江戸時代に戻っても環境問題は解決しない…「産業革命が地球を破壊した」と主張する人の大誤解
プレジデントオンライン / 2022年10月27日 10時15分
※本稿は、夫馬賢治『ネイチャー資本主義』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■産業革命と環境破壊に因果関係はあるのか
「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」は、数多ある環境問題を9つに分類し、どのぐらい危機的な状況なのか、地球が耐えられる限界値を基準に可視化したものだ。これによって、なんとなく言われている環境問題が、どの分野でどの程度切羽詰まっているのかが理解できるようになった。
![【図表1】プラネタリー・バウンダリー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/1200wm/img_bbec35d71927f68cb6ab1136519e35a5402116.jpg)
しかしこれは、産業革命以降に環境負荷が限界値を超えてしまったというタイミングを示しているだけで、因果関係までは語っていない。そのため、本来、プラネタリー・バウンダリーのデータから、「産業革命(=資本主義)が環境破壊を引き起こしている」と単純に解釈することは統計学的にはできない。因果関係に迫るには、他のデータもみていかなければならない。
実際、産業革命以降の人間社会は、他にも大きな変化を経験している。その代表格が、人口増加だ。気候変動の議論では、「産業革命期」を1850年から1900年の50年間と定義している。
■第二次大戦後、発展途上国の人口が急増
では、産業革命期の始めの1850年に世界人口は何人だったかというと、12億人だった。一方、まもなく世界人口は80億人に到達しようとしているので、産業革命の開始時期と比べて人口は6.7倍にまで増えたことになる。
世界の人口は、産業革命期を過ぎた1900年代に増加率の上昇が始まる。とりわけ人口が増加したのは、第二次世界大戦の後だ。なぜこれほどまでに増えたかというと、戦後に発展途上国で人口が急速に増加したからだ(図表2)。
![【図表2】世界人口の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/1200wm/img_312f90c4112cd71d7f97427ee58ec10d257930.jpg)
先進国の人口は未だに13億人程度で、すでに横ばいになっている。一方で、発展途上国では、戦後の15億人ほどから65億人にまで増えており、これからも増え続けていく。世界の人口の大半は、発展途上国にいるのだ。
■人口増加の背景にあるのは乳幼児死亡率
なぜ、産業革命期を過ぎた1900年頃から人口は増加していったのだろうか。
その理由については、5歳未満の乳幼児死亡率の推移をみればよくわかる(図表3)。西ヨーロッパや米国では、産業革命期になると乳幼児死亡率が一気に減少していった。そしてインドやブラジルなどの発展途上国は、戦後に経済発展期を迎えた辺りから、遅れて乳幼児死亡率が減少していっている。
![【図表3】乳幼児死亡率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/e/1200wm/img_fe452d1ac48b86330a5ec2536c3814f9340039.jpg)
乳幼児死亡率が人口増加率とどのように関係しているのか。あらためて説明すると、世界の人口増加率は、図表4の関数で表される。出生率から死亡率を引いたものに、国内外の人口流入・流出率を加味すれば、人口増加率が得られる。この関数では、出生率が上がる、もしくは死亡率が下がれば、人口増加率が上がることになる。
![【図表4】人口増加率の構造](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/b/1200wm/img_7bfcb0ee4d445ad9a79ad742bd668d34409522.jpg)
■産業革命を境に栄養や疾病の状況が改善
普通に考えれば、死亡率が下がっていけば、出生率も同時に下がっていくはずだ。例えば日本では、かつては子だくさんだったが、今では出生率が大幅に下がり、少子化が問題となっている。もし、出生率と死亡率が同じように下がっていくのであれば、人口増加率が上昇することはない。だが過去の歴史を振り返れば、人口増加率は上がってきた。なぜか。
人口増加率が上昇する理由は、死亡率が下がるタイミングと、出生率が下がるタイミングには時差があり、死亡率がまず下がり、遅れて出生率が下がるからだ。そして死亡率の中でも乳幼児死亡率が大きな鍵を握っている。
産業革命を迎えると乳幼児死亡率がまず下がる。それは産業革命がもたらした技術のおかげだ。乳幼児死亡率は、戦争や紛争を除けば、基本的に栄養や疾病の状況で決まる。食料が豊富に手に入り、水・衛生環境がよくなり、医薬品やワクチンにアクセスできるようになれば、乳幼児死亡率は下がっていく。産業革命を迎える前の社会では、5歳未満の乳幼児死亡率は概ね30%と極めて高い。それが限りなくゼロへと近づいていくのだ。
すると、出生率はそれほど変わらないのに、今までは死亡していた乳幼児が死亡しなくなるので、家族あたりの子供数が急に増えていく。このタイミングでは、人口爆発期とでも呼ばれる社会情勢となり、労働人口も消費も旺盛になる。この期間のことを「人口ボーナス」と呼ぶ。日本では1960年から1990年頃が人口ボーナス期にあたる。まさに日本が高度経済成長を迎えていた時代だ。
![【図表5】人口変化と人口ボーナスの発生](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/8/1200wm/img_6826299bdbe164197e49cf21d11acb97278909.jpg)
■先進国のほうが早く少子化が進む理由
一方、経済成長を迎えると生活文化も変容していく。教育機会が増え、男性も女性も社会進出が進むと、結婚や出産のタイミングは遅くなる。そして家族計画の考え方も変わり、かつてほどは出産をしなくなっていく。こうして乳幼児死亡率に遅れて出生率は下がり、人口増加率は再び低下していく。発展途上国よりも先進国のほうが早く少子化を迎えるのはそのためだ。
ちなみに、人口ボーナスと呼ばれる経済成長期は、乳幼児死亡率の減少から少し間をおいてやってくる。理由は2つある。まず、数が増えた乳幼児たちが成人し、労働力が増加することでようやく経済が活性化するからだ。そして、出生率が減少し、少ない子供に親が集中的に教育支出をすることで、子供の教育水準が上がっていくことが2つ目の理由。
高い教育を受けた労働力が増加し、経済の好循環が発生するためだ。このように人口ボーナスは、単に人が増えることで発生するのではなく、次世代への教育投資が増え、労働生産性が上がっていくことが重要となる。
■人口が6.7倍になれば、地球の資源も6.7倍必要
そのため、死亡率が減少しても、人口ボーナスと呼ばれる急速な経済成長を迎えず、発展が遅れたままの状態になってしまう国もある。人口ボーナスが発生する真の条件は、教育の質と労働生産性の向上。すなわち、教育の質および労働生産性が向上しなければ、たくさんの乳幼児が成人しても、高度労働力の供給や消費の拡大につながらず、経済が好循環を迎えることはない(*1)。
産業革命による技術発展は、乳幼児死亡率の減少という大きな成果をもたらした。人道の観点からは、このことは称賛されるべきだろう。しかし、人が増えれば当然、生活する場所も、食料も、エネルギー、社会インフラも必要になる。仮に今も産業革命前のライフスタイルが続いていたとしても、人口が6.7倍になった人間社会は、単純計算で地球の資源を6.7倍も使わなければいけない状態となっている。
(*1) Kua Wongboonsin, et al. (2005)“The Demographic Dividend: Policy Options for Asia”
■環境負荷量は世界人口の増加と連動している
では世界人口の増加とともに、人間社会はどのぐらいの環境負荷をかけてきただろうか。
図表6は、プラネタリー・バウンダリーと関連する環境負荷量に関し、二酸化炭素排出量、真水消費量、肥料消費量、漁獲量、熱帯雨林消失速度の5つをグラフで示している。これらの統計からは、環境負荷は、世界人口の増加と連動しており、特に戦後に急増してきていることがわかる。
![【図表6】ヒューマン・フットプリント](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/e/1200wm/img_5e721d2492d54579ee6bb1c7863e378c390063.jpg)
実際に、イギリスでは、1991年にOptimum Population Trust(現Population Matters)というNGOが発足し、環境のサステナビリティ(持続可能性)のためには、人口増加を抑制することが重要と提唱。人口増加が環境サステナビリティを破壊している大きな原因だと警鐘を鳴らし続けている。
![夫馬賢治『ネイチャー資本主義』(PHP新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/1200wm/img_18ead08ad0924376ee01b7d958c170a3373979.jpg)
このことは、環境保護の議論において極めて重要であり、“不都合な真実”をつきつけてもいる。例えば、日本でも「江戸時代はよかった。人間と環境の調和がとれた、持続可能な社会だった」とノスタルジーに浸る主張がある。もちろん江戸時代にも様々な深刻な課題はあっただろうが、百歩譲って、環境との調和に関しては、今よりも遥かによかったとしよう。
だが、その日本ですら、江戸幕府成立時に1227万人だった人口は、明治維新時に3330万人と2.7倍に増え、さらに明治維新から現在までの約150年で約1.2億人と3.6倍にまで増えた(*2)。
(*2) 国立社会保障・人口問題研究所(2017)“日本の将来推計人口(平成29年推計)”
■世界人口は2100年には104億人にまで増える
世界全体では、1850年の12億人から、現在の80億人へと6.7倍にまで増えた。さらに国連人口部の見通しでは、世界の人口は2050年には97億人、2100年には104億人にまで増えるという(*3)。
そうなれば、将来、食料も、エネルギーも、社会インフラも今以上に必要になる。
このように、私たちのライフスタイルが仮に「江戸時代に戻った」としても、地球上にはもはや6.7倍もの人がいることが大きな違いなのだ。江戸時代と全く同じ生活をしたとしても、6.7倍もの資源が必要となる。これが“不都合な真実”だ。たとえ、世界が産業革命より前の社会に戻ったとしても、人口は勝手にもとには戻らない。
(*3) 国連人口部(2022)“World Population Prospects 2022”
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経営戦略・金融コンサルタント
ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。株式会社ニューラルCEO。信州大学特任教授。機関投資家、外資企業コンサル、大手上場企業の間で人気のニュースサイト「Sustainable Japan」の編集長も務める。政府や地方自治体の有識者委員を多数兼任。Jリーグ特任理事や国際NGO等の理事も務める。東京大学公共政策大学院、北海道大学公共政策大学院、立教大学で講義を担当。著書に『ESG思考』『超入門カーボンニュートラル』(以上、講談社+α新書)、『ネイチャー資本主義』(PHP新書)など。
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(経営戦略・金融コンサルタント 夫馬 賢治)
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