「東京ディズニー2割引き」は本当に必要なのか…岸田政権の「ワクワク割」は世紀の愚策である
プレジデントオンライン / 2022年10月20日 13時15分
■大盤振る舞いのツケは国民自身に回ってくる
「イベントワクワク割」や「全国旅行支援」は本当に必要な政策なのだろうか。旅行代金を補助する「全国旅行支援」は、東京都を除く46都道府県では10月11日から、東京都は10月20日から始まる。旅行代金の最大40%、交通機関付きの旅行では8000円、その他では4000円が補助され、そのうえ、平日で3000円、休日で1000円の地域クーポンまで付いてくる。さらに、それとほぼ同時に入園料などを割引する「イベントワクワク割」も始まった。
2020年に実施されて人気を博した「GoToトラベル」「GoToイベント」の形を変えた施策である。政府の大盤振る舞いで、国民からすると「得をした」ように感じられる。だが、いずれそのツケは国民自身に回ってくる。
いったい何のため、誰のために行われている政策なのか。本当にその効果はあるのか。また、ツケはどんな形で回ってくるのだろうか。
■冷え込んだ需要を喚起する役割は果たしたが…
もともとのGoToトラベルは2020年4月に外出自粛や営業自粛で一気に「人流」が止まったことを受け、新型コロナを抑え込んだ後の景気テコ入れ策として計画された。ピタリと客足が途絶えてホテルや旅館などの悲鳴が上がる中で、拙速だという声を押し切って7月に開始した。宿泊代金の50%を2万円まで補助し、その7割が旅行代金の割引、3割が地域共通クーポンという形で、今回の「全国旅行支援」よりも補助金額が大きかったこともあり、一気に旅行客が増える「効果」があった。
秋の京都など人気の観光地には旅行者が押し寄せ、旅館やホテル、土産物店など観光関連業者はほっとひと息ついた。だが、それとともに新型コロナの蔓延が拡大。「人流」を抑制することが蔓延阻止につながるとしてきたのだから「人流」を増やせば蔓延が拡大するのは当たり前と言えた。結果、年末になって「中断」に追い込まれた。
冷え込んだ需要を喚起する、エンジンのスターターとしての役割は証明されたものの、結局、再びブレーキをかけざるを得なくなった。今になって振り返れば、事業実施のタイミングが早すぎたということになる。
GoToトラベルの予算は当初、1兆4368億円が計上されていたが、途中で中断されたこともあり、7000億円余り使って7200億円を余らせた。GoToトラベル再開に向けた予算も確保しているが、今回はGoToトラベルを再開するのではなく、別枠の事業として実施している。
■GoToトラベルに集まった批判の中身
GoToトラベルは人気を博したものの、問題点も浮上した。補助額が旅行代金の50%、上限2万円と大きかったことから、ひとり当たり4万円を超えるような高級旅館・ホテルに人気が集中した。「そもそもそんな高額の旅行ができる豊かな層に何で補助金を出すのだ」といった批判が湧き上がった。また、対象を個人旅行とし、ビジネスの出張は対象外としたこともあり、もともと価格競争を繰り広げていたビジネスホテルなどはあまり恩恵を受けなかったとされる。
もともとGoToトラベルやGoToイベントの施策自体、狙いが曖昧だった。冷え込んだ景気を動かすためのスターターなのか、補助金を呼び水にしてさらにお金を使ってもらう消費拡大策、景気刺激策なのか、それともホテルなど旅行業者やイベント業者の支援策なのか。
前述のように当初はスターターの役割を期待して設計されたが、導入が早期に決まったのは旅行業者の声に配慮したためだった。補助金をきっかけに人流が戻り、経済活動が回り始めれば、景気刺激策になる。
仮に7000億円の予算を使ったとしても、その経済効果が数兆円に及べば政策として意味があったということになる。景気が回復すれば、いずれ法人税や消費税などの税収も増え、国にお金が戻ってくることになる。
■タイミングを誤り景気は回復しなかった
ところがタイミングを誤ったことで、新型コロナが急拡大。経済活動を再び止めたため、経済効果はあまり上がらなかった。結局、蔓延拡大で1年延期していた東京五輪も、無観客にせざるを得なくなり、東京五輪の経済効果も結局は当初の期待にはまったく及ばなかった。
だが、GoToトラベルやGoToイベントが政策的に失敗だったという総括がされているわけではない。むしろ、国民が喜んだのだから、また再開しようという話のまま、ズルズルと存続しているのだ。
今回の「全国旅行支援」は、GoToトラベルへの反省から、上限金額を抑えた。旅行ができる金持ちへの補助金という批判をかわそうとしているのだろう。さらにビジネス客も対象に加えた。また、「平日」の助成を厚くすることで、予約の集中を分散させようともしている。政府としては人気の高かった政策を再開することで、低下傾向が続く内閣支持率を取り戻そうという狙いがあったかもしれない。
■補助金がなくても経済活動は自律的に回復する
だが、2匹目のどじょうは期待外れになるかもしれない。
というのも、2年前とは経済情勢が大きく違うからだ。新型コロナウイルスの感染者は増えたものの、死亡率は低下しており、多くの国民の警戒感が薄れている。結果、経済活動は自律的に回復傾向にある。
「イベントわくわく割」で東京ディズニーリゾートのパスポートを2割引にしなくても入場者は押し掛けるし、「全国旅行支援」で補助金を出さなくても秋の旅行シーズンの人出はかなり多くなると見込まれていた。
さらに政府が決断した外国人観光客の受入規制の実質的な撤廃によって、一気に外国人観光客が増える可能性がある。しかも、大幅な円安が進んでいるため、外国人の間での日本旅行ブームが起きそうな気配だ。放っておいても外国人観光客で観光地は満杯になる可能性があるわけだ。人気のディズニーリゾートにもやってくる外国人が急増するだろう。
そこで問題になるのが価格だ。
GoToトラベルの時にも一部の人気旅館で見られたが、補助金分、価格が上昇するケースがあった。今回は、「全国旅行支援」の補助金が帳消しになるくらい価格が上昇することになるだろう。さっそく、「旅行を予約しようと思ったが、値段が高くなっていて『全国旅行支援』のメリットを感じない」といった声が聞かれる。ディズニーのパスポートだってこれまでも値上げを繰り返し、来年度も繁忙期に値上げすると報じられている。
![京都の旅館の窓から見える庭](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/9/1200wm/img_b968e1b1d782ad5ce8eece88ee937942479682.jpg)
■物価上昇を抑え込むどころか許容させている
岸田文雄首相は10月末までに総合経済対策をまとめるよう指示を出し、物価高騰対策をさらに進めるとした。これまでもガソリン代の高騰を抑えるための補助金の支出や、輸入小麦の価格据え置きなどの政策を実施。さらに価格上昇が続いている電気代・ガス代の価格を抑制するためのこれまでにない政策を実施するとしている。価格上昇(インフレ)は何としても抑えたいというわけだ。
ところが皮肉なことに、「全国旅行支援」や「イベントわくわく割」は価格を抑える方向に機能せず、代金の引き上げを許容させるための補助金になりつつある。
それで旅行業者が儲けて、人件費の引き上げに向かえばまだしも、値上がりを続けている食材費や光熱費に消え、人件費引き上げには回らないという懸念もある。また、旅行代金が上がれば、当然、旅行自体を諦める人たちもおり、GoToトラベルほど旅行を活気付かせる効果があるのかも分からない。
外国人旅行者の増加で、観光業界はそれなりに潤うとしても、それが「全国旅行支援」や「イベントわくわく割」の経済効果だったという話にはなりそうにない。
■バラマキは形を変えた増税を引き起こす
一方で、政府の大盤振る舞いは後々国民へのツケとなって現われる。
財政赤字が膨らめば、いずれ増税などで国民負担が増える。財政赤字に加えて、防衛費の大幅な増額を政府は打ち出しており、国民負担が減る見込みはない。それでも消費増税は行わないというのが岸田首相の公約で、結局は国債の増発で膨らむ予算を賄う他なくなるだろう。
これまでは何とかそれでやりくりしてきた。だが、そのツケとして円安が進んでいる。財政悪化が進めば、その国の通貨の信用度は毀損(きそん)していく。政府・日銀は介入で円安を止めようと必死だが、1ドル=150円に迫り、年初から30円以上も値下がりしている。さらに財政をバラマケば円安に歯止めがかからなくなるという声もある。
円安が進めば輸入物価が大きく上昇し、生活を圧迫するようになる。インフレが加速するわけだ。所得が増えない中で、物価が上がるというのは形を変えた「増税」である。旅行支援と言われても、旅行している余裕がない、という声はどんどん大きくなるだろう。
■政府が介入すればするほど市場は歪む
問題は、「全国旅行支援」によって値上げができた旅館やホテルが、旅行支援が終わったからといって値段を下げるかどうかだ。
外国人観光客の需要があるところは値段を下げる必要がないし、国内旅行者しか泊まらないような宿は、値段を下げざるを得なくなる。しかし、コストは上昇しているから経営は苦しくなってしまう。
そうした業者は年内で終わる予定になっている全国旅行支援の継続を強く求めるだろう。結局、政府はバラマキを永遠に止められなくなってしまうわけだ。実際、すでに「全国旅行支援」の来年度以降の継続を検討するという報道がなされている。
需要と供給で価格が決まるのが資本主義だ。政府が補助金で価格を動かそうとしたり、需要を変動させようとすれば、それだけ市場機能は歪むことになる。結局は、その政策を止めた時の市場の反動が大きくなるわけだ。「全国旅行支援」にしても「イベントわくわく割」にしても、天下の愚策であることは間違いない。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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