「環境に配慮しています」だけでは解決しない…「見せかけのSDGs」に冷ややかな視線が向けられるワケ
プレジデントオンライン / 2022年11月5日 9時15分
※本稿は、夫馬賢治『ネイチャー資本主義』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■「地球の限界」をめぐる絶望と希望
私たちは、絶望と希望の間の瀬戸際にいる。世界の人口が増え続ける中、今の状態で「誰一人取り残されない」を実現しようとすることは非常に難しい。今でも地球の限界を遥かに超えているのに、さらにオーバーヒートを起こしていくことになる。
その半面、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)問題のうち気候変動分野での合言葉「カーボンニュートラル」、残り8つの環境課題をすべてまとめて限界値以内に抑えようとするスローガン「ネイチャーポジティブ」という概念が徐々に広がり、GDPを伸ばしながら環境負荷を減少させる「絶対的デカップリング」の実現という希望も見えてきた。
プラネタリー・バウンダリーを提唱したロックストローム教授が切望しているように、あとはこれをやりきるだけという方向性がはっきりしてきている。
だが前途は多難だ。まずカーボンニュートラルとネイチャーポジティブの重要性について、依然として知らない人があまりに多すぎる。認知が広がる速度は全く十分なものではない。なかなか認識が広がらない中、SDGsや環境問題は「陰謀論」という主張まではびこる時代になってきた。
せっかく人間社会は、絶対的デカップリングを実現しつつあるのに、陰謀論によって希望の扉は再び閉ざされようとしている。いまここで未来への舵取りを間違えれば、むしろ逆行していくおそれさえ出てきている。
■膨大な資金をどこから調達するか
EUの「欧州グリーンディール」でも、アメリカの「グリーン・ニューディール」でも、必ず政策の柱として民間金融の活用が位置づけられている。つまり資本主義の仕組みを活用していこうとしている。
その理由は、政府としてカーボンニュートラルやネイチャーポジティブという政策目標を達成しようにも、政府予算だけでは財源が全く足りないからだ。OECDは、SDGsの達成には世界全体で年間3.5兆ドル(約465兆円)の資金が不足していると発表している(*1)。
(*1)OECD (2021)“Financial Markets and Climate Transition: Opportunities, Challenges and PolicyImplications”
カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを実現していくためには、技術開発やビジネスモデルの構築に膨大な資金が必要となる。さらに、公正な移行を実現するための労働者支援でも、政府予算では足りず、やはり企業や金融機関の資金を活用していくことが不可欠となる。
当然、政府としても国家予算を拡充していこうとする。だが、政府が現在の歳入以上に予算を投下しようとすれば、当然、政府自身も外部から資金を調達しなければならない。すなわち国債の発行となるが、国債発行は金融市場から資金を調達することを意味しており、やはり民間資金の活用という話になる。
■SDGsで掲げられているのは産業構造の革命
このように人間社会は、環境政策の分野でも、政府予算だけでなく民間資金が鍵を握る時代となった。そして、そのことは、国連でSDGsの概念が提唱された文書『持続可能な開発のための2030アジェンダ』に明記されている。
実現のためには、政府や民間セクター、市民社会、国連機関などがあらゆる資源を動員する必要があると書かれている。そして、鍵は、課題を解決しながら経済成長を実現するためには、民間セクターが創造性を発揮し、産業構造を大幅に変革していくことだとも書かれている。だからこそ、『持続可能な開発のための2030アジェンダ』の副題は「我々の世界を変革する」になっているのだ。
あらためて言うが、SDGsは、発展途上国の経済発展の話ではなく、先進国も含めた人間社会全体の産業革命が宣言されている。本書の第1章と第2章でみてきたように、それしか処方箋がないからだ。そして、その変化は非常に大規模なものになっていくため、現実から目を逸らしたいという心理的な効果が生じてしまい、それが「陰謀論」となっていく。
■「私たちはなにができるか」への回答
SDGsの話になると、「私たちはなにができるだろうか」という質問もよく耳にする。
残念なことに、「一人ひとりが高い意識を持ち、日常生活の中で少しずつ努力していくことが大事だ」などということはSDGsに関する公式文書のどこにも書かれていない。書かれているのは、社会変革のためには、企業のイノベーションが必要であり、それに向けて民間セクターが積極的にファイナンスすることが必要であり、政府は大きな民間ファイナンスを呼び込むために公的資金の投入が必要ということだ。
私たちが最もすべきことは、業務時間外の活動ではなく、限界値以内の絶対的デカップリングを実現できる社会経済システムを構築するための抜本的な業務変革なのだ。
では、私たち一人ひとりは、どんな業務変革を起こしていくべきなのだろうか。次の6つのうち、本稿では市民の視点をみていこうと思う。
1.企業
2.機関投資家
3.金融機関
4.メディア
5.政府・自治体
6.市民
■資本主義社会の「資本家」としての自覚
私たち一人ひとりが実践していくべきことはなんだろうか。まずは働き手としてイノベーションを起こしていくことが重要だろう。しかし、私たちには、働き手としての立場以外にも、消費者であり、有権者であり、様々な立場がある。各々の立場で実践できることはたくさんある。
まず、はじめに、私たちは一人ひとりが、現代の資本主義社会の「資本家」となっていることを自覚することだ。この社会は、誰か一握りの特権的な「資本家」によって動かされているのではない。機関投資家という仕組みを通じ、戦後、私たち一人ひとりが「資本家」という地位を獲得した。これは人間社会にとって大きな成果だと言っても過言ではない。
だが私たちは、あまりにもこのことに無自覚すぎる。例えば、ブラック企業で働いていることに腹が立ち、新たな稼ぎを得ようとネット証券で口座開設し、短期的なリターンを狙って投資を始めたとする。
当然、短期的なリターンを求める投資家が増えていけば、証券会社も運用会社も投資先の企業に短期リターンを求めるようになる。そうなれば、企業自身も短期的な利益を増やそうと、従業員に対しブラック企業化していく。結局は自分の投資行為が、自分の勤務先をブラック企業にしてしまっていたりするわけだ。こういう構図に私たちは早く気づくほかない。
■私たちの投資行動が社会の寿命を左右する
資本主義の社会で、資本家の意思は大きく波及する。私たちが、株や債券や投資信託に投資をする際に、短期的なリターンを追求すれば、自ずと社会全体もそのような動きとなり、長期的な目標は蔑ろにされていく。企業も短期的な利益追求に邁進し、持続可能な社会とは真逆の方向に世の中を誘っていくだろう。
一方で、私たちが、カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを投資行動において意識すれば、社会もそのような方向へと向かっていく。社会の舵取りは私たちに委ねられているのだ。
日本では最近、「最近の若い人はSDGsへの関心が高い。時とともに社会のSDGsへの意識は上がっていくだろう」と言われることが多い。だが、残念ながら調査データからはそのような事実は確認されていない。確認されているのは、若者の関心が二極化しているという実態だ(*2)。
(*2)ボストンコンサルティンググループ(2021)“サステナブルな社会の実現に関する消費者意識調査”
■SDGsの話題ににじむ「やらされている空気」
日本の20代・30代では、他の年齢層に比べて、環境意識の高い人が多いことは事実だ。だが同時に無関心な人の割合も他の年齢層と比べても最も高い。統計調査からは、遥かに高齢者のほうが気候変動の影響を危惧しており、若い人の関心が低いということもわかってきている(*3)。
推察だが、今の若者は、学校でSDGsを勉強するようになったことで、認知度は高いが、その半面、学校の課目として扱われることで「押し付けがましい」と感じる人が増えてきているのかもしれない。
反省すべき点は、大人のほうにあるのではないだろうか。どこかで誰かがSDGsの話をしたときに、言わされている空気を感じたことはないだろうか。誰かが襟元にSDGsバッジをつけているのを目にしたときに、やらされている空気を感じたことはないだろうか。若者にとって「見せかけのもの」は嫌悪の対象となるだろう。大人が本気で問題をとらえなければ、若者から冷めた目で見られても仕方がないだろう。
「俺たちの世代はだめだ。だけど若者の世代は意識が高いので期待しよう」では、やはりだめなのだ。誰か別の人に問題を委ねても、事はうまくは運ばない。
■どの政府を選ぶかは有権者にかかっている
有権者としての立場でも同じだ。選挙で短期的なメリットを謳う政治家を応援していたら、当然、政治家も短期的な結果ばかりを追求するようになってしまう。もし短期的な成果が常に長期的な目標につながるのであれば、それでも問題はないが、実際には短期政策と長期政策が矛盾することが増えてきている。政府が長期的な視座で動けるかどうかも、有権者の判断にかかっている。
最近で特に印象に残っているのは、トランプ政権と機関投資家の対決だ。トランプ政権は、証券取引委員会(SEC)という当局を通じて、機関投資家にESG投資をやめさせようというルールを決定したが、機関投資家はそれに猛反発した。結果的に、実際にルールが施行される前にバイデン政権に移行し、そのルールは撤回された。
政府は権力を発動すれば、ニュー資本主義を強制的に排除することもできてしまう。政府の政策動向はやはり重要だ。どのような政府を選ぶのかも有権者の意思にかかっている。
(*3)経済社会システム総合研究所(2021)“社会的課題に関する継続意識調査(第2回調査)”
■「環境に配慮しています」で満足しない
これから機関投資家や企業は、社会変革に向けた動きを進めていくだろう。これに伸るか反るかは、消費者としての私たちの意思次第だ。カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを実現しようとすれば、当然、自由に使える資源は少なくなっていく。そうなれば、自ずと企業は、「モノ消費」から「コト消費」へと事業の軸足を移していくだろう。
だが、もし私たちが、コト消費では満足できず、モノ消費を要求すれば、企業は未来に向けた方向性と消費者需要との間で板挟みにあってしまう。社会変革に反れば、当然、地球はさらに悲鳴を上げていく。そしてそれで生じる悪影響を被るのは、私たち自身なのだ。
IPCCでもIPBESでも、地球環境の危機に真剣に向き合っている人たちにとって、唯一行き着いた答えが、限界値以内の絶対的デカップリングを実現するための社会変革を早めていくことなのだ。
私たちに最も期待されていることは、その変革を起こせるためのイノベーションを起こすことであり、その変化から取り残されかねない人を支援しながら公正な移行として遂行していくことだ。その変革を支えるためにも、資本家として、有権者として、消費者として、果たせる役割が数多くある。
私たちは、つい「環境に配慮しています」で満足しがちだ。だが、これではなにも事態は解決しない。そろそろ私たちは、この現実に正面から向き合わなければならない。
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経営戦略・金融コンサルタント
ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。株式会社ニューラルCEO。信州大学特任教授。機関投資家、外資企業コンサル、大手上場企業の間で人気のニュースサイト「Sustainable Japan」の編集長も務める。政府や地方自治体の有識者委員を多数兼任。Jリーグ特任理事や国際NGO等の理事も務める。東京大学公共政策大学院、北海道大学公共政策大学院、立教大学で講義を担当。著書に『ESG思考』『超入門カーボンニュートラル』(以上、講談社+α新書)、『ネイチャー資本主義』(PHP新書)など。
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(経営戦略・金融コンサルタント 夫馬 賢治)
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