これならワインとも戦える…瀬戸内の日本酒ベンチャーが仕掛ける「第三の和酒・浄酎」のすごい可能性
プレジデントオンライン / 2022年10月28日 9時15分
■本社があるのは人口数十人の三角島
ルーラル(田舎)起業家――。SDGs(持続可能な開発目標)や「ESG(環境・社会・ガバナンス)」への関心の高まりを反映し、田舎に拠点を置くルーラル起業家に世界的に注目が集まりつつある。
日本も例外ではない。だとしたらルーラル起業家としてぴったりの起業家は誰か。一人挙げるとすれば三角島で2015年に日本酒ベンチャー「ナオライ」を起業した三宅紘一郎(39)だ。
三角島と聞いてピンとくる人はほとんどいないだろう。それもそのはず、人口はわずか数十人で、船でしか往来できない。島自体が小さく、一周4キロメートルしかない。
皮まで食べられるオーガニック(有機)レモンを基にしたスパークリング酒「ミカドレモン」、まったく新しい「低温蒸留」によって生み出された新ジャンルの蒸留酒「浄酎(じょうちゅう)」――。日本の伝統ともいえる日本酒業界の長期衰退を食い止めようと一念発起したのが三宅だ。
生まれも育ちも広島県呉市。はにかむような笑顔を絶やさず、飾りっ気がない。控えめだが行動力は折り紙付き。立命館大学時代に中国へ飛び出し、そのまま20代を上海で過ごしているのだから。
■映画『ドライブ・マイ・カー』のロケ地
三角島も同じ呉市に属する。だが、戦前には戦艦大和の建造地でもあった呉市本州側が造船や鉄鋼などの重工業地帯なのに対し、三角島を含む呉市諸島部は農業地帯であると同時に「とびしま海道」で知られる観光地だ。別世界である。
![とびしま海道の地図](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/5/1200wm/img_354ddf67e5a044840f0bc5ce475f1e31284972.jpg)
サイクリングロードとして「しまなみ海道」が世界的に有名であるものの、田園度合いではとびしま海道に軍配が上がる。一般道であるため交通量が少なくてのどかなのだ。
今年に入ってとびしま海道は知名度を上げた。米アカデミー賞国際長編映画賞に輝いた『ドライブ・マイ・カー』のロケ地になったからだ。映画の中で西島秀俊が演じる主人公は風光明媚な海沿いをドライブし、三角島に近い大崎下島の港町を宿泊先にしていた。
三宅は「小学生時代に家族に連れられて、(とびしま海道の入り口にある)蒲刈島(かまがりじま)へ遊びに来たことが何度かありました。当時は都会に行くモチベーションのほうが圧倒的に高かったんですけれどもね」と振り返る。もちろん今では島の生活にすっかりなじんでいる。
■国産レモン発祥の地で日本酒の新ブランドを
そもそも三宅が瀬戸内海の諸島部で創業した理由は何だったのか。レモンである。
広島県は国内生産量で50%以上のシェアを握り、断トツで日本一のレモン産地。とりわけレモン栽培に適しているといわれているのが日当たりの良い諸島部だ。「瀬戸田レモン」のしまなみ海道・生口島(いくちじま)と並び、「大長(おおちょう)レモン」のとびしま海道・大崎下島は「国産レモン発祥の地」と呼ばれている。
日本酒ビジネスで地域に根差した新たなブランドを確立したい――これが三宅のビジョンだ。出身地である広島の特色を生かすとなれば、必然的に日本酒にレモンを掛け合わせて新ブランドを立ち上げるという展開になる。
ここから生まれたのが2016年発売のミカドレモンだ。ナオライにとっての第1作。広島産の純米大吟醸――日本酒の最高峰――をベースにして三角島産のオーガニックレモンを掛け合わせたスパークリング酒である。
![純米大吟醸と三角島産のオーガニックレモンを掛け合わせたスパークリング酒「ミカドレモン」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/1200wm/img_aba146e4ef8d326ac2ad3b51f17184f6885379.jpg)
1本当たり6000円を超える高級酒であるだけに、レモンの皮をあしらったボトルデザインも斬新だ。発売翌年に国際コンペティション「ペントアワード」で銀賞を受賞している。ペントアワードはパッケージデザインに特化したコンペとして世界最高峰であり、本部はロンドンにある。
担当デザイナーの名前を聞けば納得する人も多いのではないか。有力デザイン事務所「NOSIGNER(ノザイナー)」を率いる太刀川(たちかわ)英輔なのだ。彼の著書『進化思考』(祥伝社)は昨年に発売され、ベストセラーになっている。
昨年には浄酎のボトル――はやりNOSIGNERがデザイン――がペントアワード銀賞に輝いている。
■「オーガニックレモンバレー」構想
ナオライが持つレモン畑は三角島に加えて、対岸にある大崎下島の久比(くび)地区にまで広がっている。
将来的にはナオライ創業者は久比一帯――行政区分上は三角島も久比――を「オーガニックレモンバレー」にすることを夢見ている。「広島はレモンの産地として日本でナンバーワン。だから広島産レモンを使って新しい地域ブランドをつくりたい」
瀬戸内海の諸島部にはレモン栽培に適した場所は多い。その中で三角島がナオライの創業地となったのは偶然が重なった結果である。
■三角島行きの渡船で運命的な出会い
2015年1月、三宅は理想のレモン畑を探す旅に出た。下蒲刈島、上蒲刈島、豊島(とよしま)、大崎下島――。呉市本州側からとびしま海道に入り、柑橘(かんきつ)類の一大産地である島々をドライブした。前年まで大都会の上海で9年間過ごしていただけに、農業については手探り状態にあった。
大崎下島をドライブしていたとき、久比港で車を止めた。対岸にある三角島が視界に入り、地元農家から聞いていた「南向きの急斜面がある畑が最高」というアドバイスを思い出したのだ。あそこで新ブランドをつくれたら面白いかも!
![久比港と三角島をつなぐフェリー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/6/1200wm/img_06531cb0971ad2449bc9e8211d5617071080477.jpg)
早速、久比港から三角島行きの渡船に乗り込んだ。船長から話し掛けられた。
「何しに来とるんか?」
「レモン畑を探しているんです」
「ならうちに来るか?」
何と、船長は三角島にレモン畑を所有する農家でもあった。2人は偶然に驚き、電話番号を交換した。
5カ月後、船長から電話があった。「移住することになった。畑が空くけれども……」
三宅は運命的なものも感じずにはいられなかった。結局、船長からレモン畑を借りると同時に、三角島にナオライの本社を置くことを決めた。同年4月、ナオライを創業した。
■手探りの無農薬栽培、枯れるレモン畑…
ナオライを創業したからには、オーガニックレモンバレー実現に向けて一歩を踏み出さなければならなかった。
広島は日本一のレモン産地とはいえ、有機栽培という点では立ち遅れている。オーガニックレモンは全体の10%にも満たない。大半のレモン畑で農薬・化学肥料が使われ、土壌や生態系の破壊にもつながっている。
ナオライにとってオーガニックレモンは親和性が高い。レモンは店頭に並ぶのではなくお酒に加工される。だから外見上ぴかぴかである必要はない。有機栽培であれば商品価値が高まり、ミカドレモンや浄酎のブランドに磨きがかかる。
言うは易く行うは難し。当初は苦難の連続だった。無農薬栽培となった途端にレモン畑は枯れていったのである。農業について素人同然の三宅には理由は分からず、焦りが募るばかりだった。
一体どうしたらいいものか……。
困り果てていると、久比の知人から貴重な情報を得られた。「オーガニックのことなら梶岡さんに頼ればいいんじゃないかな」。久比を舞台にして耕作放棄園の再生や柑橘園の無農薬化を探求している元研究者がいるというのだ。
■「究極のオーガニックレモン」の作り手
梶岡秀(ひでし)、75歳。久比生まれの久比育ち、グレーの顎ひげを蓄えてダンディーだ。超高齢化が進む久比地区の再生に人生をささげている。
2012年に定年退職し、50年ぶりに故郷の土を踏んだ梶岡。古希を超えても畑仕事やボランティア活動でフル回転中だ。「超高齢化地域の久比では私は若者。85歳以上にならないと高齢者の仲間に入れない」と苦笑いする。
2016年暮れ、三宅は梶岡を訪ね、協力してもらえないかどうか打診してみた。ありがたいことに二つ返事でOKしてもらえた。
2017年に入り、梶岡と一緒にレモン畑の無農薬化に乗り出した。日々何かを学んでいた。「土壌の下に存在する無数の微生物のことを考えないとね」「人間は自然の一部。自然とのバランスが何よりも大事です」「レモン畑に必要以上に手を加えず、サポートに徹しましょう」――。まるで哲学を学びながら畑仕事をしているように感じた。
収穫時に焦り、レモンを雑に放り投げていたときのことだ。梶岡から「レモンはそっと置きましょうね」とやんわりと言われた。すべて生き物として捉えなければいけないんだな、と肝に銘じるようになった。
だからこそ梶岡が育てたレモンは特別に見えるのだろう。三宅に言わせれば「究極のオーガニックレモン」だ。
![三角島のレモン畑。右端は三宅さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/1/1200wm/img_71eac8116acc6da756584fb4225fcfbe941819.jpg)
そもそもなぜレモン畑は枯れてしまったのか。植物の根と共生している微生物「菌根菌(きんこんきん)」が弱体化していたのである。大量の農薬が使われると土壌の菌根菌が弱まり、レモン畑は無農薬栽培では生存できなくなってしまう。
■自然との調和を目指すルーラル起業家へ
梶岡のやり方は社会問題の解決を目指す「社会起業家」的なメンタリティーと見事に合致した。願ってもない展開だった。というのも、三宅は大量生産・大量販売型のビジネスモデルとは距離を置き、社会起業家として世の中に変革を起こそうと決心していたからだ。
きっかけとなったのは、社会起業家を育成するためのアクセラレーションプログラム「SUSANOO(スサノヲ)」だ。三宅は2014年に上海から帰国すると同プログラムに応募し、第1期生に選ばれていた。ナオライ創業の前にSUSANOOで半年以上にわたってビジネスモデルを考えていたわけだ。
SUSANOOの影響は大きかった。当初のビジネスモデルはもちろんのこと、人生観までもがらりと変わってしまった。「大都会を拠点にして売り上げ拡大を最優先する起業家」が過去を捨て去り、「時間をかけて自然との調和を目指すルーラル起業家」へ変身したともいえる。
三宅は当時を振り返ってこう話す。「大都会の上海で過ごしていたこともあり、いかにたくさん売るということしか頭になかった。SUSANOOにやってきて資本主義や市場の失敗について深く考えさせられ、違う価値観を持つようになりました」
■「それだけでは社会は変わらない」とダメ出し
SUSANOOで初めてナオライのピッチ(投資家相手のプレゼン)を行ったときのことについては今でも鮮明に覚えている。
「日本酒の地域ブランドを確立することで日本酒業界を救いたい。上海で長年日本酒販売を手掛けてきた経験を生かせると思います」
ここで主催者側を代表して厳しめのコメントをしたのがSUSANOOの立ち上げに関わった孫泰蔵だった。オンラインゲーム大手ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業などで知られる実業家であり、ソフトバンクグループ創業者である孫正義の弟でもある。
「ふーん……それだけでは社会は変わらない。君がやらなくてもJETROがやってくれるんじゃないかな」
JETROとは、経産省所管の独立行政法人「日本貿易振興機構」のことだ。大きな社会課題を解決するために自分にしかできないことを見つけ出さなければならない、と孫はアドバイスしていたのだ。
■イノベーションの起爆剤は「第3の和酒」
当時、アメリカではライドシェア(相乗り)のウーバー・テクノロジーズや民泊仲介のエアビーアンドビーがすい星のごとく現れ、既存秩序をひっくり返すような存在に躍り出ていた。短期間で急成長し、社会構造を一変させるスタートアップのお手本だった。
だが、社会起業家が取り組むソーシャルエンタープライズ――あるいはソーシャルスタートアップ――は少し違う。誰かがやらなければいけないのにビジネスとして成立しにくい分野にあえて飛び込むのを本領にしている。そこで斬新なビジネスモデルを編み出し、社会課題を解決するわけだ。
代表的分野としては老人介護やホームレス支援などがあり、行政やNPO(民間非営利団体)に任せればいいのではないかという意見もある。しかし、現実には多くの問題が先送りされたままになっている。組織が硬直化していたり、昔ながらのやり方が漫然と続けられていたり、原因はさまざまだ。
では、三宅は社会起業家として何を目指しているのか。日本酒業界で新たなイノベーションを起こし、全国各地の酒蔵と共同で日本酒文化を未来へ引き継ぐというビジョンを思い描いている。
戦略商品となるのが2019年発売の浄酎だ。日本酒でもなく焼酎でもない「第3の和酒」と位置付けられている。米と米麹から造る米焼酎とは異なり、日本酒をさらに40℃以下の低温で浄留して香りや風味を凝縮した蒸留酒で、ウイスキーのように時間がたてばたつほど丸く深みが増すという。
![浄酎の飲み比べセット。180ml × 3本セットで5980円(税込)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/0/1200wm/img_f03cfd3fcbdf10f6293d73b5a176f429307284.jpg)
一般的な日本酒のアルコール度数が15%前後であるのに対し、浄酎は41%と高く、オンザロックやソーダ割にして味わう。広島産のオーガニックレモンと掛け合わせたバージョンもある。2021年発売の「琥珀浄酎」だ。
■「低温蒸留」で日本酒の長期熟成が可能に
発端は上海時代の気付きだった。デパートに置かれている日本酒は保存状態が悪く、とても高級酒として売れるような状態ではなかった。同じ醸造酒であっても長期熟成で価値が高まるワインとは違うのだ。
日本酒が劣化しやすい原因は水分比率の高さにあった。海外で勝負するためには鮮度が命の日本酒では不利ではないのか? 生のイチゴを世界中で売っているのと変わらないのではないか? 蒸留酒のウイスキーと同じように長期熟成に向いたお酒を造るべきではないのか? さまざまな疑問が湧いてきた。
ナオライ創業の翌年――2016年――三宅は画期的な技術に巡り合えた。専門家を訪ねたり文献を読んだりしているうちに、水分比率を低くしつつ日本酒の風味を損なわない「低温蒸留」という技術の存在を知ったのである。
その後、必死になって勉強すると同時に必要な機材を購入した。「本当に衝撃を受けました。これで長期熟成が可能になる。しかも副産物としてアミノ酸が生まれ、化粧品や食品に活用できる道も開けるのです」
開発スタートから3年後、「焼酎とどこが違うのか」といった異議申し立てを跳ね返して、低温蒸留技術で念願の特許を取得した。
![ナオライが瀬戸内海の大崎下島・久比に持つ蒸留所](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/6/1200wm/img_b6da0041c015ea78d0017ccf7ea78f351428019.jpg)
■日本酒の酒造は40年間で半減
三宅はそもそも物心付いたころから日本酒に興味を持ち、いつしか「衰退が続く日本酒業界を救いたい」と思うようになっていた。お酒にはあまり強くないというのに。
無理もない。親族が呉市で160年以上の歴史を持つ老舗酒蔵を営んでいることもあり、酒蔵関係者に囲まれながら育ったのだから。休廃業が相次ぐ日本酒業界の現状を目の当たりにして、他人事には思えなかった。
数字がすべてを物語る。日本酒の消費量がピークだった1975年には製造免許を持つ酒蔵は全国に3229場存在した。その後は毎年数十場のペースで休廃業が続き、40年後には半減している。
■2028年までに全国に浄酎モデルを取り入れる
日本酒業界を救うためには海外展開が不可欠、と三宅は考えている。幸いにも海外市場に詳しいし、人脈も持っている。20代を上海で過ごして中国語を習得。しかも一貫して日本酒ビジネスに携わっていた。
2022年7月にはシリコンバレーに1週間にわたって滞在。経産省が立ち上げたイノベーター育成プログラム「始動」の選抜メンバーになり、地元の起業家や投資家との交流を深めた。もちろん浄酎を持参し、あちこちで試飲してもらっている。
シリコンバレー滞在中には地球の裏側で大きなニュースが飛び出した。ナオライが双日との業務提携にこぎ着け、浄酎の販売やアミノ酸の商品化で協力を得られることになったのだ。総合商社との提携はグローバル展開の足掛かりになりそうだ。
三宅は長期的な目標として、2028年までに全国47都道府県に浄酎モデルを取り入れる構想を掲げている。中立的な立場で全国各地の酒蔵と組んで浄酎の地域ブランドをつくり、国内外での販路拡大を側面支援していくわけだ。
実は、ナオライ創業者は二足のわらじを履いている。2019年に久比を拠点にするソーシャルエンタープライズ「まめなプロジェクト」を立ち上げ、共同代表に就任している。つまり、ルーラル起業家・社会起業家であると同時にシリアルアントレプレナー(連続起業家)でもあるのだ。
「まめなプロジェクト」とは何なのか。次回で紹介しよう。(文中敬称略)
(第7回に続く)
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ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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