ツイッター担当者はいないけれど…象印が好感度を爆上がりさせた「2年越しのリプライ」という神対応
プレジデントオンライン / 2022年11月4日 8時15分
■発売1年で100万本を販売
昭和の時代は、「マス広告」で認知度を高めることで、長く愛され続ける商品、いわゆる「ロングセラー商品」が数多く登場しました。
「チキンラーメン」(日清食品)や「バーモントカレー」(ハウス食品)、「カローラ」(トヨタ自動車)、「霧ヶ峰」(三菱電機)などは、その代表ではないでしょうか。
一方、平成に入ると、SNSやマーケティング調査によって、時代の変化や消費者のナマの声をつかみ、改良を重ねることで人気を維持するブランドも登場しました。
たとえば、「じゃがりこ」(カルビー)や「プチシリーズ」(ブルボン)、「ステップワゴン」(本田技研)など。
象印マホービン(以下・象印)の「ステンレスマグ」シリーズもその一つでしょう。
2010年夏の発売から、わずか1年で「1モデルだけで国内外売上100万本」という、驚異的な目標を達成しました。
いまも愛され続ける人気の裏には、ツイッター上でもきめ細かなフォローを心がける、社員たちの「ブランド愛」があるようです。
■お化け商品が生まれた市場でさらに勝負をかける
「私たち(生活者)が本当に欲しい商品を作りたい」
2009年夏、「ステンレスマグ」の開発に着手した社内からは、そんな声が上がったといいます。
当時、マグの分野では「サーモス(Thermos)」(JMY-350/500)など、業界で「お化け商品」とも呼ばれる大ヒット商品が生まれ、隆盛を極めていました。
なぜ、ライバル商品は売れているのか。社内外でアンケート調査を行うと、評価されていたおもなポイントは、見た目の「色」や「質感」だと分かった。
このとき、象印の社内では、「負けずに自分たちも、色や質感をとことん追究したい」との思いが高まったといいます。
■前代未聞の目標数字
2000年代といえば、デジタルカメラや二つ折りケータイ(いわゆるガラケー)の全盛期。当時、芸術的とも言える優れた色やデザイン、質感の商品が次々と登場し、消費者の心をくすぐっていました。
そこで、まずは「どんな色やデザインの商品が欲しいですか?」といった調査と並行して、デジカメやケータイも含めた持ち物やファッションに関わる、徹底した調査に入ったといいます。
「この頃のトレンドは、マテリアルなカラーとメタリック(シャイニー)な質感。デジカメやケータイを、アクセサリー感覚で選ぶ消費者が多い印象でした」と話すのは、同デザイン室長の堀本光則さん。
人々の嗜好やライフスタイルは、多様化している。半面、製造コストや売り場の陳列などを考えると、10色、20色と数多くのラインナップをそろえるわけにはいかない。
そこで「適切なマグの容量、太さ、高さのバランスを追究するとともに、「好き嫌い」を感じさせないような色、質感への絞り込みが必要でした」と堀本さん。
そこまでこだわったのは、「1モデルだけで国内外売上100万本」という数字が、象印がそれまでに達成したことがない、ハイレベルな目標だったからです。
■こだわりの色と質感を実現するまで
望まれるマグのサイズは、入れて持ち運ぶバッグのトレンドによっても変わる。きめ細かな調査は多岐にわたり、苦難の末、色とサイズを12、3種へと絞り込んだとのこと。
さらに20~50代の男女にアンケート調査を重ね、製造する色は、ロゼ(ピンク系)、レッド、シルバー、ブラックの4色に決定。それぞれ2種ずつ容量サイズ(0.36L、0.48L)を設け、最終的に計8種のステンレスマグ(SM-JA型)に決まりました。
ところが、「ここからがまた、苦労の連続でした」と堀本さん。
開発段階であれほどこだわった色と質感を、いかに商品として量産できるか。担当者自身がタイの工場に出向き、イメージ通りの商品に仕上がるまで、何度も何度もやり直しを重ねたといいます。
マグは通常、ベースコートとトップコートを2回に分けて着色する。ただ、吹き付けるインクの量や勢い、色やアルミ粒子の配合、さらにそのあと焼き付ける温度によっても、微妙に色が変わるとのこと。
「塗装の環境や塗料の調合でも発色が違ってくるため、当時の担当者は一つひとつ、現地で塗装の方法を工夫してもらい、安定させたと聞いています」(堀本さん)
■「パープルがあったら即決なのに」というつぶやきに神対応
また、象印が「本気で勝負に出た」と感じてもらうためには、女性を中心に、消費者の間で話題にしてもらう必要があった。
そこで、ホームセンターや家電量販店などの一般ルートとは別に、おもにロフトなどの雑貨店ルート用に「特別カラー」を4つ用意したとのこと。
それが、先ほどとは別のピンクと、ブルー、グリーン、そして「パープル」。これらは、アイシャドウからインスピレーションを得て再現された色だそう。その後、さまざまな商品開発やデザインの変遷を経て、22年9月に発売された商品のパープルこそ、のちにツイッター上で「めろうさん」の希望をかなえるのに役立った色でした。
ではその、めろうさんと象印の社員とのツイッター上のやり取りをご紹介しましょう。
このつぶやきは、22年8月になされたもの。実はその2年前(2020年10月)、めろうさんは「パッキンが一体型になったありがたい象印のボトルにパープルがあったら即決なのに……」とつぶやいていました。
これに対し、象印は公式アカウントから、なんと2年越しで返信した。
「こんにちは! この度シームレスせんに新しいカラーバリエーションが仲間入りしました」「ご期待に応えられていたらよいのですが……! お時間のある時に、ぜひご覧ください」
これを読んだめろうさんが、先のように大興奮。その結果、同ツイートはツイッター上で大いに話題となり、22年10月現在、11万7000件の「いいね」、3万2000件のリツイートを獲得したのです。
■ツイッター担当はいない
意外なことに、象印には「ツイッター担当」など、SNS専任の社員はいないそうです。ただ、「普段から検索ツールなどを使って、新たな関連ツイートがつぶやかれたときに、複数の部署で共有しています」と、同広報部・濱田捷彦さん。
数年前のツイートも、特徴的なものは担当者が引き継ぎ、「象印らしい」つぶやき、すなわち優しさや温かみ、堅実さを感じてもらえるつぶやきを返すように心掛けているとのこと。
なぜそこまで、消費者の声を大切にするのか。その陰には、シリーズの改良に関する、いくつかの失敗があったといいます。
■悩まされ続けた「パッキン問題」
たとえば、ゴムのような小さなパーツ「パッキン」を、外観から見えるように改良したタイプ(-LA型)。一般には、パッキンがあることで漏れを防げるマグも多い半面、付け忘れるとマグを入れたバッグが濡れてしまうことも。
「だからこそ付け忘れを防ぐべく、見えるように改良したのですが……、デザイン性に違和感をおぼえた方々もいらしたようです」
改良タイプ(-LA型)の発売以降も、パッキンの付け忘れが起こらないようにと、栓を分解してきれいに洗えることを重視したそうですが、その後、時代は変わった。
エコやSDGsなどのブームから、以前より高い頻度で「マイボトル」を持ち歩く人が増え、パッキンは「手入れが面倒」なパーツの一つになっていたのです。
「それを気づかせてくれたのも、消費者の声でした」と堀本さん。
素材が異なる、栓とパッキンを一体化させるのは、業界でも例のない挑戦だったそう。ですが、「手入れのしやすさが重要」だとするナマの声こそが、シリーズを正しい改良へと突き動かしたといいます。
■WHYから行動を起こす
海外の多様な分野の講演が無料で見られるサービス「TED Talks」上で、09年、「ゴールデンサークル理論」を紹介したのは、Simon Sinek(サイモン・シネック)。
彼は、成功者(おもにリーダー)の過去の法則に従い、「あらゆる企業や組織が成功するためには、WHY、HOW、WHATの順でコミュニケーションするべきだ」と説きました("How great leaders inspire action", Simon Sinek TEDx Puget Sound, 2009)。
すなわち、まず「WHY(なぜ)」から行動を起こし、続いてそれを囲む「HOW(どうやって)」の輪が、そして最後にそれを囲む「WHAT(何を)」の輪がくるというパターン。
この構図を「ブランディング」にも応用し、「ブランディングの起点は『WHY』であるべき」「ここは組織のミッションやビジョンと重なる核であり、時間が経っても変えるべきではない」などとするマーケティング会社も、複数あります。
■消費者が求める手入れの簡便性に応えた
振り返ると10年、「ステンレスマグ」という新たなブランドを開発する際、「なぜ?」という起点になったのは、「私たち(生活者)が本当に欲しい商品を作りたい」でした。
それはそのまま、同社のビジョンである「暮らしを創る」と重なるでしょう。
また、次の「どうやって?」でフォーカスしたのは当初、「色と質感」の追究でした。
ただその後、時代は変わり、「手入れの簡便性」を求める声が強くなった。そこで20年9月発売の商品(-ZA型)から導入したのが、手入れしやすい「シームレスせん」。
先のパッキンと栓(せん)を一体化させ、パッキンを外して洗う手間をなくした画期的な構造です。これは、「HOW(どうやって?)=構造の改良によって」で実現した、「WHAT(何を)」に当たる部分でしょう。
つねに消費者の声を聞き、改良を続けるステンレスマグ。長く愛される理由の一つは、ブランド開発の起点となった「WHY?」が、ブレずに今も社内で共有され続けているからではないでしょうか。
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マーケティングライター
マーケティング会社インフィニティ代表取締役。修士(経営管理学/MBA)。2020年4月より、立教大学大学院・客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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(マーケティングライター 牛窪 恵)
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