「免疫力」はデタラメである…現役医師が「健康に気をつける必要はない」「健康情報を集めるな」と説くワケ
プレジデントオンライン / 2022年11月2日 10時15分
※本稿は、大脇幸志郎『運動・減塩はいますぐやめるに限る!』(さくら舎)の一部を再編集したものです。
■「免疫力」は実在しない
「免疫力」という言葉がありますね。
わたしにはこの言葉の意味がよくわからないのですが、なぜかあちこちの広告に登場します。
そして、この食品を食べれば、このサプリメントを飲めば、この体操をすれば、こんなことやあんなことをすれば、免疫力が高まるのだと、競い合っています。
免疫力というのは意味不明な言葉です。免疫のしくみは信じられないほど複雑ですから、全体をひとつの「免疫力」という言葉で要約することなどできません。
免疫力とは何かと考えること自体がワナです。
「桃太郎が入っていた桃はなんという種類の桃か」というのと同じ、意味のない疑問です。桃太郎も桃太郎の桃も実在しないのですから。
同じように、免疫力というものは実在しませんから、免疫力について考えてもムダです。
免疫力という言葉を使う人が、免疫学の深い知識にもとづいて、明確に何かを指示しようとしているとはとても思えません。
免疫力が登場する場面はてんでバラバラで、そこに共通点を見つけるほうが難しいくらいです。みんな口からでまかせにいっているだけです。
■免疫力という言葉を見たらあやしいと思え
しいていえば、免疫力とは「病気が治る」という意味です。
つまり、「どんな病気も治す魔法の力」というとうそくさいので、医学に基づいているふりをするために「免疫力」というもっともらしい言葉に言い換えているのです。
この話はわたしが2016年にネットに書いた(注1)ころに知れ渡っていったようで(べつにわたしが広めたと自慢するつもりはなく、ただの偶然の一致だと思いますが)、最近は情報発信に熱心な医師が「免疫力という言葉を見たらあやしいと思え」という立場をとる例も出てきました。ふたつほど例を挙げておきましょう。
注1 https://medley.life/news/5808ad9b13e3742c008b458f/
「そもそも『免疫力』という言葉を、専門家はあまり使いません。(……)感染症の分野でも、『がん』の分野でも、『免疫力をアップする方法』といったタイトルの書籍や言説は、それだけで『一発レッド』です。」(近藤誠『こわいほどよくわかる 新型コロナとワクチンのひみつ』)
でたらめがバレたら次のまやかしが流行るだけだと思いますが、古いまやかしがまだ多いうちは、知っておいて役に立つこともあるでしょう。
とはいえ、もっと確実で役に立つ知識は、「健康情報を見たらあやしいと思え」です。
■「自律神経を整える」ことなどできない
健康に気をつける必要はありません。健康情報を集める必要もありません。
健康情報と自称するものの大半は「免疫力」のようなでたらめですから、健康情報を集めれば集めるほどまちがいが増え、事実を知っても信じられなくなるだけです。
そういう状態から脱出するのは簡単ではないのですが、手がかりにするためにもうひとつ、わかりやすいでたらめの例を挙げておきます。
「自律神経」というのがそうです。
自律神経という言葉もてんでバラバラに使われています。
やはり強いていいかえれば「体調」というくらいの意味ですが、ただ「体調を整える」というとぼんやりして見えるので、「自律神経を整える」といってハッタリをきかせたつもりになっているのでしょう。
免疫力と同じように、自律神経も実在しないのでしょうか?
まあ、言葉遊びをすればなんでも「実在しない」といえます。
『なぜ世界は存在しないのか』とか『時間は存在しない』という題名の本が実在するくらいなので、マネして「自律神経は存在しない」といってもいいのですが、もっと日常的な意味では、自律神経は存在し、遺体の解剖(かいぼう)をすると「これがそうだ」と指さすこともできます。
ただし、自律神経という名前で呼ぶことはあまりなく、もっと細かい部分ごとの名前で、交感神経幹とか迷走神経と呼ぶのがふつうです(この言いかたも正確ではないのですが、正確にしたくなるのは手間かけばばあの呪(のろ)いです)。
実物を見れば、「神経を整えることなどできるはずがない」という実感が湧いてきます。
細かく枝分かれした神経が、文字どおりの電気回路になっているわけですが、こんな複雑な形の電気回路に外から何かの刺激を加えて、電気回路を「整える」ことなどできるでしょうか?
■「自律神経をコントロールする薬」は存在する
昔の家電は接触が悪くなりがちで、振ったり叩(たた)いたりしてごまかしたものですが、人間の神経ははるかによくできていますので、そんな乱暴な方法では動かせません。
ところが奇蹟(きせき)のように、20世紀の医学は自律神経をコントロールする方法を発見しました。それがいまでも心不全とか不整脈の治療として使われている「ベータ遮断(しゃだん)薬」です。
代表的なベータ遮断薬であるプロプラノロールを発明したジェイムズ・ブラックはノーベル賞を受賞しました。
メインテート(ビソプロロール)とかアーチスト(カルベジロール)という薬を飲んでいる読者もいるかもしれません。これもベータ遮断薬です。
ベータ遮断薬と似た名前ですが違った働きをする「ベータ刺激薬」という薬もあって、これも自律神経に作用します。喘息の治療では、ベータ刺激薬のホルモテロールを含む吸入薬シムビコートとか、ツロブテロールを有効成分とするホクナリンテープが使われています。
ほかにも高血圧の薬、前立腺肥大症の薬、緑内障の薬、切迫早産の薬など、いろいろな薬が自律神経に作用することによって効果をあらわします。
サリンのような毒も、それに対する解毒(げどく)剤も自律神経に関係します。
こうした薬は、名前が違うことから想像がつくかもしれませんが、それぞれ効く場所が違います。自律神経といっても部分ごとにいろいろ違った働きがあるので、狙(ねら)ったところで効いてくれるようにいろいろな薬を使い分けるのです。
■日光浴や風呂では整えられない
では、日光浴がどうの、風呂がどうのといった方法で、特定の臓器を狙って効果を出せると思いますか?
薬にはそれができます。神経の無数の枝のうち一部の枝だけを狙うことができます。そうしなければ、ほかの枝にもいっせいに影響が出てしまい、あっちもこっちも意図しない副作用だらけになってしまうのです。
高度な医学と薬学の知識がそれを可能にしたわけです。
ただし、現代の最先端の技術でさえ、あるていどの割合で狙いは外れ、狙っていない臓器に副作用が出ます。しかし背に腹は代えられないので、許容範囲とみなして薬を使っています。
そんなわけで、自律神経をコントロールしたければ、副作用もありますが、病院の薬でけっこういろいろなことができます。
■自律神経は自分で勝手に整ってくれる
自律神経を整えるといい張る本をめくってみればいろいろな方法を書いてありますが、ようするにそれはお医者さんごっこなのです。
病院でやっているのと似たようなことが自分の力でできるという空想をもてあそんでいるだけなのです。
お医者さんごっこだとバレたくないので、そういう本には「この薬を処方してもらいましょう」とは書いてないわけです。
お医者さんごっこといえばデトックスも似ていますね。毒素を排出したければ透析(とうせき)をすればいいのですが、何かちょっとした工夫で透析ができるという設定で、ごっこ遊びをしたいわけです。
そこではみんなの腎臓が透析よりはるかにいい仕事をしているという現実が忘れ去られています。
自律神経も、薬でコントロールしてもらわなくても、「自律」という名前があるくらいですから、みずから律して働いています。
あなたは走るときに心臓を強く打たせて血行をよくする方法を知っていますか?
夏に汗をかいて体温を下げる方法はどうですか?
あまりに慣れているのであたりまえに思えてしまいますが、自律神経は信じられないほどよくできています。野生動物のような生活をしていても、自律神経が全身で協調して働いているおかげで、人間は生きていられるのです。
薬はせいぜいへたなものまねをするだけです。まして、お医者さんごっこが何かの足しになると思うのは、子供の空想です。
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医師
1983年、大阪府に生まれる。東京大学医学部卒業。出版社勤務、医療情報サイトのニュース編集長を経て医師となる。首都圏のクリニックで高齢者の訪問診療業務に携わっている。著書には『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』、訳書にはペトルシュクラバーネク著『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』(以上、生活の医療社)、ヴィナイヤク・プラサード著『悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』(晶文社)がある。
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(医師 大脇 幸志郎)
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