これ以上借金を増やすと日本は財政破綻する…そんな最悪の勘違いが日本を「貧乏な国」に変えてしまった
プレジデントオンライン / 2022年10月27日 10時15分
※本稿は、森永康平『「国の借金は問題ない」って本当ですか?』(技術評論社)の一部を再編集したものです。
■日本のGDP成長率は25年以上横ばい
【森永】ここからは現実の日本経済の話をしていきましょうか。まず大前提として、通常の先進国であれば、年々経済成長をして、ディマンドプルインフレが起こっていることが普通です。つまり、GDPの額が毎年大きくなり、モノやサービスの物価は緩やかに上がっていきます。そうなれば、国民の所得も上がっていきます。というわけで、まずはGDPから見てみましょうか。
1997年を「1」とした時の、世界各国のGDPの成長率が次の図表1です。
![【図表1】1997年を1とした時の主要国のGDP成長率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/0/1200wm/img_1091bef996e8aeff39613bc90acf6609114851.jpg)
【中村(大学生)】あ、あれ……? 日本だけ横ばい……先生、これ間違ってませんか? 世界第3位でこれってあり得ないんじゃ……。
【森永】現実を受け止めましょう。日本は1997年で経済成長がほぼ止まっており、ずーーーーーーっと横ばいです。いまだに世界第3位でいられるのは、高度経済成長期やバブル期の貯金でしょう。では次に、消費者物価指数(図表2)です。海外にもコアコアCPI(注)と同じような指標があるので、それを使って比較してみましょう。
注:消費者物価指数(CPI)から、天候などに左右されやすい生鮮食品とエネルギー品目を除いた指数。
![【図表2】日本と主要国のコアコアCPIまたはそれに準ずる指標の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/0/1200wm/img_60157fa7e44ad9e7bae4ffebefbc0dab172060.jpg)
【中村】これも日本だけ低いですね……。
【森永】基本は横ばい、微増と微減を繰り返している感じですね。ただしコアコアCPIは消費税で引き上げられた物価も含むので、それでも横ばいということは、実質的にマイナスと考えていいでしょう。
■日本は「全く成長できていない国」になり下がった
次にGDPギャップ(図表3)。これは日本だけのデータになります。
![【図表3】日本のGDPギャップの推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/3/1200wm/img_836adf81314d3a840fb319c7e8a831ca114920.jpg)
【中村】ほとんどマイナスですね……ってことはデフレギャップで、需要不足ってことでしょうか。たまにプラスに転じてインフレギャップになりますが、すぐにマイナスに戻っています。
【森永】そうですね。日本は長らく需要不足、あるいは需要が超過してもほんの一瞬で、すぐにデフレギャップに戻ってしまっている、ということが言えます。需要が牽引するディマンドプルインフレにはほど遠い状態が続いています。しかも、日本のGDPギャップの計算には「平均概念の潜在GDP」が使用されているため、見かけのGDPギャップは小さくなります。それでもこれだけの需要不足ですから、深刻なデフレと言えるでしょう。では次に、GDPデフレーター(注)を見てみましょう(図表4)。
注:物価動向を測る指数の一つ。名目GDPを実質GDPで割ることで算出される。
![【図表4】日本のGDPデフレーターの推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/f/1200wm/img_af53e5bc39e0970f26ec9d3a9df49235150205.jpg)
【中村】1990年代後半から、ほとんどマイナスですね……たまにプラスに転じていますが、すぐにマイナスになっています。
【森永】GDPデフレーターは、コアコアCPIと同じく前年比で見るので、-1%が2年続けば基準年から約2%下がっていることになります。単年でプラスに転じたとしても、全体のマイナスをカバーしきれるほどではありません。なお、2014年と2019年のプラスは消費増税によるものなので、ディマンドプルインフレではないですね。
【中村】そんな……日本ってこんなに成長できていない国だったんですか……。
【森永】GDP、コアコアCPI、GDPギャップ、GDPデフレーター、どれを見ても、残念ながら日本経済は停滞していると言わざるを得ません。
■企業物価指数は上がっているが…
もう1つ、日本独特の数字が現れているデータも見てみましょうか。「企業物価指数」というデータです(図表5)。企業間で売買される原材料等の物価変動ですね。工業製品・農林水産物・鉱産物・電力・都市ガス・水道です。
![【図表5】日本の国内企業物価指数と輸入物価指数の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/7/1200wm/img_874d2c188747276f18f52f188b6f4ccd138110.jpg)
【中村】あれ? こっちはけっこう上がってる。
【森永】その通り。国内物価指数だけは動きが鈍いですが、輸入物価指数は円ベース、契約通貨ベースも概ね同じような動きで推移しており、企業同士が売買するモノの物価は上がっています。にもかかわらず、先ほど見たコアコアCPIは非常に鈍い動きです。で、これは現実のどんな現象を意味しているのか? ということを考えてみましょう。
中村くん、子どものころに比べてお菓子が小さくなったとか、お弁当の箱が底上げされて中身が減ったとか、感じたことはありませんか?
【中村】あります。自分が成長して体が大きくなったから、相対的に小さく感じるのかなと思ってたんですが、やっぱり小さくなってるんですね。
【森永】企業物価指数は上昇傾向にあるので、お菓子やお弁当を作るメーカーからすると、商品1個当たりの生産コストは上がっています。通常はコストが上がった分、販売価格も値上げしますが、日本はずっとデフレ、低インフレなので、販売価格をほんの少し上げるだけで消費者に買われなくなってしまうんです。そこで企業が考え出したのが「ステルス値上げ」です。
【中村】あー、よく聞きます。テレビでも話題になってますよね。
【森永】そうですね。最近になって大手メディアでも言及されるようになりました。お菓子1個当たりの内容量を減らして小さくしたり、お弁当の箱で嵩上げして中身が減ったことをわからないようにしたりして、代わりに値上げはしないという手法です。
![コンビニの弁当](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/b/1200wm/img_ab413e181333eebff3d98ac2b933b208259322.jpg)
■企業は原材料価格の上昇を価格転嫁できていない
しかし消費者から見れば、同じ値段でも中身が減っているので、実質的に値上げと同じ。ステルス値上げによる実質的な値上げは、CPIにも反映されていると言われています。しかし、現実として「企業物価指数の上昇と比較すると、コアコアCPIの上昇は緩やか」というデータがある以上、企業は原材料価格の上昇を価格転嫁しきれていない、ということが言えるでしょう。
企業物価指数と消費者物価指数の乖離(かいり)は、お菓子やお弁当が小さくなる程度ですむならまだいいんです。しかし問題はもっと深刻です。モノの仕入れ価格が上がるなら価格に転嫁させないといけませんが、日本ではほんの少し値上げするだけで売上が激減してしまう。となると、ステルス値上げでも吸収しきれないほどの仕入れ高がいずれ訪れます。中村くん、そこで削られる経費はなんだと思いますか?
【中村】えー、なんでしょう、電気代とかでしょうか?
■実質賃金が上がっていないのは日本くらい
【森永】違います、人件費です。つまり私たちの給料ですよ。企業の経費でもっとも大きなものは、通常は人件費です。ここに手を入れてしまうわけです。というわけで、世界の平均年間賃金(購買力平価)の推移を見ていきましょう(図表6)。
![【図表6】主要国の平均年間賃金(購買力平価)の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/e/1200wm/img_ee697c9ef4e90484f79d7d3c327616ef189373.jpg)
【中村】先生、日本だけが地を這っているように見えるのですが……。
【森永】現実を見ましょう。先進国どころか、発展途上国を含めても、ここまで実質賃金が上がっていない国は日本だけ、むしろ下がっています。もちろん、基準年に対してどれだけ上がっているかというグラフなので、より長期のグラフにすれば日本より低い数字の国もあるかもしれませんが、こと先進国においては給料が上がり続けるのが普通です。下がっている時点で異常です。
【中村】ちなみに先生、実質賃金とはなんでしょうか?
【森永】額面だけを見た数字が名目賃金、そこに物価の影響を加味した数値が実質賃金です。例えば中村くんのアルバイトの時給が1000円から1020円に増えれば、名目賃金が2%上昇したと考えます。それに対して物価が5%上昇してしまえば、賃金上昇以上に物価が上昇したことになりますから、買えるものは減りますよね。これが実質賃金です。
【中村】なるほど、たしかに……。
【森永】コアコアCPIはほとんど変動していないにもかかわらず、日本の実質賃金は大きく減っています。消費税の増税や社会保険料の増加も要因の1つでしょう。日本は労働基準法によって、解雇や減給がしにくい労働環境になっています。しかし昇給もなかなかされず、さらに非正規雇用や個人事業主が増えたことによって日本全体の給料が減り、実質賃金が低迷していると考えるのが自然です。
■日本は政府支出が足りなさすぎる
【中村】先生、日本経済はどうしてこんなに長い間停滞しているんでしょうか? 「世界第3位の経済大国」と聞いていたのに、こんなにずっと成長していないなんて……。
【森永】簡単です。政府による支出が足りないからです。
【中村】ええっ⁉ でも日本政府って毎年税収以上に支出していますよね? たしか税収60兆円前後に対して、歳出100兆円とか。それでも足りないんですか?
【森永】はい、全然足りません。たしかに日本政府の歳出は税収よりはるかに多く毎年赤字ですが、それでも全然足りないんです。
【中村】何をもって「足りない」というんでしょうか?
■「政府が支出を拡大させすぎると財政破綻する」という勘違い
【森永】GDPが伸びているかどうかです。GDPの計算式の中には「政府支出」が含まれているので、政府支出がそのままGDPに加算されます。で、実はものすごくわかりやすいデータがすでにあるんです。次のグラフは、世界各国の政府支出の伸び率と、名目GDPの成長率を表した散布図(図表7)です。
![【図表7】世界各国の政府支出の伸び率と名目GDPの成長率を表した散布図](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/1200wm/img_64e0cdf1ec44dcaa0e33ba47dc3946c3123287.jpg)
横軸が名目GDP成長率、縦軸が政府支出伸び率です。右に行くほど政府支出の伸び率が高く、上に行くほど名目GDPが成長しています。この散布図を見ると、政府支出を伸ばしている国が名目GDPを伸ばしていることが明らかです。日本は一番左下、政府支出も名目GDPも、もっとも伸び率が低い位置にいます。
【中村】一目瞭然じゃないですか! なんで日本はやらないんですか?
【森永】政治家もメディアも国民も、「政府が支出を拡大させすぎると財政破綻する」と本気で思っているからですよ。中村くんも今日までそう思っていたでしょう? 政治家は日本国民が選挙で選びますから、その国民の間で「無駄遣いするな」という声が大きければ、当然こうなります。
世界中の“国の借金”の残高は増え続けるのが普通です。加えて、単年の“国の借金”が前年比で増えるのも当たり前。今年100兆円を支出したなら、翌年は103兆円、という具合ですね。ところが、日本は前年比で“国の借金”を減らそうとしています。それが次のグラフ(図表8)です。
![【図表8】日本の歳出の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/4/1200wm/img_64b00dff1e1e3774492591d4d4a4f8e1172140.jpg)
日本政府予算は基本的に前年以下。補正予算が組まれて、最終的に前年比で微増になることがほとんどですが、それでも他国に比べれば伸び率は低い。2000年代は前年比でまったくと言っていいほど増えていませんし、2009年と2011年は、リーマンショックと東日本大震災により止むを得ず増やしたに過ぎません。2020年はコロナ禍により過去最大の伸び率となっていますが、2021年と2022年(当初予算)では大幅に減らしています。これでは経済成長など見込めるはずもありません。
■政府の支出に税収は関係ない
【中村】経済成長しておらず、景気が悪くて税収が低いから、あまり支出できない、ということはないのでしょうか? 図表7でも、景気がよくて税収が多い国が、支出を増やしている、なんてことは……。
![森永康平『「国の借金は問題ない」って本当ですか?』(技術評論社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/1200wm/img_031daec6434b2c3d16b577b9fe062a12116522.jpg)
【森永】では図表8で2020年の歳出を見てみると170兆円を超えています。この数字は過去最大。2020年と言えば、新型コロナウイルスの被害が本格的に始まった年でしたね。2018年11月から景気後退していたのに、翌年の10月に消費増税をしましたから、コロナ前から不景気に突入しています。
にもかかわらず、政府は2020年に過去最大の支出を行いました。つまり、政府の支出に税収は関係ないんです。そもそも、政府の予算は支出が先で税収が後、繰越金もありません。つまり、政府は「ここに予算をつける」という政治家の意志1つだけで、国債を発行し、支出を行うことができるのです。国債発行と政府支出は、それ自体がお金を作る行為と同じですから。
【中村】た、たしかに……。
【森永】MMTは「トンデモ理論」「ブードゥー経済学」など、さんざんな言われようですが、理論を1つ1つ読み解いていくと、現実を忠実に解説した非常に筋の通った理論です。議論が巻き起こり賛否両論があるのはどんな分野のどんな理論でも共通ですが、賛否どちらの立場に立つにしても、何を語っているかをしっかりと把握することが第一です。
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株式会社マネネCEO、経済アナリスト
証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。その後2018年6月に金融教育ベンチャーの株式会社マネネを設立。現在は経済アナリストとして執筆や講演をしながら、AIベンチャーのCFOも兼任するなど、国内外複数のベンチャー企業の経営にも参画。著書は『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)や父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)など多数。
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(株式会社マネネCEO、経済アナリスト 森永 康平)
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