミ」の関係性
2000年代は『明日を待てば』。曲調は当時隆盛したR&Bです。映像にあるように、女子高生文化が花開いたのもこの頃でした。
![2000年代のヒンドソングのタイトルは『明日を待てば』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/a/1200wm/img_4af6ac8793a97039a2e2d2e3090d64bd395738.jpg)
歌詞の面では不況が長引く中で、ストレートな恋の歌が減少していきます。「明日」「空」「信じる」といった言葉がヒット曲の中に増加し、なんとか希望を見いだそうと模索を続ける人の姿が描かれました。
2010年代『キミにずっと』は完全にアイドルソングです。(実際に現役アイドルグループの皆さんに歌っていただいています。)
![2010年代のヒンドソングのタイトルは『キミにずっと』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/a/1200wm/img_caf1b7d4a73a692eebe57d307d3dac5d328180.jpg)
徐々に景気が上向き始める中、ヒット曲の中でも「自分」の手で明るい「未来」を見いだそう、つかみ取ろうという前向きなメッセージが歌われるようになりました。また、アイドルブームも影響してか、歌詞の中で描かれる「ボク」と「キミ」の関係性が、恋人とも、友人とも、あるいはアイドルとファンの間柄とも取れるようなものが増えてきました。
■コロナ禍で「触れたい」願望が出てきた
最新の2020年代『声が響く世界で』の曲調は、近年再評価されているシティ・ポップを取り入れつつ、声質はボーカロイド風に仕立てました。
![2020年代のヒンドソングのタイトルは『声が響く世界で』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/3/1200wm/img_b33ecebd8cfb3ceacb8de2e59d5a1451476836.jpg)
歌詞の面では、「世界」とか「全て」とか「幸せ」とか、言葉の抽象度が高くて、人によってさまざまな解釈ができる、よく言えばユニバーサル度の高い歌詞になっています。(実はこの曲が一番お気に入りで、かなり頻繁に聴いています。笑)
コロナ禍がどの程度、どのように影響してきているのかは最新のチャートも加味して分析中なのですが、例えばこの曲にも入っている「触れる」という言葉はコロナ禍以降で増加傾向にあります。行動が制限される中で、人の手に触れるとか、そういうことの価値が増したからかもしれませんね。
■歌は世につれ世は歌につれ
いかがでしたでしょうか。実はこの分析、生活総研が1989年に行った同様の歌詞分析のリバイバル・リサーチでもあったのですが、冒頭に触れた「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉の通り、歌と世相の密接な関係を私たちも改めて再認識しました。
今後も定期的にヒット曲歌詞の言葉の変化について、分析と発信をしていきたいと考えています。
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博報堂 生活総合研究所 上席研究員
2005年博報堂入社。マーケティングプラナーを経て、12年より博報堂生活総合研究所に所属。デジタル空間上のビッグデータを活用した生活者研究の新領域「デジノグラフィ」をさまざまなデータホルダーとの共同研究で推進中。行動や生声あるいは生体情報など、可視化されつつある生活者のデータを基にした発見と洞察を行っている。著書に『デジノグラフィ インサイト発見のためのビッグデータ分析』(共著・宣伝会議)、『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。
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(博報堂 生活総合研究所 上席研究員 酒井 崇匡)
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