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医療現場が混乱するだけでメリットがない…現役医師が「マイナ保険証への切り替え」に強く憤るワケ

プレジデントオンライン / 2022年10月26日 9時15分

記者会見する河野太郎デジタル相=2022年10月13日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■「保険証の原則廃止」に10万筆を超える反対署名

10月13日、河野太郎デジタル担当大臣はマイナンバーカードの機能強化について、「2024年度秋に現在の健康保険証の廃止を目指す」と発表した。また運転免許証についても2024年度末に一本化する目標からさらに前倒しする検討を進めていることも明らかにした。

「健康保険証の廃止」という、政府のこの強引ともいえる手法に対しては、ネットを中心に批判の声が上がり、河野大臣の会見が行われるやいなや「一体誰のため? 保険証を廃止して、マイナンバーカードに一本化することに反対する緊急署名 #健康保険証の原則廃止に反対します #マイナンバーカードの義務化に反対します」との署名活動も始まり、20日までに約10万筆が集まった。

健康保険証が原則廃止されてマイナンバーカードに一本化されることとなれば、保険医療を受けるためにはマイナンバーカードの所持、そしてそのカードに保険証の機能を加える操作が必須となる。つまりマイナンバーカード取得が事実上の義務となってしまうのだ。

■「これだけ便利になる」から「これだけ不便になる」と大転換

そもそもマイナンバーカードの取得は任意であったはずだ。それはマイナンバーの根拠法からも明らかである。それにもかかわらず政府は来年3月末までに、ほぼすべての国民に行き渡らせることを目標として掲げ、急速に“任意から原則義務化”に舵を切ったのだから、このような批判を浴びるのも当然といえば当然であろう。

ポイント付与や有名タレントを起用したCMをテレビ等からさんざん流しているにもかかわらず、その普及率(交付率)はやっと50%程度なのだから、政府が業を煮やしているのも理解できなくはない。だが「持っていればこれだけ便利になるヨ」としていたものから「持っていないとこれだけ不便になるゾ」とまるで脅しのようにカード取得を迫る手法への転換は、ただでさえマイナンバーカードに不信感を抱いている国民の、その不信感をより強固にしてしまうものと言えよう。

この普及率の低さが、政府に対する不信感の結果であることに岸田政権が気づかないかぎり、普及率100%など夢のまた夢だ。

■デメリットについて議論が尽くされたとは言いがたい

もっともマイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせる、いわゆる「マイナ保険証」は、すでに昨秋から導入されている。しかし今年4月に寄稿した記事<「肥満で不健康」では就職すらできなくなる…現役医師がマイナ保険証に深い懸念を示す理由>でも述べたとおり、政府がさかんに強調する利便性の一方で、そのデメリットや危険性について議論が尽くされたとはいまだに言いがたい状況だ。

むしろ政府がデメリットについてはまったく語らないまま「利便性」や「安全性」だけを強調すればするほど、その陰に潜む、各人の健康データ(Personal Health Record)をはじめとした個人情報の漏洩リスクや、個人の利益には一切つながらない「利活用」の思惑が炙(あぶ)り出されて見えてきてしまうのだ。

もし政府が本気ですべての国民に行き渡らせたいと考えているのであれば、このような「持っていなければ不便になる」ような状況に国民を追い込むのではなく、指摘されている問題点や疑問、不安に対して、これまで以上に十分かつ丁寧な説明を時間をかけて行っていかねばならないことは言うまでもない。

■そもそも現行法では廃止することはできない

その上で、今回の政府方針について私見を述べるが、そもそもこの「2024年度秋に現在の健康保険証の廃止を目指す」という政府の目標は、政府がいかに強引に推し進めようとも思惑通りには絶対に進まないだろうと考える。

それはマイナンバーカードの取得申請は、あくまでも個人の行動に委ねられるものであるからだ。政府は、健康保険証廃止の時期が来てもマイナンバーカードを取得しない人などに対しては、働きかけを進めていくと同時に、何らかの対応を検討していくと、これまた“脅し”ともとれる強引な姿勢を示しているが、取得しようとしない人に罰則を適用することは、現在の法律上は不可能だ。あくまでも「お願いベース」にならざるを得ないのである。

また「健康保険証の廃止」というのも現実問題としてかなりハードルが高いだろう。「廃止」というセンセーショナルな単語にはどうしても敏感に反応してしまいがちだが、冷静に考えれば法改正をしなければなし得ない。

事実、今年の5月25日に行われた「第151回社会保障審議会医療保険部会」において、水谷忠由厚生労働省保険局医療介護連携政策課長は以下のように述べている。少し長いが重要な説明なので議事録より当該部分を抜粋する。

■「申請があれば保険証が交付されることは言うまでもない」

マイナンバーカードの保険証利用を進めていくための「更なる対策」として、私どもとして目指す姿は大きく2つのステップ」で考えてございます。
1つ目のステップは、令和6年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指すとしてございます。現行法令上、被保険者には被保険者証を交付しなければならないという法令上の義務が課せられているところであります。マイナンバーカードの保険証利用登録をしている加入者の方など、必要のない方々もいらっしゃる。そうした方々には保険証の交付を原則として行わない、そういうことを保険者が選択できるようにする。これが保険者による保険証発行の選択制ということで内容として考えていることでございます。
その上で2つ目のステップといたしまして、(略)保険証を利用している機関、訪問看護ですとか柔道整復、あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう等、そうしたもののオンライン資格確認の導入状況等を踏まえ、保険証の原則廃止を目指す。ここで保険証の原則廃止と書いておりますのは、私が申し上げました保険者に課せられている法令上の義務、被保険者に被保険者証を交付しなければならない、そうした法令上の義務がなくなる状態ということでございます。
ただし、(略)マイナンバーカードの取得はあくまで任意でございます。加入者の方から申請があれば保険証が交付されるということは言うまでもないことでございますので、まさに被保険者の方に不利益が生じないような形で進めていくことが重要と考えてございます。

■「健康保険証の廃止」は河野氏のハッタリ

いかがだろうか。この説明には以下の3つのポイントがある。

①令和6年度(2024年度)中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入を目指す。
②さらに「保険者に課せられている法令上の義務、被保険者に被保険者証を交付しなければならない、そうした法令上の義務がなくなる状態」を目指す。
③マイナンバーカードの取得はあくまで任意。加入者の方から申請があれば保険証が交付されるということは言うまでもない。

待っている患者の背景をぼかした写真は、病院の医師を参照してください。
写真=iStock.com/SuwanPhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SuwanPhoto

この説明からも読みとれる通り、「健康保険証の廃止」は河野大臣のハッタリなのだ。健康保険法施行規則第四十七条で規定されている「被保険者証の交付」の該当部分を省令改正してしまおうと考えているのかもしれないが、このままマイナンバーカードの普及が進まないまま強引に「改正」すれば大混乱は必至であろう。

■保険医療機関には専用システム導入の圧力が

そもそもマイナンバーカードそのものの取得率もやっと半数であると同時に、マイナンバーカードの読み取り機を導入した医療機関や薬局は6万4965施設で、目標の20万施設の32.5%にとどまっているという実態(「日本健康会議」が10月4日に公表したデータ)もある。

そこで政府は保険証の「廃止」に先立って、まず保険医療機関と保険薬局に圧力をかけることにした。療養担当規則(これに違反した保険医療機関は保険指定の取り消しにさえされ得る規則)の「改正」によって来年4月より、患者が「マイナ保険証」で受給資格の確認を求めた際にはオンラインで資格確認できるシステムを整備することを原則義務化したのである。

このシステム導入を拒んだ医療機関は、最悪の場合、保険指定取り消しという厳しい対処もされかねなくなるという、極めて強権的な圧力だ。「取り消し」をチラつかされた医療機関は、維持費を覚悟してやむなく導入するか、廃業を選択せざるを得なくなるだろう。いまだコロナ禍が終息したとはいえぬ今、そのような現場に大混乱をもたらす政策は常識的にはあり得ない。

ただ仮にすべての保険医療機関がそのように変わったとしても、現行の健康保険証が使用できなくなるわけではない。あくまでも医療機関側に「マイナ保険証」に対応するよう求めるものであって、現行の健康保険証を受け入れてはならないとするものではないからだ。これまでの健康保険証でも一切問題なく使い続けることができるので、「早く『マイナ保険証』を作らねば」などと慌てる必要はまったくないのだ。

■病院によく行く人こそ不便な状況になっている

そもそも「マイナ保険証」にしたいと思っても、スマホやパソコンを使える人でないと困難だ。それ以前に、マイナンバーカード未取得の場合は、まずそこから始めなくてはならない。これもやはりこれらの機器をある程度使えない人には難しい。高齢者や障がい者といった医療機関を利用する頻度が高い人こそ、その困難に直面し得るのだ。

ちなみに私の両親は来年90歳で治療中の持病もあるが、マイナンバーカードなど作れないし作る気さえ起きないと言っている。このような人が1人でも残っているかぎり、現行の健康保険証を廃止になどできるはずがないのである。

「健康保険証の廃止」というセンセーショナルな狼煙だけ先にブチ上げられたところで、これらの手続きに自信のない国民は不安と戸惑いしか感じないだろう。そして、そういった自分自身で手続きができない人をターゲットにした悪質な「代行業者」による詐欺事件が続出する事態になれば、もう目も当てられない。岸田首相は河野大臣の「突破力」に期待を込めたようだが、あまりにも勇み足。むしろ混乱を助長し、普及率アップには逆効果といえるだろう。

マイナンバーカードが全国民に行き渡って初めて、「マイナ保険証」の議論ができるようになるのであって、さらに「マイナ保険証」が全国民に行き渡って初めて、現行の健康保険証廃止の議論に進めるのである。すべて順序が逆なのだ。

■再発行に「免許証、保険証が必要」という致命的な問題

もちろん、健康保険証や運転免許証がマイナンバーカード1枚になることを心配する人ばかりではなかろう。「1枚になったほうがよっぽど便利」とマイナンバーカード一本化を歓迎する人も少なくないかもしれない。ただそういう人にはその選択肢を与えれば良いだけの話だ。

さらには、そういった人に対してもマイナンバーカードを紛失した際の再発行についての説明は政府として十分にしておくべきだ。現在のところ、再発行の際に必要な本人確認書類としては、「1点でよいもの」として運転免許証、パスポート等、官公署が発行した顔写真付きの証明書、「2点必要となるもの」として健康保険被保険者証、年金手帳、介護保険被保険者証、社員証、学生証等が、自治体のホームページ等で例示されている。

河野大臣が表明した工程通りに健康保険証、運転免許証がマイナンバーカードに一本化された場合、これらの本人確認書類の選択肢が著しく減じてしまうことになるが、いったいどうするつもりなのか。先日、この素朴な疑問をツイートしたところ、じつに多くの方々が私と同様の疑問を持っていることが分かった。はたして河野大臣はこの疑問と対処法について明確かつ的確な説明をしてくれるであろうか。

スマートフォンを使って病院で支払う男性
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

■支持率を回復すべく賭けに出たつもりなのだろうが…

このように少し思考実験をしただけでも、健康保険証廃止とマイナンバーカード一本化には、多くの、そして決して低くないハードルが存在していることが見えてくる。そして今後も解決困難な問題が次々と顕在化してくることだろう。

しかし今回政府は、“2024年秋”という期限を決めてしまった。ほぼ間違いなく達成できないその目標を設定してしまったことは、今後自らの首を締めていくことになる。なぜなら、その目標が達成できずにまた先延ばしとなった瞬間に、国民のマイナンバーカード取得へのモチベーションは一気に降下し、それを再び高めることは極めて困難となるからだ。

「何もしない」との批判を跳ね返すべく賭けに出た岸田政権だが、今回の強引な手法は、国民の不安と疑問と批判を増幅させる効果しかなかったのではなかろうか。これらを払拭するために丁寧な説明をすると言ったところで、30%弱という低支持率に喘(あえ)ぐ岸田政権に、今その議論と批判に耐える「体力」が残されているとは私には思えない。

少なくとも2024年秋での健康保険証廃止など、現実問題不可能なのだから、マイナンバーカード義務化や「マイナ保険証」に不安や疑問を少しでも感じている方は、こんな政府のタチの悪いブラフに踊らされることなく、慌てることなく、カードも作らず、粛々と「何もしない」ままでいれば良い。それこそが政府からのマイナンバーカード義務化圧力に対する、最も効果的な防御であると同時に最強の攻撃となるであろう。

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木村 知(きむら・とも)
医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。

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(医師 木村 知)

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