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よくある「貧乏な離島」ではない…瀬戸内海の限界集落で進む「介護のない社会」という大実験

プレジデントオンライン / 2022年10月29日 10時30分

社会起業家の更科安春氏。「まめなプロジェクト」の一環として、まめな食堂を運営している - 筆者提供

瀬戸内海に浮かぶ大崎下島(おおさきしもじま)では、社会起業家が「介護のない社会」を目指すプロジェクトを進めている。全国各地で増えている限界集落のうち、なぜ大崎下島が選ばれたのか。ジャーナリストの牧野洋さんがリポートする――。(第8回)

(第7回から続く)

■母親の介護に関わり「残りの人生をささげたい」

更科安春、67歳。介護問題をライフワークにしたのには個人的な理由があった。自分の母親の介護である。

2014年のころのことだ。母親が90代に入りにわかに衰え、入退院を繰り返すようになった。それまで何でも一人でこなしていたというのに、ちょっとしたことで転んだり、一日中寝込んでいたり。そのうち認知症も患うようになった。

すでに還暦を迎え仕事のペースを落としていた更科。母親の面倒を見ながらでも仕事ができると考え、在宅介護の道を選んだ。結局、母親が94歳で亡くなる2017年まで3年間にわたって在宅介護に関わった。

■実業家・孫泰蔵と久しぶりの再会

在宅介護中、大きな転機があった。2015年の大みそか、更科は旧知の実業家・孫泰蔵(50)に久しぶりに会ったのだ。そのころには仕事観を一変させ、残りの人生を介護問題にささげたいと思うようになっていた。

「母親の面倒を見ていて、介護制度の問題点を目の当たりにしました。これからは介護をライフワークにしようと思っているんです」。

孫は投資会社ミスルトウ(Mistletoe)の創業者。一般的にはオンラインゲーム大手ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業者として知られており、ソフトバンクグループ創業者・孫正義の弟でもある。

「ならばうちに来てまた一緒にやりませんか?」

もちろん更科はOKした。母親が永遠の眠りに就くのを待ってミスルトウの契約社員になり、15年ぶりに孫と職場を共にすることになった(2000~02年にも孫の学生ベンチャーであるインディゴで働いていた)。

孫にとっては更科の「介護のない社会」構想は願ったりかなったりだった。というのも、ミスルトウは単なる投資会社ではないからだ。

■孫泰蔵の「四十にして惑わず」の経験

ミスルトウが使命にしているのはソーシャルエンタープライズ――あるいは社会起業家――の支援である。利益極大化を第一にするビジネスモデルでは解決しにくい分野にスポットライトを当て、イノベーションを起こするのがソーシャルエンタープライズだ。

介護、医療、貧困、福祉、教育――。ソーシャルエンタープライズが取り組むべき分野は枚挙にいとまがない。とりわけ介護は大きなテーマだ。高齢化率の高さで日本が世界で突出しているからだ。

四十にして惑わず、といわれる。孫自身も40回目の誕生日を迎えて自分の人生観を変えている。

ちょうど10年前――40歳になるころ――のことだ。カレンダーを眺めていてふと気付いた。朝から晩まで会議ばかりで日々の予定が埋まっていたのである。まるで会議をするために生まれてきたみたいじゃないか! クソみたいな人生を送っているんじゃないのか?

孫は自分の若いころを振り返りながら言う。「あのころは40歳の大人に会うとめちゃくちゃおっさんに見えました。そうはなりたくないなあと思いましたね。でも、自分のライフワークが何なのか分からなかったから、常に不安と緊張に追われていました」

実際に40歳になってどんな思いを抱くようになったのか。「この世に生まれたからには何かを残したいし、自分の知識や人脈を生かして子どもたちのために少しでも世の中を良くしたい。そのように強く思うようになったのです」

■久比地区に元気な高齢者が多い理由

「介護のない社会」の実験場として選ばれたのが、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島の久比(くび)地区だった。超高齢化社会の縮図ともいえる限界集落である。

孫は自ら久比へ足を運んで現地を視察し、更科らが立ち上げたソーシャルエンタープライズ「まめなプロジェクト」が大きなポテンシャルを秘めた投資対象であると確信。「まめな」が2019年3月に一般社団法人になった段階で2億円を拠出した。

投資とはいっても通常の投資ではない。基本的に寄付の形を取っている。孫が求めているのは金銭的なリターンではなく社会へのインパクトなのだ。

更科が久比初訪問時に気付いたように、久比地区には元気な高齢者が多い。その理由は何なのだろうか。孫が注目したのがどの家にもある「農床(のうとこ)」だ。一言で言えば「多品種少量生産の家庭菜園」である。

農床で育てられる野菜や果物などの農産物は数十種類に上る。「うちはナスとキュウリを育てたい」という住民もいれば、「うちはオリーブの木を植えたい」という住民もいる。収穫期もさまざまだ。

そんなことから、住民は一年中農作業で汗を流している。同時にお互いに農産物を分け合っている。今風に言えばシェリングエコノミーを実践しているといえる。

孫は「農産物を分け合っていたら売り上げは立たない。だからGDP(国内総生産)で見たら久比の集落は全然稼いでおらず、表面上は貧乏になってしまう」と指摘する。

「でも、実際にはすごく豊か。住民は常に農床を手入れして汗を流しているから、高齢になっても認知症にならずに元気。収穫物を育てる喜びも得られるし、シェアする喜びも得られる。だから自己肯定感が生まれてくる」

■アメリカのヒッピーコミューンと共通項

個人的には久比を訪問してヒッピーコミューンを思い浮かべた。半世紀前のアメリカ西海岸で花開いた若者文化の拠点となったのがヒッピーコミューンだ。

当時、自由を求めて大勢の若者がヒッピーコミューンに集まり、新たな文化やイノベーションを生み出す原動力になっていた。その中の一人が米アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズだ。

大都会から隔絶された世界でコミュニティーが生まれ、自給自足の生活を営んでいるという点で、久比とヒッピーコミューンは共通する。

しかし、取材を進めていくうちに両者の間に大きな違いがあるということにも気付いた。反体制思想に傾斜したヒッピーコミューンが排他的・内向きになったのに対し、久比は誰にも門戸を開いて多様性を推し進める「自律分散型コミュニティー」を目指している。

■26歳の青年が東京から久比に移住した理由

多様性確保のためには世代間の交流も欠かせない。久比取材時に私の案内役になってくれたのは若者だった。

福崎陸央、26歳。更科と同様に東京生まれ東京育ち。ブルージーンズに合わせて黒シャツをタックアウトして着こなす好青年だ。カメラマン志望でいつも一眼レフカメラを手にしている。

「まめな」のバーでインタビューに応じる福崎陸央さん
筆者提供
「まめな」のバーでインタビューに応じる福崎陸央氏 - 筆者提供

武蔵野美術大学を卒業後に広告制作会社に就職し、コンセプト設計やコピーライティングを担当。「まめな」と出会ったことで、2年前に退社して久比へ移住している。

「サラリーマンを2年間やっているうちに、誰のために働いているのだろうと疑問に思うようになりました。おカネが回ればすべて良しみたいな考え方になじめず、やりがいを感じられなくなり、会社を辞めました」

大都会から限界集落に飛び込んで退屈しないのだろうか?

「退屈なんてしません。農家だけじゃなくて学生や起業家にも会えるし、刺激があり過ぎて困っているくらい。サラリーマン時代よりも多様なバックグラウンドの人たちとつながっています。それでおなかが一杯になってしまう(笑)。買い物もそんなにしないので困りません」

■スタッフには「ベーシックインカム」を支給

「まめな」に賛同し、久比で活動する若者は多い。例えば、広島大学を休学して「まめな」で住み込みで働いている福島大悟(20)。2020年に高校生として「日経ソーシャルビジネスコンテスト」に参加し、学生部門賞を受賞した社会起業家だ。

スタッフ全員がいわゆる「ベーシックインカム」を支給されている。月額20万円に満たない給与でも困らない。家賃や食費、光熱費を払わなくてもいいからだ。

更科は「地域全体が元気になるためには多様性が重要で、そのためには若い人が必要です」と強調する。「まめなでは大学生3人が農家になると宣言しました。このうちの一人は今春に大学を卒業してすでに農業を始めています。サステイナブルな農業の研究・実践をリードしてくるのではないかと期待しています」

■新事業は寺子屋に高齢者支援、訪問看護…

井戸端会議用のコミュニティースペース、多拠点生活者向けの宿泊施設・コワーキングスペース、遊び・学びの寺子屋施設「あいだす」、高齢者支援のための技術開発「エルダリーテック」、訪問看護事業「ナース&クラフト(N&C)」――。設立からわずか数年だというのに、「まめな」の活動領域はどんどん広がっている。

更科がとりわけ強い思い入れを抱いているのがN&Cだ。介護に直結するスタートアップであるからにほかならない。

「まめな」で立ち上がった訪問看護のスタートアップ「ナース&クラフト」の拠点。宿泊施設も備えている
筆者提供
「まめな」で立ち上がった訪問看護のスタートアップ「ナース&クラフト」の拠点。宿泊施設も備えている - 筆者提供

N&C立ち上げに際し、更科は市の福祉保健課や医師会からは「やるのはいいですけれども人は集まりませんよ」と繰り返し警告された。看護師の職場は夜勤や長時間労働が常態化してブラックといわれているからだ。

そこで大胆な働き方改革を実践した。具体的には、兼業を前提にして看護師を募集したのである。すると、すぐに4人の看護師が集まった。このうち3人は東京を含め域外からの移住組だった。

■地元でピンシャンコロリできる環境を整備

まめなで採用された看護師は長時間労働とは無縁だ。週末の2日に加えて平日の1日を介護以外の時間に充てられるからだ。

更科は言う。「平日の1日は好きなことをやってもらいます。畑仕事でもいいし趣味でもいい。あるいは1週間5日働く代わりに1日の労働時間を2時間減らす。とにかく介護と違うことをやってリフレッシュしてもらうことが狙いです」

介護士ではなく看護師を採用したのには訳がある。住民が地元でピンシャンコロリできる環境を提供するためである。

介護士と違い、看護師は医師の管理下で医療行為を認められ、看取りを行える。言い換えれば、看護師がそばにいれば、最期を迎えた住民は病院に行かずに、住み慣れた自宅で旅立てる。

ピンシャンコロリ――。ここに更科ビジョンの本質は集約されるのかもしれない。(文中敬称略)

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。

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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)

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